第243話 幻のボッチは寂しがりや

 まじでやばかった。エンシェントドラゴン強すぎ。


 出会い頭に炎を吐くか普通?ちょっとかっこつけて声をかけてみただけだっていうのに、危うく丸焦げになるとこだったっつーの。

 なんとか炎を耐えきったと思ったら今度は魔法陣だよ。魔物であんなに上手く魔法陣が描けるなんて驚いた。しかもそのクオリティは宮廷魔法陣士も真っ青な出来栄え。必死に真似して迎撃するほか、手立てがなかったぞ。

 極めつけはあの「口から破壊光線」ね。全身全霊で撃った"七つの大罪セブンブリッジ"が見事にかき消された。あれは掛け値なしの本気だったのに、割と余裕な感じでいなされて焦ったし、めちゃ落ち込んだわ。


 そのあと、なんか飛び上がろうとしたから、空からの攻撃はまずいと思って咄嗟に重力魔法を行使したんだけど、地面に降りてきてからなぜかエンシェントドラゴンが動かなくなった。


 やったか?やってるわけないよな。こんなんでやれてんなら伝説になんてなれるわけがない。


 そんな事を考えながら、自分の最大の魔法も破られ、打つ手が完全になくなった俺がおっかなびっくり近づいていくと、


『ま、待つのだ!は、話せばわかる!だから命だけはっ!!』


 めちゃくちゃ命乞いされたんですが。ってか、普通に話しかけてきたんですが。


 というわけで、絶賛面食らっているところってわけだ。


 いや、まさか命乞いされるとは思わないじゃん。どう考えても俺のほうが押されていたし、こうなったら究極アルテマ身体強化バーストでごりおすしかねぇか、とか考えてたんだぞ?


「えっと……話せるの?」


 とりあえず事実確認。もしかしたら俺の幻聴という可能性もある。


 俺の問いかけに対し、エンシェントドラゴンはぶんぶんと首を振って答えた。


『と、当然だ!余はエンシェントドラゴンだぞ!』


 どうやら幻聴ではないみたいです。それに怯えきった瞳で俺を見ていることから察するに、本気で懇願しているようだ。俺は若干戸惑いながらも、"全てを打ち消す重力グラヴィティバニッシュ"を解除した。


 重力から解放されたエンシェントドラゴンは伸びをするように大きく翼を広げた。うわ、そうするとより一層でけぇな。近くにいるから圧迫感が半端ない。


『ふむ、やはり自由はいいものだ。では、余はこれにて失礼させていただく』


「ちょっと待てこら」


 なにサラッとどっか行こうとしてんだよ。俺の声にビクッと体を震わせると、エンシェントドラゴンは恐る恐る振り返り、俺の方を見た。なんつーかやけに人間臭い竜だな、こいつ。


『や、やはり余を殺すというのか!?崇高な存在である余を!?』


「自分で言うんじゃねぇよ」


 今の今まで俺も崇高だと思ってたけど、一瞬にしてそのイメージを覆されたわ。


「……俺は魔王軍指揮官のクロだ。別にお前に危害を加えるつもりはないからとにかく落ち着け」


『だが、余に攻撃を仕掛けてきたではないか!』


「お前が先に手を出してきたからだろ」


『それはそうなのだが……』


 エンシェントドラゴンが歯切れ悪くうなだれる。まじでドラゴンっぽくないな。人間と話しているとしか思えん。


『では、何しにここまで来たというのだ!そもそも貴様がここに来なければ余も攻撃することなどなかったのだ!』


「突然やって来たのは悪かったと思うけど、それには理由があってな」


『理由?』


「あぁ。でも、お前を討伐しに来たとかじゃないから。エンシェントドラゴンに頼みごとがあったんだよ」


『なんだ……それならそうと早く言え!』


 いや、言う暇もなく炎を吐いただろうが。そもそも話せるなんて思ってもなかったんだよ。


『してその願いとは……暴力的なことではなかろうな?』


「全然大したことねぇって。エンシェントドラゴンのお前なら楽々叶えられることだ」


『そ、そうなのか……』


 明らかに安堵したようにホッと息をつくエンシェントドラゴン。これは案外楽に目的達成できそうだな。


『余は全てのドラゴンの頂点に立つもの。その力は神にも等しいほどである。余にできないことなど何一つない。人の子よ、よくぞここまでまいった。その勇気に敬意を表し、どんな願いでも一つだけ叶えてやろう』


 なんだこいつ、急に偉そうな感じになったな。前までの俺のイメージならこれでよかったんだけど、中身を知っちまったからな。今更そんな姿を見せられても、俺のヘタレドラゴンのイメージは払拭できない。まぁ、別にいいか。腹も減ったし、さっさと用件伝えて帰るべや。


