第124話 惚れた女がいても、美人にデレデレするのは男の性

 いつもニコニコ、笑顔で接客、タクシー・クロムウェルさんだよ。今日は騎士団の団体を送り届けました。最後にちょっと調子乗ってコンスタンのおっさんを驚かせちゃったけど、いいよね?少しくらい。


 で、俺が騎士団の連中を転移させていた数分の間になんだけど……。


 一体何があった。


 瓦礫の山の上で悪魔達が肩組みながら酒盛りしてんだけど?そっちでは、際どい服を着たお姉さん達が道端でダンスを踊っているんだけど?こっちではアルカがリーガルの爺さんと仲良く話しているんだけど?


「いつの間に、儂にこんな可愛いひ孫がおったんじゃ!!」


「ひまご?」


「アルカはセリスの娘じゃろ?」


「うんっ!!」


「儂はセリスのおじいちゃんじゃ!」


「ママのおじいちゃん……ということはアルカのおじいちゃん?」


「おお!そうじゃそうじゃ!」


 そうじゃねぇだろ。なに子供に嘘教えてんだ。あとジジイ臭くなるから頬ずりすんのやめろ。


「あっ、指揮官様よ!!」


「へっ?」


 俺がリーガル爺さんの魔の手からアルカを解放しようと近づいたところで、サキュバスの別嬪さん達が俺のもとにやって来た。そして、近づくなりものすっごい俺の身体をベタベタ触りだす。これがゴブリン達だったら全員ケツに蹴りだったが、みなさん奇麗どころなので悪い気はしない。


「きゃー!指揮官様に触っちゃった!あたし、一生手を洗わないわ!!」


「指揮官様!!私ファンなんです!!」


「是非お店に来てください!!指揮官様は無料でご奉仕しますんで!!あっ、なんならプライベートでも全然構わないです!!」


 なにこれ?え?これって人生に三度訪れるって言われている伝説の?


 マジかよ!!ここにきてモテ期かよ!!しかも、周りにいるのはどれも甲乙つけがたい程の美女ばっかり!!こいつには俺のテンションもうなぎ上りってもんだぜ!!


「指揮官様!あっちで一緒に飲みましょうよ!!」


「あっずるーい!!指揮官様!!あたしと一緒に飲みましょう!!」


「抜け駆けしないでよ!!私が一番最初に声かけたのよ!!」


 こらこら、君達。喧嘩はよくないよ?俺はみんなのクロムウェルさんだからね。仲良くみんなで───。


 ガシッ!!


 突如として組まれる俺の右腕。確認する暇を与えることもなく、引きずられる俺の身体。


「ああん、指揮官様ぁ~!!」


 名残惜しそうに俺を見つめる美女たち。そして、俺は市場へと運ばれる。ドナドナドーナ……。ってちげぇよ!!


 路地裏まで連れていかれた俺は、その犯人に目を向ける。


「何すんだよ、セリス!!今、エロ……サキュバス達と楽しく会話していただろうが!!」


 俺が文句を言うと、セリスは顔を真っ赤にさせながら俺の事を睨みつけた。


「こ、子供が見てるのにあんなにデレデレしないでください!アルカの成長に悪影響を及ぼします!」


「いや、悪影響ってこの街の存在がアルカへの悪影響だろうが!!道端でストリップショーやってたぞ!?」


「そ、それは……!!」


 セリスが目を超高速で左右に泳がせる。早すぎてもはや質量のある残像なんだけど。


「と、とにかく!アルカがいるうちは、いかがわしい店に行くのは駄目です!!アルカがいなくても駄目です!!」


「いかがわしい店しかねぇだろうが!!つーか、アルカ関係ねぇじゃねぇか!!」


 俺の反論もむなしく、セリスは釘をさすと、俺を置いて逃げるようにそそくさとどっかへ行ってしまった。


 けっ!!あいつの言うことなんて聞く筋合いなんてねぇよ!!もう秘書でも何でもないんだしな!!


 俺は憤慨しながら路地裏から出ていく。だが、悲しいかな。短い期間に刷り込まれた俺の細胞は、全力でセリスの言うことに反発するのを拒絶する。


 俺は楽しそうに酒を酌み交わしているサキュバスのお姉さん達から涙を呑んで視線を外し、酒を配っているアトムの方へトボトボ歩いていった。


「やや!!これは指揮官殿!言われた通り、宴会を執り行っているぞ!!」


「あぁ、そうね」


 俺は適当に返事をしながら、アトムから酒を受け取る。流石に夜の街なだけはあって、酒も上手いな。つーか、この下に転がっているのはキールじゃねぇか?


