第260話 台詞は慌てず、騒がす、正確に


「げっぷ……ふぅ。相変わらずギガントのヌガーは美味しいのう!!」


「一緒に仕事してた時からフライヤは好きだったべな。まだあるんけど食うべか?」


「いや、もうお腹いっぱいなのじゃ~」


 ポンポンお腹を叩くフライヤを見て、ギガントが満面の笑みを浮かべる。そりゃ腹いっぱいにもなるだろ。ここに来るなり甘いものが食べたいって喚きだしたフライヤのためにギガントが持ってきた山のようなヌガーを一人で全部食べたんだからな。見てるこっちが気持ち悪くなりそうだったわ。会議室内が甘ったるい匂いで充満してるしな。


 俺はぺろぺろと嬉しそうに自分の指を舐めるフライヤを呆れた顔で見ながら声をかけた。


「……要するにそのデーモンキラーとかいう古代兵器がまだまだたくさんある、と」


「うむ」


「で、明日の朝、そいつらで総攻撃を仕掛けるつもりだが、そっちの条件を呑めばそれを中止する、と」


「そうじゃ」


 フレイヤが空間魔法からハンカチを取り出し、口元と手を念入りに拭く。


「どうじゃ?流石の魔王軍指揮官もお手上げかの?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてくるフライヤを見ながら、俺は肩を竦めた。


「あぁ、その通りだな。なら早速その条件ってやつを教えてくれるか?俺達はどうすればその糞みたいな兵器から解放されるんだ?」


「む……条件とな?」


 フライヤは俺の真意を探るようにじっと俺の目を見つめる。そして、ゆっくりと周りの魔族達に視線を移していった。


「なんじゃったかなぁ~忘れてしもうた」


「はぁ?」


 完全に痴呆が始まったか?壊れた魔道具みたく、叩けばまだ治るかな?

