第222話 この名前にしたかったからこその街道の名前
人間の工場問題を解決した俺は防御壁の建設作業に戻った。
既に反対側の防御壁は端まで完成していて、残るはフローラル樹海の中だけ。その作業もすこぶる順調に進んでいる。
フライヤの奴、中々真面目に仕事をしてくれたみたいでさ。もう十分すぎるほどの建材が用意されているんだよ。後は、土をならして壁をつないでいくだけ。アルカも手伝ってくれるようになったから、超スピードだね、こりゃ。
ちなみに、セリスは単身でゼハード達の所に行ってみたらしい。やっぱり魔王軍に戻るには結構時間かかりそうだけど、それでも前よりは関係が良くなったんだって。これもアルカのおかげだな。
そして、砦の建設を始めてから約一ヶ月。ようやく、人間界と魔族領を分かつ国境が完成した。
最後に残しておいた砦の一ブロックを俺とギガントではめ込む。その瞬間、巨人達から歓声が上がった。アルカは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ね、セリスも笑顔で手を叩いている。
「おめでとう。素晴らしい砦が完成したね」
ん?この声は……。
俺が振り返ると、フェルがニコニコと笑いながら砦を見上げていた。ギガントを含め、巨人達が慌てて頭を下げる。
「あっ、魔王様だ!!こんにちはー!!」
フェルに気が付いたアルカはちょこちょこと近づいてきて、フェルに挨拶をした。一緒についてきたセリスも、スッと姿勢を正し、軽くお辞儀をする。
「まぁな。結構かかったけど、満足のいく奴ができたと思うぜ」
「そうだね。まさかこんな立派な防御壁ができるとは考えてもいなかったよ」
「やるんだったらこれくらいやんねぇと、人間から魔族を守れねぇからな」
ひいてはアルカを守ることにつながる。その過程でアルカが傷ついてしまったけど、心の成長とつながったので良しとする。だが、アイソンのクソ野郎は許さない、絶対にだ。
しばらく砦を観察していたフェルが、笑顔のまま俺に顔を向けてきた。
「そういえば、僕に報告することない?」
「報告すること?」
なんだ?なんかフェルに言うことあったっけ?……あぁ、あの事か。
「資材調達の報酬はライガと交渉してくれ」
「そのことじゃないよ。……まぁ、それに関しても一言、言いたかったけどね。請求書を見て心臓が止まりかけたよ」
絶対無敵の魔王様の心臓が止まる、だと……?ライガめ、いったいどれほどぼったくろうとしてんだ?
「兵器工場の件って言えばわかるかな?」
……あー、そういえば報告していませんでしたね。大したことじゃないからわざわざ魔王様のお耳に入れなくてもいいかなー、って思っていたんですが。
「邪魔だったんで工場破壊しました。以上です」
「以上です、じゃないよまったく……そんな単純な話じゃないってことくらい、クロにもわかるでしょ?」
うーん……たかだか工場一つ壊したくらいだし?そんな目くじら立てることか?
ことの重要性がいまいちわかっていない俺を見て、フェルは盛大にため息を吐いた。
「……アルカ、ギガント達の所に行きましょう」
「ほえ?」
話の内容がアルカに聞かせるものではない、と判断したセリスがアルカの手を取り、俺達から離れていく。聞こえないくらいの距離までアルカ達が移動したのを見て、俺はフェルに向き直った。
「あの工場にはね、アーティファクトがあったんだよ」
「アーティファクト?」
アーティファクトってあれだろ?あの古いあれがあぁしてあぁなると、結果的にあれする奴か?
「……その様子じゃ、あんまり知らないみたいだね。アーティファクトは平たく言っちゃうと、凄い魔道具だよ。それこそ、今の技術じゃ作り出せないほどね」
「あー……要するに大事なもんが工場にあったってことか?」
「人間にとってはね。クロも見たでしょ?あの黒い鉱石を」
ゼハード達を捕えていた網に使われていたやつか?魔族の魔力と生命力を吸い取るっていう薄気味悪い黒い鉱石。
「あれはデモニウムと呼ばれる鉱石でね。あの鉱石を生み出す古代兵器があの工場にはあったんだ」
古代兵器……コンスタンのおっさんとフローラさんの親父が話していたあれか?
「そうなのか。なら破壊して正解じゃねぇか」
そんな危ない鉱石、大量生産なんかされたら、それこそ魔族の国は終わっちまうっての。あんな網程度で、メフィストの大人たちが手も足も出なくなったんだぞ?
