第315話 勇者と魔王

 この部屋はあれだな。王都にある城で言ったら謁見の間だな。そこより数倍広くておどろおどろしいけど。


 周りを見ながらゆっくりと歩を進めた俺は部屋の中央まで来たところでその足を止めた。


「……俺を呼んでいたのはお前か?」


 傲岸不遜な態度で玉座に座る男に声をかける。俺ほどじゃねぇけど中々イケてる顔してんな、こいつ。思ったよりも小柄で、中性的な美男子って感じだ。だだ、ここまで人を見下したような目と、痺れるほどの威圧感を丸出しにしてたら女にはモテないだろうな。


「……オレが下等生物など呼ぶわけがないだろ」


 悪役よろしく、ド派手に装飾された椅子の腕置きに頬杖をつきながらつまらなさそうに告げる。中々に偉そうだな。言葉の端々から隠す気もない殺気を感じるわ。


「そうは言っても、あれだけチクチクと陰気な魔力を感じたら呼ばれてるって思っても仕方ねぇだろ」


「ほう……」


 先程とは打って変わって、玉座に座った男は前かがみになりながら興味深げな視線を向けてきた。


オレの魔力に気づくとは、ただのゴミではないようだな」


「これでも天才なんでね」


 なんだよ、呼ばれたわけじゃなかったのか。じゃあここに来る必要もなかったかな?


「お前が魔王ルシフェルか?」


「だったらなんだ?オレに用でもあるのか?」


「あぁ。お前をぶちのめして、魔族と人間の争いを止める」


 そう言い放つと、俺は身体の中から二つの剣を呼び出す。右手には太陽の如く金色に輝く剣が、左手には夜の闇をまとう漆黒の剣がそれぞれ何の前触れもなく現れた。それを見て魔王ルシフェルの興味が益々湧いていく。


「面白い剣だ。強い力を感じるぞ」


「流石は魔王、見る目あるじゃねぇか。こいつらはエクスカリバーとアロンダイトってんだ。俺の最高傑作達だよ」


「最高傑作……ということは貴様が作ったのか?」


「当たり前だろ。最高の勇者には最高の武器が必要なんだよ」


「勇者……そうか貴様が……」


 僅かに目を細めたルシフェルは立ち上がると、黒いマントをたなびかせながら階段を降りてくる。


「前線で戦っていた魔族から耳にしたことがある。最近、勇者を名乗る人間が魔族にかなりの打撃をあたえている、と。名前は……なんだったかな?」


「アルトリウス・ペンドラゴンだ。自分を殺す相手の名前くらい覚えておけ」


「済まない。弱者の名前は覚える気がないのでな」


 俺が弱者だと?言ってくれるぜ、まったく。人間の世界じゃ考えられねぇよ。


「噂では隣に天才的な魔法陣士が常にいる、と聞いていたが?」


「あいつは休暇中だよ。偶には休まねぇと働きすぎるやつなんでな」


「休み、か……そうなると、貴様一人でオレの相手をすることになるが、いいのか?」


 かなり挑発的な口調でルシフェルが言った。俺はその言葉を鼻で笑う。


「なーに、お山の大将気取ってるガキを躾けるのなんて俺一人で十分だよ」


「なるほど……命を落とす覚悟はできているようだな」


 その瞬間、抑えつけていた魔力をルシフェルが開放した。この広い空間を一瞬にして支配する。確かにこの躾は命がけになりそうだ。


「最後に一つだけ問おう。貴様がオレに挑む理由はなんだ?」


「お前に挑む理由?」


 魔王と戦う理由かぁ……色々あるけど。


「俺を愛する女達の笑顔を取り戻すためだな。それと……」


 いったん言葉を切り、不敵な笑みを浮かべながら魔王を見据える。


「争いが嫌いな親友から戦う理由をなくしてやりたいからだ」


「そんなつまらないことでいいのか?貴様が死ぬ理由は」


「まぁな。カッコいいだろ?」


 俺が涼しい顔で言ってのけると、ルシフェルは僅かに顔をしかめ、羽織っていたマントを放り投げた。


「俺も一つ聞いていいか?」


「……なんだ?遺言くらい聞いてやるぞ」


「なんで人間に戦争を吹っかけてきた?」


 俺の言葉を聞いたルシフェルの眉がピクっと反応する。俺はよく知らないけど、元々魔族と人間はお互い不干渉だったらしい。こいつが魔王として魔族の上に立ったことで、戦争が始まったんだ。


