第171話 女子、三日会わざれば刮目して見てもあまり変わらない


 結局、夜通し酒を飲みながら麻雀を楽しんでいた俺達は、空が白み始めるにつれ、段々と意識が遠のいていき、気が付いたらリビングの床で眠っていた。かくいう俺もその一人で、今現在は誰かに揺さぶられ起こされている所。


「んー……セリス……もう少しだけ寝かせて……」


「誰がセリス様ですか!?早く起きてください!!」


 ん?セリスの声と違う。どことなく話し方にアホっぽさを感じるぞ。


 俺がうっとおしそうに目を開けると、微妙な表情を浮かべながら、俺を見つめるメイドが一人。


「なんだマキか……なら無視していいだろ」


「良くないですよ!!ほら、早くっ!!他の幹部様達が起きちゃうじゃないですかっ!?」


 マキがオドオドしながら必死に回りを見渡す。あー?別に起こしてもいいだろうが。


「なんで魔王軍の幹部様が3人もいるんですかっ!?生きた心地がしませんよ、まったく!!」


「……俺も魔王軍指揮官なんですけど?」


「そういうのはよくわかりません」


 だよねー。大昔に一人しか就いたことない役職だから、どれだけえらいのかマキには理解できないよねー。くそが。


 俺は渋々身体を起こすと、ゆっくり伸びをしながら大きく欠伸をした。


「臭っ!!酒臭っ!!この部屋も大概ですが、指揮官様自身、酒臭すぎですっ!!ちゃんと歯を磨いて顔を洗ってください!!」


「うるせぇなぁ。わかったよ」


 ったく、セリスみたいなことを言いやがって。俺はダラダラと洗面所に向かい、朝の身支度を整える。冷たい水で顔を洗ったところで脳みそが活動し始めたので、タオルで顔を拭きながら、マキの方に目を向ける。


「ふぅ……ってか、なんでお前がいんの?」


「指揮官様を呼びに来たんですよ。ルシフェル様のご命令で」


「フェルが?」


 こんな朝っぱらからなんなんだよ、一体。心当たりなんて一つくらいしかねぇぞ。


「とにかく、魔王の間に急いでください!!魔王様が拗ねて大変なんですから、ちゃんと謝ってくださいよ!?」


「やっぱその事かよ……」


 麻雀に誘わなかったくらいで機嫌を損ねやがって……ガキかっつーんだよ。あっ、ガキだ。実際の年齢なんて知らないけど、中身は紛うことなきガキだったわ。


 俺は面倒臭そうにため息を吐くと、城に向かって歩き出した。小屋を出るときにマキに声をかけるのも忘れない。


「部屋片づけといてな。よろしく」


「えっ!?あたしがですか!?」


「そうだよ。こんなに散らかして、俺がセリスにどやされるだろ?ちゃんとマキの言うとおりにフェルのところに行くんだから、それくらい頼むわ」


「そ、そんなぁ……」


 マキが泣きそうな顔で床に寝ているボーウィッド達に目を向けた。あいつらが起きた時、顔を合わせるのが畏れ多いのか。俺のことは容赦なく起こしていたくせに。


 肩を落として部屋の掃除に取り掛かるマキを置いて、俺は城の中へと入っていった。


 城内はまだ朝早いというのに、女中さんがあくせく働いている。みんな、俺の顔を見ると笑顔で丁寧に頭を下げて挨拶してきた。まじでマキの奴に見習わしたい……でも、なんかこそばゆいから、やっぱりあいつはあのままでいいわ。


 そんなこんなで城を歩いていくと、目的の場所にたどり着いた。ってか、なんで魔王の間なんだよ。あいつの部屋でいいだろ、別に。ほとんど来た事ないから若干迷っちまったじゃねぇか。


 俺はいじけているであろうフェルに、なんて言い訳するのか考えながら扉を開いた。


「急に呼び出してなんだよ……誘わなかったのは悪かったって思っ……」


 ……あれ?なんでセリスがいんの?リーガルの爺さんのところにアルカと行ってるんじゃなかったっけ?ってか、セリスとくっついてるのってマリアさんじゃねぇか。随分久しぶりに会ったけど、全然変わらないんだな。相変わらずちょこんとしていて、庇護欲をかきたてられる……。


 …………。


 ……………………。


 ……………………………………………………えっ?


 ちょっと待って?えっ?ここフェルの城だよね?えっ?どういうこと?あれ?やっちゃった?俺やっちゃった?寝ぼけて変なところに転移しちゃった?それとも夢の続き?


 俺はゴシゴシと目をこすり、もう一度見てみる。その光景に一切の変化なし。


 ……………………よし、ここはいったん戦略的撤退だ。小屋に戻って、ベッドで十分な休息をとったのち、もう一度フェルに会いにこよう。うん。それがいい。


 回れ右した俺の背中に、玉座に座っているフェルが声をかけてくる。


「……この状況でとんずらはないでしょ」


 ……ですよねー。


 未だに頭の中が混乱しながらフェルに目を向けると、珍しく本気で困り果てている様子。普段であればいい気味だって笑い飛ばしているところだが、今はそんな余裕一切ない。まじで。


「…………クロムウェル君?」


 ビクッ!!自分の名前を呼ばれて、ここまで心臓が高鳴ったことは初めてだ。俺が恐る恐る顔をそちらに向けると、これでもか、というくらい大きく目を見開いているマリアさんが、俺に手を伸ばしながらフラフラとこちらに近づいてくる。そして、突然糸が切れたみたいにその場に倒れこんだ。


「っ!?コレットさんっ!?」


「マリアさんっ!!」


 俺とセリスが同時にマリアさんへと駆け寄る。ゆっくりと身体を抱き上げ、様子を見ると気絶しているようであった。


「熱もあるみたいですね。かなり疲労がたまっていたみたいですし」


 セリスがマリアさんの額に手を添えながら、心配そうに見つめる。いや、まじで状況が把握できないんですがそれは。


「とりあえず、医務室に連れて行ってあげたら?」


 フェルの言葉に頷くと、俺とセリスはマリアさんの身体を優しく持ち上げ、医務室へと運んでいった。

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