第287話 王様が金髪の悪魔にこだわる理由がエロいものじゃなくてホッとした

「シンシア、お前はこの場には呼んでいない」


 オリバー王が固い口調でやってきた娘に告げる。でも、シンシアさんはキッと俺を睨みつけたまま、首を左右に振った。


「お父様……私はそこにいる魔王軍指揮官に用があるのです」


「俺?」


 思わず素の声が出た。いや、だってシンシアさんとはほとんど面識ないぞ?同じクラスだったけど、彼女は俺が学園を去るちょっと前に入学してきたし。下手したら話したこともないかもしれん。戸惑う俺をよそに、シンシアさんは厳しい表情を浮かべながらゆっくりと口を開く。


「……シューマン君、なぜフローラさんの兄を亡き者にしたのですか?」


 ……またその話か。シンシアさんの後ろにあの生真面目な先輩はいないよね?


「そんなどうでもいい話をするためにこんな所まで来たのか」


「どうでもよくなんてないです!そのせいでフローラさんがどれだけ……」


 あーもう面倒くせぇ。世間知らずのお姫様にはさっさとこの場から退場していただこう。


 俺は威嚇の意を込め、魔力を練り上げる。それを見たほとんどの貴族は怖れ慄き、ガタガタと震え始めた。だが、シンシアさんは口を真一文字に結んだまま、俺を睨みつけ続けている。あれ?効果ない感じ?


「……格好つけた割に全然怯んでないみたいだけど?」


「うるせぇ!」


 ニヤニヤと笑っているフェルに向かって八つ当たり気味に声を荒げる俺。格好悪すぎる。


 俺は魔力を引っ込めると、シンシアさんに背を向けた。


「俺はあんたと話すためにここに来たわけじゃない。だから、あんたに言う事なんて何一つない」


「っ!?そ、そちらになくてもこちらにはっ!!」


「シンシア」


 オリバー王が名前を呼ぶと、シンシアさんが言葉に詰まる。それだけその声に有無を言わさぬ迫力があった。


「場を乱すでない。弁えよ」


 ……凄まじい眼力だわ。あの目で睨まれたら俺は尻尾を巻いて逃げる自信がある。


 シンシアさんは悔しそうに拳を握りしめると、父親から目をそらした。だが、ここからいなくなるようなことはせず、何も言わずに王の隣へと移動する。そんな娘を見て、オリバー王は深々とため息を吐いた。


「これ以上は言っても無駄なようだ。ルシフェル殿、我儘な娘を同席させても構わないか?」


「全然いいよ!じゃあ話の続きをしよっか!」


 フェルは大して気にした様子もなくシンシアを一瞥すると、オリバー王の方へ顔を向ける。


「僕達の提案は一つ、代表戦をしようってことなんだ」


「代表戦?」


 フェルの言葉を聞いたオリバー王が眉をひそめた。うん、まぁそんな反応になるよね。賢王と名高いオリバー王でも意味わからないと思う。


「……詳しく伺っても?」


「うん!簡単に言っちゃえば、人間から四人、魔族から四人選んで戦ってもらうって事。それで負けた方は勝った方の要求を何でも一つ聞く。どう?わかりやすいでしょ?」


 明日の天気を告げるような気安さで言ったフェルとは対照的に、場は重苦しい空気に包まれる。だが、フェルはお構いなしで言葉を続けた。


「前みたいな戦いは疲れちゃうだけだからさ。大勢で戦うなんて物資が無駄に減るだけだし、互いのためにならないと思うんだ」


「……なるほど」


 オリバーはそう呟くと、顎に手を添え何かを考え始める。ここで否応なしに断られたら、全てが台無しになるけど……どうだ?


