第121話 笑いながら怒る人が一番怖い
転移した俺の目に飛び込んできたのは、ボロボロになったセリス。そして、そのセリスに迫り来る火の玉。俺はほとんど無意識にその火の玉を相殺していた。
とりあえず、かつてないほどキレているのが自分でもわかる。おそらくこの地上で俺よりキレてる奴はいないだろ。
だが、落ち着け。クールになれ、クロムウェル。今からやる事をまとめよう。
あのクソ野郎をぶっ殺す。
よし、クールタイム終了だ。作戦は決まった。だが、奥に騎士団に囚われてる奴らがいんな。まずはあいつらを何とかしないと思うように暴れられん。
「なぁ、アルカ」
「なに?パパ?」
俺よりキレてる奴がいないって言ったな。あれは嘘だよ!!すぐそばにいたよ!!笑いながら怒り心頭のアルカさんがな!!
「後ろの奴らを頼めるか?」
「……本当はあの緑がいいんだけど、今回はパパに譲ってあげるね」
ニコニコと俺の言葉に答えるアルカ。勇者を緑呼ばわり。怖すぎ笑りんぬ。
「殺すなよ?」
「頑張る」
頑張るって、お前。
俺は苦笑いを浮かべながら"
*
突然、建物の上に現れた謎の男と子供を呆気に取られた様子で見ていた騎士達だが、その子供が忽然と自分達の目の前に現れたため、呆然と佇んでいるわけにはいかなくなった。
「おじさん達はママに酷い事してないみたいだから、手加減してあげるね」
アルカはそう言いながら笑いかけると、
だが、剣を構えた先にはアルカの姿はない。
「ダメだよ。油断してたら。そんなんじゃパパに怒られちゃうよ」
背後に聞こえた声に背筋が凍りついた時には、もう既にその騎士の意識は刈り取られた後だった。
一気に警戒レベルを上げる騎士達。だが、アルカは御構い無しに火属性の
一瞬にして周囲が炎の海に包まれ、騎士達が次々と燃やされていく。そんなアルカの強力無比な魔法を、容易く斬り伏せた男が一人。
アルカは魔法陣を消すと、その壮年の男に目を向けた。
「おじさんがこの人達のボスかな?」
「いかにも。コンスタン・グリンウェル、この隊の隊長であり、王都騎士団の団長でもある」
「ふーん……難しい事はよくわからないけど、おじさんをやっつければ、この人達は大人しくなるかな?」
アルカの言葉を聞いたコンスタンは
「それが出来たなら是非もない」
「あはっ!おじさんは強そうだね!!」
アルカは嬉しそうに笑うと、魔法陣を組成しながらコンスタンに向かっていった。
*
セリスのすぐ隣に着地した俺は、微笑みながら涙を流しているセリスを優しく抱き上げた。こいつ、器用なことしてんな。
「やっぱり……来てしまったん……ですね……」
「喋るな」
とりあえず回復属性の
そんな俺に向かってなにかの魔法が飛んで来たが、俺は目も向けずに魔法障壁を張り、それを防いだ。なんか舌打ちが聞こえた気がするが、とりあえず今は無視。
「クロ様……私は……」
「説教は後だ。今はあのクソ野郎を追い払う」
「……はい」
俺はセリスを道路の脇に降ろしてやると、こちらを睨みつけてるバカに向き直った。
「何者よ、おたく。魔族じゃないでしょ?」
「さぁ、どうだろうな。お前は人間だろ?こんなクソみたいな事すんのは、いつだって人間だと相場が決まっているからな」
おうおう、俺の言葉にしかめっ面を浮かべてらぁ。相変わらずのクソっぷりに安心したぜ。
俺はアベルを煽りながら、アルカに目を向ける。やり合ってんのは騎士団長様か。やられるとは思わないが、アルカには少し荷が重いかな?
「そっち側につくんならおたくも殺すけどいいの?」
「別に構わねぇよ。お前じゃ俺には勝てないし」
「へぇ……」
アベルは敵意むき出しの笑みをこちらに向けると、俺に向けて手をかざした。俺は何もせずにそれを見つめる。
「じゃあ死んでもらうかな?“
直前で手を横に向け、魔法陣から発動した竜巻が近くにいた魔族の子供に襲いかかった。咄嗟のことに呆けている子供を庇うように、隣にいた母親が慌ててその子供を抱きしめ、身体を盾にする。
どうせこんなことだろうと思ってたよ。
だが、その竜巻は親子の身体には届かない。俺の魔法障壁が竜巻と親子の間に立ちはだかった。それを見たアベルがつまらなさそうな表情を浮かべる。
「なんでわかったの?」
「お前の外道っぷりは、妹からよく聞いてたからな」
俺がこともなげに言うと、その途端アベルの顔つきが変わった。
「お前……フローラの知り合いか?」
「なんだ、シスコンはまだ治っていみたいだな?」
「……なるほど。死にたいみたいだな」
冷たい声でそう言うと、アベルは両手を前に突き出す。
先程放った子供騙しの魔法陣などではない。正真正銘、アベルの本気。
作り出したのは基本属性の
さて、採点の時間だ。
*
コンスタンは子供の魔族に苦戦を強いられていた。子供相手に本気を出さない自分の甘さを差し引いても、この子供は強すぎる。
まず、転移魔法の行使がうますぎる。使えること自体、驚異的だというのに、こんなにポンポン転移されたら、捉えられるものも捉えられない。
次に驚かされたのは魔法陣の組成の速さ。一瞬にして構築し、こちらに向かって魔法を放ってくるのだ。
そして、魔法陣の質も目を見張るものがあった。
こちらは一瞬とまではいかないが、ありえない速度で
「"雷神"の名が泣くな」
襲いくる雷属性の
認めたくないことではあるが、得意の雷属性でさえ、完全に上に行かれていた。
「すごいすごい!おじさん、本当にすごいね!」
無邪気に笑うその姿は戦慄すら覚える。そして、すぐさま背後に転移すると、その拳を自分めがけて振り下ろしてくるのだ。
これだ。これがこの娘の一番怖いところ。
何故だか知らないが、このいたいけな少女は信じられないほどに戦い慣れしている。しかも、圧倒的な強者を相手に。
おそらく自分とは比較にならないほどの者と、日々拳を交えているのだろう。もし、その相手が一緒に現れた仮面の男であるならば……。
「これは早急に終わらせて、あちらに駆けつける必要があるな」
コンスタンは自身の身体に雷を纏わせる。これはグリンウェル家に伝わる秘技。いくら魔法陣に長けていようが、真似することなど叶わない。
「んー……」
その危険性を肌で感じ取ったアルカは、コンスタンから距離を取った。その判断にコンスタンは心の中で脱帽する。
「小さい身体でよく戦った。だが、これで終わりだ」
「……そうだね。今の状態のおじさんにはちょっと勝てないかな?」
アルカは笑いながら
だが、魔王軍指揮官の娘はこの程度で終わる子ではなかった。
「おじさんの魔法陣をしっかり観察したから、もうアルカにもできるよ!」
楽しげに言うと、アルカは
唖然とした表情でそれを見ていたコンスタンは、突然、豪快に笑うと、至極楽しそうに剣を構えた。
「こんなに心踊るのは久方ぶりだ!アルカと言ったな!いざ、尋常に勝負!!」
「負けないよー!!」
戦場には似つかわしくないような可愛い声でアルカは言うと、バチバチと身体から電気を迸らせているコンスタンに向かっていった。
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