第168話 七対子を狙っているのにすぐに鳴いてしまう俺はド素人


 コト…………コト…………。


 小屋の中が異様なまでの沈黙に包まれている。聞こえるのは卓に牌を置く音だけ。


 俺の対面に座るライガが手を伸ばし、牌を取ると、低いうなり声をあげた。それは自分の手牌に関してか?それとも危険牌か?


 しばらく悩んだライガであったが、意を決したようにツモ切りをする。その瞬間、隣に座るギーがにやりと笑みを浮かべた。


「大当たりだ」


「なんだとっ!?」


 目を見開くライガを無視して、ギーは上機嫌で裏ドラを確認する。


「ちっ……裏は乗んなかったか。まぁ、でも悪くないだろ。リーチ、七対子、ドラ2、満貫8,000点だ。裏も乗れば跳ねたのによ」


「くそっ……もっていきやがれ!!」


 ライガが自棄になりながら点棒を投げつけた。この直撃は痛いな、おい。つーか、ギーの野郎、手慣れてやがんな。


 酒を飲みながら麻雀をやること半荘五回。俺の分析結果を報告したいと思う。


 まずはライガ。こいつは当たればでかい博打タイプ。平和、タンヤオなんのその。役満狙いで三暗刻さんあんことかチャンタとかかましてくる。


 次にギー。こいつはまじで頭の回転が速い。多分、麻雀強いだろうなって思ってたけど、その通りだったよ。安パイを切りつつ手堅く上がっていると思ってたら、いきなり清一色チンイツとか揃えてくるからな。ちなみに、五回中四回はこいつが一位。


 そして、ボーウィッドは……うん。偶に上がってるな。初めてにしては頑張っていると思うよ。俺からいうことは何もありません。


 気になる俺はというと、誰かのリーチが来た瞬間、場に出ている牌しか捨てないチキン野郎。時々、対々和トイトイであがったりもしてます。すぐ鳴きたくなっちゃうよね。


 さて、ライガの親も流れてボーウィッドが親ってことはオーラスだな。今の上りで恐らくギーが一位だろう。俺は二位だからとりあえず直撃しなけりゃこのままの順位をキープできそう……。


「おい、もう酒がないぞ」


 俺が頭の中でこっそり考えていたら、ギーが空の酒瓶を振ってきた。まじかよ。こちとらダースで用意してたんだぞ?絶対なくならねぇと思ってたのに。つーか、ライガとギーのペースが異常すぎるんだよ。くそっ、面倒くさいけど買いに行かねぇと……っと、待てよ?


「もうオーラスなんだ。この半荘でびりの奴が酒を買いに行くってのはどうだ?」


 自信満々の表情で告げると、三人は顔を見合わせた。


「……いいんじゃねぇか?俺は負けないだろうし」


「けっ!!おもしろそうじゃねぇか!!」


「……俺も構わない」


 よし、全員乗ってきたな。今の順位は一位ギー、二位俺、三位ボーウィッド、四位ライガだろうな。とはいっても、さっきのが効いているからライガがダントツでビリだろう。このままいけばあのバカ虎に雑用を押し付けられるはず。一翻でもいいから上がっちまえばゲームセットだ。


 とりあえず配牌確認。うーん……微妙。染め手もきつそうだし、役牌もなし。とりあえず字牌を捨ててタンヤオ目指すか。


「ボーおじさん!!こっちがいいと思うよ!!」


 ボーウィッドにおぶさる形でアルカが牌を指さす。ボーウィッドは笑みを浮かべながら、素直にアルカに従って牌を捨てた。なんか和むわ。


 特に何の動きもないまま十巡目を迎える。とりあえずリーチは出ていないが、ギーあたりはもうすでにテンパっているだろうな。かくいう俺もイーシャンテンだ。ただのタンヤオだけど。勝てばよかろうなのだ。

 難しい顔をしているライガはまだ揃いきっていないな。アルカの指示通り捨てているボーウィッドも置いといて、警戒すべきは緑の化け物ただ一人だ。


 俺はゆっくりと牌をツモり、自分の手牌と見比べる。よしっ!テンパった!これで三萬か六萬がくれば上りだ!


 俺は今引いた四萬を左端に置き、八萬を場に出した。その瞬間、ライガの手がピクリと反応する。


「ポンッ!!」


 ……びびったぁぁぁぁぁ!!まじでびびった!!驚かせるんじゃねぇよ、このバカ虎!!


 ライガは俺の八萬を取り、自分のと合わせて横に置くとそのまま二萬を捨てた。ちっ……惜しいな。


 次のボーウィッドはいつも通り引いた牌をアルカに見せ、アルカが示した牌を捨てる。まじで癒し。


 さて、また俺の番か。引いた牌は……白?めちゃくちゃいらない牌きた。でも、捨てるのちょっと怖い。


 俺は何を捨てるか悩んでいるふりをして、全員の捨て牌を確認した。場に出ている白は二枚。つーことは白を二枚持っている奴は誰もいないということだ。白を頭待ちしている奴なんていないだろうし、こいつは安パイで間違いない!!捨てちまって何ら問題ねぇよな!!


