第184話 父と娘の関係は複雑


 マリアさんの修行を開始してはや三日。そろそろギルギシアン製のフカフカベッドが恋しいです。


 俺は寒空の下、デッキに座ってマリアさんとセリスの訓練風景をぼーっと眺めている。本当は俺が教えようと思ったんだけど、すぐに講師役を解雇させられた。セリス曰く、アルカと俺は感覚で魔法陣を使っているから教えることに適していないとのこと。せっかく懇切丁寧に魔法陣を構築して見せたのになんでだろう。

 マリアさんの件が片付くまで指揮官としての仕事はしなくていい、ってフェルに言われたから本格的にやることねぇぞ。日がな一日マリアさんの観察をしている。ちなみに、俺と一緒に解雇されたアルカはどっかにお出かけ中。どこに行っているか尋ねたら適当にはぐらかされた。そういうお年頃なのかな。


 とりあえず、マリアさんには空間魔法と転移魔法をマスターしてもらう必要がある。空間魔法の方は初日に何とか習得したけど、転移魔法の方はかなり苦戦している様子。それでも脇目も降らずに練習しているのはマリアさんらしい。


「転移魔法は複雑な魔法陣を正確に構築するのも大切ですが、転移する場所を完璧に頭に思い描くことも必要です。まずは、考えることなく魔法陣を組めるようになるところから始めましょう」


「はぁ……はぁ……はい!!」


 マリアさんが肩で息をしながら返事をする。慣れない魔法陣を朝からずっと連発しているし、しかもそれを連日だ。疲労が溜まるのは当然の事。


 一通りアドバイスを終えたセリスが俺の方へと歩いてくる。


「かなり頑張っていますが、もう少しかかりそうです」


「そうみたいだな。つっても、俺だって転移魔法を習得するのに一ヶ月くらいはかかった覚えがある」


「そうなんですか?意外ですね」


 まぁ、六歳の時の話なんだけど。レックスの身体能力についていくために頑張ったんだ。俺がまだ純粋だったころだな。


「まぁ、マリアさんならできるようになるだろ」


「そうですね。あんなにも必死になっているんです。出来るようにならないわけがないです」


 セリスは庭でひたすら魔法陣を組成しているマリアさんを見つめながら、確信めいた口調で言った。


「……そういや気になってたんだけど、セリスはやけにマリアさんの肩を持つよな。なんかあるのか?」


「さぁ……なんででしょうかね?似てるからじゃないですか?」


「似てる?」


 セリスとマリアさんがか?マリアさんは温和で物腰柔らかなマシュマロタイプ。片やセリスは四方八方に棘をまき散らしている金平糖タイプ。口内炎にはきつい。似ても似つかないだろ。