「アトム。なんでこいつは転がってんだ?ちゃんと俺が回復魔法かけてやっただろ?」


「ん?あぁ、キールは下戸みたいでな。一杯飲んだら卒倒しおった」


 うわ……こいつ酒弱そうな顔してんもんな。屈んで頬をぺちぺち叩いてやると、キールは唸り声を上げながら、焦点の合わない目で俺の顔を見てくる。


「んー……あー!クロじゃないかー!」


「おう、生きてるか?」


「お前ー!セリスを幸せにしないと承知しないからなー!……むにゃむにゃ……」


 言いたいことだけ言って寝ちまいやがんの、こいつ。


 ……言われなくてもわかってるっつーの。


 てか、さっき路地裏に連れていかれた時に話せばよかったな。あまりに急だったんでいつもの調子で会話しちまった。まぁ、どっかそこらへんにいるだろ。


 俺はセリスを探して、そこら辺をぶらつき始めた。悪魔達は俺を見かけるたびに、嬉しそうに声をかけてくる。今までとは大違いだな。歩いているだけで嫌悪感をぶつけられてきたってのに。あんまり気にはしないようにしていたが、やっぱり慕われる方が気分はいいな。


 つーか、あの金髪どこにいんだよ!人が鼻の下を伸ばしてたら飛んでくるっていうのに、肝心な時に見つかりゃしねぇ!!また、奇麗なお姉さんと話してたら現れっかな?


「探し人でもおるんですかな?」


 急に声をかけられた俺が振り返ると、そこには胡散臭い笑みを浮かべたリーガルが立っていた。げっ、めっちゃ関わりたくない奴だ。


「よろしければ老人の戯言に耳を傾けていただきたいのだが、どうじゃろうか?」


「嫌だよ」


「そうかそうか!聞いてくれるか!」


「えっ?嫌って言ったよね?」


 何この爺さん。耳腐ってんの?


「じゃが、立ち話もなんじゃのう……そうだ!儂の屋敷で話をするとしよう!」


「はぁ?面倒くせぇよ。ここでいいだろ?」


「今は皆が宴会に参加しているから、屋敷には誰もおらん。邪魔されることもないじゃろう」


「いや、だからここで」


「それでは儂が転移魔法でお送りいたそう」


「話聞けよぉぉぉぉ!!」


 俺の叫びもむなしく、俺はリーガルに連れられ、屋敷へと転移した。




 やって来たのは、爺さんと最初にあった領主の部屋。爺さんはゆっくりと腰を下ろすと、興味深げに俺の顔に目を向けてきた。


「さて、何から話そうかの?」


「……手短にしてくれよ」


 俺はさっさとセリスを探さないといけないんだよ。狸に構っている暇などない。


「ほっほっほ……よほどセリスの事が気になるご様子」


「……悪いかよ?」


 ここまで来たら隠してもしょうがねぇ。こうなったら俺は開き直るぞ。


「いやいや、結構。なら、セリスについての話でもするかの」


 セリスの話?なんかあんのか?


「前に話をしたときはセリスの過去を知らぬ、と言っていたが、今はどうかの?」


 ……その話か。それなら教えてもらった、ってか勝手に教わったというか。勝手に記憶が舞い込んできた。


「……あいつの過去なら知ってる。人間に両親を殺されたんだろ?」


「ふむ……半分正解じゃな」


「半分?どういうことだよ?」


 キールの記憶はそうだったはずだぞ?話を聞いたわけじゃないから、その情報が嘘であるはずがない。


 困惑する俺に爺さんは鋭い視線を向ける。


「正確には、命を助けた人間の手によって殺されたのじゃ」


「……は?」


 俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


 そんな偶然があるのか?助けたやつに両親が殺されるなんて。それじゃまるで……。


 俺と同じじゃねぇか。


 驚く俺を無視して、爺さんは話を続ける。


「……儂らは猛反対したのじゃ。人間など助けても碌なことにならないと。じゃが、儂の息子は言うことを聞かず、結果、地面の下で眠ることになってしまった」


「…………」


 知らなかった。知ろうともしなかった。単に人間に殺されただけだと思っていた。

 

 途方に暮れている俺に、爺さんは鋭い視線を向けてくる。


「それがあの子の心に深く刻まれた傷跡じゃ。……お前さんはその傷を癒す自信があるかの?」


「俺は……」


 果たしてセリスの傷を癒すことができるのか?その傷の事を知ろうともしなかった俺に?

 俺が答えられないでいると、誰かがこの部屋の扉をノックしてくる。爺さんが俺の顔を見てニヤリと笑った。


「というわけで、まずはセリスに話を聞いてみようかの?お前さんは机の下で息をひそめてるんじゃよ?」


「……えっ?」


 わけがわからないまま、俺は領主の席の机の下に押し込められる。それと同時に、部屋の扉が開かれ、誰かが入ってきた。


「失礼します。お爺様、話とは一体何ですか?」


 この声……俺が魔族領に来た日から毎日のように聞いた声。


 俺が隠れているとも知らずに、セリスが領主の部屋までやって来た。

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