第242話 やばい時は素直に命を乞え
アルカのおかげでキングベヒーモスの角を手に入れることができた翌日、俺は一人、魔の森を歩いていた。目的は当然エンシェントドラゴン。何で一人で来ているかというと、魔物の頂点に君臨するものの恐ろしさをキングベヒーモスから教わったからだ。
実際、あのキングベヒーモスが仲間を庇わなかったら、アルカとどっちが勝っていたのかわからなかった。ピクニック気分で挑んでいい相手じゃないって事だ。次の魔物も似たような実力だろう、気を引き締めてかからねぇとな。
ってなわけで、アルカとセリスを小屋に残してきた俺は、孤立無援でドラゴン探し。テラ寂しす。
それにしても、伝説のドラゴン様はどこにいるんだ?かれこれ四時間くらい探し回ってんだけど。気配を殺して歩いてるからめちゃくちゃ疲れるんだよね。
本当は空から探索ってのが楽なんだけど、しゃあない。だってこの森、そこかしこにドラゴンいるんだもん。見つかって騒ぎになったらエンシェントドラゴンどころの話じゃなくなるだろ。ここは我慢だクロムウェル。
更に三時間が経過。俺、激しく後悔中。
この森がこんなに広いとは思わなかった。適当に歩いていたらそのうち会えるだろ、なんて思ってたあの頃の自分を断罪してやりたい。
昼前から探し始めたってのに、もう夕方だ。お腹もだいぶ空いてきている。あぁ……昼に食べたセリスのサンドイッチが恋しい。
つーか、フェルのやつもっと具体的な場所教えろっていうんだよ。なんだよ、それっぽい感じのところって。アバウトすぎんだろ。
あーなんか面倒臭くなってきた。全てがかったるい。近くにドラゴンもいないし、もう雑に動いても問題ないっしょ。こういうスニーキングミッションは俺の性に合わん。
…………って、あれ?そういえば全然ドラゴンさん達がいなくないですか?さっきまでは路地裏の野良猫ばりにそこら中にいたんですが。
気がつけば周りに生き物の気配はなし。そして、目の前にはバカでかい洞穴。入口がデカすぎて一瞬洞穴である事に気がつかなかったぞ。
なるほど……それっぽい雰囲気だ。
火属性魔法を唱え、松明に火を灯す。フェルの城が丸々入りそうなくらいの入口に松明を向けてみるが、先はほとんど見えない。俺はゆっくりと息を吐き出すと、慎重に洞穴へと入っていった。
まじで暗いな、ここ。中もすげぇ広いから、松明があれば壁にぶつかることはないけど、こんなの自然にできたとは思えないぞ。って、事は何者かの住処だって考えるのが妥当だろ。
しばらく何もない暗い道をまっすぐ歩いていると、前方に光が見えた。
あれ?洞穴の出口か?つーことはエンシェントドラゴンの巣ではない感じ?
戸惑いながらも前に進んでいく。光は段々と強くなっていき、もう松明は必要ないくらいだった。
俺は火を消すと、たいまつを空間魔法に戻し、恐る恐る光の出所を確認する。
そこはまだ洞穴の中であった。ただ、さっきまでとは段違いの明るさ。天井が吹き抜けになっており、夕日が差し込んでいたのだ。恐らく、ここの
「……なぁ?エンシェントドラゴンさんよぉ?」
俺が親しげに声をかけても返事なんてあるわけがない。その代わりといってはなんだけど、普通のドラゴンの数倍もある身体を動かし、ギロリとこちらを睨みつけてきた。すげぇ迫力。思わず股間が緩みそうになる。
……さて、と。
*
ドラゴンというのは生まれながらにして強者である。ライオンや虎といったヒエラルキーの頂に立つ動物ですら、幼いときは危険にさらされるというのに、ドラゴンにはそれがない。
幼少のころから刃も通らない頑丈な鱗を持ち、並みの魔物であれば尻尾の一振りで葬り去るほどの強靭な肉体を有している。そんなドラゴンを敵に回すものは野生で生きてはいけない。
更にドラゴンは聡明な生き物である。物事を多面的に捉えることができ、考え、的確な判断を下すことができる。個体によっては人間さえも凌ぐほどの脳みそを持つ。
そんなドラゴンが長い年月をかけ膨大な知識と経験を蓄え、それを昇華させることによって初めてエンシェントドラゴンへと至ることができる。
まさに竜の中の竜。存在自体が伝説。信仰の対象にすらなり得る神に等しき魔物。
エンシェントドラゴンは驕らない。自身が最強の生物であることを自覚し、それが事実であるから。思い上がる必要性がない。
エンシェントドラゴンは動かない。自分が世界にもたらす影響を十二分に理解しているため、寝床を決めるとよほどのことがない限り、その場に留まり続ける。
エンシェントドラゴンは誇示しない。他人の称賛など何の興味もなく、ひけらかす意味もない。彼が力を示すのは自分の
