第133話 リアルで衝撃的な光景を見た時に皿を落とす人っている?

 部屋割り問題を、アルカの手腕により見事解決(?)した俺達は、生活家具を買うため、精霊族のフローラルツリーにやってきた。


「クロ様……」


 セリスが微妙な表情をこちらに向けてくる。俺はため息をつきながら、肩をすくめた。


「部屋の話はとりあえず後回しだ。どっちにしろ家具は必要なんだから、今はとりあえずそれだけ考えるぞ」


「……そうですね」


 セリスは気を取り直したのか、俺の隣を歩きながらいつもの感じに戻る。こうしていると恋人っていうよりは、普段通り秘書として連れてきてるって気がするな。


 ……ごほん。


 俺はなるべく自然な感じでセリスの手を握った。所謂恋人繋ぎってやつで。とりあえず心臓がこれでもかってくらい暴れてやがる。

 セリスは驚いたように俺の顔を見た後、顔を赤くしながら俯いた。ただ、俺の手を強く握り返してきたから嫌ってわけじゃないだろ。拒否られたら致命傷だったわ。


「か、家具は何が必要かな?」


「そ、そうですね。と、とりあえずベッドは必要です」


 信じられないくらい上擦ったんだけど、セリスも負けないくらい上擦ってたからオッケーだろ。勇者の地・アーティクルでも成り行きで手を繋いだが、今の緊張はその比じゃない。こないだはフリで、今回は本当に恋人同士だからだろうか。正直、俺の手汗が土砂降りだから放したいくらいだ。気持ち悪いとか思われてないよね?


 なんとなくぎこちない感じでフローラルツリーを歩いていると、見知った顔に遭遇した。


「あっ!クロさ……」


 ガシャーン!


 目の前を飛んでいるシルフの女の子は、俺の顔を確認すると嬉しそうにはにかんだのだが、俺とセリスが手を繋いでいるのを見て顔色が一変。顔面蒼白になりながら持っていた皿を落とした。


「あっ、こんなところにリリがいたー……って、ええええええええ!!?」


 妹を探していた四つ子シルフの長女ララは、リリを見て、リリの視線の先を見て驚愕の声を上げる。リリはまだ皿を落とした体勢のまま固まって動かない。


 うーん……これは中々面倒臭い状況だぞ。なぜだか知らないが、リリは俺にベタ惚れで、しかも俺と付き合ってると勘違いしてる。何度否定してもこいつは一切聞く耳持ってくれないんだよ。

 だけど、これは光明か?セリスという恋人ができた以上、現実を突きつければ俺の言葉を聞き入れてくれるかもしれない。


 そうと決まれば、明るい感じで話しかけて、それとなくセリスを紹介するぞ。


「やぁ、ララとリリ。久し」


「この浮気者ぉぉぉぉぉぉ!!!」


 なんで俺が頭の中で練る計画はことごとく失敗するんだろう。泣きながら飛んでいくリリの背中を見ながら、俺は他人事のようにそう思っていた。


「まだ誤解は解いていなかったんですね」


 セリスが少し心配そうにリリを見ながら、俺に呆れ顔をむける。えっ、何この空気。なんか俺が誑かしたみたいになってんだけど。いや、どう考えても悪いのは俺じゃねぇだろ!


「いやーびっくりしたよー!まさか指揮官様とセリス様が結ばれるとはねぇ……」


 まだ驚きが収まらないのか、ララは目を大きく見開きながら近づいてきた。


「ララ、リリは……」


「あぁ、あの子の事は気にしないで。ちょっと妄想癖があるっていうか、昼ドラに憧れているっていうか……皿を割ったのもそのせいだと思うし!こっちでフォローしておけば問題ないよ!」


 昼ドラに……って、そのために皿持ってたのかよ!つーか、昼ドラでも浮気現場に皿持っていく奴なんかいねぇよ!どっちかっていうと、死体発見のリアクションだろうが!


「ララさん達にご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「い、いえ!そ、そんな気になさらないでください!元はと言えば人の話を聞かないあの子が悪いんです!はいっ!」


 セリスが丁寧に頭を下げると、ララは慌てて両手を前で振った。いや、扱い違いすぎじゃね?なんでセリスには丁寧語で、俺にはタメ語なんだよ。納得がいかん、納得はいかんが、今回はリリの件があるので何も言えない。


「ところで、指揮官様?」


「ん?」


 なんかララがいつになく真面目な顔してんだけど。リリ以外に問題あったっけ?


