12.あいつが旅に出るまで
第128話 帰還
いつもの教室の、いつもの席で、いつものように俺は机に突っ伏していた。そんな俺を気遣ってか、シンシア・クレイモアが心配そうに声をかけてくる。
「レックス君……お疲れですか?」
「んー……こう連日ランク戦を挑まれると、流石にな」
俺は顔を上げ、右腕につけている金の腕章に目をやった。
「こいつがそんなに欲しいかね」
「それは……みなさん憧れの第一席の証ですからね」
シンシアが困った顔で笑う。第一席ねぇ……それにどれだけの価値があんのか、よくわからねーな。
二週間前、第二席にして、学園最強のエルザ・グリンウェルに挑み、見事勝利を収める事ができた俺は、そのままエルザ先輩の推薦で、空席だった第一席の座についたんだ。それは別にいい。そもそも第一席なんて興味なかったから、なろうがなるまいがどっちでも良かった。
問題はその後だった。第一席というご馳走につられた奴らが、わんさか俺のところによって来やがってさ。この二週間、昼夜問わず戦いっぱなし。
なんでエルザ先輩の時はあんなに挑戦者がいなかったのに、俺になった途端、こんなにも大盛況なんだよ。まじで店じまいしたい気分なんだが。
「本当に大変ですね……今日も確か、放課後にランク戦があるんでしたっけ?」
「あぁ。2回ほどな」
「レックス君なら心配ないですけど、頑張ってくださいね」
そう言って向けられた笑顔は、美少女に相応しいものであったが、どこか物悲しそうな雰囲気を感じた。これは、俺がエルザ先輩と戦ってからちょくちょく感じるんだが、原因はあれだろうな。
俺がシンシアに声をかけようとした瞬間、ガラリと教室の扉が勢いよく開かれる。俺とシンシアがそちらに目を向けると、スラリとした緑髪の美少女が、息を切らしながらそこに立っていた。
「大変っ!大ニュースよ!」
実家の用事で帰っていたフローラ・ブルゴーニュが、意気揚々とこちらに近づいてくる。教室中の視線を集めておきながら、全く意に介さない様子の彼女に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「もう少し早くに帰ると思ったんだがな、意外と長かったな」
「フローラさん、おかえりなさい!」
シンシアが嬉しそうに笑いながらフローラを迎える。よかったな、シンシア。ここのところ、寂しい思いしてたもんな。
「ただいま!いや、本当はもっと早く帰ってくる予定だったのよ?バカ兄の用事はすぐに済んだし……でも、お父さんが中々私の事を放してくれなくて」
確か、フローラの父親はフローラの事を目に入れても痛くないほど、可愛がっているらしいからな。マジックアカデミアに下宿している今、久しぶりの再会に別れを惜しんだんだろうよ。
呆れたようにため息を吐いたフローラだったが、突然、俺の机をバンッと両手で叩いた。
「そんなことより聞いてよ!!すっごいビックリした事があったんだから!!」
「どうした?また兄貴が問題でも起こしたのか?」
「勇者様に限ってそんな……ですが、アベル様に関してはそれがあり得てしまうから困りものです」
王女という立場ゆえ、シンシアはアベルと面識がある。基本的には人を悪く言わないシンシアにここまで言わせるとは、やはりアベルは只者じゃないという事だな。
「うちの馬鹿兄の事じゃないのよ!……って、二人だけ?マリアは?いつも通り訓練所?」
その瞬間、シンシアの顔に影がさす。フローラはキョロキョロと教室内を見回しているが、マリア・コレットの姿は見当たらない。見つかるはずがない。なぜなら……。
「マリアは学園を去ったぞ」
自分でも驚くくらい無機質な声が出た。一瞬、俺以外の誰かが言ったかと思ったくらいだ。
フローラがゆっくりとこちらに顔を向ける。俺の言っている意味がわからないって顔をしているな。無理もねーか。
「……言ってる意味が分からないわ」
と、思ったらそっくりそのまま口に出した。なんというか、フローラらしい。
「そのままの意味だ。マリアは学園からいなくなったぞ」
しばらく茫然と俺の事を見つめていたフローラだったが、確認するようにシンシアに目を向けると、シンシアは眉を落としながら頷く。
「フローラさん……レックス君が言っているのは本当の事です。マリアさんはフローラさんが家に帰った翌日に、この学園から姿を消しました」
「嘘…………なんでよっ!?」
フローラが声を荒げて俺達を睨みつける。理解はできたが感情が追い付いていないってところか。シンシアは申し訳なさそうに顔を伏せ、俺は力なく首を左右に振った。
「マリアは何も言わずにいなくなったんだ……誰も理由はわからない」
いや、何も言っていないのは本当の事だが、俺はマリアがいなくなった理由に心当たりがある。だが、これをシンシアやフローラに言うわけにはいかない。言えば、確実に探しに行こうとするから。俺はマリアの決死の覚悟を無駄にしたくはない。
「なんで……本当に意味が分からない……」
フローラはショックを隠せないようだ。無理もない……シンシアがこの学園に転入してくるまでは、いつも二人で一緒にいるくらい仲が良かったんだ。その親友ともいえる相手がいきなり学園を去ったなどと、フローラにしては信じがたいことなんだろうな。
「……そろそろ授業が始まる。席についた方がいいぞ」
「……うん」
フローラは悲しいやら、怒っているのやら、判断が難しい表情で自分の席へと歩いていった。そんなフローラを心配そうに見つめながら、シンシアも自分の席に座る。
結局、フローラの大ニュースってやつを聞けなかったな。あれだけ必死に話そうとしていたから、少し気になってはいたんだが。……まっ、今はそれどころじゃないわな。
授業中、何度かフローラの様子を覗っていたが、フローラは顎に手を添えたまま、一切表情を変えずに何もない虚空をただひたすら見つめていた。
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