第188話 面白いは正義
落ち着きを取り戻したブライトがマリアとともにこちらへと歩いてくる。
「……すまない。恥ずかしいところを見せてしまったようだな」
「ありがとう!ク……指揮官様」
憑き物が落ちたように晴れやかな表情を浮かべるブライト。マリアは泣き腫らした目を拭いながら、クロに頭を下げた。
「気にしないでいいって。……それよりブライトさん、さっきは不躾な態度ですいませんでした」
「あ、あぁ、いや。別に謝ることはないが……」
クロの態度が急変したことにブライトは動揺を隠せない。そんなブライトの様子に苦笑いを浮かべながら、クロは仮面を外した。
「初めまして。マリアさんと同級生だったクロムウェル・シューマンって言います」
「なっ……!?」
クロの正体を聞いたブライトは大きく目を見開き、口をパクパクと動かす。あまりの驚きに言葉を発することができなかった。自分の正体を明かすリスクはマーリンから言われて承知しているが、ブライトからの信頼を得なければ目的を達成することはできないと判断したため、止む無く正体を明かすことを選んでいた。
「言いたいことは多々あると思いますが、俺の身分的にあまり人間界にいるわけにもいかないので、話を進めたいと思います。詳しいことは後でマリアさんに聞いてください」
「……わかった。話を聞こう」
まだ頭は混乱しているというのに、この切り替えの早さは流石は大商人といったところか。クロがチラリと横に目を向けると、マルクが静かに頷いた。
「こちらの要望は魔族との交易です」
「魔族との交易?」
「はい。こちらは魔族の商人です」
「マルクと申します」
マルクが人当たりのいい笑みを浮かべながら頭を下げる。
「正直、俺は商談とかよくわからないんで、そっちはマルクさんと話してほしいんですが、とりあえず交易をしてくれるかしてくれないかだけは俺が交渉しないといけないんで。……一応、魔王軍指揮官ですから」
「なるほど……」
ブライトの顔つきが変わった。さっきまでは娘を思う父親の顔だったが、今は数多の商戦を勝ち続けた商人のそれになっている。
「確かに、商売の基本は信頼だ。指揮官はその正体を私に明かすことで、それを作り上げようとした。得体のしれない相手との商売程危険なものはないからな」
ブライトは隣にいるマリアに目を向けた。
「マリアを見る限り、虐げられていた様子もない。……むしろ、クロ指揮官を信頼している節まである。例え、同級生だったとしても、私の娘からここまで信頼されている男を私が信頼しないわけにはいかない」
「なら……」
「だが、それだけでは商売は成り立たない」
クロが期待をこめた声をあげると、ブライトは真剣な顔で首を左右に振る。
「魔族との交易……これまで表立ってやった者などいない。それはハイリスクハイリターンである、禁忌の商売ルートだからだ」
「禁忌の商売ルート?」
「その通りだ。魔族との交易というのは言い換えれば魔族にこちらの物資を供給すること。国に知られれば国家反逆罪により、一族全員が根絶やしにされることになるだろう」
ブライトのクロを見る目が鋭く光った。
「どれだけ巧妙に隠し通しても国が目を光らせている以上、取引を内密にやるのは難しい。特に先の事件により、国の監視はさらに厳しくなった」
勇者アベルによる魔族の街襲撃。それが失敗に終わったことにより、魔族と人間の確執はさらに深まったと人間サイドは考えていた。その結果、魔族との関わりを持とうとする者、疑わしいという理由だけでも厳しく罰するようになっていった。
「それが現状だ。……そんな国の目を盗んで商売をする方法があるというのか?」
ブライトがクロの目をまっすぐ見据える。詳しい事情なんてまるでわからない。魔族の考えなんて想像もつかない。ただ、商売となればそんなことは関係ない。大事なのは安全に取引が行われるかどうか。そこに合法も非合法もない。
クロはブライトの目をしっかりと見ながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ありますよ。でなければ交渉なんてしに来ない」
「……ほう。聞かせていただこうか」
「ブライトさんが最も大切に思っている人が、俺達の懸け橋になってくれます」
「最も大切に……?まさか!?」
ブライトは驚愕の表情でマリアに目を向けた。マリアはゆっくりと息を吐きながら、ブライトを見つめ返す。
「……私は、魔族の人達から転移魔法と空間魔法を学びました」
「なに!?お前が転移魔法と空間魔法を!?」
転移魔法と空間魔法は魔法陣の中でも習得が難しいとされる魔法。どちらか片方を使える者ですら少ないというのに、それを自分の娘が両方使えるとはとても信じられることではなかった。
「私が商品を空間魔法で収納し、この家から転移魔法で魔族領に移動して商談を行います」
「マリアが商談を……」
「……上手くできるかわからないけど、これでもお父さんの背中をずっと見て来たから」
マリアの瞳に力強い意志の光が灯る。ブライトはそんな娘を見ながら、静かに息を吐き出した。
「……そんな簡単にできるものではない。商売を甘く見るな」
「そ、それは……!!」
