13.俺がステゴロかますまで

第132話 気が合わないと喧嘩するけど、気が合いすぎても喧嘩する

 魔王城。


 魔族領の中心に位置するこの城は、その荘厳さ、その雄大さから、まさに魔族の長が君臨するのに相応しい居住まいであった。


 小さな村が丸々一つ入るほどの広さで、内部は侵入者を阻むような様々な仕掛けが随所に散りばめられている。


 まさに要塞。そして、魔窟。入り込んだ者は生きて出ることなど叶わず。二度と朝日を拝む事は出来ないだろう。


 そこに住むのは魔族の王である魔王のみである。


 いや、魔王のみ


 長い年月を経た今、魔王城には魔王以外の者も住んでいる。


 魔王城の中庭にある古びた小さな木の小屋。はるか昔、庭師が住んでいたその小屋では、黒髪の冴えない男と金髪の美女が火花を散らしている真っ最中であった。



 なんでこいつはこんなにも頑固なんだ。


 俺は目の前でこちらを睨みつけているセリスを見ながら、苛立ちを募らせていた。


「……どうしても譲れないのか?」


「譲るつもりはありません」


 俺が不機嫌な声で尋ねるも、セリスは俺よりも更に不機嫌そうに答える。なんなの、まじで。憎たらしさが半端ない。こいつの事を可愛いと思う奴の気が知れねぇわ。


「俺も嫌だからな」


 俺が吐き捨てるように言うと、セリスは何も言い返してこなかったが、表情を見ればわかる。あれは絶対に折れるつもりがない顔だ。

 だが、俺にもプライドがある。そっちがその気ならセリスが折れるまで、俺は断固拒絶の姿勢を見せるまでだ!


 俺達が再び無言の睨み合いを始めると、ぱたぱたと二階から降りてくる足音が聞こえてきた。


「ママー!パパー!お二階のお掃除終わったよー!!」


 うちの二階は天国なのかもしれない。なぜなら、花のように可憐な天使が降りてくるのだから。


「そう思うのでしたら、大人しく二階に行けばいいじゃないですか」


 呆れたように言うセリスを、俺はキッと睨みつけた。こいつ……エスパーセリスを発動しやがった。だけど、そんなもんじゃ俺はめげないぜ。アルカがいるところが天国、いや楽園なだけだからな。今現在は確かに二階は天国だろうが、いずれ地獄と化すだろう。俺にはわかる。だから、絶対に認めるわけにはいかない。




 なぜ、俺達が睨み合いをしているのかと言うと、それは二時間前に遡る。


 フェルにセリスの秘書復帰やらなんやらを報告した俺達は、小屋に戻ると早速セリスが住めるように準備を開始した。


「今日からお世話になります」


 小屋の前で丁寧にお辞儀するセリスを見て、俺は思わず苦笑いを浮かべる。相変わらず真面目なこって。俺が住み始めてから、ほとんど毎日のように通った小屋だっつーのに。


「それよりいいのか?街の復興があるんだろ?」


「そうですね。どこかの指揮官様が大暴れしてしまいましたからね」


 セリスが悪戯っぽく笑う。暴れたのはあのバカ勇者の方だ。俺はちゃんと、あとでセリスにどやされる、って内心ビクビクしながら戦ってたぞ。


「ふふっ、でも、大丈夫ですよ。しばらくは様子を見に行くつもりですけど、私達のように転移魔法があればどこで寝泊まりしても変わらないですし、それに……」


 セリスは頬を軽く染め上げ、俺に上目遣いを向けた。


「少しでも長く、一緒にいたいですから」


 セリスの華麗なる一撃、クロには効果は抜群だ。


 い、今のはやばかった。一瞬、理性が吹き飛びかけた。は、反則だろ!どう考えても!あんなん言われたら、誰だってドキッてしちまうだろうが!


「さぁ、早く小屋の片付けをしましょう」


「あっ!アルカも手伝うー!」


 俺が顔を真っ赤にして照れているのを見て、セリスが上機嫌で小屋へと入っていくと、アルカも嬉しそうにその後について行った。なんだろ、すげぇ負けた気がするんだけど。


 悔しいから俺もセリスを照れさせてやろうと思ったのに、全く言葉が浮かんできません。俺はボキャ貧になってしまったようです。あっ、元からか。くそが。


 気を取り直して小屋の中に入ると、セリスが何やら難しい顔でリビングを見回していた。


「どうした?」


「いえ……いざ小屋を片付けようと思ったんですが、この家の掃除をしているのは私なので、特にやることがないんですよね」


 そらそうだ。秘書の仕事として食事はおろか、最近は炊事洗濯までまかせていたからな。しかも、それを完璧にこなしやがる。

 家事も料理もできて、おまけにこの美貌で、どうして今まで恋人がいなかったのか不思議でしょうがない。完全に俺の知るパーフェクト超人、レックス・アルベールの女版だよな。


「アルカはどこ行ったん?」


「意気揚々と二階の部屋に行きましたよ。今まで使っていませんでしたから、私も程々にしか掃除をしていないんです。それを知っているアルカは雑巾とはたきを持って一直線に向かって行きました。とても気合が入っていましたよ?」