「お二人のこと、フレデリカ様は知ってるの?」


 あー……その話題いっちゃいます?極力触れないようにはしてきたんだけど?隣でセリスも顔が少しだけ強張ってるやん。


 さて、なんと話したらいいものか。直接的には言っていない。っていうか、フェルと一部のチャーミルの連中にしか言ってないんだよな。勇者事件があってから、まだ相当日が浅いし。


 でも、恐らく察してはいるんだろうな。あんな別れ方してるから。


「お二人の顔色を見ると、話してはないけど勘付いてはいるってところか」


 シルフの少女ララ。空気を読む力は天下一品。


「それでなのかな?ここ最近顔を見せなくてみんな心配してるんだよ」


「なに?そうなのか?」


 俺が尋ねると、ララは眉をへの字に曲げながら頷いた。


「体調不良を噂されてたけど、それが原因なら……安心したような、もっと不安なような、微妙な気持ちだよ」


 ララがため息をつきながら肩を落とす。まさかフレデリカがそこまで落ち込んでいるとは……。俺はちらりと目を向けると、セリスも神妙な表情を浮かべていた。一応、セリスがいなかった時の話はしているので、フレデリカから告白された事はセリスも知っている。


「様子を見に行った方がいいかな?」


「いや、それは……」


「クロ様はまだ行かない方がいいと思います」


 何気なく提案してみたが、ララとセリスの二人からストップをかけられた。ここは女性の意見をおとなしく聞くのが賢明か。


「ララさん、明日私一人だけでフレデリカの所に行ってみます。少し話したいこともありますし」


「そうですか……うん。セリス様が行かれるのが一番ですね」


 ララは何度か頷くと、セリスに対して頭を下げた。


「私達の長をよろしくお願いします」


「はい。力になれるかわかりませんが、なんとか頑張ってみます」


「はい!あっ、あとおめでとうございます!」


 ララに笑顔を向けられ、セリスは顔を赤くしながら俯き、か細い声でお礼を言う。なんか改まって祝われるとすげぇ照れるな。


 ララはニヤニヤしながら俺の肩を軽く小突くと、そのまま何処かへと飛んでいった。


 残された俺達は、なんとなく言葉が見つからず、黙って歩き始める。


「……気持ち、わかりますからね」


 独り言のように、隣を歩きながらセリスは静かに呟いた。


「逆の立場であれば、私も……」


 セリスはそこで言葉を切る。対する俺は何も言えなかった。


 相手の思いを断るっていうのはこういうことなのか。これまでそんな事を経験した事なかったから、わからなかった。なんか苦くて、胸が締め付けられて、どうしたらいいのかわからなくなる。

 俺の親友はこんな思いを毎日のように抱いていたのか。レックスは毎日のように告白されていたからなぁ……やっぱりあいつは化け物だ。俺にはそんなの耐えられる気がしない。


 俺はセリスの手を握っている手に力を込めた。


「とりあえず、今は考えるのはよそう。フレデリカの事はまた明日一緒に悩もうな」


「……はい」


 俺の言葉に、セリスがゆっくりと頷く。俺はセリスの手の温もりを感じながら、静かに店の扉を開けた。


「ウェルカム!ウェルカム!このギルギシアンのスーパーなストアへようこそ!!ここならエビバディがスマイルになるアイテムが揃っているよ!って、ややや!?そこにいるのはパワフルストローングなコマンダーじゃないかっ!いや?あのコマンダーがこんなにビューティなレディを連れてるわけがナッシング!という事は他人の空似の可能性が」


 そして、勢いよく扉を閉める。どうやら店を間違えたようだ。今はフレデリカの事でしんみりムードが漂ってんだ、確実にあいつの出番ではない。


「ノォォオォォォ!!この大胆なシカトはコマンダーに間違いない!ミーが悪かったから、ショップにカムインしてくれぇぇぇ!!」


 なんか扉越しに叫び声が聞こえるけど、無視でいいだろ。さっ、正しい店に向かおう。


「クロ様……この店であってます」


「はっ?」


 セリスがなんとも言えない表情を浮かべる。いやいやいや、だって今開けたら馬鹿しかいなかったじゃん。


「この『ギルグレートストア』というのが、フローラルツリーで最も人気の高いお店です」


 …………。


 いや、人気なんてどうでもいいし。そんなモノは俺には関係ないからな。確か下の方に俺がゴブ太達に椅子を買ってった時の店があるからそっちでいいだろ。とにかくこの店は却下だ。


