第316話 勇者と悪魔

 俺とルシフェルの戦いは激闘を極めた。魔法陣を構築しなくていい分、魔法の速度は俺に分がある。でも、魔族として生まれ持った身体能力から接近戦はルシフェルが有利。互いに一歩も譲らないまま、時間だけが過ぎていった。


「面白い……面白いぞ、アルトリウス!!ここまでオレと張り合えたのは貴様ぐらいだ!!」


 えらく上機嫌な魔王様。かなり血とか流しているんだが、痛みとか感じねぇのか?俺の方は大分ガタが来てるからそろそろ終わりにして欲しいんだけど。


「さっさと楽になっちまえよ!!」


「ほざけっ!!こんなに楽しい戦い、止められるわけなかろう!!」


 嬉々とした表情でルシフェルが拳を繰り出してくる。こりゃ、まだまだ終わりそうにねぇな。

 俺は内心ため息を吐きつつ、こうなったらとことんこの暴君に付き合ってやろうと覚悟を決めた。


 その時、俺と魔王の間に何者かが割って入る。


 俺もルシフェルも咄嗟に動きを止め、やって来た人物に目をやった。……おいおい、まじか。


「……何の真似だ、セシリア」


 自分の前に立ちはだかり、怖い顔で俺を睨んでいる茶髪の女にルシフェルが底冷えするような声で問いかける。楽しい時間を邪魔されたんだ、相当お冠だろ。その声に一瞬、ビクッと身体を震わした女であったが、俺を見る目は相変わらず鋭かった。


「これ以上、我が主が傷つくところを見ていられません」


 多分、ルシフェルの怒りを買うことを承知で出てきたんだな。恐怖よりも忠誠心がまさったか。いや、そんなことはどうでもいい。それより問題は彼女だ。相変わらず憎々しい視線をこちらに向けている忠臣を見たまま、俺の身体は一切動かなくなっていた。


「……我らに仇なす愚か者よ。魔王に代わり、このサキュバスのセシリアがお相手します」


 サキュバス……これが噂のサキュバスなのか。初めて見たが、これは……。


「下がれ。お前の出る幕ではない」


「下がりません!私の魔法であれば、この者を無力化することができます!」


「無理だ。この男は普通の人間ではない」


「それでもです!私はあなたの盾となり、あなたを守り通す所存です!!」


 なにやら言い合っているみたいだが、俺の耳には届かない。セシリアから片時も目を離すことなく、ふらりふらりと夢遊病者のような足取りで彼女に近づいていく。


「覚悟してください。サキュバスだけが持つ幻惑魔法の力、とくとご覧あれ!!」


 セシリアが俺に向かって魔法陣を構築し始めた。俺はそんな彼女の目の前でこうべをたれて跪く。


「一目惚れしました。結婚してください」


「……………………はぇ?」


 セシリアが右手を前に出した状態で固まった。後ろにいるルシフェルが意外そうな顔で彼女の方を向く。


「……幻惑魔法が効いたというのか?」


「い、いえ!まだ、魔法は放っておりません!!」


 ルシフェルの声で我を取り戻したセシリアが慌てて首をぶんぶんと横に振る。そんな表情も素敵だ。やばい。ここまでの女性は見たことねぇぞ。容姿が完璧なのもあるが、俺の好みに直球ドストライク。