「…………兄弟……ロンだ……」


「やった!!ボーおじさん、あがりだね♪」


 自信満々に捨てた俺にボーウィッドが遠慮がちに告げる。背中でアルカが嬉しそうに手を叩いていた。なにっ!?こんな可能性が低い牌を頭にしていたっていうのか、兄弟っ!?


 ボーウィッドが静かに手牌を公開する。それを見たとき、一瞬何の役か頭が回らなかった。


 ボーウィッドの手持ちは一と九が三種類、そして、字牌の東南西北白發中の十三枚。





 ……………………えっ?





「……これは……国士無双ってやつだから…………役満で32,000点か……?」


「違うよ、おじさん!!ボーおじさんは親で、この手は十三面待ちだからダブル役満の96,000点だよっ!!」


 …………なんでアルカがそんなに詳しいの?プロ雀士なの?坊やアルカなの?


 この瞬間、誰が酒を買いに行くか決定しました。



  主人が居なくなった小屋の中に残された三人の魔王軍幹部。本来であれば幹部会以外に顔を合わせる事のない彼らを妙な沈黙が包んでいた。


 クロがお酒を買いに行って間もなく、二階で本を読んでいたセリスがリビングへと降りてきた。そして、そろそろおねむの時間だったアルカを連れて、チャーミルへと転移していったのだった。心置きなく騒げるように、と配慮をしたのだろう。


 結果として、なんの所以もない男三人だけが小屋に取り残される事になったのだが。


 ギーは残り少ない焼酎をチビチビ飲みながらライガに目を向ける。


「意外とあっさりだったんだな。お前のことだからもう少し粘ると思ったんだけど」


「うるせぇな。俺の勝手だろ」


「いやぁ、天下のライガ様が飼い猫みたいに大人しくなっちまったから」


「なんだよ?喧嘩売ってんのか?」


 ライガが不機嫌そうにギーを睨みつける。だが、以前のような激しい怒気は全くない。ギーの軽口をうっとおしく感じているだけのようだった。


「こりゃ……まじで驚きだな。あいつ、どんなマジックを使ったんだ?」


 ライガの変わり様にギーは舌を巻きながらボーウィッドに話しかけた。ボーウィッドはお猪口を傾けながらフッとニヒルに笑う。


「……兄弟だからな……関われば自然と惹かれてしまう…………お前もそうだっただろ……?」


 ボーウィッドが軽く笑みを向けると、ギーは眉をピクリと動かし、口籠った。確かにボーウィッドの言う通り自分はクロに何かしてもらったわけじゃない。ただ、何となく一緒にいると面白いからという理由で、いつのまにか兄弟の盃まで交わしていたのだった。


「ふんっ!人間の癖に変わってんだよ、あいつは」


 ライガが吐き捨てる様に告げる。その声に蔑みの色が一切ないことを感じ取った二人はニヤニヤとライガに笑いかけた。それを見てライガは眉をひそめる。


「……なんだよ?」


「別に?ヒトっていうのは変わるもんだなって」


「けっ!!」


 忌々しそうにギーを一瞥するとライガはグラスを一気に傾けた。だが、そこには一滴も酒がなく、舌打ちをしながらグラスを机に置く。


 そんなライガにボーウィッドはお猪口を差し出してきた。


 突然のことで困惑したライガだったが、おずおずとそれを受け取ると、ボーウィッドがトクトクと静かに米酒を注いでいく。ライガのお猪口が酒で満たされると、今度はギーにも同様にお猪口を渡した。


「……兄弟に惚れ込んだなら……もう俺達は仲間だ……」


 ギーに米酒を注ぎ終えたところで、ボーウィッドが柔らかい口調で二人に話しかける。その言葉に大きく目を見開くライガ。ギーも少し驚いた様であったが、すぐにいつもの人を食ったような笑みを浮かべた。


「あーぁ。禄でもないやつに惚れちまったな。女を見る目には自信があったんだが、どうやら男はそうでもないらしい。……でも、まっ、そう悪くはねぇだろ」


 ギーはボーウィッドと同じようにお猪口を前に出しながら、ライガの方を見る。だが、ライガはお猪口を黙って見つめたまま動こうとはしなかった。


「……今、こいつは飲めねぇな」


「あぁ?どういうことだよ?」


 ギーがライガを見る目を鋭くし、ボーウィッドもライガの顔を見つめる。そんな二人に視線を向けると、ライガは面倒くさそうにため息を吐き、照れ隠しをするようにそっぽを向いた。


「……こういうのは、あのバカがいねぇと意味ねぇだろ」


 一瞬呆気にとられたギーだったが、ぷっと吹き出すと、心底愉快そうに笑い出す。ボーウィッドも嬉しそうに笑っていた。


「こりゃまた、指揮官様にぞっこんのようでなによりだよ」


「……はっ倒すぞ、ギー」


「ライガに見る目があってよかった……これから仲良くできそうだ……」


 からかうギーにムキになるライガ。そして、それを静かに見守るボーウィッド。


 幹部三人の語らいは渦中の人物が戻ってくるまで、楽しげに続けられたのであった。

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