 俺が踵を返そうとした瞬間、店の扉が勢いよく開く。


 目を向けるとテンションの高い赤いトカゲが、って展開に普通はなるんだろうけど、そうはならない。なぜなら俺は出てきた奴に見向きもせずにそのまま歩き出したからだ。


「ノールック!?それはあんまりだよコマンダー!!……って、もしかして隣にいるビューティフルウーマンはセリス様ではないですか!?」


「えっ、あっ、どうも。セリスと申します」


 ばかっ!挨拶なんてすんじゃねぇよ!あぁいう輩は目を合わせんな!


「いやー!これはビッグサプライズよ!あのコマンダーと、かの名高きデビルリーダー、セリス様がカップルになったなんて!ニュース!ニュース!ビッグニュース!!って、コマンダー?」


 俺は無言でギルギシアンの肩をつかみ、店の中へと入っていった。この大馬鹿野郎がでかい声でしゃべってるから、精霊族の奴らが集まってきたじゃねぇか。今はフレデリカの事があるから目立ちたくねぇんだよ。


 無理矢理店の中に入り込んだ俺は、ギルギシアンの肩を放し、笑いの一切ない顔を向ける。


「お前が馬鹿なのはよくわかった。とりあえず2秒以内にベッドを持ってこい」


「おやおや、こりゃ穏やかじゃないねぇ!ピースフルに行こうよ!せっかく素敵なラバーもいる事だし、そんな怖いフェイスだとハッピーがエスケープしちゃうよ!というよりもベッドという事は……アーハン?それともトゥナイトの事をシンキングしてエキサイトしちゃって───」


「オッケー、ギルギシアン。チョイスしろ。デッド・オア・ヘル?」


「ベッドの所までレッツゴーだよ!ちゃんとミーの後にフォローしないとトラブルだからねー!!」


 よしよし、なんとかわかってくれたようだ。やはり、誠心誠意話すって事が大事なんだな、うん。


「……なんか彼に対してあたりが強すぎませんか?」


「気のせいだ」


 そんな事あるはずがない。俺は男女平等、差別反対や博愛主義者やぞ?もし扱いに違いがあったとしても、それは区別であって差別ではない。


 それにしても……。俺はギルギシアンの後についていきながら、店内を見渡す。

 セリスの言う通り有名な店なんだな。外からじゃわからんかったけど、大分広いぞ、ここ。しかも、かなりの客で賑わってやがる。ギルギシアンの店のくせに生意気すぎるだろ。


「おやー?そのフェイスはミーのファンタスティックな家具達にアイズを奪われてたのかな?」


 ギルギシアンが得意げな顔でこちらを見てくる。お前はさっさとベッド売り場に案内しろ。俺とセリスがすげぇ注目されてて気まずいんだよ。セリスさん、少し手を……放してくれそうもありませんね、はい。


「着いたよー!これがミーの自慢のベッド達ね!」


 ギルギシアンが並び置かれているベッドに大仰に手で示しながら、ドヤ顔を向けてきた。さっそく、セリスがベッドに近づき、品質を確認する。


「わぁ!柔らかいですね!それにフローラルツリーから作ったんでしょうか?木のとてもいい香りがします」


「流石はセリス様!目の付け所が他とはディファレンス!このウッドはサンライトを一身に受けた、ミー達のマザーとも言えるフローラルツリーのトップの枝ですよ!ビューティフルなだけではなくクレバーでもあるとは!」


「ふふふ、お世辞でも嬉しいです」


 セリスが頬に手を添え、嬉しそうに笑う。


「お世辞なんてノーノー!ミーはフィーリングした事しか言わないですよ!だがバットしかし、その奥ゆかしさもベリーグッドです!こんなノーグッドなコマンダーにはもったいないですね!まさにムーンとスッポン!セリス様はフラワーも恥じらうエクセレントレディですよ!」