「いやいや、俺は幻惑魔法とやらにかかってしまったようだ。あなたの魅力に惑わされている」


 狼狽えている彼女の手を優しく握りしめ、俺の方に引き寄せた。鼻腔をくすぐる甘い香りが何とも言えない。そうか、俺はこの人に出会うためにここへ来たんだ。絶対そうだ。

 何が起こったのか一瞬理解できていなかったセシリアであったが、俺に抱き寄せられたことに気が付き、顔を真っ赤にさせて俺の事を突き飛ばした。


「な、な、なにを言っているんですかあなたは!?冗談を言っている場合じゃないでしょうに!!」


「冗談じゃない。この気持ちは本物だ。俺は君に恋している……いや、もうこれはぞっこんだ。愛してる」


「は、は、は、はいぃぃぃぃぃ!?」


 耳まで真っ赤にしている彼女もすこぶるキュートだ。素晴らしい、非の打ち所がない。

 しばらく混乱していたセシリアだったが、2,3度深呼吸を挟み、自分の気持ちを落ち着ける。そして、やっと冷静さを取り戻したのか、真面目な顔で俺に向き直った。


「結婚ですか……いいでしょう。一つ条件をのんでくれさせすれば、私はあなたの妻にでもなんでもなります」


「条件?何でも言ってくれ」


 障害を乗り越えてこそ燃える恋もあるってもんだ。俺が間髪入れずに答えると、セシリアは僅かに冷たい笑みを浮かべる。


「魔王様の配下になりなさい。そして、忠誠を誓うのです」


 その言葉を聞いた俺は黙りこくった。それを見てセシリアは勝ち誇った表情を向けてくる。


「そんなこと出来ませんよね?なら、そんな馬鹿なこと言ってないでさっさとかかって来てください!あなたに費やしている時間など」


「わかった。魔王軍に入ろう」


「……えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 そんなに驚かなくてもいいのに。俺が黙ったのは予想外に条件が簡単だったからだ。てっきり人間を皆殺しにしてこいとか言われるのかと思った。そんな奥ゆかしい性格のセシリアもチャーミングだぜ。


「人間であるあなたが魔王の配下に入るのですよ!?」


「おう」


「人間を裏切ることになるんですよ!?」


「おう」


「この方に忠誠を誓うということですよ!?」


 ん?あぁ、そういやルシフェルがいたんだったな。完全に忘れてた。


「今日からお前の軍に入ることになったからよろしくな。俺はお前の事フェルって呼ぶから、お前は俺の事アルって呼んでくれ」


「……正気か、貴様」


 フェルが呆れた顔で俺を見てくる。


「人間である貴様を他の者達が歓迎するとはよもや思うまい」


「あー……まぁ、そうだろうな。でも、なんとかなるだろ!」


 対話すれば何とかなるんじゃないかってマーリンも言ってたしな。話し合えばきっと分かり合えるはずだ。わからない奴は殴ってわからせる。


「……オレの配下に入るのであれば、貴様は人間を捨てることになる。そして、その正体を明かすことは絶対に許さん。例え知己と戦うことになってもだ。そうなったとしても、貴様は手心を加えることなく、魔族としてその人間を完膚なきまでに叩きのめさねばならない。それでもいいのか?」


「任せろ!こう見えてもやるなら徹底的にだ!」


 俺とセシリアの愛の巣を脅かす奴は何人なんぴとたりとも許しはしない。魔王軍に入った俺を舐めてもらっちゃ困るぜ。


「ということで、セシリア?式はいつにしようか?」


「どうしてこんなことに……」


 俺がニコニコと笑いかけると、セシリアは盛大に顔を引きつらせた。フェルの方はため息をつきながら小さく頭を振った。ちなみに俺は幸福の絶頂だ。そりゃこんな可愛い嫁さんゲットしたんだ、そうなるってもんよ。


 こうして、俺は半ば強引にフェルが率いる魔王軍に入ったのだった。



「これが、俺が魔王軍に入った経緯だな」


「…………なんつーか」


 無茶苦茶だな。ツッコミどころが多すぎるっての。マーリンのジジイの変わりっぷりにも驚かされたが、なんと言ってもフェルだよ。ピエールから何となく話は聞いていたけど、今と違いすぎるだろ。誰ですかそいつは?そんな魔王然とした男、私は知りません。って感じだよ。


「頭の整理がつかないって顔してんな」


「仕方がねぇだろ。情報量が多すぎる」


「だろうな。まぁ、優しい俺様は一つだけお前の質問に答えてやってもいいけど?」


 なにこの勇者スーパーケチなんだけど。こんだけべらべらと話したくせに、質問が一つだけとか鬼畜の極みだろ。

 フェルの事だってもっと聞きたいし、マーリンのジジイも気になる。それにアロンダイトに加えてエクスカリバーも作ったって言ってたし、知りたい事三昧だっつーの。

 だが、嘆いてもしょうがない。少し話してみて性格の悪さは薄々勘づいていた。だから、本当に聞きたいことを質問するしかねぇな。


「おい、アルトリウス」


「なんだ?聞きたいことが決まったか?」


「あぁ」


 俺が最も興味あること。それは……。


「性属性魔法について詳しく」


「そこかよっ!!」


 アルトリウスがキレのあるツッコミを入れてくる。いや、だってそうだろ。夜のベッドで会得したとか、ナニをすればいいのか非常に気になる。そして、その効果も知りたすぎて若干鼻血が出そうなくらいだぞ。