「気合?あぁ、そうか……」


「えぇ、そうです」


 俺が納得したような笑みを浮かべると、セリスも楽しげに微笑んだ。まさに以心伝心。


「「今日からセリス(クロ様)の部屋だからな(ですからね)」」


 …………。


 全く同じタイミングで、正反対の事を言うカップルの図。何が以心伝心だよ。


「「えっ?」」


 そして、完全にシンクロする。今更シンクロしたところで遅いっつーの。


「何言ってんだよ。新しくこの家に来るセリスが二階に決まってるだろ?」


 俺は努めて冷静に言った。見解の相違に多少の動揺はあったものの、別に慌てるような事じゃない。ちゃんと話せばわかるはずだ。


「クロ様こそ何を言ってるのですか?この家の主人あるじはクロ様なんですよ?クロ様が一番広い部屋に決まってるじゃないですか?」


 セリスが当然とばかりに言い切る。


 ここでこの小屋の間取りを説明しておこう。割とシンプルな造りをしていて、一階にはリビングとキッチン、そして風呂場と脱衣所、あとはトイレがある。その共同スペースに加えて、俺の部屋とアルカの部屋があるんだよ。

 そんでもって問題の二階ってのが、部屋が二つあるだけなんだ。一つは雑多に物が置いてある物置になっていて、もう一つは完全に空き部屋。

 その空き部屋ってのが、今の俺の部屋の二倍くらいの広さなんだが、てっきりセリスはそこに住むのかと思っていた。


「いやいや、別に主人あるじじゃないから。だからセリスが広い部屋使えよ。俺の事は気にすんなって」


「そうは言っても、普通は殿方が一番広い部屋を使うものですよ?」


 あー、考え方が古いなー。今の時代、女性のが何かと物が多いから、広いほうがいいんだよ。


「服とか沢山置ける方がいいだろ?姿見だって欲しいだろうし、絶対セリスが広い部屋を使った方がいいって」


「…………」


「俺は男だからさっ、必要なもんとかも少ないし、あれくらいの部屋がちょうどいいんだよ」


「…………」


「それに、セリスは小屋に来てくれた客人みたいなもんだ。やっぱり客はもてなすのが人情ってもんよ」


「…………そうですか」


 いやー、なんとか納得してくれたみたいだ。途中、俺が話せば話すほど視線が鋭くなったのが気になったが、まぁ、大丈夫だろ。

 さーて、そうと決まれば俺もセリスの部屋に行って掃除の手伝いに……。


「それで?本当のところはどうなんですか?」


 全然納得してませんでした。ってか目が怖いんですけど。こうなったら仕方ない……いつものアレ出すしかねぇか。


「セリス、よく考えてみろ。もし、この小屋に敵が攻めてきたらどうすんだ?そういう時には俺が盾になって二人を守らないといけないだろ?だから、俺は一階にいないといけないんだ」


 最終奥義・我が娘マイスイートのためならばプリンセスをさらに進化させた究極奥義・愛しき者達のためにラブリーエクスキューズだ!

 あくまで二人を気遣い、私情を一切挟んでいない体を装う。俺はセリスとアルカの事を思って一階にいる事を選んだんだ。決して、風呂から出たら階段上るのめんどいとか、飲み会とかあったらそのままベッドにバタンキューしたいから、とかそんな事は全く考えていない。


「そうでしたか」


 セリスが俺に優しく微笑みかける。ほっ……なんとか俺の溢れんばかりの愛情が伝わったようだ。


「面倒臭いという理由であれば、私が折れる必要はないという事ですね」


 …………ん?


