第313話 やっと色々とフラグを回収できて嬉しい今日この頃
魔王の間は戦場と化していた。巨人族が入っても問題ないほどに広く作られたこの場所で、聖なる光をまとった勇者と極悪非道な魔王が火花を散らしている。それはまるで物語を締めくくる最後の戦いを思わせるものだった。
だが、それは普通のものとは違う。勇者は全力を振り絞っているものの邪悪な魔王を滅しようとはしていないし、魔王は邪魔者を排除しようと、ありとあらゆる策を講じて勇者を葬り去ろうとしていない。勇者は魔王に殺されることだけを渇望し、そして、贖罪の意を込めて彼の拳を受け止める。魔王は己の鬱憤を晴らすと同時に、強者と戦いたいという欲求を全開にして、小細工なしで勇者とぶつかり合っていた。
なんとも歪で滑稽な戦い。いや、これは魔王の娯楽というべきか。どちらにせよ、一般的に語られる『勇者と魔王の戦い』とは程遠いものだった。
その、戦いとは呼べないなにかに終止符を打つ者がこの場に現れる。
突然、魔王の間と廊下をつなぐ頑強な扉がすさまじい音とともに吹き飛んだ。それまで拳を交えていたルシフェルとレックスが手を止め、同時にそちらへと目を向ける。
「……どうやら時間切れのようだね」
そこに立っている人物を見たルシフェルはやれやれと頭を左右に振った。その言葉の意味は理解できなかったが、レックスは扉があった場所に立つ金髪の悪魔から目を離すことができないでいる。
あの女性には見覚えがある。確かフローラと因縁がある魔族だったはずだ。だが、本当に同一人物か?さっき会った時にこれほどまで強大で得体の知れない力を感じたか?
「どういうことだ?彼女は……?」
レックスが隣にいるルシフェルに視線を向けると、彼は小さく息を吐きだし、困ったように肩をすくめる。
「うーん……あんまり詳しく話している余裕はないかな?まぁ、一つだけ言えるとしたら―――」
そして、全てを諦めた笑みを浮かべた。
「この世界は終わりだってことだね」
*
…………ん?
ゆっくりと目を開ける。その目に飛び込んできたのは一面の白だった。え、何ここ?なんでこんなところにいるの、俺?……なんかやけに頭がぼーっとするんだけど。
とりあえず何があったのか思い出そう。確か、今日は朝起きて歯を磨いて、顔洗って、セリスが作った朝飯食って……あっ、そういや目玉焼きに塩かけすぎってセリスに怒られたなぁ。その後、セリスお手製のヨーグルトを食べてアルカがすこぶる上機嫌だった。まじ癒し。
いや、絶対にこれは思い出す必要のないことだ。もっと直前のことじゃねぇと、この状況を理解できん。
えーっと……今日はなんか大事なことがあったような……あ、あれだ。魔族と人間の代表が戦うやつだ。それで、人間の代表は俺の思った通りで、俺の前にはレックスが現れて、んであいつと戦って…………。
そっか、俺は死んだのか。
あいつの剣が俺の胸にぶっすりいってたもんなぁ……あれじゃ、死ぬか。まじか、まじで死んだのか。
ってことは、もう二度とセリスやアルカに会えないってことかよ。……やばい、辛くなってきた。普通に泣きそう。完全に場の雰囲気に呑まれてわけわからん事しちまった。なんであいつの剣に突っ込んだんだよ、俺。なにテンション上がって劇的な死を迎えてんだよ、俺。はぁ……マジでへこんできたわ。ふて寝しよう。
「おいおい……この状況で二度寝決め込むとか、お前の神経どうなってんだよ」
寝返りを打った俺の耳に聞き覚えのない声が聞こえた。一瞬、起き上がるか迷ったが、ここは眠気を優先することにする。もしかしたら俺に話しかけたわけじゃないかもしれないし。
「って、おーい!なに睡眠継続しようとしてんだよっ!!さっさと起きろ!!」
うるせぇ。なんなんだよ、一体。
俺は気怠そうに身体を起こし、声のした方へと視線を向ける。そこには会ったことがないはずなのに、なんとなく見たことがあるような男が立っていた。金髪碧眼、まごうことなきイケメン。
「イケメンは死ね」
「第一声がそれかよっ!!」
あっ、イケメンへの憎悪がたまりすぎてぽろっと口から出ちゃった。てへぺろ。だってしょうがないじゃーん。死ぬ間近に見たのがイケメンで、死んでから初めて見たのがイケメンなんだから。これはもうイケメンに呪われているのは確定的に明らか。
あぁ、そうか。どっかで見たことあると思ったら、なんかレックスに似ているな。顔の形というか、雰囲気というか、髪の色も同じだしレックスあの世Ver.ってところか。そんなバージョンまじでいらねぇよ、くそが。とにかく関わらないに越したことはない。
「初めまして、さようなら」
俺は胡坐をかいてこっちを見ている謎の男に軽く頭を下げると、踵を返してこの場を離れようとした。
「ちょっと待てよ。……相棒」
背中にかけられた声に俺の足がピタリと止まる。相棒……この男、今俺をそう呼んだか?俺は怪訝な表情を浮かべながら振り返った。
「誰だ、あんた」
俺を相棒だなんて呼ぶ奴は今までいなかったはずだ。なのにこの男は俺をそう呼んだ。
「やっと俺に興味を持ってくれたようだな」
謎の男はニヤリと笑うと、自分の目の前を指で差し示す。若干、気乗りしなかったけど、とりあえずいうことを聞いて男の前に座った。
「それで?俺の正体に心当たりは?」
「ねぇな。まるでない」
常日頃からイケメンのデータは削除するようにしている。そんな無駄なもので俺の高尚な脳みそを埋め尽くしたくない。
「まぁ、そうだろうな。じゃあ、一つヒントだ。俺はいつでもお前のそばにいたぞ」
えっ、怖っ。何こいつ、ストーカー?影から俺を見ているうちに、俺の知り合いだと錯覚してしまった可哀想なやつか。死後の世界までストーキングしてくるとか、筋金入りだろ。
「……ずっとお前の身体の中にいたから、何となくお前の考えていることがわかるわ」
謎の男が俺にジト目を向けてくる。なに!?俺の考えが読めるだと!?……って、身体の中?