「……失礼なことを考えないでください」


 セリスが眉をしかめて俺のほっぺたをつねる。あまがみなんてレベルじゃない、俺のほっぺたを引きちぎる威力だ。まじで痛いっす。


「それより、転移魔法はわかりますが、なぜ空間魔法も教えたのですか?」


「ん?気になるか?」


 俺はほっぺたをさすりながらセリスにどや顔を向けた。


「フェルも言ってただろ?マリアさんがここに来るには理由がいるって」


「そのために空間魔法が必要なんですか?」


「そういうこと」


 俺は答えながら立ち上がると、マリアさんの方へと近づいていった。魔法陣の組成に集中しているせいか、俺が来たことに全く気が付いていない。


「マリアさん」


「えっ?あ、クロ君」


「お疲れ様」


 空間魔法から冷たいお茶を取り出し、地面に座っているマリアさんに渡した。マリアさんは笑顔でそれを受け取り、ゴクゴクと喉を潤す。


「調子はどう?」


「……やっぱり難しいよ。私みたいのが転移魔法なんて使えるわけないって思ってたから、これまで練習してこなかったしね」


「まぁ、魔法陣の中でも転移魔法は難しい部類だからね。でも、それが使えるようになればいつでもここに来れるし、家にも帰れるようになるよ」


「家、か……」


 励ますつもりで言ったのに、なぜかマリアさんは表情を曇らせる。


「あれ?あんまり家に帰りたくないの?」


「うーん……何とも言えないね」


 マリアさんが苦笑いを浮かべる。これは訳アリな感じか?俺は少し困惑しながらも、マリアさんの横に腰を下ろす。


「家はともかく、学園には戻りたくないかな?クロ君も知っての通り、私は学園ではあまり相手にしてもらえないから」


「……あぁ、そっか」


 名門マジックアカデミアの生徒の大多数は親のコネを利用した貴族の子供。スカウトが見つけてくる本物の実力者は数が少ない。かく言うマリアさんも大商人の娘ということで、莫大な入学金を支払って入学した口だ。

 コレット家はマリアさんの親父さんが一代で財を築き、その功を称えられ貴族の仲間入りを果たした家系。由緒正しき血筋とはお世辞にも言うことはできない。そんな家から学園にやって来たマリアさんは、他の貴族の子供達に軽んじられ、いないものとして扱われていた。

 歴史の重みだけが地位に直結する人間の悪習ともいえる貴族世界の縮図。俺が反吐が出るくらいに嫌いなやつだ。


「あんな学園行く必要ないだろ。マリアさんは勇者になりたいわけじゃないでしょ」


「そうだね。勇者なんてなりたくない」


 そもそも、あそこは勇者を育てるところじゃないからな。単なる妖怪ジジイの後釜を探すための施設。マリアさんが通い続ける意味はゼロと言っても過言じゃない。


「私があの学園に入学したのは、内向的でいつもおどおどしていた私をお父さんが見かねたからなんだ。……厄介払いをしたかっただけかもしれないけどね」


「厄介払い?」


 俺が尋ねると、マリアさんは寂しそうに笑いながら頷いた。


「お父さんは……私のことをあまり好きじゃないんじゃないかな。お母さんが病気で死んじゃってからは、朝から晩まで商人の仕事がかりで、幼い私の相手なんか全然してくれなかったし。私が家にいるのがうっとおしかったんだと思う」


「……そんなことないと思うけど。今だってマリアさんの事、全力で探してるんだろ?」


「ルシフェルさんがそう言ってたね。……私はあまり信じていないけど」


 そういうもんなのかな。俺にはよくわからない。でも、貴族の親子には愛情がないって村のおっさんも言ってたし、そういうものなのかもしれない。人の家のことは他人が口出すことじゃない。だからなのかな?魔族領こっちに暮らしたいって言ってたのは。


「さーて!こんな暗い話をしていてもしょうがないね!とにかく今はクロ君がくれたチャンスに応えないと!!」


 マリアさんは明るい笑顔を浮かべ、土ぼこりを払いながらその場で立ち上がった。学園じゃこういう話をしたことがなかったから、少しだけマリアさんのことが分かった気がする。


 マリアさんが組成している魔法陣を観察しようと立ち上がると、近くで別の転移魔法陣が浮かび上がった。その転移魔法により現れたのは青肌の美女。

 突然、中庭へとやって来たフレデリカは俺に目もくれることなく、マリアさんへと近づき、眉をひそめながらその顔を覗き込む。


「あなたがギーの言っていたマリアって子ね」


「えっ?あっ、そうです……」


 唐突に怖い顔で睨まれ動揺を隠せないマリアさん。そんなマリアさんの様子をフレデリカが舐めるように眺める。


「……ギーの言うとおりね。流石は女心に聡い男だわ」


「フレデリカ。いったい何をしに来たのですか?」


 フレデリカの登場にデッキにいたセリスもこちらに寄ってきた。フレデリカはセリスを一瞥すると、つまらなさそうに鼻を鳴らす。


「セリスもいるのね。ちょうどいいわ。クロ!!あんたはここで待っていなさい!!」


「はぁ?いきなりなにを……」


「つべこべ言わないっ!!私はマリアとセリスに話があるの!!」


 えっ、めっちゃ怖いんですけど。こんなん言うこと聞かないなんて選択肢はない。


 俺は訳も分からないまま、オロオロしているマリアさんの手を引っ張り、肩を怒らせながら小屋へと歩いていくフレデリカを無言で見送った。

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