「……もう少し、具体的な内容を聞きたい」


 どうやら頭ごなしに否定はしてこないみたいだな。


「さっきも言ったけど戦うのは4人。それ以外は誰も手を出しちゃいけない。で、勝ったときに相手に求めることはあらかじめこの場で決めておく。場所は魔王城の近くにある魔の森がいいんだ。あそこなら邪魔が入らないしね」


「魔族領が戦いの場だと?」


 それまで大人しく話を聞いていた豚がいきなりしゃしゃり出てきた。大事な話してるんだから、お外に行っておいで。


「ふんっ……バカバカしい。それでは魔族側が不正し放題じゃないか。不平等極まりない」


「別に平等にいこうなんて思ってないよ。そもそも、なんで対等でいられると思っているの?」


「なにぃ!?」


 ロバート大臣の眉が吊り上がる。本当に怖いもの知らずというかなんというか……態度だけは一端だな。


「別にこの提案が跳ね除けられたってかまわないよ。そしたら僕は今から人間を根絶やしにするだけだから」


 フェルは身も凍るような殺気を放つと同時に、巨大な魔法陣を五つ構築し始める。それに合わせて俺も十個、合計十五個の魔法陣がこの場の空間を支配した。


 騒然となる場。さっきは俺の魔力をくらっても平然としていたシンシアさんも目を見開きながら、その場で後ずさりをする。


 その中で唯一冷静なオリバー王が静かに口を開いた。


「……我々に拒否権はないという事か。魔族が勝利した場合の要求を聞こうか?」


「ん?それはこの話を受けてくれたって解釈でいいのかな?」


「その要求が人間を奴隷にすることであったり、滅亡させることである場合は、この場で一矢報いてやるほかないのでな」


「そっか、そうだよね」


 オリバー王の言葉に納得した様に頷くと、フェルはあっさり魔法陣を消した。


「僕達の要求は、互いに領土を侵さないって事と、魔族と人間が仲良く交易を結ぶって事だよ」


「要求は一つという話ではないのか?」


「そこは少しおまけしてね」


 フェルが茶目っ気たっぷりにウインクを投げる。それも様になるから腹立つわ。俺がやったらセリスあたりに「目にゴミでも入ったのですか?」とか言われるぜ、きっと。


「ルシフェル殿と魔王軍指揮官、二人がいたら我々に勝ち目はないように思えるが?」


「安心して、僕は代表にはならないから。クロは……仕方がないかな?」


「ふむ……」


 オリバー王は少しの間、思案している風であったが、徐に顔を上げると、きりっとした表情でこちらに向き直る。


「わかった。この話お受けしよう」


「なんと!気は確かか!?」


 あっ、豚がまた元気を取り戻したみたいだ。


「こんなの罠に決まっておりますぞ!領土不可侵?交易?そんな約束守るわけがない!!人間の領土を全てよこせとか言うに決まっている!!こいつらは少しだけ知恵を持った魔物と何ら変わらんのですぞ!?そんな野蛮で低俗な奴らの言うことなど」


「"石飛礫ロックシュート"」


「ぶひっ!」


 俺は小石を豚の眉間にぶち当てる。やっぱり、鳴き声を聞く限り豚っていう認識は間違っていなかったようだ。


「……この場での暴力は争いに直結するぞ?」


「話を円滑に進めるためだよ」


「そうか、ならば致し方ない」


 俺が面倒くさそうに言うと、オリバー王はあっさりと引き下がった。多分、内心俺と同じような気持ちだったんだろ。やっぱりこの人は嫌いになれそうにねぇな。


「他に話の腰を折る奴はいるか?」


 俺がぐるりと見回すと、全員がさっと目をそらした。よかったな、満場一致みたいだぜ。


「じゃあ、決まりってことでいいね。代表戦の日時は……一週間後とかでいいかな?」


「問題ない」


「なら、そういうことで。……あっ、そうそう。代表の決め方だけど、立候補でお願いするよ」


「立候補……こちらが選ぶわけではなくてか?」


「うん。やっぱり戦いたくない人を巻き込みたくないしね。自分から名乗り出た人こそ、代表にふさわしいってことだよ」


 そう言うと、フェルはさりげなくこっちに目を向けてきた。俺は何も言わずに小さく首を縦に振る。これが、俺がフェルからこの話を聞いた時に出した条件。魔族と戦うか選ぶのは自分自身。


