第169話 炎と雷が混ざれば爆発する、異論は認めない
マリアは一心不乱に森の中を疾走していた。
フレノール樹海に入ったマリアは、詳しい地理など知る由もなく、とりあえず一直線に森を進むことにした。この森は一端の冒険者でもあまり近づかないような魔物の巣窟。それを理解しているマリアは魔物に見つからないよう、慎重に木々の間をぬっていった。
時には茂みの中に身を潜めたり、木の陰で息を潜めたりしたながら、おっかなびっくり行動した事が幸いしたのか、夜になっても危険な魔物と遭遇することはなかった。
これまで慣れないながらも野宿を経験してきたマリアは、立ち寄った街でしっかりと準備をしてきており、食料や水はたんまりと背中のリュックに入っている。適当な所に身を隠し、マリアは慣れない森の遠征による疲れを癒した。
そして、翌朝。あまり太陽の光が差し込まない森で目を覚ましたマリアはゆっくりと伸びをしてから、再び森の中を歩き出した。依然として、目に映る景色は変わらない。マリアは多少うんざりしながらも、森を抜けることだけを考え、黙々と足を動かした。
そんな、森を歩くことに慣れてきたせいで警戒を怠っていたマリアの前に突如として何かが飛び出してくる。
それの名は、グランジャッカル。
計算し尽くされた集団戦術で獲物を仕留める狩りのエキスパート。マリアの油断につけ込み、姿を現したのだった。
マリアは本能的に踵を返し、全力で走り出す。ご馳走をみすみす手放す道理もなく、グランジャッカル達はよだれを垂らしながら、逃げる獲物を追いかけ始めたのであった。
マリアは必死に走りながら背後を確認する。十数匹の獰猛な犬の魔物が自分を追ってきているのが目に入った。
一瞬、魔法陣によって迎撃するか迷ったが、すぐに頭を切り替え、逃げに徹する。自分は単発の高火力魔法で押し切るスタイル。群れた相手に通用するかわからない上、複数相手を想定した事がないため、無駄に命を散らすだけだと判断した。
だが、こちらはアウトドアもした事ないような箱入り娘、あちらはこの森こそが故郷である一流のハンター。この追いかけっこの結末は幼稚園児にもわかるレベル。それでも、目的を果たすためにこんなところで死ぬわけにはいかないマリアは無我夢中で木の間を駆け抜ける。
「あっ……」
だが、初めての場所で緊張の連続のうちに知らぬ間に体力が蝕まれていたのか、マリアは木の根っこに足を取られ、気の抜けるような声と共にその場に倒れこんだ。慌てて振り返りながら魔法陣を組成するが、時すでに遅し。四方八方から迫り来るグランジャッカルを前に、マリアは思わず固く目を閉じた。
「―――”
魑魅魍魎の蔓延る森に似つかわしくない可愛らしい声。咄嗟に目を開けたマリアは声の主の方に目を向ける。
そこには、年端もいかない茶髪の少女が
少女の魔法陣は火属性と雷属性、そしてもう一つはマリアの見た事がない模様。そこから生まれる黒い力が火と雷を無理やり掛け合わせる。そして、ビー玉のような大きさの光の塊が作り出されると、グランジャッカル目掛けて飛んで行った。
キラキラと光る様はまるで星屑のように幻想的であり、マリアは自分の置かれている状況も忘れて思わず見惚れてしまう。しかし、何故かグランジャッカル達はその美しい光から死に物狂いで逃げ回っていた。
それもそのはず、光がグランジャッカルに追いついた瞬間、すさまじい爆発が起こるのだ。生きるためにはその足を止めるわけにはいかない。
「うん!もう
あちらこちらで魔物が爆発しているというのに、女の子は涼しげな表情で自分の魔法陣の事を考えている。その冷静さ、その幼さ、その魔法陣の技術の高さ、全てに驚いているマリアは尻餅をついたまま、ただただ口をポカンと開けて女の子を見つめることしかできなかった。
「でも、火属性と雷属性を合わせるとボカーンって爆発することがわかったよ!もっと上手く使えるようにならないとなー。……ところで」
茶髪の女の子はクリクリとした大きな目をこちらに向けてくる。その可愛い顔からはあんなにも凶悪無比な魔法陣を作り出した事が想像できない。
「お姉さん、誰?」
ゆっくりと近づいてくる女の子を見ながら、マリアは無意識のうちに後退りした。こんなに可愛らしい見た目をしていても、凄まじい魔法が撃てることは間違いない。次に自分がグランジャッカルと同じ道を歩まないという保証はないのだ。
女の子は不思議そうに首をかしげると、すんすんと鼻を動かす。
「パパと同じ匂いがする。と、いうことは人間さん?」
この口ぶり……恐らくこの可愛らしい女の子は魔族なのだろう。前に一度感じた人ならざる気配をこの子から感じる。だが、パパが人間というのはどういうことなんだ?
