第288話 この辺りでそろそろ伏線を張りつつ回収しつつ

 あのバカ……もう少し考えて行動しろって言うんだよ。よりにもよってあの豚に手を出すとは……王様はロバート大臣が許せば出られるって言ってたけど、それだと一生牢獄の中って事じゃねぇか。はぁ……厄介なことしてくれるぜ、まったく。


 城を出たところで、フェルが声をかけてきた。


「セリスの事、驚いた?」


「あ?……あぁ、そうだな」


 レックスの事を考えていた俺だったが、その言葉によってオリバー王の言葉で頭が埋め尽くされる。


 ―――金色の髪をした魔族は人間に災いをもたらす


 そういえば、セリス以外に金髪の魔族は見たことがねぇ。たかが髪の色だっていうのに、本当に何かあるって言うのか?


「まぁ、驚いたには違いねぇけど、ただの言い伝えだろ?セリスが災いをもたらすような奴じゃないっていうのは俺が一番わかってるし、お前だってそうじゃないことは」


「クロ」


 俺の言葉を遮ると、フェルは今まで見せたことのないような真剣な表情で俺の目を見つめる。


「な、なんだよ。そんな真面目な顔して」


「君に言っておかなければならないことがあるんだ」


 硬質な声。逃げることのできない真っ直ぐな視線。そして、無慈悲に紡がれる言葉。







「セリスは……君の大切な人は世界を滅ぼす力を持っている」







 …………。


 こいつはそんな真面目な顔をして何を馬鹿な事を言っているんだ?世界を滅ぼす力?妄想も大概にしておけよ。


「あのなぁ、フェル。冗談も休み休み言ってくれよ。何を根拠にそんな馬鹿げた話をしたんだ?」


 思わず苦笑いが溢れる俺に対して、フェルの表情は相変わらず硬い。


「根拠ならあるさ。以前、セリスを止めるために僕が死にかけたからね」


「は?」


 死にかけた?こいつが?殺されたって死ぬような奴じゃないのに?


「あれはセリスが子供の頃の話だよ。両親の死をきっかけに彼女は暴走したんだ。……まだ子供だったから本気の僕がアロンダイトを使ってなんとか止めたけどね」


「……それ、マジな話か?」


「マジもマジ。大マジだよ」


 ……だめだ、頭がパンクしそうだ。考えることを脳が拒絶している。


 子供でフェルを圧倒するなんてやばいなんてもんじゃねぇだろ。そんな子が大人になったんだ、世界を滅ぼす力を持ってるって言われても不思議じゃねぇ。


「……ねぇ、クロ?」


「……なんだ?」


 今、生まれてきて一番混乱しているんだ。これ以上余計な事を言うんじゃねぇぞ。


「クロが魔族領に来て一番最初に頼んだこと、覚えてる?」


 いきなりなんだよ。フェルが俺に頼んだこと?そんなもん急に言われて思い出せるわけねぇっつーの。


 えっと……フェルに拉致られて、幹部会に無理やり連れられて、小屋に案内されて、掃除して、翌日刺々しさマックスのセリスと一緒にフェルの部屋に行って……。


「あれか?メフィストの村を見て来てくれってやつか?」


「ううん、そうじゃないよ」


 え?違うの?


 悩む俺を見ながらフェルは満面の笑みを向けてきた。


「……ちゃんと彼女を守ってあげるんだよ?」


「…………あっ」


 言われた。確かに言われた。魔族領に来て初めての夜。小屋の掃除を終えてへとへとになった俺がベッドに横になっていたらフェルが来てそう言われたわ。


「……守れなかったら?」


「その時はクロが人間の国を滅ぼしちゃうだろうね」


 以前とは違う答え。俺は思わず笑みをこぼした。


「確かに……そうなるわな」


「でしょ?」


 フェルも俺につられるようにして笑う。あん時は意味が分からなかったけど、今ならわかる。あいつは俺が命を懸けて守る女だ。


「さて、と……気になるんでしょ?行ってきなよ」


「ん?あぁ、レックスの事か」


 まぁ、気にならないって言ったら嘘になるな。さっきまでどうしようか迷っていたくらいだし。


「ちょっと探ってみるわ。……邪魔者は退散するよ」


 俺がその辺に植えてある木に目を向けると、フェルは笑いながら肩を竦める。


「そうみたいだね。少しだけ話をしたら僕は帰るから、クロもあんまり派手なことはしないようにね」


「へいへい」


 俺は適当に返事をすると、転移魔法を発動し、この場からいなくなった。



 クロがいなくなるのを見計らったかのように、木陰から現れた男がルシフェルに近づいていく。


「……久しぶりだね、マーリン」


「ふぉふぉふぉ……直接話すのはこれで二度目か?」


 地面につくほどに長い白いひげを撫でながら、マーリンは朗らかな笑みを向ける。


「クロムウェルに気取られるとは……儂も腕が落ちたかのぉ」


「クロもここにいた時より随分成長したみたいだからね。……正直、成長しすぎな感はあるけど」


「いまのあやつを相手では恐怖の魔王も厳しいんじゃないか?」


「そうだね。正直、本気でやり合ったら勝てる自信がない」


 ルシフェルは事も無げに言い放った。聞く者が聞けば衝撃が走る発言でありながら、マーリンに驚いた素振りはない。


「そうなると、全盛期の儂でも相手にならなそうじゃな」


「そう思うよ。今のクロに勝てるとしたら……」


 フェルが城へと目を向けた。少し懐かしいような、それでいて圧倒的な力を感じる。恐らく、この力の持ち主は城のどこかで投獄されている男のものだろう。


 フェルは城から視線を外すと、マーリンの方に目を向けた。


「……まだ苦しんでいるみたいだね」


 その言葉にピクっとマーリンの身体が反応する。


「この二百年ほど、女性の恨みは恐ろしいということを痛感し続けとるわい」


「セシリアは本当にアルのことを愛していたからね」


 遠い目をしながらフェルが呟いた。マーリンも何かを思い出すかのようにスッと目を閉じる。


「……儂と同じ思いなどさせたくないんじゃがのぉ」


「それは僕にもわからないな。ただこれはクロの望みでもあるから」


「あの二人を信じることしかできないわけじゃな」


 マーリンが力なく笑うと、フェルは静かに頷いた。


 この二人にしかわからない世界。この二人だけが醸し出すことのできる空気。そんな二人の中に入れる者達は、もう既にこの世からいなくなっていたのであった。

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