第271話 覚醒

 俺の知っている景色と違う。


 畑仕事でムキムキになったゲインおっちゃんが手塩にかけて育てた畑も、エマおばさんが鼻歌歌いながら水をあげていた花壇も、雨漏りしまくってた無駄に大きい村長の家も、俺の両親が住んでいるボロ屋も、何もかもが灰になっていた。


 ゆっくりと歩を進めていく。頭の整理がつかない。自分の知っている場所なはずなのに、どこか遠い場所に来たような錯覚に陥る。


 ザクザクザク……。焼け落ちた家屋の上を歩いているせいか、踏み込むたびに心地いい音がなった。俺の気持ちとは裏腹に。


 自分の家に着いた。家と呼ぶのもおこがましい。焚き火をした後の寂しい残骸にしか見えない。元がなんだったかわからない程燃えているところを見ると、その誰だか知らないクソ野郎が放った炎は小火ってレベルじゃなかったって事だ。


 そう、俺は村を無茶苦茶にしたやつがあいつだなんて思っていない。


 あり得ないんだよ、あいつがこの村を襲うなんて。この村には俺達の全てが詰まってる。ここを破壊するなんて、自分自身をぶち壊すようなもんだ。


 だが、ハックルベルをこんなにした奴がいる事は事実だ。俺達の思い出を完膚なきまでにボロボロにして、どこかで嘲笑っている奴が。


 そういや、村の人達はどこに行ったっていうんだ?俺の両親は?村長は?城で保護されてるっていうのか?そんな話は聞いてない。そもそも村をこんなにする奴が村人を見逃がすってのか?そんなわけねぇだろ。こんだけ入念に村を焼き払ってんだ、ここに住むみんなを無視するわけがない。という事はつまり、この燃えかすの一部は……。


「許せねぇ……!!」


 拾い上げた木片を力任せに握りつぶした。砕け散りそうなほど奥歯を噛みしめる。


 村を探し回れば絶対に何かあるはずだ。犯人の手がかりになる何かが。それを必ず見つけ出し、俺達の村をこんなにしたツケをそいつに払わしてやる。


 俺は血眼になって村の中を探索し始めた。あのロバートが言っていた事を認めるのは癪だが、この村は小さい。十五分もあれば村全体を周り切ることができる。


 一時間近く探し回っても、何も見つからなかった。分かったことと言えば、村長の家が他の場所に比べて念入りに燃やされていたことだけ。そんなことは今更どうでもいいことだ。

 俺が探しているのは咎人へとつながる何か。原型がわからない程燃え尽きているものをどかしながら、見たこともない物を探すのは容易じゃない。だけど、俺は見つけ出さなくちゃならない……ぶちのめさなきゃいけない奴を見定めるためには。


 額に浮かぶ汗をぬぐいながら、息を吐き出しつつ顔を上げる。流石に疲れた。ここまでノンストップで来た上に、休みなく探し続けてんだ、無理もないか。


 そんな俺の目に村のはずれにある岩で作られた半円球の建築物が飛び込んできた。確かあれは村長が焼き物を作りたいとか言いだしたからみんなで作った窯だったな。かなり頑張って作ったのに結局、一回も使わなかったやつ。よくあいつが一人で中に入って何かしてたよなぁ。他の建物が軒並み灰になっちまってるっていうのに、あれは残ったのか。まぁ、焼き物を作るために建てたもんだから当然と言えば当然か。


 そういえば……。


 ある事を思い出した俺は竃に近づいていく。そして、岩の継ぎ目を確認しながら、目的のレンガをゆっくりと引っこ抜いた。


 その瞬間、俺の身体は完全に硬直する。


「う、そだ……」


 口からこぼれた言葉は自分の耳にすら届かなかった。目に映るものが信じられない。ぐわんぐわんと脳内が揺れ、立っているのか倒れているのかわからなくなった。


 一歩、二歩とその場で後ずさりをする。持っていたはずのレンガがいつのまにか地面に落ちていた。


「ない……俺達が作った木の剣が……ない……!?」


 幼い頃、俺達が狩りについて行く事を嫌がった村長から隠れて作った木の剣。無骨ながらも必死に木を削り、二人でようやっと一本完成させた最初の武器。魔物相手にまったく歯が立たず、それでも捨てるのは忍びないからと二人で隠した俺達だけの宝物が……消えた。


「ば、場所を間違えてんだ……そうに違いない!!」


 必死に自分に言い聞かせる。だけど、そんなのはまやかしだってわかっていた。なぜなら、その木の剣を隠していた小部屋の奥にはっきりと『C・R』と彫られているからだ。……俺達二人の頭文字が。


