第148話 イノシシは神経質で臆病な動物

 昨日と全く変わらない光景。俺はセリスを抱いて空を飛びながら、必死に走る獣人族を観察する。

 うーん、獣人って一口に言っても、やっぱりいろんな動物がいるんだな。今は獣部分は耳だけしか見えていないが、それでも人によって特徴が出ている。丸い耳、尖った耳、垂れている耳、ウサギみたいにやたら長い耳をしている獣人もいた。

 でも、ライガみたいに人間の耳をしている獣人が見当たらないんだよな。あの脳筋クソ猫科野郎は見た目だけなら筋骨隆々のいけすかない人間だからな。他の獣人とは何かが違うのか?後でシェスカに聞いてみるか。ちゃんとした答えが返ってくるとは思えないけど。


 それにしても、本当にみんないい身体してんな。シェスカもそうだが、無駄な肉が一切付いていない。スレンダーな体型のお手本みたいな連中だ。

 ボンッキュッボンッではないけど、ビキニみたいな服装も相まってこれはこれで……。


「痛たたたたたたっ!!」


 俺の腕の中にいるセリスがニッコリと笑いながら身を乗り出して俺の耳を引っ張った。何も口にしていないのに、その春風のように爽やかな笑顔が全てを物語っている。邪念を捨てろ、クロムウェル。死ぬぞ。


 俺は心を完全に無にしてシェスカ達の後を追った。



 いいかげん森の景色にもうんざりしてきた頃、唐突に前を行くシェスカの足が止まる。他の獣人達もゾロゾロとシェスカの周りに集まり始めた。俺はその集団から少し離れたところでセリスを降ろし、様子を伺う。


「この辺りでいいだろう。採集対象は頭に入っているか?」


「ネンチャクルミとオイリーフです!!」


 シェスカの言葉に、獣人族の一人が間髪入れずに答えた。


「その通りだ。夕刻までに集められるだけ集めてこい」


「「「はいっ!!」」」


 威勢良く返事をすると、獣人達は散り散りにばらけていく。あっという間にポツンとその場に取り残される俺達。そんな俺達にシェスカは呆れ顔を向けてきた。


「視察はどうした?好きなだけ見ればいいだろう。ただし、私達の邪魔はするなよ」


 それだけ言うと、シェスカは他の奴らと同様、森の奥へと向かっていく。


 二人だけになった俺達は互いに顔を見合わせた。


「……どうします?」


「どうしますって……視察するしかねぇだろ」


「そうですね」


 具体的に言っていたわけじゃないが、恐らく集合場所はここだろ。なら森の中で獣人族を見失っても、俺達なら転移で戻って来れるから問題なし。

 とりあえず、獣人達が行ったであろう森の方角を見て回ることにする。


 15分くらい歩き回ったところで、チラホラと獣人族の姿を確認できるようになった。シェスカに釘を刺されたので、極力邪魔にならないように仕事ぶりを観察する。


 …………あれだな。「散ッ!!」みたいな感じで忍者の如く散開したっつーのにえらく地味だな。


 彼女達は一つ一つ葉っぱを確認し、目当てのものがあれば、背中に背負った折りたたみ式の籠に投げ入れていってる。

 やってることはゴブリン達の野菜の収穫となんら変わりねぇぞ?そういや、ギーの奴がそろそろ収穫の時期だって闘技大会の時に言ってたな。もう終わっちゃったかな?


「皆さん真剣ですね」


 どうでもいいことを考えていた俺にセリスが声をかけてくる。うん、みんなめっちゃ真顔で葉っぱやら木の実やらを集めている。あの無口な真面目集団、デュラハンと肩を並べるほどに集中してんな。多分、シェスカが率いるこの隊は、トップがトップなだけにみんな真面目なんだろうな。


 いやーそれにしても、今までしてきた視察の中で群を抜いて退屈だな。


 ボーウィッドの時は、デュラハンが抱えるでかい問題を解決しようと奮闘してたし、ギーとフレデリカの時は視察っていうかお手伝いさんって感じだったしな。こうやってただ見ているだけっていうのはまじでつまらん。


「……なぁ、セリス?」


「何ですか?」


「獣人族はみんな真面目に仕事しているじゃないか。これはもう、視察を終えてもいいんじゃないか?」


 俺がダメ元で聞いてみると、セリスが小さくため息をつく。


「気持ちはわかりますが、ダメです。前の三ヶ所とは、視察の期間も関わり具合もまるで違いますから不公平になってしまいます。あなたは魔王軍指揮官なんですから、どの種族も平等に接してください」


 やっぱりダメか。仕方ない、大人しく視察を続け……ん?


