第160話 素直に相手を認めることができないのが男


 ライガという男は勘違いされやすい。


 彼を見て、大方の人は直情的で短絡的な思考の持ち主だ、と言うだろう。だが、それもしょうがないこと。なぜなら、以前の彼はまさに言葉通りの人物だったからだ。


 そんなライガが変わったのは獣人族の長となってからであった。とはいうものの、「長になった」というただそれだけで変わったというわけではもちろんない。

 強い者が長になる、そう信じて疑わなかった彼は、自分が長として選ばれたことに何の疑念も抱かなかった。そして、「長」というものがどういうものなのかまるで理解をしていなかった。


 彼が「長」というものを自覚したのは、長として初めて隊を率いて狩りに赴いた時の事。自らの実力を皆に示そうとはりきっていた彼は、手強い魔物がはびこるエリアへと強行軍を強いた。結果、自分自身は無傷。だが、他の者は彼ほど屈強ではなかったため隊は半壊。傷つき、ボロボロになった仲間達を見て彼は思った。


 「長」というのは強ければいいというわけではない。


 そんな簡単なことにも気が付かなかった青い自分を呪った。仲間一つ守れずに何が長だ、自分の力を持ってすれば、もっと上手くやれたはずだ。


 その日から彼は変わった。誰よりも強くあろうとする姿勢を崩すことなく、甘ちゃんだった自分を長と認めてくれた獣人族の者達を守り抜くことを何よりも大切にした。

 誰よりも前に出て魔物と戦い、誰よりも後ろに立って仲間達を守った。そんな彼を慕うものが徐々に増えていき、いつしか誰もが認める獣人族の長となっていたのだった。


 そう、そんな彼は確かに短気で、直情的ではあるが短絡的ではない。「長」としての責任感が彼に思考力を与えたのだ。


 だから、自分たちの天敵ともいえる巨大なサンドスライムを前にしたとき、即座に隊を退かせる道を模索した。昔の彼であればサンドスライムを倒す術にとらわれていただろう。

 世の中にはどうしようもない現実が存在する。どんなに強い拳をもってしても、その力で水を凍らせることができないように。スライムを相手に膂力で勝つというのはそういう類の話なのだ。


 だが、だからといって自分達がおとなしく引き下がる種族ではないことを彼が一番理解している。だからこそ、彼はすぐに逃げ道を探ったのだ。目の前の敵が恐ろしいからではない、隊の者達の命を守ることに重きを置いたから。


 しかし、彼が頭に血を巡らせ、無我夢中で知恵を絞ったというのに、思いついたのは考えうる限り最悪の一手。


 どうしてもその手段に頼りたくなかったライガであったが、サンドスライムの攻撃により傷ついていく仲間の姿があの日の光景を想起させ、なりふり構っていられなくなった彼は苦渋の決断を下したのであった。


「ぐっ……!!」


 腹部に激痛が走り、ライガは思わず息を漏らす。目をやると、サンドスライムの鋭利な触手が自らの脇腹を貫いていた。


「へっ……やるじゃねぇか!!」


 野生の力を百パーセント開放しているアニマルフォーゼに加え、最大限の身体強化バーストを施している自分の身体を容易に貫くほどの威力。ライガはにやりと笑いながら、触手に手を伸ばす。が、触れるか触れないかというところで触手はサラサラと元の砂に戻っていった。


「……本当、忌々しい野郎だな」


 どっかの誰かみたいに。


 ライガは自分の仲間達が控えている場所に、更にその奥へと目を向ける。そして、呆れた表情を浮かべる金髪の魔王軍幹部の隣で、柄にもなく真剣にこちらを見つめている黒髪の男を見た。


 気に入らねぇ。


 どうでもよさそうに俺のことを見ろっていうんだよ。セリスみたいに呆れた感じでも、小馬鹿にした様子だってかまわねぇ。そっちの方が割り切れるってもんだ。


 数えきれない程の触手がライガに降り注ぐ。全力で拳をぶつけていくが、圧倒的に手数が足りないのは火を見るより明らか。


 でめぇは後のことだけ考えてればいいんだよ。俺さえくたばっちまえば手を出すな、っていう縛りはなくなるんだからな。俺の次はてめぇがこのデカブツの相手をするんだ、ざまぁみやがれ。


