第155話 むかつく野郎の挑発には乗らないと負けた気がする


 いやー、今回の視察はかなり楽勝かもしれねぇわ。実際やる前はかなり憂鬱だったけど。楽に感じるのも獣人族の性格ありきだ。こいつらの「絶対実力主義」は強ければそれでいいっていういたってシンプルなもの。

 人間は弱いっていう偏見があるから初めのうちは苦労するけど、力を示しちまえばこっちのもんだ。俺に対してあんなに敵愾心が強かったザンザも、今じゃ「兄貴っ!!兄貴っ!!」って俺のことを慕っているくらいだし。


 まぁ、それによる弊害も少しだけ───。


「クロの兄貴っ!!なんか飲み物持ってきますよっ!!何がいいですか!?お茶ですか!?紅茶ですか!?それともコーヒーですか!?ホットですか、アイスですか!!?」


 はい、これです。懐きすぎて若干、いやかなりうっとおしい。俺が心底うんざりした表情で無駄に寄せてきたその顔にデコピンすると、ザンザは嬉しそうにおでこを抑えた。きもい。

 それを見ていたシェスカが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「クロ様の素晴らしさに気が付けたことは誉めてやろう。だが、クロ様の飲み物を用意するのはこの私の役目だ。貴様はセリス嬢のお茶でも用意していろ」


「セリス様にお茶を出すのは当然だよ。でも、それより先にクロの兄貴に出すのがスジってもんだ!!姐さん、ここは早い者勝ちだぞ!!」


「あっ、こら!!卑怯だぞ!!」


 勢いよく部屋を飛び出したザンザをシェスカが慌てて追いかけた。その様子を、悪夢でも見ているかのような顔で見ている獣人族の長。


 そう、ここはクソ虎ことライガの屋敷です。俺がザンザ隊の奴らをボッコボコ、もとい話し合いによる和解をして、快適な視察ライフを終え街に戻ってみると、たまたまライガが屋敷に戻ってきていたから、報告がてら寄ってみたってわけだ。途中で会ったシェスカも一緒に行く、と言ってきかなかったから連れてきたけど、案の定ザンザともめたな。


「……いったいどうなっていやがんだ?」


 目の前で片肘をついて座る毛深い大男が、これでもかというくらい困惑している。おっさんの困り顔になど一切の需要はない。


「セリス、お前の仕業か?」


 ライガが鋭い視線を向けると、セリスはどうでもよさそうに肩をすくめた。


「私は何もしておりません。幻惑魔法の恐ろしさは自分が一番わかっているので、安易に使ったりしませんよ」


 幻惑魔法を安易に使わない……?いつもお仕置きで使われているんですが、それは関係ないですかそうですか。


「だったら単純にこの野郎のことが気に入ったっていうのか?あのシェスカとザンザが?つくならもっとマシな嘘にしやがれ!!」


 うるせぇな。いちいち声がでかいんだよ。嘘なんかついてねぇわ。


「おい、てめぇ!!あの二人になにしやがった!?」


「あ?何にもしてねぇよ。変な言いがかりつけんじゃねぇよ」


 シェスカの奴は俺のことを勝手に憧れてたんだよ。だからマジで俺は何にもしてねぇっつーの。ザンザに関しては…………うん、よく覚えてないです。


「何もしないであの二人がてめぇなんかになびくわけねぇだろうがっ!!クソ人間らしく卑怯な手でも使ったんだろ!?」


「はぁ!?適当なこと言ってんじゃねぇよ!!あいつらは俺のカリスマに魅入られたんだよ!!それ以上でもそれ以下でもねぇ!!」


「はんっ!!カリスマだぁ!?そんなもんてめぇからは微塵も感じねぇなぁ!!おい!!」


「脳みそまで獣野郎には俺の偉大さが理解できねぇみたいだな!!おーおー可哀そうに!!」


「なんだと!?やんのか、こらっ!!?」


「上等だっ!!表出ろっ!!」


 俺とライガが怒り心頭で同時に立ち上がった瞬間、セリスが間に割って入ってきた。


「熱くなるのは勝手ですが、私のあずかり知らぬところでやってもらえませんか?目の前で喚かれると、秘書として止めなければならないので」


「「……ちっ!!」」


 俺たちは苦々しく舌打ちすると、互いに顔をそむける。やっぱりこいつとは相いれることなんてできねぇ。そんな俺を見て、セリスは大きくため息をついた。


「クロ様……視察の意義はわかっていますか?街の長ともめていたら、まるで意味がないじゃないですか」


「だってあいつがっ!!」


「言い訳なんて聞きたくありません」


 俺の言葉をセリスがぴしゃりと遮る。おかんセリス降臨。


「ライガもです。一族の長ならもう少し自分を抑えるすべを身に付けるべきです。そんなに感情的では話し合いもままなりません」


「……うるせぇな。余計なお世話だ」


 口では反抗しているものの、セリスに逆らうつもりはない様子。やはり男は母親に弱い。


「そんなに信じられないのでしたら、ライガ自身がクロ様を推し量ればいいじゃないですか」


「……けっ!!いいだろう!!俺様が直々にてめぇの化けの皮を剥いでやんよ!!今すぐ狩りに行くぞっ!!ついてこいっ!!」


「「えっ?」」


 突然のライガの宣言に俺もセリスも目が点になる。今すぐって……いやいやいや、こちとら何日家に帰っていないと思ってんだよ?まじでこれ以上アルカに会わないと死んじまう。とりあえず飲み物が来るのを待ってだな……。


「なんだよその顔は?ビビってんのか?」


 ……ビビってる?俺が?ネコ科ごときに?ジョークが効きすぎて笑えねぇよ。


「バカか?ビビるわけねぇだろ。俺も今すぐ視察に行きたいと思ってたんだよ。ちょうどいい」


「はっ!!魔物に襲われて泣き言言っても知らねぇからなっ!!」


 俺達は肩をぶつけ合いながら、我先にと部屋から出て行った。そんな俺達をセリスが呆れ顔で眺めている。


「……はぁ。早く帰ってお風呂に入りたいです」


 誰にも聞こえないような声で呟くと、渋々といった様子で俺達の後を追った。

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