第172話 一難去ってなくても、また一難


 マリアさんを医務室へと連れて行った俺達は女中さんの一人にその看病を頼み、目が覚めたらすぐに教えて欲しいことを告げると、さっさと魔王の間へと戻っていった。とりあえず腕組して考え事をしているフェルに話を聞かないと、何が何だかさっぱり分からん。


「どういうことだ?なんでコレットさんがここにいるんだよ?」


「……正直、僕に聞かれても困るんだよね。まずはセリスの話を聞かないと」


 俺とフェルが同時にセリスへと目を向ける。すると、セリスは肩をすくめながら静かに話し始めた。


「私も頭の整理がついていないのですが、知っている事だけ話します。今朝、フレノール樹海に行ったアルカがマリアさんを連れて私の家に帰ってきました」


 うん。いきなり話が見えなくなりました。なんでうちの可愛い娘が出てくるんだ?


「…………クロ?」


 フェルが俺に視線を向けてくる。……しょうがねぇな。


 俺は即座に魔法陣をくみ上げ、その場で転移する。丁度、アルカはリーガルの爺さんと朝食をとっている所であった。


「あっ!!パパ!!」


「これはこれは指揮官殿。朝ご飯でも食べに来ましたかな?」


「すまん、爺さん。ちょっと急いでいるんだ。悪いけどアルカを借りて行くぞ」


 早口でそう告げると、返事も聞かずにアルカの肩をつかんで城へと戻っていく。


「ふぇ?ママ?ルシフェル様?」


 突然、魔王の間に連れてこられたアルカは目をぱちくりさせながら二人を交互に見つめた。そんなアルカにセリスが優しく声をかける。


「アルカ。マリアさんと森で出会った時の話を聞かせてください」


「マリアお姉ちゃん?お姉ちゃんは森で魔物に襲われている所を助けてあげたんだ!!それで、疲れてるみたいだったからママのお家に連れてきたの!!」


 ……ソウナンダー。アルカは優しいナー。


 アルカの優しさを責めることはできない。それよりも今の話を聞く限り、マリアさんは自分の意志で魔族領に来たんじゃないか?あの森に入ろうとする理由なんてそれくらいしかねぇだろ。


「やってきたマリアさんに、私は目的を尋ねました。そうしたら彼女はこう答えたのです。魔王に会うためだ、と」


 アルカを引き継いでセリスが話を進める。フェルに会いたい?マリアさんが?そりゃまたなんでだ?


「その理由はルシフェル様がご存知かと」


 俺の考えを読み取ったセリスがフェルに目を向ける。フェルはバツが悪そうな顔をしながら自分の頬をかいた。


「あー……クロには言ってなかったんだけど、アトムを連れ戻しに行って、クロと戦ったあの日、実は君の親友の他にあのマリアも君を探しに戻ってきたんだよね」


「はっ?それって……」


「どや顔で君を消したって告げちゃった。多分その敵討ちだね。『なんでクロムウェル君を殺したっ!?』って叫んでたし」


 まじかよ。マリアさんは少ししか話したことない友人のために、危険を冒してこんな所まで来たってことか。どこまで天使なんだよ、あの人は。


「はぁ……何となく状況はつかめたけど、どうするよ?フローラさんの時みたく無理やりごまかすか?」


「それは厳しいでしょ。クロムウェル・シューマンにそっくりな魔王軍指揮官をその目で見ちゃったんだよ?ごまかしなんてきかないよ」


「そっくりって本人だから。それに顔を見られたのはフローラさんも同じだろ」


「うーん……彼女とあの子は違うと思うよ?」


「違う?違うって何が?」


 俺が怪訝な表情をして聞いてもフェルは答えず、自分の腕を指でトントンと叩きながら悩みこんでいた。


「……あの、クロ様?」


「ん?」


 それまで黙って俺とフェルのやり取りを聞いていたセリスが、なぜか少し緊張した面持ちで俺に声をかけてくる。なんで緊張しているのか意味わからん。


「マリアさんとはどういった関係だったのですか?」


「コレットさんと俺?フローラさんと同じで学校の知り合いってだけだよ。まぁ、フローラさんと比べたら話した回数は多いけど、それでも数える程度だし」


「そう、ですか……」


 俺の言葉を聞いたセリスは再び黙って何かを考え始めた。今の話に考える要素ある?


「とりあえず、この件はマリアが目覚ました時の反応を見て、各々空気を読むしかないよ。正体をばらした方がいいと判断したならそうすればいいし、ごまかせそうならそれも良し。バラした後のことはまた考えればいいしね」


「なんつー行き当たりばったりな……まぁ、しょうがねぇか」


「うんうん。というわけで、クロには次のトラブルを対処してもらいます」


「はっ?」


 何言ってんの、こいつ?


「やっぱり、トラブルっていうのは重なるもんだね。大規模な魔物暴走スタンピードが発生したみたいなんだ」


魔物暴走スタンピードって魔物が一ヵ所に集中して暴走するっていうあれか?」


「そうそう」


 うはっ。あれは一種の災害だぞ?魔物暴走スタンピードの魔物は恐れを知らないから厄介なことこの上ないんだよな。


 ……って、いやいや!!そうじゃねぇよ!!