 サンドスライムの攻撃はまるで無数の槍の雨が降ってきているようであった。その一本一本が容赦なくライガの皮膚を抉っていく。


 まったく……一番頼りたくない奴に頼ることになっちまうとはな。我ながら情けねぇ。……だが、俺様がプライドまで捨てたんだ、俺の仲間を守れなかったら噛み殺してやる。


 黄と黒の体毛が血で染まっていった。だが、ライガは一歩も引くことはない。背中に集まる仲間達の自分を案じる視線に応えるように前へ、前へと進んでいく。


 だが、まぁ……最後に見たツラはまだましだったか。あんな目ができる男になら、俺の仲間をまかせても悪くねぇ。…………そういう気持ちにさせやがったことも気に入らねぇがな。


 砂山の目前まで迫ったライガ。いたる所から血を流し、もはやアイデンティティである虎柄を見つけることも難しい。にも拘らず、ライガは刃のように鋭い視線で目の前に佇むサンドスライムを睨み、大きく腕を振りかぶった。


「……効かねぇのなんて百も承知だ。だけどな、死ぬ前に一発殴ってやんねぇと俺の気が済まねぇんだよっ!!」


 すべての力を右腕に込める。身体は死に体だが、心はまだ死んでいない。


 触手が襲い掛かってくるがそんなことは関係ない。今更風穴の一つや二つ、増えたところで何も変わらない。


 ライガは全力で地面を踏みしめ、一気に右腕を振りぬいた。







 ―――本当は、あのクソ野郎にぶつけてみたかったんだけどな。










「……“風を纏いし者ウインドローパー”」









 ビュオォォォォン!!!



 アニマルフォーゼにより強化されたライガの耳に微かに声が届く。その瞬間、ライガの拳から凄まじい突風が巻き起こり、サンドスライムの体を吹き飛ばしていった。


「なっ……!?」


 おそらく、サンドスライムに感情があれば驚愕の渦に飲み込まれていただろう。だが、ライガの驚きはそれをはるかに凌駕していた。


 ライガは体の大半を失ったサンドスライムを、そして、己の拳に目をやる。いつのまにか極小の竜巻が自分の腕に巻きついていた。


「まさか……!?」


 瞬時に原因を理解したライガは、慌てて仲間達の方へと振り返る。心配そうにこちらを見つめている仲間達の後ろで、真面目な顔して右手を前に突き出している男を見て、思わず笑みがこぼれた。


「…………クソ野郎が。手を出すなって言ったのによぉ」


 ライガはサンドスライムに向き直り、不敵な笑みを浮かべる。心なしか恐怖しているようにも見えるサンドスライムは、ゆっくりと後ずさり始めた。


「ったく……最低な気分だぜ。こんな気色の悪いもん腕に付けやがってよ」


 言葉とは裏腹に、ライガは至極上機嫌に見える。サンドスライムは必死に砂をかき集めようとするが、吹き飛ばされた体は元には戻らない。


 そんなサンドスライムを見ながら、ライガはその場で大きく跳躍する。


「わりぃけど、八つ当たりさせてもらうぜっ!!」


 そして、サンドスライムの中心にある赤いコア目掛けて、己の拳を叩きつけた。



「親父っ!!」


 強敵を退けた我らが長をねぎらうため、獣人達は戻ってきたライガのもとに駆け寄った。


「すげぇよ!!やっぱ親父は最強だ!!」


「スライムを倒しちまうなんて……俺は一生親父についていくぜっ!!」


「いつの間にあんなことができるようになったんだい!?帰ったらあたいにも教えてくれよ、親父!!」


 笑顔で声をかけてくる仲間達。だが、ライガは見向きもせずに、一番奥で欠伸をしている男に近づいた。


 自らの魔法陣をもってすれば、楽にサンドスライムを倒すことができたクロがあんな補助魔法を使った理由。それはひとえにライガの面子のため、ライガ自身の力で強敵を倒したように見せるためである。


 だが、そんなことはライガにとってクソ食らえだった。


「……いいか、お前ら。あのサンドスライムを倒したのは俺じゃない。この男だ」


 小さな声で告げられた事実に動揺する獣人達。そんな連中に構わずライガは鋭い視線をクロへとむける。そして、呆れたように息を吐くクロを見ながらゆっくりと口を開いた。


「魔王軍指揮官、クロ。俺と勝負しろ」

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