「本当にお前はアホだな」


「お前には言われたくない」


「ちっ……まぁ、いい。じゃあ話の続きをするぞ。ここからは俺がどうやってセシリアを落としたのかたっぷりと」


「あっ、それはいいです」


 俺は光の速さでアルトリウスの話を遮った。そのセシリアって人はなんとなくセリスと重なる感じがしてなんかヤダ。特にこのナルシーバカとラブラブするところとかマジで聞きたくない。


「余計な話はすんなって言っただろ。魔王軍に入ってからの事を話せよ」


「あー?別に面白いことなんて何もねぇよ。お前と同じで他の魔族の信頼を得るお仕事の始まりだ」


 アルトリウスが至極どうでもよさそうな口調で言う。まぁ、そこから始めないと話にならねぇもんな。その気持ちすげぇわかる。


「とは言っても、お前と違って俺の場合は拳によるコミュニケーションがほとんどだったけどな。あの頃の魔族は血気盛んなバカばっかりだったんだよ」


「そうなのか。ってことは結構楽……だったのか?」


「畑仕事したり、噴火を食い止めたりなんかよりは面倒くさくなかったな」


 アルトリウスがニヤリと笑みを向けてきた。そっか、こいつはアロンダイトの中にいたから俺がやって来たことをほとんど知ってるんだよな。なんか気恥ずかしいわ。


「後は魔都計画とかもやってたな」


「魔都計画?なんだそれ?」


「王都の近くに魔族の都をおったててやろうって計画だ。魔都エルサレン……途中で俺が死んじまったから、計画が流れちまったけどな」


 魔都エルサレン……なんか似たような名前の街を知っているんだけど。


「それって、今の聖都エルサレンとなんか関係あんのか?」


「関係も何も、そこが作りかけの魔都だったんだよ」


 なにそれ、初耳なんだけど。


「え、ってことは何?魔族の都になる予定だった所を今の人間達は聖なる場所だ、とか言ってんの?」


「まぁ、そういうことになるな。そこに行くと勇者の試練とかいうやつが受けられるんだろ?」


「あぁ。その試練とやらに合格すれば勇者の力を授かれるらしい。その試練に挑んだわけじゃないから詳しいことはよくわからねぇけど」


 ……いや、ちょっと待てよ。勇者の力って要するにこいつの力ってことだよな。でも、こいつは剣の中で生きてたんだよな。どういうこった?


「お前の疑問はわかるぞ。だが、その答えは簡単だ。戦う意思のない魔族達を守るために作ろうとしたのが魔都エルサレンだからだ」


「戦う意思のない魔族達を守る?」


「魔都エルサレンの構想は元々、侵略者が来たら魔法で作られた巨大な迷宮が出現してその侵入を阻み、その間にエルサレンで生活している魔族に俺の力を分け与えるっていうもんだったんだよ」


「……それは敵が来たら自動で発動する魔法なのか?」


「あぁ。迷宮をクリアしたら、もれなくそいつの心の中にいる最も厄介な奴が影として出てくるっていう素敵なおまけ付きのな。それが変にねじれちまったんだろうよ。まだ不完全だったからな」


 あっけらかんと言い放つアルトリウスを俺は黙って見つめていた。まじで聖属性魔法って半端ねぇな。何でもありじゃねぇか。設置型の魔法陣とはまた少し違う。俺には手が出せない領域。……悔しい気持ちが湧いちまうのは仕方ないだろ。


「……なんて顔してんだよ」


「え?」


 俺が顔を上げると、アルトリウスが呆れたように微笑みながら俺を見ていた。


「俺の編み出した聖属性魔法は万能だが、大陸を二分するなんていう力技は出来ねぇぞ?」


 どうやら顔に出てしまったらしい。魔法陣の事になるとムキになるのは悪い癖だな。


「まぁ、とにかくだ。そんな感じで魔族領ライフを満喫してたんだけどな。そうも言ってられなくなったんだ。なんでかわかるか?」


 アルトリウスが試すような視線を向けてくる。そんなのいくらでも理由なんて考えられるぞ。なんたって魔族と人間は戦争中なんだからな。でも、こいつなら大抵の事はどうにかするだろ。楽しい魔族領での生活が終わらないよう要領よく動きそうだし。そんなアルトリウスでも無視できない事態……そんなの引き起こせるのは一人しかいねぇ。


「……マーリンのジジイか」


「そういうことだ」


 アルトリウスは俺の答えに頷くと、乾いた笑みを浮かべた。

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