16.俺がこの世界に線を引くまで

第198話 親の誘いを断るようになったら完全に親離れ

 もはや朝のルーティンワークに組み込まれたアルカとの鍛錬。目が覚めたら歯を磨いて、顔洗って、飯食って、アルカと拳によるコミュニケーションをとらないと落ち着かない身体になってきている。

 最近は剣術の稽古もやるようになったからな。『ラブリーソードちゃん1号』を与えてしまった手前、気が進まないが、しっかり教えてやらないとアルカが怪我をする可能性がある。それは断じて許されることではない。……とは言っても、剣に関しては俺も人に教えられるほどじゃないんだけど。まるっきり独学だし、レックスと剣術ごっこしてただけだし、その時も身体強化バーストにモノを言わせていただけだしなー。剣の扱いに長けたギッシュにでも頼むかな?


 もちろん、魔法陣の組み手も毎日欠かしてはいない。アルカの自衛の手段はこっちがメインだから。剣はおまけ。

 ということで、今日も今日とて娘と魔法によるスキンシップをはかっている所だ。……ただ、最近は前とは少し稽古風景が変わってきてるんだよね。


 俺はアルカの魔法を躱しながら、チラリと横に目を向けた。


「マリアさんが戦闘に転移魔法を使うのは難しいと思います。と、言うよりも、そもそも転移魔法は戦闘中に使う魔法ではありません。クロ様とアルカが特殊なだけですから」


「そっか……そうだよね。確かに、戦ってる時に転移魔法を使う人なんて聞いたことないかも」


「それにマリアさんは近接タイプというよりも、遠距離から魔法を数多く撃つタイプですから、単純に魔法を撃てる回数を増やした方がいいです。まだまだ発展途上なんですから魔法陣を使えば使う程、身体を巡る魔力絶対量は増えていくと思いますよ」


「なるほど!地道に練習を積んでいくのが大事ってことですね!わかりました、先生!」


 ……なんか仲良いですね、あなた達。


 マリアさんが魔族領に来るという大事件の後、すぐにマジックアカデミアを退学したマリアさんは、ブライトさんから商学と経営学を教わりながらこうやって城に遊びに来るようになった。いや、ほとんど毎日のように俺とアルカの朝の鍛錬に付き合うようになったんだよね。


 せっかく大事な一人娘が家に帰って来たっていうのに、こんなにぽんぽん魔族領に来てたら流石にブライトさんが心配するんじゃないか、って聞いたんだけど、商売相手のことを知ることは大切なことだ、って笑顔で言われちゃってさ。それにブライトさんは俺のことを信頼してくれているらしい。それは嬉しいけど、若干こそばゆい気もする。


「クロ様も言っていましたが、マリアさんは初級魔法シングルがとてもスムーズに組成できます。それならば、複数魔法陣を練習して初級魔法シングルを間断なく放ちながら戦えば、相手に反撃の隙を与えない強力な武器になりますよ」


「複数魔法陣かぁ……複合魔法陣の方が全然上手くならなかったから、そっちの練習はしたことがないんだよね」


「それならそこからやっていきましょう」


「はいっ!!」


 うんうん、確かにそれはいい作戦だな。上達すれば俺がドラゴンに使った”際限なき四属性エレメンタルエンドレス”に似た感じになるだろ。マリアさんの初級魔法シングルは一般的な奴に比べて威力が高いからな。それでも上級魔法トリプル最上級魔法クアドラプルには及ばないけど、それを連発できれば厄介なことこの上ないはずだ。


 真剣な表情で二種デュオの魔法陣を練習しているマリアさんを見ながら俺は暢気にそんな事を考えていた。


 ……え?アルカと組み手をしているのに随分余裕だな、って?そうなんだよねー。


 今のアルカの実力は正直言ってかなりやばい。魔法陣の扱いだけに関してはもう既にフェルに肉薄するレベル。構築速度は俺と遜色ない速度に到達している。つまり、最上級魔法クアドラプル以外は一瞬で組成することができ、最上級魔法クアドラプルについても、戦いながらほとんど時間をかけずに、自然な流れで唱えることができている。

 身体強化バーストに関しても、最上級クアドラプル身体強化バーストを完全にモノにしてるから、もう苦手って言えないよな。とりあえず、順調に戦闘マシーンとして成長しているよ。悲しい。


 手加減なんかしてたらこっちがやられちまうような相手。なら、なんでこんなに余裕をかましているのか。アルカが全くと言っていいほど集中していないからだよ。


 いやー、本当なんなんだろうね。鍛錬の時だけじゃない、ご飯食べているときだって上の空になっていることが多いんだよな。そういうお年頃ってことか?あんまり探りを入れるのも違うと思うから、アルカに直接聞くような真似はしてないけど、やっぱ気になる。


 どうすっぺかな、これ。



「ふぅ……」


「お疲れ様」


 お風呂場から出てきた俺にマリアさんが笑顔を向けてきた。


「おう、マリアさんもお疲れ。調子はどう?」


「やっぱりすぐに上手になるなんてことはないよね。日々、練習だよ」


「魔法陣は積み重ねだからね」


 俺は席に座ると、あらかじめセリスが入れてくれていたお茶をすする。当の本人は俺と入れ違いでアルカとシャワーを浴びている最中だ。


 ちなみに、マリアさんもシャワーでしっかり汗を流している。最初はお風呂上がりの同級生にドギマギしていたけど、もうそんなこともなくなった。それくらいの頻度でマリアさんはこっちに来ているってことだ。