『さぁ、願い事を言え』


「お前の生き血をくれ」


『暴力的ぃ!?!?!?』


 エンシェントドラゴンは地響きをあげながら後ずさる。なんだよ、どんな願いでもかなえてくれるんだろ。


『やはり余を殺すつもりなんだな!鬼ぃ!悪魔ぁ!!竜殺し!!』


 鬼も悪魔も会ったことあるし、そんなどこぞの冒険者の二つ名みたいな感じで呼ぶな。


「殺さねぇって。生きてる血が欲しいんだから」


『ギャァァァァァァァ!!』


 大音量の悲鳴を上げると、ブルブル震えながら体を縮こませた。はぁ、なんだよこいつ。すげぇ面倒くせぇ。俺は単に血をよこせって言ってるだけだっつーのによ……よくよく考えたらだいぶ狂気じみたお願いしてるな。


 俺はエンシェントドラゴンに近づき、なるべく優しく声をかける。


「お前、名前はなんていうんだ?」


『……余に名前などない。余は唯一無二の存在であるからして、他と区別するための記号の羅列など必要ないのだ』


「まぁ、そうか。つっても、名前ないと呼びにくいだろ。エンシェントドラゴンなんて長くてかったるいし」


『……なら貴様がつけろ』


「え?」


『余も貴様になら名前を付けさせてやってもいい、と言っているのだ』


 こんなにも上から目線なのに、言ってる本人の姿があまりにも情けなくて腹も立たない。


「ならジルニトラだな」


『なんだその名は?』


「どっかの本に出てきた黒竜の名前だ」


 なんか魔法の神、とかだった気がするけどよく覚えてない。鱗も黒いし、ちょうどいいだろ。


『なんだかパッとせんがまぁよかろう』


 その割には名前つけてもらえて嬉しそうじゃねぇか。ニヤニヤ顔が隠せてないぞ。


 いや、そんなことはどうでもいいんだ。


「なぁ、ジルニトラ。別に大量の血が欲しいって言ってるわけじゃないんだよ。魔道具作成に必要な量だけ。ほんとちょびっと。それこそ蚊にでも刺された程度だって」


『余は蚊に刺されたことなどない』


 いやそんな黒光りするアーマーを身に纏っていたらそうでしょうけど。


「こいつでちゃちゃっと採血しちまうからさ。大丈夫だって」


『な、なんだそれは!?』


 ジルニトラは俺が懐から取り出した魔道具を見て目を見開いた。何って……デスターク城から出るときにピエールから借りた注射器だけど?


『その形状……見ているだけで背筋がゾクゾクする!貴様と対峙した時と同じだ!!』


「え?もしかして注射器が怖いの?」


『怖い……?そうか、これが恐怖なのか!』


 ジルニトラが何やら興奮し始めた。


『知識としては持っていたが自分自身が感じることになろうとは夢にも思わなかったぞ!なぜなら余は最強の生物、余を脅かす生命体など存在するわけもないからだ!だが、今日初めて余は恐怖を感じた!これは歴史的な大事件と言っても過言ではない!そもそも……』


 なんか長話が始まったので、俺はこっそりジルニトラに近づくと、その腹のあたりに注射器をぶっ刺した。当然、ジルニトラは気づくわけもなく、延々とご高説をたれている。よし、これで任務完了だ。


『であるからして……』


「もう血もらったから帰るわ」


『この素晴らしき余が帰る……帰る?』


 ジルニトラが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。


「あぁ、用事も済んだし、いつまでもここにいてもしゃあないしな」


『そう……なのか……』


 ジルニトラがあからさまに落胆した様子を見せる。えっ、なんで落ち込んでるの?意味が全然分からないんだが。


「なんか問題あるのか?」


『いや……別に問題はないのだが……別にもう少しここにおっても……』


 チラチラと物欲しそうにジルニトラが俺を見てくる。……そうか、こいつは長い間一人っきりだったんだよな。その強大な力で回りに危害を及ぼさないように、誰ともかかわらず、ずっとここに居続けたんだ。久しぶりに来た話せる相手が帰ちゃうってなったら寂しいだろうよ。


 つっても、こいつの寂しさを紛らわせるために付き合う義理なんてないんだけどなぁ……こうも小動物チックなところを見せられると……どうにも。


 …………はぁ、仕方ねぇな。


「……今度、ここに俺の家族を連れてきてもいいか?」


『っ!?……そ、そうか?べ、別に来たいと言っているならやぶさかではない!本来であれば神域とも呼べる余の住処に人間を招くことはご法度なのだが、クロであれば特別に許可してやろう!』


 相変わらず感情を隠すのが下手なやっちゃ。まぁ、血ももらったわけだし、これくらいのサービスはしてやんねぇとな。


 いつ頃来るのか、としつこく聞いてくるジルニトラを適当にあしらい、それでも必ず来ることを固く約束して、俺は自分の家へと戻っていった。

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