第159話 格好いいところを見てしまってもむかつく奴はむかつく奴


 なんかやばそうな奴が出てきたんだけど?


 ライガ隊には一切手を貸さないと決め、襲い掛かってくるサンドスコーピオンから死に物狂いで逃げていた俺は、ライガ達の前にバカでかい砂の化け物に気が付いた。いや、化け物であってるよね?なんかコアみたいのあるし、ライガ達に威嚇しているみたいだし。

 幸い、少し離れたところでサンドスコーピオンと追いかけっこをしていた俺には気づいていない様子。


「クロ様……あれは?」


 俺が手を出さないから仕方なく魔物を討伐していたセリスが砂の山を見て唖然としている。


「うーん……特徴的に一致するのはスライムだと思うけど……あの感じだとサンドスライムか」


「スライム!?あの砂の山がですか!?」


 そんなに驚かれても困るわ。俺だってよくわからねぇし。……まぁ、セリスが驚く気持ちもわからんではないんだけどな。


 スライムっていうのは俺達の世界で割とポピュラーな魔物。触るとぷにぷにするゲル状の身体をしていて、ゴミとか草とかなんでもよく食べるやつ。いろんな種類がいるって思われがちだけど、別にそういうことじゃない。

 草を主食にしていたら花粉をまき散らすリーフスライム、鉄を主食にしていたらカチカチに硬いメタルスライムって具合に食べたものによって体質が変わっていく面白い魔物なんだよな。だから、この砂漠に無限に存在する砂を主食にしているサンドスライムがいても別に驚くようなことじゃない。


 なら、なんで俺もセリスもこんなにも戸惑っているのか。それは、今出てきたサンドスライムのサイズがおかしすぎるからだ。


 普通のスライムの大きさは十センチメートル程、でかいやつでも五十センチメートルがいいところだ。なのに、ライガ達の前にいるサンドスライムはその数百倍という大きさをしている。どう考えても空想上の生物レベル。

 それに、こっちに敵意を向けているのも変なんだよ。スライムってのは弱い魔物の代名詞だから、生きている生物に襲い掛かるなんてことはありえないっつう話だ。


「……ありえない話だったんだけど、がっつり襲い掛かってきてんな」


「……そうですね」


 サンドスライムはタコの足のような触手を百本近く作り出し、ライガ隊に猛攻を仕掛けていた。獣人達は即座に散り散りになって、降り注ぐサンドスライムの触手を躱していく。なんか、もぐらたたきみたいだな。やられている張本人達は命がけだろうけど。


「オラァァァァ!!!」


 ライガが拳を振りぬくと、砂で作られた触手は見事に四散した。と、思いきや、またすぐに元の形に戻り、ライガに襲い掛かる。ライガは驚愕に目を見開きながら、後退を余儀なくされた。


「……ありゃ、生きている魔物を取り込みやがったな」


「えっ?」


 俺の呟きにセリスが反応する。それを見る限り、セリスはスライムの習性についてあまり詳しくはないみたいだ。


「スライムは喰ったモンを自分の体に取り込んで変質していくのは知っているよな?」


「はい、それは存じております」


「あいつらは基本的に草とか土とか、そういった動かない物を食べるんだ」


「そうですね……普通の生物に勝てるほどスライムは強くありませんから」


 うん。まったくもってセリスの言うとおりだな。スライムが勝てる生物なんて微生物くらいだろ。


「だけど、死骸だと思っていた魔物が、実は瀕死なだけだったとしたら、スライムでも食べることができるんだよ」


「まぁ……瀕死なら抵抗はできませんからね。でも、それは死骸を食べることと変わらないんじゃないですか?」


 俺はセリスの言葉を、首を振って否定した。


「あいつらが体に取り込むのは食べたものの性質だけじゃねぇ。その意思も一緒に吸収しちまうんだよ」


「それって……」


「あぁ」


 俺はちらりと暴れているサンドスライムに目を向ける。


「凶暴な魔物を喰ったとしたら、凶暴なスライムの出来上がりってわけだ」


 サンドスライムは狂ったように触手を振り回していた。その異常な速度に、ライガ達はかなりの苦戦を強いられている。


「……やけにスライムについて詳しいですね」


「ん?あぁ、ガキの頃にスライム使って遊んでたからな。カエルとか食べさせたりして」


 あん時はレックスが調子にのって魔物を食べさせたらエラい目にあったんだよな。当時はお遊びみたいな魔法陣しか組成できなかったし。


「……魔物を玩具にするとは、子供の頃からクロ様はクロ様だった、ということですね」


 セリスが呆れたような顔でこっちを見てくる。失敬な。そういう悪事は大体レックスのせいだっつーの。


「調子に乗るんじゃねぇぇぇぇ!!!!」


 俺達が暢気にスライムについて考察をしていると、ライガの怒声が耳に飛び込んでくる。そっちに目を向けると、普段のライガとは違う、人虎ワータイガーの名に恥じない姿に変貌していた。


「アニマルフォーゼ……あいつ、まさか力で押し切るつもりじゃないだろうな?」


 ライガが、っつーか獣人族が脳筋の集まりだってことは知っているけど、流石にスライム相手にそれはねぇだろ。


「……獣人族は属性魔法が使えません」


 えっ?


