第122話 中々本気を出さないのは、それで負けたら打つ手がないから


「くそっ!?一体なんだって言うんだよ!?」


 アベルが怒鳴りながら本日10個目の一種ソロ最上級魔法クアドラプルを構築する。ふむふむ、次は地属性か。俺はそれをじっくり観察してから全く同じものを一瞬で組成した。


「「"地をかける猛虎の鋭牙グランドタイガーファング"」」


 そして、詠唱も同タイミング。岩で出来た巨大な虎が俺たちの中心でぶつかり合った。


「てめぇ!!どういうつもりだ!?」


 岩の虎が消えるや否や、アベルが俺に怒りを露わにしてくる。まぁ、そうだよな。自分の魔法陣を真似されて、挙げ句の果てにはそれを一瞬で構築されたんだもんな。まじむかつく。俺だってキレるわ。でも、自分がむかつくことを他人にやるのって気持ちいいです、はい。


「どうってお前の魔法陣を採点してやったんだよ」


「はぁ!?採点だと!?」


「ちなみに今の魔法はこうする方がいいな」


 俺は少しだけ魔法陣の中身を変えて、アベルに向けて魔法を唱えた。


「"地を砕く地獄の番犬グランドケルベロス"」


「なっ!?」


 俺が呼び出したのは岩で出来た三ツ首の犬。規模も迫力も先程のネコ科とは比べるまでもない。だから、ライガ。貴様の負けだ。ざまぁみろ。


 アベルの野郎、俺の犬を魔法障壁で必死に押さえようとしてんな。ダメだろ。構って欲しそうに近づいてきたら、ちゃんと可愛がってやらねぇと。


「くそがぁぁぁぁ!!!」


 アベルは咆哮を上げると、どこからともなく大剣を呼び出した。そして俺のケルベロスちゃんを真っ二つにする。可哀想に。


 つーか、なんだあの剣。この感覚、アロンダイトに通ずるとこがあるんだが。


「くそっ!!こんな野郎相手にバルムンクを使うことになるとはな!!」


「バルムンク?」


 俺が訝し気な表情で尋ねると、アベルは大の男よりも大きな両刃の刀身をこちらに向けてきた。おい、そんな物騒なもんをこっちに向けてくんじゃねぇよ。あぶねぇな。刃物は人に向けてはいけませんってママに教わらなかったのか?


「むかつく野郎だがてめぇの魔法陣の腕は認めてやるよ。……だが、勝つのは俺様なんだよ」


「なんだ?刃物を持ったら急に強気になったな。子供かよ」


「……こいつは殺した相手の生き血をすする魔剣・バルムンク。こいつを扱えるのは世界で一人、俺様だけだ」


 ……確かに自信満々な顔するだけのことはあるな。あの剣はやばそうだ。アベル本人なんかよりもすさまじい圧力を放っていやがる。


 アベルは最上級クアドラプル身体強化バーストを施すと、巨大な大剣を軽々と片手で素振りした。


「こいつを出したら終わりだ。魔物も人間も、歯向かった奴は全員殺してきたからな」


「随分自信があるようだな」


「けっ!すぐに余裕をこいていられなくなるぞ!……最強の俺様が扱う最強の武器を目にしたらなっ!!」


「……最強?」


 俺の眉がピクリと反応する。だが、その言葉に反応したのは俺だけじゃなかった。その証拠に今まで何も感じなかった右手に重さを感じる。俺は静かに自分の右手に目を向けた。


「闘技大会ぶりか?最強の武器って言われちゃ、出てこないわけにはいかないよな、相棒」


 俺は機嫌が悪そうなアロンダイトに笑いかける。中々気が合うじゃねぇか。こいつ……心なしかバルムンクを威嚇している気がしやがるぜ。相変わらず規格外なこって。


 アベルが俺の手に現れた漆黒の剣を見て、驚きの表情を浮かべた。


「なっ……お前っ!?」


「魔剣・アロンダイトだ。最強の俺に相応しい最強の相棒だ」


 俺はそう言いながら四種カルテット最上級クアドラプル身体強化バーストを発動させる。アベルの驚きの色が更に濃くなった。


「魔法陣じゃ負けを認めていたな、三下。だったら次は肉弾戦でぼこぼこにしてやるよ」


 アベルは忌々しそうに舌打ちをすると、バルムンクを地面にさし、面倒くさそうにため息を吐いた。


「……まさか魔王でもないやつ相手に、本気を出すとは思わなかったぜ」


 ん?なんかアベルの奴、強キャラっぽいこと言ってやがるな。雑魚のくせに。どうせ大したことねぇんだから、さっさとその本気って奴を見せてみやがれ。


「お前を排除すべき敵だと認めてやるよ。……勇者の力ってやつを見せてやる」


 そう言うと同時にアベルの体内にある魔力が膨れ上がった。さて、どんな魔法陣を俺に見せてくれるのかな?まぁ、今までの魔法を見る限り、人間としてはやる方だが、俺の敵じゃない。いくら魔力を練り上げようとも大した魔法は───。


「“魔を滅ぼすものダーティーハリー”」


 ……えっ?今、こいつ詠唱しなかった?


 アベルの魔力が光になって光り輝くとその身体に収束していく。はぁ!?こいつ、魔法陣を組成してなかったぞ!?それなのに魔法が発動すんのかよ!!