身体の中にいて相棒………………もしかして。
「えっ!?アロンダイトかお前!?」
「正確には違うな」
違うんかい。めちゃくちゃ大きな声出しちまったじゃねぇか。恥かいたぞ、くそが。
「俺はアロンダイトを作った男だ。わけあってあいつの中で生きていたんだよ」
「アロンダイトの中で生きていた?」
「そうだ」
ダメだこいつ早くなんとかしないと。そのうち「俺は最強の剣だー!ズバズバー!!」とか言い出しかねないぞ。
「……また俺のことを馬鹿にしただろ」
男は呆れた顔で俺を見ながら盛大にため息を吐いた。いや、だっていきなり剣の中で生きていたとか言われたら何より先にそいつの頭を心配するだろ、普通。
「よく考えてみろ。あの剣は明らかに意志を持っていただろうが。普通の剣だったらそんなこと絶対あり得ねぇだろ」
「あー……まぁ、確かに」
実際に俺も疑問に思ってたわ。ドラゴンに襲われているアルカの所まで俺を連れていってくれたり、アベルが自分の剣が最強だって言った時、不機嫌さを露にしながら俺の身体から勝手に飛び出してきたり、どう考えても剣の枠を超えている。中に誰かが入っていたって言われた方がしっくりくるか。
「納得いったか?」
「あぁ。なんで剣の中に入れたのかわからねぇし、剣の中で生きていこうという発想に至った思考回路とか1ミリたりとも理解できねぇしする気もないけど、お前がアロンダイトにいたことだけはわかった」
「たくっ……こいつは……」
俺がすらすらと答えると、男はしかめっ面で俺を睨みつけてくる。そんな目で見られても理解できないものは理解できない。何が楽しくて剣の中に入るんだよ。まともな人間は確実にその選択はとらん。
「本当に生意気な奴だな、お前は。フェルが手を焼くわけだ。……俺はお前の先輩でもあるんだぞ?」
「先輩?まぁ、アロンダイト先輩の中に入ってたんだったらそうか」
「そうじゃねぇよ」
俺の言葉を男はきっぱりと否定した。
「俺が初代魔王軍指揮官ってことだよ」
「なっ…………!?」
思わず絶句してしまう。こいつ、今とんでもないことを言わなかったか?
「ってことは、お前がランスロットなのかよ!?」
「やっと気が付いたか、馬鹿め」
まじかよ……。俺の先輩指揮官は変わった奴だろうな、とは思ってたけど自ら進んで剣の中に入るような男だったとは……変人じゃなくて変態だ、こいつ。
「……一度ぶっ殺してやった方がいいか?」
ランスロットを名乗る男が額に青筋を浮かべながら頬をヒクつかせた。まぁまぁ、落ち着けって。
「いやまじで驚いたわ。まさかそんな大昔に生きていた男に会えるなんて思ってなかったから」
目の前にいる金髪の男が歴史の教科書とか、子供が好きな絵本に登場する悪役のモデルなんだよな。俺はミーハーじゃないけど、なんかテンション上がってくるわ。サインとかもらえないかなー。……って、あれ?金髪?
「ちょっと待て。ランスロットって黒髪じゃなかったか?」
学園でマーリンのジジイがそう言っていた気がするんだけど。
「染めたんだよ。じゃないとすぐに身バレするだろうが」
「あー、なるほど」
俺が仮面をつけているのと同じか。確かに金髪って目立つもんな。俺はセリスとあのバカしか知らねぇ。
「人類の希望って言われた勇者様が魔王軍に寝返ったなんて知れたらまずいことになんだよ」
「そりゃまずいな。勇者が魔王軍に入るとか冗談でも……」
そう相槌を打ちながら途中で固まる俺。頭の中が一瞬にして真っ白になる。そんな俺に気づかないまま、男は暢気に話を続けた。
「そうだよ。天下のアルトリウス・ペンドラゴン様が悪の幹部になったことがバレたら、故郷に残してきたレディ達が涙で枕を濡らすことになるからな」
…………………………は?
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