第259話 主人公の周りが異常なのは避けられないこと
一通り待機所内を見て回り、急を要する怪我人がいないことを確認した俺は、後のことをシルフ達に任せ、他の幹部達と一緒に作戦会議室へとやって来た。
「……お前、大丈夫なのか?」
当然のようにそこに座るライガに声をかける。身体中に包帯を巻いたバカは、なぜだか自信満々の顔を向けてきた。
「へっ!!この程度の傷で寝てられっかよ!!」
「……死にかけていたくせによく言うわよ」
フレデリカが頬杖をつきながらライガに呆れた視線を向ける。
「とりあえず、我らが指揮官様がこちらにおいでなさっちまったから状況確認から行くか」
「おいでなさっちまったってなんだよ。なんか悪いことしたみたいじゃんか」
俺がむっとした表情を浮かべると、隣に座るセリスがチラッと俺の顔を見た。
「おそらく、クロ様を人間と戦わせないようにするために、ギー達は私達に知らせなかったんだと思います」
「えっ?」
驚く俺を見ながら、気まずそうに頬をボリボリと掻いたギーが諦め顔でため息を吐く。
「あぁ、そうだよ。その通りだよ」
まじかよ……普通に仲間外れにされただけかと思ってた。まさか、そんな事を考えてくれていたとは……やべっ、若干泣きそう。
「俺達の気遣いを無にするとか、流石は指揮官様だよな……なんでバレたんだ?」
「家に帰るとアルカの姿が見えなかったので、チャーミルへ赴いたのです。思った通りアルカはお爺様の下にいましたが、街が異様な雰囲気に包まれていました。後は近くにいた街の者を問いただした、というわけです」
「……ポンコツ指揮官には優秀な秘書が付いていることを失念していたよ」
「ポンコツで悪かったな」
否定はできないけど。
「……アルカはどうしたんだ……?」
「そのままお爺様に預けてきました。詳しい話はしておりません」
ボーウィッドの問いにすらすらとセリスが答える。うん、それが正解だ。戦争のことを知れば、アルカは嬉々として参加するだろう。戦力的には申し分ないが、俺達の天使をこんなことに巻き込みたくない、というのがここにいる奴らの共通認識だ。……そういえば、アルカと同じでこういうお祭り騒ぎが好きなバカがいないんだけど。
「フェルはどうした?」
「魔王様には報告していない。大将にやる気満々で戦場に出られちまったら困るんでな」
なるほど、ギーの言うとおりだ。チェスで言ったら他の駒を差し置いてキングが盤上を駆け巡るようなもんだ。取られたらチェックメートだっつーのに、あのバカは確実に最前線へ躍り出るわ。
「じゃあこちらの戦力はこれで全部ってことか。戦える魔族は全員連れてきたんだろ?」
「えぇ。私とギーが街を回ったからこれ以上はないわ」
「まぁ、そうだよな。あのバカ広い待機所が埋まるくらいに魔族がいるわけだし……それで?戦況は?」
とりあえず、これ以上の戦力増加は見込めないことを確認した俺はギーに話を振る。
「十倍以上の数の人間達が攻めてきているが、それほど重要じゃねぇ。問題はその中に厄介な相手がいることだな。それは当事者に聞いた方がいいだろう」
ギーが視線を向けると、ボーウィッドが静かにうなずいた。
「……俺が相手にしていたのは剣の達人……相当な腕だった……名はガルガント……」
「オラはレイラとかいう空飛ぶ人間を追い回してただ。すんげぇ風を起こすから飛ばされそうになっちまった」
レイラにガルガント。すげぇよく聞く名前だ。冒険者の中でもトップクラスの実力の持ち主のはず。
「俺は勇者を名乗る奴と戦った」
「勇者?もう新しい勇者がいるってのか?」
「知らねぇよ。ただ見たこともねぇ魔法を使ってたな。魔法陣の組成が全く見えなかった」
魔法陣が見えなかった?マーリンのジジイじゃあるまいし、確実に勇者特有のアレだろ。アベルが使っていた、魔法陣なしの魔法。
「つっても、そのみょうちくりんな魔法以外は大したことねぇよ。……まぁ、見所はあったけどな。あの緑の小娘」
そりゃそうだろ。勇者になって一、二ヶ月ってところだぞ、そいつ。まだまだ全然発展途上……………………緑の小娘?