「……ゆくゆくはそのつもりだったんだけどね。なるべく慎重に、悟られないように、隙をついて破壊するつもりだったんだ。そのための人員も用意してたっていうのに……クロのせいで台無しだよ」
フェルが苦いモノでも食べたみたいにその整った顔を顰めながら、俺にジト目を向ける。
「いやーそうは言ってもよ……アルカやメフィスト達を見殺しにはできないだろ?」
「……まぁね。だから本気ではクロを非難できなくて困っているんじゃないか」
んなこと言われてもなぁ。そんな大事な魔道具があの工場にあるなんて知らなかったですし、おすし。
「とにかく、貴重なアーティファクトを壊された人間達が黙っているとは思えない。……一応覚悟だけは決めておいてよね」
「……わーったよ」
俺が答えると、フェルは頷き、そのまま転移魔法を唱えて城へと帰っていった。
こりゃ、面倒くさいことになったな。目撃者は全員消しておく方がよかったかな?……つっても、そんな大事な施設なら無くなったことだってすぐばれちまうか。
俺は人間達が今後どう動くかを考えながら、明るい表情で自分達のやって来た成果を話している巨人達の所へ歩いていく。
「……あまり愉快な話ではなかったようですね」
俺の顔を見てすぐに近づいてきたセリスが小声で話しかけてきた。俺は軽く肩をすくめると、苦笑いを浮かべる。
「まぁ、あれだ。その話は後でするから、今は砦の完成を祝うとしよう」
「……そうですね」
静かにそう言うと、セリスは空間魔法から酒やら食べ物やらを取り出し始めた。俺もそれに倣って自分の空間魔法から椅子やら机を取り出し、並べる。
「さぁ、野郎ども!!念願の砦も完成したってことで、今日は一日盛り上がるぞ!!酒も食い物もたんまり用意した!!存分に楽しんでくれ!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
巨人達は両手を上にあげ、全身で喜びを表現していた。コップの代わりに用意した樽を片手にあちこちで杯をぶつけ合う。アルカもそれに交じって、ジュース片手にキャッキャッ言いながらはしゃいでいた。
俺は自分のコップを持ってギガントの下に歩いていく。俺に気が付いたギガントが、笑みを浮かべながらゆっくりと樽を俺に近づけてきた。俺も笑顔を向け、その樽に自分のコップをこつんと当てる。
「お疲れ」
「お疲れ様だべぇ」
俺達は互いの苦労を労うと、その場に腰を下ろした。ギガントは樽を口に運びながら、キラキラした瞳で出来上がった砦を見つめる。
「……夢でも見ているみたいだなぁ。この大陸を横断する防御壁を作るなんて、考えもつかなかっただぁ」
「でも、成し遂げただろ?」
「んだ。これも指揮官様のおかげ……それと」
「それと?」
「オラ達の力だぁ」
「……そうだな」
ギガントもそうだが、巨人達は遠慮がちな奴が多い。よく言えば謙虚なんだが、俺は、巨人族はもっと自分に自信を持った方がいいと思う。そういう意味で、今回の砦建築はいい薬になったんじゃないか?
「この砦……指揮官様が命名してくれろ」
「ん?俺か?身体を張って作り上げたのはギガント達だろ?」
俺が尋ねると、ギガントは笑いながら首を左右に振った。
「作ったのはオラ達だが、きっかけを与えてくれたのは指揮官様だべ。指揮官様がいなけりゃ、オラ達は普通の砦を作って終わりだったに違いねぇだ」
「そうか?うーん……名前ねぇ……」
砦の名前なんて考えたこともなかったからなー。つーか、砦ってどんな名前つけられるんだ?やっぱり地名に則した名前とか付けられんだよなぁ、普通。確かここって……。
「アラモ砦とかどうだ?」
「アラモ砦?」
「おう。ここは人間達からアラモ街道って呼ばれている所なんだ。そんなアラモ街道に存在する難攻不落の砦だからアラモ砦。……ちょっと単純すぎるかな?」
「いーや、いい名前だぁ!覚えやすいうえに、なんとなく堅牢な気がしてくるんだべ!!」
ほっ、なんとかギガントにも気に入ってもらえた。やっぱり何かを名づけるのって緊張するから好きじゃねぇわ。
「アラモ砦……オラと指揮官様の友情の証……」
嬉しそうな表情を浮かべ、ギガントが呟く。俺は笑いながらギガントの太い腕に自分の拳をぶつけた。
「俺とギガントの友情なんだろ?絶対に崩されない砦だぞ、ここは」
「……そうだなぁ」
ギガントは笑いながら酒を飲む。俺も空を仰ぎながらコップを傾けた。夕空も、砦の完成を祝福してくれているかのように、赤く輝いている。
俺達と巨人族の宴は、夜遅くまで続けられたのだった。
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