そう、まさに今がその時であった。
「……なぁ?エンシェントドラゴンさんよぉ?」
彼はものぐさに首を動かすと、声をかけてきた不届き者に目を向ける。そこに立っていたのはあまりにもちっぽけな存在であった。
彼は何の感傷もなく、いつものように炎を吐き出す。魔法陣など一切用いない。ドラゴンの持つ特性を怠惰に行使しただけ。降りかかる火の粉を払いのけるなんて高尚なものではなく、顔の周りに集った小蠅をうっとおしそうに払うかのように。
洞穴の内部が一瞬にして高温に包まれる。おおよそ生物が活動できるレベルではない。迷い込んできた魔物に対し、彼はいつも同じようにしていた。流れ作業のように炎を吐き、流れ作業のようにその者の命を奪う。例外はない。
今回も同じ結果になる、当然のようにそう考えた彼は再び長い眠りにつこうとする。
「……熱ぃな。火傷すんだろうが」
ピクリと反応した彼は声のした方へとゆっくりと顔を向けた。そこには顔を顰めた男が面倒くさそうに魔法障壁を展開させている。
まさか、生きているとは。
内心驚きを隠せないまま、彼は次の行動に出た。属性問わず、魔法陣を組成する。その数は五つ。長い間魔法陣など組成してなかった彼だったが、その腕は一切衰えていなかった。
だが、彼の予想は再び裏切られることになった。しかも、さらなる驚愕を彼に与える形で。
男は両手を前にかざすと、魔法陣を組成し始めた。自分と全く同じ大きさの、自分と全く同じ種類の魔法陣。そして、それを自分よりも遥かに高速で作り上げた。
ごまかすことのできない焦りを感じながら、彼は魔法を放つ。そして、目の前の男も全く同じタイミングで魔法を撃った。
寸分違わぬ魔法が両者の間でぶつかり合う。凄まじい衝撃波と轟音を残し、二人の魔法は消えていった。
その様を見て、彼は今まで感じたことがない感情に襲われる。心臓がバクバクと高鳴り、見えない重圧に押しつぶされそうになった。この世に生を受けた時から並び立つものがいなかった彼には、この感情が「恐怖」というものであることが理解できない。
だが、本能は違った。目の前にいる敵を倒せ、と身体全体が警告している。
彼は己の体にある魔力をありったけ練り上げた。先程の魔法の衝突でできた瓦礫がそこら中に吹き飛ぼうとも、彼は気にも留めずに出力を上げ続ける。自分の住まいが壊れることなど関係ない。重要なのは敵を排除すること。
男はこちらをジッと見つめると、自分と同様に魔力を滾らせた。その大きさは自分に匹敵しうる程、強大なもの。それを見ても彼はもう驚きはしない。目の前にいる小さな男は自分と肩を並べる存在、その認識に疑いはない。
彼は練り上げた魔力を口へと集中させる。それはエンシェントドラゴンだけに許された破壊の力。放てば地形が変わるほどの絶技。
その名も”
全ての力を絞りだした彼は、一気にそれを解放した。
「……“
男が放った魔法を見て、彼は目を見開く。それは”
二つの極大の光がぶつかり合う。拮抗する力。互いに一切譲る気はない。
その余波に耐えきれるわけもない洞穴が辺り一面に吹き飛ばされていった。だが、彼は力を緩めることはしない。それがすなわち自分の死であることを、彼は理解していた。
両者を取り巻く一切が消し飛んだところで、”
信じられなかった。自分の持つ最大の技をもってしても倒すことが叶わなかった。夢でも見ているだろうか、長い歴史の中でこんなことは一度としてない。
身体の底から震えが来る。さっきまでは倒せと警鐘を鳴らしていた体が、今は全力で逃走しろと告げていた。彼はその警告に逆らうことなく、必死になって翼を羽ばたかせる。逃げるのだ、夕焼けに染まるあの大空へ。
「"
しかし、それすらも男は許さなかった。無慈悲な重力が襲い掛かり、自由の待つ空から死が手招きする地上へと手繰り寄せられる。
体の自由が効かない。男の唱えた魔法の影響もあるが、それ以上に感情が自分を阻害した。
男がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。先程感じた悪寒がまた一段と激しくなった。どうすればこの状況を打破することができるか、優秀な頭脳をもつ彼がどんなに頭を巡らせても答えは出ない。
どうすることもできない彼は最後の手段に出た。
『ま、待つのだ!!は、話せばわかる!!だから命だけはっ!!』
伝説の竜、エンシェントドラゴン。長き時を過ごし、人語を話すことができる竜が最後にとった行動は、まさかの命乞いだった。
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