 少し離れた所で激しく葉が擦れ合う音や枝が折れる音が聞こえてきた。いや、聞こえてきたってレベルじゃねぇぞ。どう考えても何かが木をなぎ倒しながらこっちに近づいてきてるだろ。


「クロ様」


「あぁ、退屈な時間は終わりみたいだな」


 セリスの表情が引き締まる。魔族が住まう地から、かなり離れた所に来たからな。魔物ぐらいいるだろ。


 先程まで収穫祭真っ只中だった獣人達が、耳をひくつかせ、森の奥の一点を凝視していた。身体から放たれる気配から察するに、完全に臨戦態勢だ。


 とりあえず、お手並み拝見といきますか。


 姿を現したのはワイルドボアの群れ。目に入る物は誰彼構わず突進してくる傍迷惑なイノシシの魔物。デカさは2メートルくらい。


「各個撃破する!」


「了解!」


 誰かの声に誰かが答え、この場にいた四人の獣人族は即座にワイルドボアへと攻撃を加えていった。

 この辺は流石だ。目視では数えるのが難しい数のワイルドボアを前にしても、一切怯むことなく、確実に頭数を減らそうとしている。弱小魔物を相手にわーきゃー騒ぎまくっていたシルフの四つ子に見習わせてやりたいよ。


「目算、32」


「視界不明瞭により、実際の数はそれよりも多く想定する」


「暫定、一人頭10」


「戦闘区域に注意。互いに邪魔にならないように」


「了解」


 なんかすげー軍隊っぽい。短い言葉で意思疎通を図り、注意事項もしっかり確認。猛スピードで向かってくるワイルドボアの眉間を的確に打ち抜き、一瞬で昏倒させている。ってか、あいつって眉間が弱点だったのね。いつも丸焼きだから知らんかったわ。


 戦い方は概ね予想通りだな。武器など一切使わない、自分の身体こそ唯一にして最強の武器というブレインマッスルスタイル。身体強化バーストだけ施して、勇猛果敢に立ち向かっていってる。

 爪や牙なんかが鋭利になっているところを見ると、野生の力を解放するアニマルフォーゼを使っているみたいだな。


「流石に戦い慣れていますね」


「あぁ、これなら俺達は必要なさそうだな」


 仰向けに倒れてピクピクと痙攣するワイルドボア達を見ながら、練り上げていた魔力を解放した。獣人族だけで事足りるなら俺が出しゃばることもないだろ。


「ブォォォォォ!!!!」


 突然、地を震わせるような鳴き声が辺りに響き渡る。明らかにワイルドボアのものとは違うもの。全員が同時に声のした方へと顔を向けた。


 うわっ!何だこいつ!!でかっ!!


 普通の奴の三倍以上あるぞ!?自慢の牙はアロンダイト先輩よりも長ぇんじゃねぇか!?つーか、今までよくこいつがいることに気がつかなかったな、おい!!


 まじででけぇよ……何食ったらこんなでかいワイルドボアが生まれるんだ?


「ボ、ボアキング!?」


「くっ……一旦退避して、態勢を整えよっ!!」


 獣人族が何やら慌て始めたけど、えっ?ボアキングって何?育ちすぎたワイルドボアじゃないの?


「ク、クロ様っ!!」


 あっ、セリスも慌ててる。ってことは、ヤバ目な魔物っぽいなこいつ。


 俺は魔力を練りながらボアキングに目を向けた。言うほどヤバい魔物には見えないんだけどなー何となく存在感薄いし。だって存在感が薄すぎて、なんか身体すら薄くなり始めて……って、消えた!?


「ボアキングは森に同化する能力を有しているんですよっ!!」


 そういうことは早く言えよっ!!相手が見えないんじゃ魔法が当てられんねぇじゃねぇか!!だからあの巨体が近づいてきてても、一切気づかなかったのか!!


 俺はセリスを守るように手でかばいながら、あたりの気配を探る。とりあえず少しでも姿を見せたらぶっ倒せるように、頭の中で魔法陣を描いておこう。いや、むしろこの辺り一帯を吹き飛ばした方が早いか?


「……貴様は手を出すなよ」


 そんな事を考えていると、急に後ろから声をかけられる。振り返るとそこには、元から猫目だった目尻は更につり上がり、両頬から三本の細いヒゲをちょこんと伸ばし、全身から滑らかな白い毛を生やしたシェスカが立っていた。

 俺が返事をしようとすると、黙るようにサッと人差し指を上げ、目をつぶって耳をそばだてる。


「……そこかっ!!」


 シェスカが勢いよく飛び出し、上級魔法トリプル身体強化バースト込みの上段蹴りを繰り出したのは何もない空間。の、はずだったのが、いきなり現れたボアキングが木を吹き飛ばしながら、地面を滑っていった。

 なんつー蹴りだよ。まじであんなの喰らったら一溜まりもねぇだろ。数十メートル離れた所でようやく止まると、ボアキングはピクリとも動かなくなった。憐れ、今晩の夕食は決定だな。


 いつの間にか元の姿に戻ったシェスカがゆっくりとこちらに近づいてくる。


「やるな。やっぱ隊長はすげぇよ」


 気さくに片手を上げる俺。華麗にスルーするシェスカ。辛い。


「……やはり守られるだけか」


 シェスカが鋭い視線を向けながら、感情を押し殺したような声でセリスに告げた。セリスは返答に困っているようだったが、シェスカは苦々しく顔を歪めて、さっさと踵を返し、この場を離れていく。


「セリス……?」


 俺が遠慮がちに声をかけると、セリスは困ったように笑った。


「シェスカさんの言う通りかもしれませんね。私はクロ様に守られてばかりです」


 表向きは明るい口調だが、かなりへこんでいるのがバレバレだ、バカ。


 はぁ……こりゃ、あかんわ。何だかんだ後回しにしていたけど、流石にこれ以上は先延ばしにできねぇ。


 今夜、俺とセリス、そしてシェスカの三人で話し合うぞ。

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