第185話 【リマインド】無責任な発言は控えましょう


 

 魔族の女の人はすごい綺麗な人ばっかりだ。


 私はリビングの席に座っていきなりやって来た青い肌をした女の人を見ながら、呑気にそんな事を考えていた。でも、なんでこの人は私の事をこんなにも睨んでいるんだろう。やっぱり人間だからかな?


「一目見てすぐにわかったわ!マリア!あなた、クロの事が好きでしょ!?」


 違った。どうやら人間だから敵対されているわけじゃないらしい。と、いうことはその口ぶりから察するにこの人も……。


「マリアさんが困惑しているじゃないですか。ちゃんと自己紹介してください」


「精霊族の長、ウンディーネのフレデリカよ」


 少し気の強そうな、フローラを大人にしたような女性。でも、なぜか少しだけ私と同じ匂いを感じる。


「私はマリア・コレットって言います。よろ」


「そんなことはどうでもいいのよ!!まずは私の質問に答えなさい!!クロの事、好きなんでしょ!?」


 フレデリカさんがバンッと音を立ててテーブルに両手をついた。ちょっとだけ怖い。


「う、うん。す、好きだけど」


「やっぱり!!」


 フレデリカさんがグッと顔を近づけてくる。間近で見てもすごい美人さんだな。


「なんであんなに冴えない男がこんなにモテるのよ!?」


「それは自分に聞いてみたらどうですか?」


 セリスさんがフレデリカさんに呆れたような目を向ける。あぁ、やっぱりフレデリカさんもクロ君の事、好きなんだね。確か火山から街と自分を守ってもらったんだっけ?それなら好きになっても仕方がないかな?


「ライバルが増えても何もいいことなんてないのよ!マリア!あなたがクロのことを好きになった理由を話しなさい!!クロを好きになる資格があるか、私が判断するわ!!」


「えぇ!?」


 全てが突然すぎる!驚きが追いつかないよ!セ、セリスさん、助けて!


「なぜ、あなたに判断されなければいけないのかわかりませんが、私も少し気になりますね」


「セ、セリスさんまで!?」


 セリスさんも興味深げな表情を浮かべながらこちらに身を乗り出してきた。セリスさんは私の味方をしてくれると思ったのに、とんだ誤算だよ……。フレデリカさんの目を見る限り、この追及から逃れられる術はなさそう。


 私がクロ君を好きになった理由……二人に比べれば全然大したことないんだけどな。


 私はあの日のことを思い出しながら、おずおずと二人に話をし始めた。



 マジックアカデミアの魔法陣の授業、訓練場で生徒達が思い思いに魔法陣を組成している。みんなが友達と一緒に和気あいあいとしている中、私は一人で魔法陣の練習をしていた。


 私はゆっくりと一種ソロ初級魔法シングルの魔法陣を組成していく。上手く出来上がったところで、もう一つの魔法陣を重ねようとした。だけど、奇麗な丸を描いていた魔法陣がもう一つの魔法陣を組み入れたところで歪んでしまう。


「あっ……」


 情けない声とともに霧散していく魔法陣。学園に来てから結構な期間、魔法陣の練習をやって来たけど一向に上手くなる気配がない。私以外のほとんどの同級生が基本属性の中級魔法ダブルを、一年生の中でも特に注目を集めているアルベール君は上級魔法トリプルまでできるっていうのに……。私には才能がないのかな?


 めげずにもう一度チャレンジしてみても、結果は同じ。氷が解けるように私の魔法陣はあっけなく消えていった。


「くすくすくす……」


 周りから笑い声が聞こえてくる。それは鋭利な刃物となって私の心に突き刺さった。でも、これは日常風景。いつも私が失敗すれば誰もが冷たい笑みを向けてくる。流石に慣れてきちゃったかな?いちいち気にしていたら精神がもたない気がするから。


 魔法陣を構築して消える、魔法陣を構築して消えるを繰り返す。その度に、私に張り付く嘲笑は深まっていった。


 ……やっぱり、慣れるもんじゃないね。だって、私の心が悲鳴を上げているもん。


 涙目になりながら、それでも魔法陣を組成することを止めない。それを止めてしまったら、私には逃げ場がなくなってしまう。


 私は純粋な悪意から逃れるためだけに初級魔法シングルの魔法陣を組成する。


「コレットさんの初級魔法シングルって奇麗だな。見てて惚れ惚れするよ」


「えっ?」


 なるべく薄笑いを聞かないようにしていた私の耳に、笑い声以外の声が聞こえた。そっちに目を向けると、黒髪の男の子が私の魔法陣を見て感心している。いつもアルベール君と一緒にいるあまり目立たない人だ。確か名前はクロムウェル・シューマン君。


 褒められたことなんて今までなかった私は反応に困りながらも、誰かに見られている緊張感でぎくしゃくしながら魔法陣を重ねてみた。そんな状態で上手くいくわけもなく、私の魔法陣は当然だ、と言わんばかりに消失していく。


「はぁ……」


 顔が赤くなるのを感じる。褒められた手前、今回の失敗は笑われるよりも恥ずかしかった。そんな私を見てシューマン君は眉を顰める。


「無理に重ねることないんじゃないかな?そんなに奇麗に初級魔法シングルが組めるのに、余計なものを足して崩しちゃうのは、なんだかもったいない気がするよ」


「えっ?どういうこと?」


 私が驚きながら顔を向けると、シューマン君は私に笑いかけた。


「コレットさんは初級魔法シングルに自信を持つといいと思うよ。その魔法陣を極めた方が絶対にすごくなるから」


 何の飾り気もない言葉。憐みの感情から出されたものではないことはその表情を見ればわかる。それでも私の身体を暖かな何かが駆け巡っていった。クロムウェル君の声が私の心を救っていく。