「コレットさんはほっとけって言うのか!?そういうわけにはいかねぇだろ!!」


「あの様子じゃ、マリアは当分眠ったままだよ。彼女が起きない限り、この話は進みようがない」


 いや、まぁそうなんだけどさぁ……だからと言って他のトラブルを解決しろって言われてもなぁ……。でも、俺に拒否権がないことはビシビシと肌で感じる。


 俺は頭を掻きむしりながら盛大にため息を吐いた。


「……その魔物暴走スタンピードからどこぞの街を守ればいいわけか?」


「そういうこと。話が早くて助かるよ」


 ニコニコ笑っているフェルを見ていると殺意すら芽生えてきそうだぞ、これ。つっても、守らないわけにはいかねぇだろ。俺は魔王軍指揮官、魔族を守るのも仕事のうちだ。


「仕方ねぇな……で?どこだよ?」


「王都マケドニア」


「えっ?」


「王都マケドニア」


 …………。やばい、我らが魔王様の頭はいかれてしまったようだ。元からいかれているっていう意見は大歓迎です。


「ルシフェル様ー。『まけどにあ』ってどこにあるの?」


 大人達が難しい話をしていたせいで会話に入ることができなかったアルカが、純粋な目をしながらフェルに尋ねた。


「マケドニアはここからかなり離れたところにあってね。アルカのお父さんがいたところだよ」


「えっ?パパの故郷?」


「違う」


 故郷なんかではない。幼馴染のバカのせいで強制送還されて、1,2年程生活していただけだ。


「フェルの考えが一ミリも分からん。なんで王都の魔物暴走スタンピードのために俺が行かなきゃいけねぇんだよ?」


 むしろ行かない方がいいだろ。城で騎士団長やってるコンスタンのおっさんには会っちゃってるんだぞ、俺。


「魔王軍指揮官のくせに想像力が欠如しているね。そんなんじゃ指揮官は務まらないよ?」


「うるせぇな。早く説明しろよ」


 すげぇ腹立つ。イケメンってだけでむかつくのに、こんなにも小馬鹿にしたような表情を浮かべやがって。不愉快極まりない。


 フェルは一つ咳ばらいをすると、ピンっと人差し指を一本立てた。


「いいかい?一月くらい前にクロは勇者アベルを倒しているんだよ?」


「あぁ、そうだな」


 あのバカを倒してもう一か月か。元気してるかな。


「つまり、あちらが攻めてきたところを魔王軍が返り討ちにした、と」


「まぁ、そうなるな」


「……返り討ちにあったのは自業自得とはいえ、人間たちは恐れているだろうなぁ。魔王軍の報復を」


 ……そういうことか。


 先に手を出してきたのは人間の方だ。それが失敗に終わっても手を出した事実は変わらない。いつ魔王軍がその仕返しにやってくるのか戦々恐々としているだろう。

 そして、このタイミングの魔物暴走スタンピードだ。どんなに馬鹿な奴でもこう考える、これは魔族の仕業に違いない、ってな。


 俺が理解したのを表情から察したフェルが満足そうに、うんうんと頷いた。


「わかった?くだらない因縁つけられて僕達のせいにされたらそれこそ戦争勃発だよ。それは我らが指揮官も望まぬところだよね?」


「……魔物に襲われている街を守りに行って、今回の魔物暴走スタンピードに魔族が関与していないことをアピール。それで相手にでかい恩を感じさせる、ってとこか?」


「指揮官がそうした方がいいと思うのであればそうするといいよ。僕は知らないけど」

 

 なにそれ?失敗したら俺一人に責任なすりつける気満々じゃないですかやだー。まじで面倒くせぇ。そうは言っても戦争なんて真っ平御免被るっつーの。


 俺は深々とため息を吐くと、まだ一人で考え込んでいるセリスに向き直った。


「そうと決まればさっさと」


「あぁ、だめだめ。セリスは城に残ってもらうよ」


「はぁ?なんで?」


「マリアが目を覚ました時、誰が相手すんの?」


 ぐっ……た、確かに。セリス以外に無理だろ、それ。


「ちょっと待て。なら、幻惑魔法抜きで王都に行けってのか?」


「幸い君の親友は今あの街にいない。勇者の妹と騎士団長の娘、それにお姫様を侍らして旅に出ているみたいだから」


 え?なにそれ、超見たいんだけど。ついにハーレム主人公に覚醒したのか、レックスよ。


「それならクロの顔を知っている人なんて限りなくゼロに近いよね?」


 おいおい、聞き捨てならねぇな。俺の顔に見覚えがある奴くらい、まったく心当たりがありません。くそが。


「つーことは一人で行くのかよ……流石にあの広さはカバーしきれねぇぞ」


「大丈夫っ!!アルカも連れて行けばいいから!!」


 おい、そんな危険な場所にアルカを連れて行くわけ


「アルカも行くー!!」


 ノリノリですね、アルカさん。俺は二日酔いだか何だかわからない頭痛に悩まされながらセリスの方に目をやった。


「というわけだ。ちょっと行ってくるから後は任せた」


「え?あっ、はい。マリアさんのことは任せてください。目が覚めたら適当に話し相手になっておきます」


 話し相手か。マリアさんは俺と同じであまりしゃべるタイプじゃないと思うけど、セリスなら心配ないだろ。


 俺は空間魔法から紺の仮面を取り出し、顔につけると、はしゃいでいるアルカと一緒に懐かしき王都マケドニアへと転移していった。

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