「……その勇者は名乗らなかったのか?」
「あぁ?そういや名前を言ってたな。フローラ何とかって」
…………最悪だ。
頭を抱える俺を見て、ギーが興味深そうな視線を向ける。
「その反応を見る限り、クロの知り合いか?ライガもアベルに似てたって言ってたし、その小娘ってのは」
「勇者アベルの妹、フローラ・ブルゴーニュに間違いないですね」
フローラを知るセリスが困り果てた様子で告げた。
「……やはり……アベルの身内か……」
「あぁ。んでもって、マリアさんの親友だ」
「なに!?マリアの!?」
ライガが目を丸くする。くそっ……どうして数少ないのに俺の知り合いはこうトラブルを持ってくるんだよ。数少なくて悪かったな。くそが。
「……まぁ、でも、その連中より遥かにやばいもんがあるんだけどな」
「遥かにやばいもん?」
確かに、今の話を聞く限り魔族があそこまでやられる原因が見当たらなかった。それこそ、もっと絶対的な力を持った何かが人間側にないと説明がつかない。
「なんだよ、それ?」
「わからねぇ」
ギーが真面目な顔で答える。どうやらおちょくっているわけじゃないらしい。
「人間みたいな形をした黒い鉄の人形だ。どういう原理で動いてんのか知らねぇが、武器を備えたそいつらに俺達は全滅させられるところだった。ライガがいなかったらな」
ギーに目を向けられたライガが不機嫌そうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「全滅って、そんなに強いのか?」
「強さはわからねぇ。ただ、近づくだけで身体の力が全部吸い取られちまう感じがした」
「私の魔法も、そいつらに届くことなく、途中で消えてしまったわ」
「魔法が消えた……」
魔族の力を奪い、その魔力を打ち消す。そんなやばい鉱石に心当たりがあった。隣を見てみると、その表情から察するにセリスも俺と同じ考えのようだ。
「……何か心当たりがあるのか?」
俺達の機微を目ざとく感じ取ったギーが、鋭い視線を向けてくる。
「とりあえず、俺達の話は後回しだ。まずはそっちの話を聞かせてくれ。ギーとフレデリカも手強い人間とやり合ったんだろ?」
「俺は魔族に指示を出していたからほとんど砦にいたんだよ。だから、砦に忍び込んだよくわからん奴をぶちのめしただけだな」
まぁ、ギーはそうだよな。こいつがいたから他の幹部が人間達に打って出ることができたんだろうし。じゃあフレデリカの方はどうだ?
俺が目を向けると、なにやらフレデリカが微妙な表情を浮かべていた。はて?なんか変な事でも聞いたかな?
「どうした?そんなに厄介な相手だったのか?」
「……そうねぇ、ある意味厄介な相手だったわ」
フレデリカがその相手について話そうとした瞬間、会議室の扉が開かれる。そこには砦の入り口で警護をしていたオークが立っていた。
「なにかあったのか?」
「はっ!人間がこの砦にやってきております!なんでも話がしたいとのことです!!」
「人間が?」
使者ってことか?ってことはなんらかの交渉をしに来たってことだな。
「何人来てんだ?」
「一人であります!!」
まじかよ。殺されてもおかしくない敵地に一人で来るとか度胸ありすぎんだろ。俺なら絶対イヤ。
「どうする?とりあえず話を聞くか?」
俺が尋ねると、ギーが難しい顔をしながら頷いた。
「そうだな。一人ってんなら暴れたところで何とでもなるし、せっかく来たんだからすぐさまお引き取りを、ってのはスマートじゃねぇよな。……おい、そのお客さんを丁重にお連れしろ」
「はっ!!もうそこまで来ております!!」
へ?そこまで来てるって?そういえば廊下がなんか騒がしい気が……。
「妾は客人じゃぞ!?もてなしの一つもないのか!?」
なんかすげぇ聞いたことのある声がするんですけど。
「まったく……甘いものぐらい用意しろというんじゃ……おぉ!クロ!いたのか、お主!!」
「“
「ふんぎゃっ!!」
条件反射で撃った火の玉がロリババアの顔面に炸裂する。そのまま壁にぶつかり、目を回しているフライヤを見て、フレデリカが頭痛を堪えるように自分の頭に手を添えた。
「……その人間が私と戦っていた相手よ」
なるほど。そらあんな顔にもなるわな。
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