「あの、セリスさん?話聞いてました?」


「えぇ、もうばっちり」


 セリスがニコニコ顔で頷く。……誰か俺の頭を改造して、セリスに心を読まれないようにフィルターをかけてくれませんかねぇ。その能力は反則だろ。


「階段を上がるのが嫌なら転移魔法を使ってください。はい、これで解決ですね。クロ様が二階でお願いします」


 こいつ……涼しい顔で淡々と告げてきやがって。このままだと二階を俺の部屋にされてしまう。


「いやいやいや、解決してないから。そもそもセリスの理由の方が意味わかんねぇだろ」


「何を言ってるんですか?私のは正当な理由で……」


「この男女平等のご時世に男だから広い部屋だなんてナンセンスにもほどがある。そもそもお前は俺が主人あるじって認めたんなら、部屋割りは俺のいう事を聞けよ」


「なっ……」


 セリスが目を見開いて俺を見る。へっ、正論ぶちかましてやったぜ。ざまぁみろってんだ。


「そうですね……私が間違っていました」


「そうだよ。最初から大人しく」


「この家の主人あるじはルシフェル様ですね。ですから、私にあなたの言うことを聞く義務はありません」


 ……そうきたか。


 この家はルシフェルが使ってもいいって言ったから住めているだけで、本当は魔王城の敷地内に住む事なんてできないからな。確かに、そう意味だと俺はこの家の主じゃねぇ。


「なら俺が広い部屋を使う理由はないだろ?俺とセリスはフェルから家を借りてるって事で同等なんだから」


「同等?」


 セリスが嬉しそうに勝ち誇った表情を浮かべる。なんだ、今の発言に穴なんてないはずだ。


「その言い方では、立場が違えば上の者が広い部屋を使うと?」


「あぁ。だが、俺とセリスの立場は同じだろ?お前がこの家の主人あるじはフェルって言ったんだから」


「そうですね……ここに住む者としての立場は同じです」


 はっはっはっ、自分の言葉に足元を掬われたな。セリス自身が認めたことだからな、言い返しはできまい。

 セリスはゆっくりと俺の顔を見ると、唇を怪しく三日月に歪めた。


「ですが、お忘れでないでしょうか?私はあなたの秘書なのですよ?」


「秘書…………あっ」


 しまったぁぁぁぁぁ!!!すっかり忘れてた!!俺はこいつの上司やん!!ってことは完全に俺のが立場上やん!!


 いや待て、ポーカーフェイスを崩すな。まだ慌てるような状況じゃない。


「……それはこじ付けにすぎねぇだろ。仕事とプライベートは別だ」


「そういうわけにはまいりません。勤務時間外だとしても、私はあなたの秘書でもあり、こ、こ、こ、恋人でもありますから」


 ……そんなに顔を真っ赤にさせながら言わなくてもわかってるっつーの。なんで言い合いしてんのに照れ臭くなんなきゃいけねぇんだよ。

 セリスはコホン、と一つ咳をすると、再び俺に鋭い視線を向けてきた。


「とにかくっ!お仕えしている方よりも大きい部屋などあり得ません」


 ぐぅ……。言い返す言葉が見つからん。だが、ここで怯んだら負ける。とりあえず強気な姿勢だけは見せておかねぇと。


 そして、冒頭に戻るってわけだ。


 リビングへとやってきたアルカは、睨み合っている俺達二人の顔を見て不思議そうに首を傾げた。


「なんで二人は喧嘩してるの?」


 いやん。そんな可愛い声で聞かれたら、思わず頬が緩んじまうぞ。俺はセリスから視線を外し、締まりのない顔をアルカに向ける。


「「セリス(クロ様)が頑固で困っているんだよ(です)」」


 アルカに癒されていたのも束の間、俺はすぐに言葉をハモらせてきたセリスの方に向いた。セリスも一瞬だけ、優しげな顔をアルカに見せていたが、すぐに俺へと鋭い視線を向けてくる。言葉だけじゃなく、動きまで俺の真似をしやがって。やはりセリスとは相容れないということか。


 俺達が不毛な睨み合いを続けていると、状況が全然わからないアルカは俺達を見て困り果てていた。おい、俺の天使を困らせてるんじゃねぇよ。こいつはまじ許せんよな。


 長期戦を覚悟していた俺だったが、アルカの一言で事態は急変する。


「なんだかよくわからないけど、の掃除は終わったから、早く荷物を運ぼうよ」


「「…………えっ?」」


 二人の部屋?最近の子供はナウでヤングな言葉を使うせいか、ちょっと娘が何言っているのかさっぱりわかりませんね。セリスも理解が追いついていない様子。


 俺達二人にポカンとした表情を向けられ、アルカは戸惑っていた。大丈夫だ、アルカ。俺達の方は戸惑うなんてレベルじゃないから。大混乱だから。


「えっと……二人の部屋というのは?」


 俺より先に頭が働き出したセリスが恐る恐るといった様子でアルカに尋ねる。流石は敏腕秘書。予想外の事態にも冷静になるのが早い。


 少し引きつった表情のセリスとは裏腹に、アルカは清々しい笑みをこちらに向けた。


「二人の部屋は二人の部屋だよ!だって、パパとママって一緒の部屋で寝るもんでしょ?」


 …………おっふ。


 そんなキラキラとした純粋なまなこでこっちを見ないでくれ。アルカの言っていることはわかる。わかるけど、こちとら恋人になりたてだぞ?寝室一緒とかハードル高すぎるわ。フローラルツリーを余裕で越す高さだわ。


「アルカ……それは早すぎるんじゃないかな?」


 俺が遠慮がちに言うと、セリスが同意するように頷く。だが、アルカは意味がわかっていないようだった。小動物のように俺達を二人を見て、またしても首をひねる。可愛い。


「なんで?早いとかあるの?」


 これこそが子供の怖いところ。説明し難い事を、婉曲なんて知りませんとばかりに真っ直ぐに質問してくる。

 いや、確かに恋人になってからどれくらいたったら同じ部屋で寝る、とか決まってるわけじゃないけどさ。やっぱり順序っていうもんがあるだろ?それに準備も必要だ、心の準備的な。俺もセリスもまだそれが出来てないから、早いって表現を使ったわけで。うん、俺間違ってないよね?という事でアルカ、俺とセリスが同じ部屋っていうのは如何なものかって───。


「それとも二人は同じ部屋になるのが嫌なの?」


 アルカの穢れを知らない無垢な物言いに、俺とセリスはただただ閉口するしかなかった。

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