「くすっ、お上手ですね」


 ギルギシアンが話せば話すほど、セリスはさらに上機嫌になっていった。そらそうだろうよ。あんなに手放しで褒められたら嬉しいわな。その代わり俺は反比例するが如く、貶められているけどな。誰がスッポンだ。テメェの股間、食いちぎったろうか。


 まぁ、いい。セリスの機嫌が悪くなる方が問題だ。こいつの俺への評価はまた今度身体に叩き込めばいい。それよりも重要な事がある。


「なぁ、ギルギシアン」


「なんだい、コマンダー?どのベッドにするかディサイドしたのかい?」


「いや、決めるっつーかさ……なんかここに置いてあるベッド、でかくね?」


 俺は置かれているベッドを見やる。どいつもこいつも、今俺が使っているベッドの二倍以上のサイズがあるじゃねぇか。魔族達はどんだけでかいベッドを使うんだよ。


「ベッドが大きい?ノンノン、ダブルベッドならこんなもんよ!」


「……ダブルベッド?」


 え? なんでダブルベッド?ダブルベッドってあれだろ?二人一緒に寝るやつだろ?


「いやいやいや、俺達はシングルベッドを」


「ないよ」


「は?」


 えらく真顔で言われたんだが。いつもの冗談だよね?


「ミーの所はダブルベッド専門だからね」


 ギルギシアンがさも当然とばかり告げる。いや、ダブルベッド専門ってなんだよ!?聞いた事ねぇよ!シングルが基本だろ!独り身の奴らに謝れ!


「いいじゃないですか〜これにしましょうよ〜」


 なんかセリスがトロンとした表情で、横になってるんですが。えっ?そんなに気持ちいいの?じゃあ、俺もちょっと横になってみるかな。

 おぉ、確かに。フカフカしててまじで気持ちいいな。干したての布団みたいにいい匂いもするし。あっでも、干した布団の匂いって太陽の熱で死んだ微生物の匂いだったような……。


「って、ちげぇよ!!」


 俺が枕を叩きつけると、隣で寝ていたセリスがビクッと身体を震わせた。危うくフカフカ布団の魔力に騙されるとこだったぜ。


「おい、セリス!目を覚ませ!こんなん買ったら一緒の部屋どころか、一緒のベッドで寝ることになんだぞ!?」


「はっ!!た、確かにそうですね……」


 同じ部屋ってだけであれだけ狼狽えていた俺達が同じベッドとか無理に決まってんだろ。


「へい、コマンダー!ミーのベッドにダメな所があるのかい?」


 自慢の商品がけなされたと思ったのか、ギルギシアンが若干不満そうに尋ねてくる。


「いや、ダメな所なんかねぇよ。むしろ寝心地とかは完璧だ。だがな、俺達は一人用のベッドが欲しいんだよ!」


「ふむ……アローンね……」


 俺の言葉を聞いたギルギシアンは顎に手を添え、少し考えた後、俺とセリスを交互に見つめた。


「二人はカップルなんだよね?」


「あ、あぁ、そうだよ!なんか文句あんのか!?」


 冷静に聞いてくるんじゃねぇよ、恥ずかしい。さっきまで手を繋いでたんだから、わかってんだろ。


「ならベッドでトゥギャザーして、なんのプロブレムがあるっていうの?」


 …………。


 ギルギシアンのくせに正論ぶつけてくるんじゃねぇよ。くそが。関係性的にはノープロブレムだよ、無問題モーマンタイだよ。

 でも、俺的には問題だらけなんだよ!隣にセリスがいたら寝られる気がしねぇっての!


 だが、それをこいつにどうやって説明したらいい?「それは恥ずかしいのにゃ〜!」とでも言えばいいのか?死にたくなるわ。


 こういう時は俺の敏腕秘書に丸投げが一番だな。俺は隣にいるセリスに目を向けると、セリスはなぜか耳まで真っ赤にしながらプイッとそっぽを向いた。


「ク、クロ様が気にしないのであれば、わ、私は同じベッドでも構いませんよ?」


 …………まじでか。まじで言ってるのか。一緒に寝るんだぞ?ってことはそういうことだぞ?


「レディがここまで言ってるのに、ノーリアクションは男じゃないよー!」


 ギルギシアンが煽ってきやがる。こいつ……今度会ったら覚えておけよ。


 とりあえず、これからはセリスと同じ部屋になる事、そして同じベッドで寝る事が確定してしまったみたいだ。


 やべぇよやべぇよ。

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