「……退屈だったからだ」


「退屈?」


 ちょっと待て。そんな理由でこんな無益な争いが続いているっていうのか?


「どうやらオレは特別らしくてな。魔族の中でも飛びぬけた戦闘力を有しているらしい。その証拠に魔族でオレに太刀打ちできる者は誰もいなかった」


 ルシフェルが悪辣な笑みを浮かべる。


「そうなれば、人間共に喧嘩を売るほかあるまい?」


 こいつ……自分の遊び相手が欲しかっただけかよ。それに付き合わされる魔族が憐れすぎて何も言えねぇわ。もし、魔族達が本当は戦いたくないのに、こいつが力で無理やり言うことを聞かせているんだとしたら、許されることじゃねぇな。


「それが理由か?」


 憤りを抑えつけた声で問いかけた。もし本当にそれだけが理由なら、俺は勇者としてこいつをぶっ殺す。


「ふむ……それが一番大きな理由なのだが、強いて言うなら……」


 口元に手をあて、少し悩むような仕草を見せたルシフェルは、顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見据える。


「知っているか、勇者よ。魔族領と人間領の領土の大きさを」


「は?いきなり何を……」


「貴様らが住んでいる場所はオレ達のいるこの場所よりも数段広いのだ」


 それなら知っている。俺だって地図くらいは見たことあるからな。


「……話が読めねぇな。一体何が言いたいんだ?」


「なに、簡単なことだ」


 眉を顰める俺を見て、ルシフェルは軽快な口調で言った。


「この地は魔王であるオレのものだ。そして、そこに住まう者達も残らずオレの配下なのだ。……その連中が、大した力も持たない人間共に追いやられ、細々と暮らしていかねばならないことがオレには我慢ならん」


 その言葉を聞いて、俺は一瞬ポカンとした顔でルシフェルを見つめる。そして、自分が想像していた魔王像とのギャップに思わず吹き出してしまった。それを見て、ルシフェルの表情があからさまに不機嫌なものになる。


「……なんだ?」


「あーいや、わりぃ。意外な理由だったもんでな」


 暴君、そんな風に思っていた。まぁ、その認識にあまり相違はないみたいだけど、こいつはそれだけじゃねぇな。王として最も重要なこと……この男は自分の民を大切に思っている。


「……これなら、すっきりとした気持ちで戦えそうだな」


 怒りに身を任せて戦うのは好きじゃねぇ。楽しくないからな。俺は一気に魔力を練り上げると、魔法を詠唱する。


「”選ばれし者オンリーワン”」


 俺が編み出した魔法陣を用いないで発動する魔法。それを見たルシフェルが僅かに目を見開いた。


「勇者の名は伊達ではなさそうだ。そんな魔法は見たことがない」


「『聖なる勇者』にあやかって聖属性魔法って名付けたんだ。俺のオリジナルだぞ?」


「くっくっく……本当に面白いやつだ、貴様は。……これなら退屈しのぎくらいにはなりそうだ」


 そう笑いながら、ルシフェルは自分の身体に魔法陣を刻み込む。それだけだというのに、城全体が震えだした。


「来い!勇者アルトリウス!オレにその力を見せてみろ!!」


「行くぜぇぇぇぇ!!」


 俺は怒声を上げながら、優雅に両腕を広げて構える魔王に突っ込んでいく。こうして伝説になる勇者と残虐非道な魔王の戦いは始まった。

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