 俺が反射的に振り向くと、セリスが困り顔で肩をすくめる。まじでか。道理で魔法を使うやつを目の敵にしているわけだ。


「それはやばくねぇか?」


「正直、かなりまずい状況です」


 さっき、スライムは弱い魔物だって言ったけど、別に嘘じゃない。ただ、少しだけ付け足すんなら属性魔法にすこぶる弱い魔物だ、ってことだ。


 普通のスライムなら子供が放つ魔法ですら、当たったら消滅しちまう。ある程度大きくても適当な魔法で何とかなる相手だ。あそこまで規格外の大きさだと、流石にそこまで簡単ではないだろうけど、それでも地属性に優勢な風属性魔法を使えば上級魔法トリプルぐらいでなんとかなるだろ。


 それが、スライムが弱いといわれる所以。魔法を当てときゃ、ほぼ勝ち確定。


 だけど、魔法を使わないとなると話は変わってくる。なんでかって?スライムに対しては打撃も斬撃も射撃も、まったくというほど通らないからだ。ぶっちゃけ、殴る、蹴る、ひっかく、噛みつくしかできないんなら、スライムに勝ち目はねぇぞ。


「こりゃ相性最悪だな。逃げるしかねぇだろ」


 俺が軽い感じで告げると、なぜかセリスは表情を硬くした。


「獣人族は逃げません」


「……は?」


「彼らは敵に背を向けるぐらいなら、死を選ぶ誇り高き種族です」


 ……戦闘種族の鑑ですね。まじでくだらねぇ。生きてなんぼの世界だろうがよ。


 俺はあらためてライガ達に目を向ける。全員がアニマルフォーゼし、身体強化バースト施して全力で戦っていた。そういうことじゃねぇんだよ。いくら強化したところでスライムにとっちゃ痛くもかゆくもねぇんだ。

 おまけにサンドスライムの奴、戦いを通して学習していやがる。攻撃を受けた瞬間、カウンターで鋭利な砂の棘が攻撃してきた相手を貫こうと飛び出していた。まるでフグだな。あれじゃ、ライガ達が懸命に攻撃すればするほど、自分たちだけが傷ついていくってわけだ。


「クロ様……」


 全身傷だらけになりながらも、無謀な突進を繰り返すライガ隊の面々を見ていられなくなったセリスが、俺に縋るような目を向けてきた。…………ったく、しょうがねぇな。俺の心優しい恋人に感謝しろよ、バカ共。


 俺が片手を前に突き出し、魔法陣を組成しようとした瞬間、隊の先頭に立っていたライガが大きく両手を広げた。


「てめぇらっ!!俺の獲物に手を出すんじゃねぇ!!」


 あの脳筋バカはいきなり何を言い出してんだ?俺だけじゃなくて他の獣人たちも戸惑ってんぞ?

 俺は魔法陣を構築する手を止め、ライガの真意をうかがう。もし、強い相手と一人で戦いたいとか言い出したら、救いようのないバカ野郎だ。


「こんな面白い相手、サシでやらねぇともったいねぇ!!こいつは俺一人で相手にする!!てめぇらはすっこんでろっ!!」


「……呆れて物が言えませんね」


 セリスが心底呆れた様子でため息をつく。だが、俺は何となく違和感を感じていた。


「久々の楽しい戦闘だっ!!足手まといはいらねぇんだよっ!!こいつの攻撃が届かない、あそこで呆けているクソ人間のところまで下がってろっ!!」


 ライガは自分の部下達に鋭い視線を向ける。ライガ隊の奴らは動揺を隠せないみたいだ。


「いいかっ?お前らは後ろで俺様の戦いっぷりをしっかりと見ておけよ!!絶対邪魔すんなっ!!これは長としての命令だからなっ!!破ったらぶっ殺す!!」


 そう言うと、ライガは凶悪な笑みを浮かべながら単身、サンドスライムに突撃していった。


 …………そういうことかよ。


「まったく何を考えているのか……同じ長として理解に苦しみます。クロ様もあんな愚か者のために魔法を使う必要なんてありません」


 セリスが愛想をつかした口調で俺に告げる。だが、俺はセリスの言葉に何の反応も示さず、まっすぐにライガの姿を見つめていた。


「クロ様?」


 セリスが不思議そうに俺の顔を覗き込んできたが、俺は答えない。


 ったく……あのバカが真正のクソ野郎ならあっさりと見捨ててやったっていうのによ。そういうわけにもいかなくなっちまった。……不本意にもあんなかっこいい姿見せられたらな。


 俺は静かに魔法陣を消すと、違う魔法陣を頭の中に組成し始めた。

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