「おい!今、魔法陣を組まなかっただろうが!汚ねぇぞ!?」


「うるせぇ!ノータイムで魔法陣を組成する反則野郎に言われたくねぇよ!!」


 今や光の戦士と化したアベル。ゆっくりとバルムンクを持ち上げると、俺に狙いを定めた。


「……死にやがれ」


 俺が動かす前に、アロンダイトが勝手に身体の前に出る。気づいた時には超高速で迫ってきていたアベルの姿があった。アベルはバルムンクをアロンダイトにぶつけると、そのまま力任せに振りぬく。


「っ!?」


 踏ん張りなど効くわけもなく、俺は猛スピードで吹き飛ばされた。背中に魔法障壁を張っているとはいえ、建物を軽く6棟貫通すりゃ、ダメージでかいっての。


 俺が体勢を整える前に、アベルが低空飛行で俺に迫りくる。あの光のオーラはパワーアップだけじゃなくて空も飛べんのかよ!?ずりぃだろ!!こっちは"無重力状態ゼロ・グラビティ"を常時発動させて、何とか飛べるっていうのによ!!


 俺は振り下ろされるバルムンクにアロンダイトをぶつけた。手が痺れるってもんじゃねぇなこれ。完全に力負けしてんぞ。


 つーか、打ち合うたびにまわりの建物が吹き飛んでんだが。あとで絶対セリスにどやされるわ!


 俺は街を破壊しないように上空へと移動する。当然のように追ってきたアベルが容赦なくバルムンクを振り回した。


「どうした!?肉弾戦で俺の事をボコボコにするんじゃなかったのかよ!?」


「くっ!!勇者のくせに魔剣なんて使ってんじゃねぇよ!!」


 とにかく受け流すのだけで精一杯だ。正直、速度も膂力も完全に俺の上をいってやがる。下手すりゃ、フェルの最上級クアドラプル身体強化バーストを超えてんじゃねぇか?……それはねぇか。


 多分アロンダイトだからバルムンクに対抗できてんだろ。普通の剣だったら、一合目で俺ごと真っ二つだったな。そう意味じゃ相棒に感謝だ。


「お得意の魔法陣でも使ってみたらどうだ!?そんな暇があればだけどな!!」


 うるせぇ!!さっきから組成しようとしてんだけど、お前の攻撃が激しすぎて、魔法陣が組めねぇんだよ!わかってんなら攻撃の手を緩めやがれ!!


「うるぁ!!死ねや!!」


 一瞬の俺の隙をついてアベルがバルムンクを叩き下ろす。アロンダイトを横にして、それをまともに受けた俺は、弾丸のような勢いで地上に叩きつけられた。


「がはっ!!」


 口の中に広がる鉄の味。俺は瓦礫の中から起き上がりながら、血の混じった唾を地面にはいた。


「なんだ、もう終わりか?口の割には手ごたえ無かったな!」


 アベルが上空を漂いながら、勝ち誇ったように笑う。腹立たしいことこの上ないな。


 腐っても勇者ということか……マジで認めたくないけど。聖属性魔法による強化は俺の理解を優に超えていた。まったく、面倒くせぇ相手だよ、本当。


 ため息を吐きながらアロンダイトを構えようとしたら、なんとなく手に違和感を感じた。俺が目を向けると、物言わぬ漆黒の剣が、それでも何かを俺に訴えかけてきている。


 そんな目で見るなよ。わーってるって。俺を使うんだったらあんな野郎に苦戦すんなってことだろ?


 俺は苦笑いを浮かべながら、四種カルテット最上級クアドラプル身体強化バーストを解除する。


「なんだ?降参か?」


 そんな俺にアベルは訝しげな目を向ける。まぁ、待てって。すぐに終わらせるから。


 フェルと初めて会った時に使った奥の手。その時よりもスムーズに、危なげなく、そして素早く、五重の魔法陣を俺の身体に馴染ませる。ん、やっぱ俺って成長してるわ。もう失敗する気がしねぇもん。


「なっ……究極アルテマ身体強化バーストだと!?おとぎ話の世界の代物だろが!?」


 俺を見ていたアベルが慌てふためきながらバルムンクを構える。だが、俺はそれよりも速くアベルの懐に入り込んだ。


「だったら俺は、おとぎ話の住人かもな」


 そして、そのまま振り抜く。アベルがバルムンクを盾にしてきたけど、そんなの関係ねぇ。


 その剣ごと、真っ二つに切り裂いてやるだけだ。


「おらぁぁぁ!!」


「な、なにっ!?」


 アロンダイトにたらふく魔力を注ぎ込んだ一撃。粉々に砕け散るバルムンク。そして、その剣圧で彼方へと吹き飛ぶアベル。


 俺はゆっくりと息を吐き出すと、究極アルテマ身体強化バーストを解除した。


「……最強の武器はやっぱり俺の相棒だったみたいだな」


 当然だと言わんばかりに、アロンダイトが俺の身体に戻っていく。意外と負けず嫌いなんだな。まぁ、でもアロンダイトがあんな図体だけのでくの坊に負けるわけねぇよな。


 俺はコキコキッと首を鳴らすと、アベルが吹き飛んでいたっ方向へと飛んで行った。

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