混乱するマリアだったが、女の子に敵意が全くない気がしたので、おずおずと自己紹介をする。
「えっと……私は人間のマリア・コレットって言います。……あなたは?」
「アルカはアルカだよ!!よろしくね!!」
ニッコリと笑いながらアルカは手を差し伸べた。マリアはあまりに友好的な態度に困惑しながらも、その手を握り返す。とりあえず情報を得なければならない、と考えたマリアはゆっくりと立ち上がると、アルカにぎこちない笑みを向ける。
「……アルカちゃんはなんでこんな所にいるの?」
「うーんとね。毎朝パパとお稽古をしているんだけど、今日はパパがいないから、アルカ一人で魔法陣の練習をしてたんだ!!」
「そうなんだ……えらいね、アルカちゃんは」
「えへへ……そうかなー」
マリアに褒められ、アルカは嬉しそうにはにかんだ。魔族を恨んでいるというのに、この笑顔を見ていると、どうにも愛おしい気持ちを抑えることができない。
「マリアお姉ちゃんはなんでこの森にいるの?」
「私?……なんでだろうね」
アルカに尋ねられ、マリアは困ったような笑みを浮かべた。いや、この森にいる理由ははっきりしている。だが、ろくに魔物と戦うこともできず、挙句の果てにこんな幼い子に助けられるとは、自分が情けなさ過ぎてもはや笑うことしかできなかった。
そんなマリアを見て、アルカが不思議そうに首をかしげる。
「お姉ちゃん、疲れているみたい。休んだ方がいいよ!」
「そうだね……でも、こんな森の中じゃ休む場所も……」
「大丈夫!!アルカに任せて!!」
「えっ?」
アルカは自信満々に言うと、マリアの手をつかんで転移魔法を発動させた。
マリアとともに転移したのはチャーミルの長代行であるリーガルの屋敷。一瞬にして見知らぬ建物の中に連れてこられたマリアの中は完全にパニック状態。そんな、マリアの手を引いてアルカはズンズン屋敷の中を進んでいく。そして、とある部屋の前まで来ると、遠慮なしにその扉を開けた。
「ママー!!ただいまー!!」
「アルカ、帰って…………そちらの方は?」
マリアは部屋の中にいる人物を見てはっと息をのんだ。
少し波打っている金糸を編んだような金髪。降りたての雪のように白い肌。わずかに膨らんだ赤い唇。女なら誰もが憧れるであろう圧倒的なスタイル。
全てのパーツが完璧に配置された、まさに絶世の美女が静かにこちらへと目を向けている。
「お客さんだよ!森の中で困っていたから連れてきてあげたんだー!!」
アルカはそう言いながら謎の美女に飛びついた。その女性はアルカを優しく抱きとめると、微笑みながらその頭を撫でる。その何気ないやり取りも、一枚の絵画のような美しい光景として、マリアの目には映った。
「そうですか。アルカは優しいですね。……少しこの方とお話ししたいので、アルカはお爺様のところへ行っていただいてもいいですか?」
「はーい!!」
アルカは元気よく返事をすると、マリアに「じゃあね、お姉ちゃん!」と笑顔で手を振り、部屋を出ていく。
残された二人はしばらくの間、互いに見つめあっていた。そんな沈黙を破ったのはアルカにママと呼ばれていた美女の方。
「……初めまして。私はここチャーミルの街を治めるセリスと申します」
そう静かに告げると、セリスは丁寧にお辞儀をする。セリスの美貌にポーっと見惚れていたマリアは、それを見て慌てて頭を下げた。
「マ、ママ、マリア・コレットです!」
「……ママリアさん?」
「マリアですっ!!」
マリアは必死に首を左右に振りながら訂正する。こんなに奇麗な人と話すという緊張感と、街を治める魔族の重鎮と話す緊張感で、何がなんだかわからなくなっていた。そんなマリアに、セリスは優しい笑みを向けた。
「マリアさん、緊張することないですよ?取って食ったりはしないので、落ち着いてください」
「は、はい……」
マリアはゆっくりと深呼吸をする。幾分か落ち着きを取り戻したマリアを見て、セリスは話をつづけた。
「マリアさんは人間ですよね?なぜフレノール樹海にいらっしゃったのですか?」
「そ、それは……!!」
落ち着きを取り戻したまではよかったが、冷静になればなるほど、自分がいかに危険な場所にいるのかを認識し始める。アルカに連れてこられたのは自分が目指していた魔族の街、チャーミル。そして、目の前にいる女性はその街を治める魔族の幹部。ここに来た理由を正直に話せば自分の身が危ないことなど誰にでもわかる。相手は憎むべき魔族、心を許した瞬間に自分の命は尽きることになるだろう。
だと言うのに、マリアの心はなぜかセリスのことを信用しようとしていた。
「……魔王様に会いに来ました」
囁くような声で告げると、マリアはスッとセリスから目をそむける。そんなマリアを見つめながら、セリスは静かに息を吐いた。
「……ルシフェル様にですか。理由をお伺いしても?」
「それは……言いたくないです」
「……そうですか」
こんな勝手は通らないということくらいマリアでもわかっていたが、それでも本当のことを言うわけにはいかない。しかし、セリスに対して嘘を吐くことが憚られたマリアはそう言うしかなかった。
セリスはしばしの間、口元に手を添え何かを考えていたが、不意に顔をあげるとマリアに笑いかけた。
「では、ルシフェル様のところに行きましょうか?」
「えっ?」
あまりのことに耳を疑うマリア。セリスは少しだけ肩をすくめながら、苦笑いを浮かべる。
「い、いいんですかっ!?」
「本当はこんなこと許されないのですけどね……なぜだか、マリアさんのことを放っておけないのです」
こんなうまい話があるのだろうか?どう考えても魔族の卑劣の罠に違いない。そう頭では理解しているものの、マリアはセリスのことを信頼することができた。言葉で説明することはできないが、初めて会ったにもかかわらず、どこか他人とは思えない空気をセリスからは感じる。
「それでは、行きましょうか」
「は、はい!」
セリスの言葉に頷くと、先程と同じように自分の身体が浮き上がるような不思議な感覚に包まれた。
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