 フライヤはとぼけた表情でセリスの方を見ると、にっこりと笑みを浮かべた。


「どんな条件じゃろうと、呑む気はないんじゃろう?なら話すだけ無駄というわけじゃな」


 その言葉に、幹部達が目を丸くする。そんな中、ギーだけはフライヤに笑いかけた。


「……まぁ、そうなるわな。結構わかってるじゃねぇか、ガキんちょ。嫌いじゃないぜ」


「ガキではない、妾はフライヤじゃ。魔王軍指揮官の親友マブダチの」


「適当なことぬかすな」


「ふんぎゃっ!!」


 適当に魔法陣を組成し、小石を弾いてフライヤに当てる。フライヤはおでこを抑え、目に涙を浮かべながら、俺を恨みがましく見てきた。


「なにするんじゃ!?」


「お友達の輪を広げてんじゃねぇよ、この魔族の敵が」


「敵じゃないも~ん。妾はこ奴らの友達じゃも~ん。のう?フレデリカ」


「……そうね。もう敵と認定するのは無理そうね」


 フレデリカが苦笑いを浮かべる。やばい、なんか洗脳され始めてる。フライヤウイルスが蔓延し始めたぞ。


 俺は縋る思いでこの場にいる唯一の常識人にであるボーウィッドに目をやった。


「……兄弟の親友マブダチなら……俺の親友マブダチだな……」


 ダメだった。いい奴すぎるのが仇になったか。


「もういいから帰れよ、お前!人間のお前がここにいると、なんか場が混沌とすんだよ!」


「相変わらずいけずじゃなぁ……まぁ、ええわい。甘いものも頂いたことだしの」


 フライヤは椅子から飛び降りると、会議室の出口に向かって歩き出した。部屋から出る瞬間、こちらに振り返り俺達に笑顔を向ける。


「お邪魔したのじゃ!ギガントよ、今度お主の街に遊びに行くからの!たっぷりヌガーを用意しておいてくれ!」


「わかっただ!ここまで来てくれれば迎えに行くべな」


「仲良くなりすぎなんだよ……」


 頭を抱える俺を差し置いて、フライヤは満足そうに頷くと、今度こそ部屋から出て行った。と、思ったらひょっこりこちらに顔を覗かせる。


「あ、そうそう」


 背の高い三角帽子を手で押さえ、真剣な表情を浮かべると、こちらに鋭い視線を向けてきた。


「あんなよくわからんガラクタに負けるでないぞ。古代兵器だかなんだか知らぬが、妾はああいうのは好かんのじゃ」


「……人間が魔族の応援していいのかよ」


「友の心配をして何が悪い?じゃ、頼んだのじゃ。魔王軍指揮官殿」


 最後にもう一度幹部達に笑顔を向けると、フライヤはさっさとこの場からいなくなった。……本当に変わったばーさんだ。


「てめぇの知り合いの人間はどうなってやがんだよ、クロ。どいつもこいつも頭のネジが一本はずれてんじゃねぇのか?」


 ライガが楽しげに言うと、フレデリカは笑いながら、ゆっくりと伸びをする。


「だから言ったでしょ?もう敵対するのは無理だって」


「ちがいねぇな」


 ギーもくくっと心底愉快そうに笑い、その言葉に賛同した。フライヤウイルスの感染を止める事は出来なかったみたいだ。


「……それにしても……デーモンキラーか……」


「あぁ。名前からして癪にさわりやがる」


 ボーウィッドの呟きに反応したライガが顔を怒りに染めながら吐き捨てる。


「いずれにせよ、そいつをどうにかしないと俺達に明日はないってことか。なんか対策はねぇのか?クロが壊した工場で作られたもんなんだろ?」


 対策かぁ……そうは言っても、その古代兵器を見たこともねぇしなぁ……。


「俺が知ってるのはデーモンキラーの元となってるデモニウムって鉱石がやばいってことくらいだ。それで作られた網でメフィストの大人が簡単に捕まっちまうくらいだったからな」


「私とアルカはその網を持ち上げることもできませんでした」


「と、なるとデーモンキラーに真っ向から挑むのは愚策だって事だな」


「なら作戦は決まった」


 俺は少しだけ身を乗り出し指を組むと、幹部達を見回した。


「魔族を二つのグループに分ける。一つは、デーモンキラーを引きつける陽動部隊。もう一つはデーモンキラーを避けて通り、直接人間達を攻撃する襲撃部隊だ。前者は自分の命を最優先に行動し、後者は迅速に相手陣地を制圧する。あっちの指揮している奴を捕らえれば、デーモンキラーも止まんだろ」


「あのいけすかねぇ兵器を無視しろっていうのか!?」


「近づく事もできねぇんなら戦う以前の問題だろうが」


 俺がはっきり言い切ると、ライガは苦虫を噛み潰したような顔で横を向く。それを見ながらギーはため息を吐いた。


「……クロの言う通りだな。それで行くしかねぇか……振分けはどうする?」


「デーモンキラーの陽動には守りに信頼のおけるデュラハン族と巨人族、人間の方はスピードがある獣人族と統率のとれた魔人族が行く感じだな」


「妥当な割り振りだな。……俺達はどうする?」


「同じような感じでいいだろ。ギガント、ボーウィッドはデーモンキラーで、ギーにフレデリカ、後はライガが人間の相手をする。俺とセリスは砦に待機をして状況を見ながら行動する」


「ふむ……」


 ギーが口元に手を当て、しばらく黙って考える。俺は極力普段と変わらない表情でいるように努めた。


「……あらかじめ用意していたみたいに的確な作戦なのが気になるが、それでいいんじゃねぇか?特に他意はねぇんだろ?」


 まっすぐに俺を見てくるギーの目を、俺は顔をしかめながら見返した。お願いだから、俺の真意は気づかれませんように。


「なら指揮官様の作戦でいこう。ライガ、気持ちはわからないでもないが、ここは人間に勝つことを最優先で動きたい」


「ちっ……わかってんよ」


 納得していないのは丸わかりだが、それ以上何も言ってはこなかった。ギーはライガから他の幹部達へと順々に視線を移す。


「そういうわけだ。各自、自分の種族の奴らには説明しておくように」


「……承知した……」


「わかっただ」


「フレデリカは待機所に戻って負傷者の様子を見てやってくれ」


「任せてちょうだい」


 テキパキとギーが指示を出すと、次々と幹部達が会議室から出て行った。


「さて……俺も部下の奴らに声をかけてくるかな。お前らはどうすんだ?」


「俺は……見張り台にでも行くかな」


「私は多少回復属性魔法が使えるので、フレデリカと供に待機所の様子を見てきます」


「わかった。……作戦の開始は明け方だから寝坊すんなよ?」


 そう軽い口調で言うと、ギーも作戦会議室を後にする。


 ……寝坊なんてするわけないだろ。そんなことして戦いが始まっちまったら本当の作戦が実行できなくなっちまうからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る