 あぁ、なんて優しい人なんだろう。


 この瞬間、私は恋に落ちた。



「……って、感じかな?」


 私が話し終えると、なぜかセリスさんとフレデリカさんがワナワナと身体を震わせていた。


「その周りで笑っていた連中、気に入らないわね」


「えぇ、指導が必要なようです」


 どうやら過去の私の話を聞いて怒っているみたい。昨日であった三人の幹部さんもそうだけど、ここにいる人たちはいい人ばかりだね。私達人間よりも人間らしい魔族達。言っていることは少しおかしいけど、本当にそう思うよ。


「昔のことだからね。多分、クロ君も覚えてないと思うよ」


 そう、覚えているわけがない。そんな印象に残るような特別な会話ではないのだもの。でも、あの言葉で私が救われたのは事実。


「確かにクロは何も考えずにそういうことを言う男だからね。天然女たらしで困っちゃうわ」


「……その点に関してはフレデリカと同意見ですね」


 セリスさんが深々とため息を吐く。恋人としてはそういうクロ君は心配だろうね。


「よくわかったわ。マリアはクロを好きでいる資格がある」


「あ、ありがとう」


 なんだかよくわからないけど、フレデリカさんに認めてもらえた。これは喜べばいいのかな?


「ということは私とマリアはライバルで同志ってわけね!」


「同志?」


 ライバルはわかるけど、同志っていうのはなんだろう?


「セリスからクロを奪い取る同志ってことよ!」


「えっ!?」


 力強く拳を掲げるフレデリカさんに、セリスさんが焦ったように目を向ける。なーんだ、そういうことか。セリスさんからクロ君を奪う……考えたこともなかったな。


 私は苦笑しながら、静かに首を左右に振った。


「フレデリカさん。申し訳ないけど、それはできないよ」


「あら?なぜかしら?」


 フレデリカさんとセリスさんが不思議そうにこちらを見てくる。


「こっちの世界にいるクロ君を見て思ったんだ。本当に幸せそうだって」


 学園では見たこともないようなクロ君。私にはとっても輝いて見えた。その要因がセリスさんであることは間違いないはず。


「私はクロ君が幸せならそれだけで嬉しい……それ以上を望んじゃうと罰が当たっちゃうよ」


「マリアさん……」


 セリスさんが切なげな声をあげる。そんな顔することないのに。私はあなたに感謝しているんだよ?クロ君を幸せにしてくれてありがとう、って。

 

 フレデリカさんはなぜか怖い顔をしながら、急に席から立ち上がった。


「フ、フレデリカさん!?」


 私が名前を呼んでも答えず、フレデリカさんはそのまま私に近づいてくる。そして、何も言わずに私の身体をギュッと抱きしめた。


「……バカ。いい子過ぎるのよ、マリアは」


 ちらりと顔を見ると、その目に光るものが浮かんでいる。ウンディーネの特性なのか、フレデリカさんの身体はひんやりしているのに、どうしてこんなに暖かいんだろう。


 フレデリカさんはゆっくり私から離れると、グイッと目元を拭った。


「まったく……私のライバルは強敵ばっかり。本当、困っちゃうわ。まぁ、同志が得られなかった以上、私一人でクロのハートを奪わなくちゃいけないわね!!」


 ……そんなこと言いながら、フレデリカさんは全然その気がないんだろうね。ちょっとしか話してないけど、こんな心根の優しい人がそんなことをする気がしないもん。


「そろそろクロ様のもとに戻りましょうか。恐らく待ちくたびれてると思うので」


「そうね。私も聞きたいことが聞けて満足よ。マリアのことが知れたしね」


 フレデリカさんが私にウインクをしてから小屋から出ていく。私も嬉しい気持ちになりながら、その後ろについていった。


「……随分、遅かったな」


 中庭にはクロ君が仏頂面を浮かべて立っている。なんとなくその様が可愛くてくすりと笑ってしまう。


「そんな不貞腐れることないじゃない。クロの友達と親交を深めたかっただけよ♡」


「……マリアさんに変なことを吹き込むなよ」


「わかってるわよ。ところで、あんたたちは何してるとこだったのよ?」


「マリアさんに転移魔法を教えていたんだ。そうすればいつでもここに来れるからな」


「ふーん……なんだかよくわからないけど、マリアが頑張ってるってわけね」


 フレデリカさんが視線をこっちに向けてきた。


「頑張ってるんだけど、全然うまくいかなくてね。セリスさんとクロ君に迷惑ばかりかけちゃってるんだ。やっぱり私には転移魔法は無理なのかな……?」


 私に才能があればすぐにでも転移魔法が習得出来て、迷惑かけることもなかったのに。本当に自分がダメダメで嫌になる。


 自重じみた笑みを浮かべると、クロ君が顔をしかめた。


「そんなことないって。前に言ったでしょ?マリアさんの初級魔法シングルは奇麗だ、って。あんな奇麗な魔法陣が組める人が転移魔法が使えないなんてことはないよ」


「えっ……?」


 まさか……覚えていてくれたの?あんな他愛もない会話のことを?


 私がポーっとしていると、フレデリカさんが腰に手を添えて、クロ君をキッと睨みつける。


「クロ!!そういう所が悪いって言ってるのよ!!」


「はぁ!?いきなりなんだよ!?」


「フレデリカに同意です。クロ様は自分の発言にもっと責任を持つべきです」


「セリスまで!?」


 いわれのない非難をされて混乱するクロ君。そんなクロ君に厳しい顔を向けるフレデリカさんとセリスさん。ギャーギャーと騒いでいる三人を見て、私は満面の笑みを浮かべた。


 やっぱり、この人のことを好きになってよかったな。

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