「クロ指揮官」
鋭い視線を向けられ怯むマリアを無視して、ブライトはクロに話しかける。
「魔族と商売をするなんてリスクが高すぎる。見つかれば打ち首獄門だ。まっとうな商人ならこんな交渉、鼻で笑うだろう」
「…………」
「しかし」
クロに向かってにやりと笑みを浮かべるブライト。その目には長年消えていた情熱の炎が見え隠れしていた。
「面白い。非常に面白い。未だかつてどの商人も手を出そうとしなかった人類未踏の地……こんなにも心躍るのは久方ぶりだ」
「じゃあ……!!」
「あぁ、その話乗らせていただこう」
「お、お父さん!!」
マリアが歓喜の声をあげると、ブライトは少し呆れたような表情をマリアに向ける。
「商売のイロハも知らないお前が商談をするなど言い出しおって……学園を退学させて、商売とは何たるかを叩き込んでやるから覚悟しときなさい」
「……っ!?は、はい!!」
一瞬、呆気にとられた顔をしたマリアが笑顔を浮かべながら元気よく返事をした。それを見たクロは小さく笑うと、応接室の出口へと歩きだす。
「クロ君?」
「俺の仕事はここまで。後はプロの人達に任せることにするよ。詳しいことが決まったら教えてね」
「わ、わかった!!」
マリアの笑顔にクロが頷きで応えた。
「……クロ指揮官」
そんなクロにブライトが真剣な表情を浮かべながら声をかける。
「なんですか?」
「娘の事、本当に感謝している」
背筋を正し、深々と頭を下げるブライト。クロは向き直ると、ブライトに笑いかけた。
「頭を上げてください、ブライトさん。俺は別に何もしていませんよ」
「しかし……」
「むしろ、俺の方が感謝しているくらいです。こんな俺のために危険を冒して魔族領まで来たマリアさんにね」
「なんと……!!」
ブライトが顔をあげ、娘に目をやる。いくら調べてもわからなかった娘が魔族領へと向かった理由が、今まさに判明したのだ。
「そういうわけでお礼は言いっこなしです。これから商売相手としてよろしくお願いしますね」
それだけ告げると、クロは踵を返し、手早く転移魔法陣を組成してこの場を後にした。
*
ブライトさんの屋敷から帰ってきた俺はセリスと二人で小屋のデッキに座ってマリアさんをのんびり待っていた。いやー、今回は見事に俺の思惑通りにいったぜ!ブライトさんの話が想像以上に重い話だったことに若干テンパっていたが。真顔でいることに必死だったわ。
「話を聞いた時はどうなることかと思いましたが、何とかなったみたいですね」
「まーな!俺にかかればこんなもんだ!」
「今回は素直に感心しています」
セリスは微笑を浮かべながら、静かに紅茶をすすった。相変わらず絵になるな。なんか腹立つ。俺はセリスお手製のアップルパイにフォークを突き刺し、口へと運んだ。
そうこうしているうちに中庭に浮かび上がる転移の魔法陣。
「クロ君!!セリスさん!!」
そこから現れたマリアさんが手を振りながらこちらに走り寄ってきた。
「その顔を見るに、話は上手くまとまったみたいだな」
「うん!!これまでのことを説明するのに少し手間取っちゃったけど、商売の基本を教えてもらったら、魔族との取引を任せてもらえることになったよ!」
「そうか。まぁ、任せるって言ってもマリアさんしか俺達と商売できないからね」
「おめでとうございます」
「ありがとう!セリスさん!!」
マリアさんが太陽のような笑みを向ける。セリスもつられるようにして暖かな笑みを浮かべた。
よーし!とりあえず、これで一件落着ってところかな?マリアさんが
「ただいまー!!」
おっ、ちょうどいいタイミングでアルカも帰ってきたみたいだな。
「おかえりなさい。アルカ、アップルパイが用意してありますよ。マリアさんの分もあります」
「ホント!?やったー!!」
「私の分もあるの?嬉しいな」
「はい。ちゃんと手を洗ってから食べるんですよ?」
「はーい!!」
ビシッ、と手を挙げるとアルカは小屋へとスキップしていった。そんなアルカの背中を見つめながら俺はセリスに目を向ける。セリスも俺と同じようにアルカを見つめながら、わずかに眉を寄せた。やっぱりそうだよな。
「アルカ」
「ん?」
俺が声をかけると、アルカが足を止め、笑顔でこちらに振り返る。その顔を見て、俺の疑念は確信へと変わった。
「なにかあったのか?」
「……えっ?」
俺の問いかけに、一瞬だけアルカが目を泳がせる。
「……べ、別に何もないよ!アルカは早く手を洗ってアップルパイが食べたいだけ!!」
「そうか」
「う、うん!!」
そう答えると、アルカは俺に背を向け、小屋の中へと入っていった。俺が何も言わずに佇んでいると、セリスが近づき、声をかけてくる。
「クロ様」
「あぁ、俺達に一度も目を合わせてこなかったな。出かけた先で何かあったのは間違いない」
「そうですね」
それ以上は何も言わずにセリスは小屋を見つめた。そんな俺達をマリアさんが心配そうに目を向ける。
一難去って、また一難ってのはよく言うけど、なんだかなー……。こりゃ、少しアルカの行動に目を光らせないといけなくなりそうだ。
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