「……アルカちゃんの様子は相変わらず?」


 マリアさんが両手で湯呑を持ちながら俺に目を向けてきた。マリアさんにはアルカの異変については報告済み。


「そうだね。理由はわからないけど」


「そっか……何かあったのかな?」


「あったとすれば、アルカが一人で出かけているときだろうな」


 結構前からアルカは俺達に行き先を告げずに、どこかへ行くようになった。もうアルカを脅かす魔物も皆無に近いし、なるべく自由にさせたかったから放っておいたけど、それが原因でアルカの様子がおかしいなら、ものすごく行き先を知りたくなってくる。でも、ストーキングした結果、それがバレて「パパ、嫌い!」とか言われたら死ねるので、それはできません。


「そんなことより、マリアさんは大丈夫なの?」


「ん?なにが?」


「この後すぐにブライトさんの授業があるんでしょ?こんなにのんびりしていていいのかってこと」


「今日は休みなんだ。だから、急いで家に帰る必要ないんだ」


「そうなんだ」


 マリアさんはこの後、自由時間なのか。ちょっと気になることもあるし、あれを試してみようかな。


「お待たせしました」


「すっきりしたよぉー!」


 風呂から上がったあがったアルカが、セリスに髪を拭かれながら笑顔でリビングへと入ってくる。俺は極力いつもの感じでセリスに話しかけた。


「確かゴブ太達のブラックバーが新装開店したんだよな?」


「はい。かなりお客さんも増えてきたみたいで、お店がダメになってしまったのをきっかけに思い切って建て直したみたいですよ。かなり立派なお店になったとか」


 ダメになった原因の一端を担っているが、とりあえず今はそれは気にしない方向で。


「それは一回見に行かないけねぇな。マリアさんはこの後暇?もしよかったら俺の行きつけの店に一緒にどう?」


「クロ君の行きつけのお店?是非行ってみたい!」


 よしよし、マリアさんも乗って来たな。三バカのことを紹介したいと思っていたから丁度いい。……さてさて。本命はどうかな?


「アルカとセリスも来るだろ?」


「はい。最近顔を出していませんでしたからね。久しぶりにゴブ太さん達の美味しいご飯を食べたいです」


 俺の思惑に気が付いたセリスが瞬時に俺の誘いに乗ると、さり気なくアルカに視線を向けた。


「うーん……アルカはいいや。他に約束があるから」


「約束?」


「うん!だから、三人で行ってきて!!アルカは出かけてきまーす!!」


 そう言うと、まだ髪も乾いていないというのにアルカは足早に小屋から出ていく。俺はそんなアルカの背中を茫然と見つめていた。


 俺の誘いをアルカが断った……そんなことがあり得るというのか?俺達と一緒にいることが至福の喜び(俺の願望)だというのに、そんな俺達よりも大事な約束があるというのか?いや、そんなものはあってはならない!


 冷静になって考えてみるんだ。親よりも優先する相手とはなんぞや?友達か?友達なのか?新しい友達ができたというのか?ならば、なぜ内緒にする?


 確かにアルカの交友関係は広い。知らない間に友達が増えている。この前、ちょこっとライガに聞いたんだけど、アルカはサバンナにも遊びに行っているらしい。なぜか獣人族の訓練に交じってるんだってさ。筋肉モリモリになるのだけは勘弁してください。


 でも、そういう時は決まって報告してくれたし、こちらから尋ねれば嬉しそうに話してくれた。だが、今回の相手は違う。がっつり聞いてみたわけじゃないけど、多分聞いてもはぐらかされるだけだ。


 俺達の誘いよりも優先し、尚且つ秘密にしたい相手。


 …………ボーイフレンド。


 なるほど。そういうことか。それならば納得だ。俺に詳しい話をしないのも、心ここにあらずな感じになるのも頷ける。


 と、言うことは魔王軍指揮官である俺の出番ということだな。指揮官として大事な娘に縋りつく羽虫をきっちりと粛清しなければ……。


「物騒なことを考えないでください」


 良からぬことを考えていた俺にセリスがぴしゃりと告げる。反論しようとした俺だったが、その顔を見て何も言わずに口をつぐんだ。


「アルカの交友関係は私達が口を出すことではありません。暖かく見守ってあげたらどうですか?」


「そうだよ、クロ君。あんまり過保護にするとアルカちゃんに嫌われちゃうよ?」


 嫌われる……?俺がアルカに?だめだ、貧血が起きそうになった。


 俺はがっくりと肩を落とすと、大きくため息を吐く。


「……ブラックバーに行こうか」


「そうですね」


「うん!行こう!!」


 こうやって子供というのは親の元を巣立っていくのか。寂しいぞ、ちくしょー!


 ある意味心のモヤモヤが更に濃くなった俺は二人の肩に手を置き、転移魔法を発動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る