 ―――ハックルベルが魔王軍指揮官の手によって壊滅したのだ


 あの豚の言葉が蘇る。信じてなかった。信じようとも思わなかった。だってあいつにとってここは、俺と同じで大切な場所だったはずだからだ。王都なんて目じゃないほどに、かけがえのない俺達の居場所のはずなんだ。


 だけど……俺達二人しか知り得ないものがなくなっている。


 ここを滅茶苦茶にした張本人が奇跡的にそれを見つけたとしても、絶対に持ち出したりはしないはずだ。あんなもの、俺達二人以外には何の価値もない。


 じゃあ、何でそれがなくなっているのか?そんなの理由は一つしか考えられない。


 俺は例えようのない虚無感に襲われ、その場に膝をついた。自分の中に渦巻く感情の正体が何なのか、自分でもよくわからない。

 無意識に地面を掻いた指は、爪が剥がれ、血が流れている。だが、痛みなんてなかった。他の場所で激痛が走ってるから、感覚が麻痺しているんだ。


 蹲ったまま 俺は自分の胸に手を当て、力の限り握りしめた。頭がギシギシと軋む。動悸が荒い。血液が沸騰する。


 どういう事だよ……何がしたいんだよ、お前は。人間の敵になって、フローラの兄貴を殺して、俺達の育った村まで……!!俺の両親や親代わりにお前を育ててくれた村長が何をしたっていうんだよっ!!この村を滅ぼさなきゃいけない理由でもあんのかっ!?あるわけねぇだろ!!そんなもん!!


 一体何考えてんだよ……教えてくれよ……なぁ……!?


「クロムウェルゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」


 誰もいない村で、喉から血が出るくらいに絶叫を上げる。その声に反応する奴なんているわけがない。ただただ山彦だけが虚しく木霊した。

 両手を地面に叩きつけ、ありったけの魔力を練り上げる。目的なんかない。俺の中で破裂しそうに膨れ上がった何かを、ぶちまけたいだけ。そして、この目の前に広がる現実を無に帰したいだけだ。


 俺は魔法陣を組み上げるわけでもなく、身体の中にある魔力をすべて闇雲に解放する。


 その時、俺の身体で何かが弾けた。


「なっ……!?」


 突然、金色に光り出した自分の身体。そして、何かに呼ばれる感覚。


 俺はゆっくりと立ち上がると、声のする方へと歩いて行く。まるで引っ張られているかのように、俺の足はとある場所を目指していた。


 それは村の中心。村がこんなに変わり果てた姿になっているというのに、以前と変わらぬ姿のまま、地面に刺さっている古ぼけた剣がある場所。


「こ……れは……?」


 俺の手が勝手にその剣を握る。俺の意思などそこには介在しない。そして、そうするのが当然のように握ったまま上へと引き上げていった。その瞬間、辺りが眩い光で埋め尽くされる。


 あまりの眩しさに、咄嗟に目を閉じた俺だったが、ゆっくりと開けていくと、目の前にあるものを見て思わず息を呑んだ。


 そこにあったのは黄金の剣。見るも無残な程に朽ち果てていたはずの剣が、見るもの全ての目を奪うほどの宝剣と化していた。


 呆然と佇む俺の頭に唐突に言葉が浮かび上がる。


「エクス……カリバー……?」


 その言葉に反応するかのように、その黄金の剣は俺の手から消えた。だが、遠くにはいっていない。俺の身体の中にあの剣がいるのを感じる。


「魔を滅する黄金の剣……そうか……そういうことか……」


 何故だか笑みがこぼれた。楽しい気分など、これっぽちもないのに。


 俺のなすべきことがはっきりしたぜ、マリア。お前のいう通りだったな。


 俺はそのまま踵を返し、村を後にする。もうここには戻ってくる事もないだろう。ハックルベル、さよならだ。


 それからの記憶はほとんどない。やけに身体が軽かった。気が付けば深い森を抜け、顔を上げたらそこには王都があった。どうやって帰ってきたのか定かじゃないが、日が昇る前に街へと戻って来れたってことは、相当早く移動したんだろう。我ながら驚きのハイペースってやつだ。

 そんな俺を待っていたのは完全武装した騎士達だった。特に抵抗もしなかったので、そのまま大人しく連行され、今俺は暗い檻の中にいる。


 だけど、そんな事はどうでもいい。


 大事なのは俺がなすべき事。


 道を誤った親友にしてやれる事。


 そうだよな、俺がお前を止めるしかないんだよな。


 はっきりとわかったよ。


 俺がやらなければいけないことが。


 俺にしかできないことが。


 俺の存在価値、それは―――


 親友であるクロムウェル・シューマンをこの手で殺すことだ。

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