「わかった。そのようにしよう」


「よかった!じゃあ、そっちが勝ったときの要求を聞こうかな?」


「うむ。我々が勝った時、そちらに要求することは一つ……」


 オリバー王はゆっくりと息を吐き出すと、僅かに前のめりになりながらこちらに鋭い視線を向けてきた。


「悪魔族の長、セリスの身柄をこちらに引き渡すことだ」


「…………えっ?」


 その言葉に反応したのはフェルではなく俺だった。そんな俺にオリバー王はちらりと顔を向ける。


「なにか問題でも?」


「い、いや……な、なぜそれが望みなのか疑問に思って……」


 テンパりすぎて噛み噛みになっちまった。そんな俺を見ながら、オリバー王はゆっくりと玉座に身を預ける。


「簡単なことだ、不安の芽を取り除きたい。……金色の髪をした魔族は人間に災いをもたらす、と代々言い伝えられているのでな」


「災い……?」


 なんだそりゃ。そんな話聞いたことねぇぞ。


「まだ若い貴殿は知らなくても当然か。と、言うよりもこの国に住むほとんどの者が知らないだろう」


「……そんな胡散臭い伝承をあんたは信じるっていうのか?」


「伝承だけではない。これまで歴史で人間と魔族は多くの争いを繰り広げてきた。その中で人間側が大打撃を受けた戦いには決まって金色の髪をした魔族の存在があったのだ。記録としてちゃんと残っている」


 なんだよ、それ。歴史の授業をちゃんと聞いていなかったことによる弊害か?いや、絶対にそんな話はしていなかったはずだ。


「……もしそれが事実だとしても、セリスがそうだとは限らねぇだろ」


 完全に素の自分に戻っている。でも、そんなことは関係ない。


「確かに悪魔族の長が我々にとって災いとなり得ぬかもしれん。だが、ナイフを隠し持っている疑いのある隣人がいて、貴殿はゆっくり眠ることができるか?」


「そ、それは……」


 オリバー王の言葉に、俺は閉口するしかなかった。言っていることが正しいのはわかる。俺もセリスの事じゃなかったらすんなり納得していただろう……セリスの事じゃなければ。


「話ついでに、魔王軍指揮官に聞きたいことがあった」


「……なんだ?」


 まだ頭の整理がついていないから、しばらくそっとしておいて欲しいんだけど。


「なぜ、貴殿の育った村であるハックルベルを襲った?」


 ……その事か。面倒くせぇ。


「どっかの豚から報告を受けてんだろ?だったらそれが理由でいいじゃねぇか」


 俺がそこでだらしなく伸びている豚をつまらなさそうに見ながら言うと、オリバー王は怪訝な表情を浮かべた。別にこの豚のせいにしてもいいんだけど、証拠もねぇし、魔族の俺の言うことなんてほとんどの奴が聞かないだろ。……まぁ、オリバー王は普通に信じそうだけど。なにより、今は色々と説明している余裕なんてねぇんだよ。


「そのような適当な理由でいいのか?貴殿の幼馴染が危うい立場にいるというのに」


「……どういうことだ?」


「レックス・アルベールはロバート大臣に襲い掛かった罪で、今、独房に入れられている」


「はっ?」


 レックスが捕まってる?どういうこと?


「ロバート大臣から故郷の村が魔族に襲われたことを聞き、感情が高ぶったせいでロバート大臣に手をあげたのだ」


「はぁぁぁぁぁっ!?」


 まじで何やってんだよ、あいつ!バカにもほどがあるだろ!……え?お前も小石ぶつけたって?俺は魔族だからいいんだよ!


「やむに已まれぬ事情があったにせよ、国の重鎮に手を出したのは事実。ロバート大臣の許しがない限り、牢から出ることはできまい」


 まじかよ。これじゃ立候補制にした意味がまるでねぇじゃねぇか。ちょっと待ってくれって……セリスの件でもう俺の頭はキャパオーバーなんだよ。


「……そろそろ帰りたいんだけど、いい?」


 俺が頭を悩ませていると、空気を読まずにフェルがオリバー王に尋ねた。


「互いにするべき話も終えた。ルシフェル殿がこの場にいる理由はもうないだろう」


「よし、じゃあ帰るね!……あぁ、代表者が決まったら一週間後、マケドニアの裏門辺りで待ってて。迎えを寄こすから」


「あいわかった」


 オリバー王の返事を聞くと、フェルは踵を返し、謁見の間を後にする。考え事をしていた俺は慌ててその後を追った。

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