第106話 場外負けがある闘技大会で飛べる奴は反則

 控え場でアルカの試合を観戦する俺。はっきり言って、めちゃくちゃ狭い。この控え場ってのは野球場のベンチみたいな感じなんだけど、俺の隣に巨人がいやがんだよ。どう考えてもぎゅうぎゅう詰めだろうが。


 俺は壁に押し付けられながら、それでも試合を見ようと必死に首を伸ばす。


 戦況は……微妙なところか?武器を持たないアルカは、ギッシュの名刀を警戒して攻めあぐねているし、ギッシュはギッシュでとにかくやりづらそう。

 よく遊びに来るアルカを自分の子供のように可愛がってるって言ってたもんな。しかも、ギッシュはあぁ見えて子供好きらしい。


 そういえば他の魔族の戦い方っていうのは初めて見るな。ギッシュは完璧にカウンター系だな。

 その頑強な身体で相手の攻撃を耐え、隙ができたところに攻撃を加えている。


 だが、アルカも伊達に俺との稽古を毎日やっているわけじゃないからな。自慢じゃないが、俺が放つ魔法はギッシュのカウンターの速度の比じゃないから、避けるのもそう難しくはないだろ。


 それにしても、観客が唖然とした表情でアルカを見てるな。可愛い見た目に騙されて、戦えないなんて思ってたんだろ?残念、歌って踊れるアイドルなんて古い古い。今は、蹂躙して殲滅するアイドルの時代なんだよ。俺はアルカにそうなって欲しくはないが。


 さて、そろそろお互い困り果てる頃だろうな。

 正直、デュラハン族の防御力は生半可なもんじゃねぇ。それこそ、アルカの全力を受けても耐えきるぐらいには硬い。

 一方アルカも余裕を持って敵の攻撃を躱しているから、相手からダメージを受けることはない。傷つけることを嫌がって、手加減している一太刀なんぞ、アルカには当たりっこない。


 そうなると決着がつきそうにないが、これは別に殺し合いってわけじゃないからな。相手にダメージを与えず勝つ方法なんていくらでもある。あとはそれにアルカが気付けるかどうかだが……。


 アルカはリングの端まで移動すると、巨大な上級魔法トリプルの魔法陣を四種カルテットで構築する。

 あの模様は水属性か。なるほど、そういう作戦ね。


 アルカはそのまま無詠唱で魔法陣を発動した。その瞬間、四つの魔法陣から同時に水が吹き出す。それを見たギッシュが目を見開きながら、慌てて左手に持つ盾を構えた。ギッシュ、それは悪手だろうよ。


 ギッシュにぶつかった水流は、瞬く間にその身体を押し流し、場外へと誘った。それを確認したフェルが手を上に挙げる。


「そこまで!勝者、アルカ!」


 フェルに勝利を宣言されたアルカはその場でぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びを目一杯表現する。可愛い。

 そして、予想外の番狂わせに驚きつつも、その実力を認めた観客からの拍手を受けつつ、アルカはギッシュのところに駆け寄った。可愛い。

 ギッシュはゆっくりとアルカに手を伸ばすと、その頭を優しく撫でる。アルカはギッシュを見ながら嬉しそうにはにかんだ。可愛すぎる。


 いや、それにしても。


 ちょっとうちの子の実力を見誤っていたかもな。こりゃ、俺が参加しといて正解だったか?



「そこまで!勝者、シェスカ!」


 俺の前の試合が終わる。勝ったのは気の強そうな猫目をした中々の美人。クールな顔をしているんだが、獣人族なので頭からぴょこんと猫耳が出てるんだよな。そのギャップもグーよ。


 さて、次は俺の試合か。アルカが勝っている以上俺も勝ち残らんといかんからな。俺は対戦相手の顔を見つめ……見つめ……見つめるってデケェな!もうほとんど太陽見上げるような角度だぞ!?


「なんだ?チビが相手か。こりゃ楽勝だな」


 いや、チビって。決勝進出者見てみ?お前から見たら全員チビじゃねぇか。


「四回戦、謎の白ずくめの男ミスターホワイト対暴力上等デカイン!試合開始っ!」


 フェルの選手紹介に吹き出しそうになったわ。暴力上等ってなんだよ。


 さて、どうすっかな?こんなでかい奴を相手にしたことはねぇぞ。あぁ、魔物相手ならあるか。


「俺はジャイアンのナンバー2のデカイン様だぁぁぁ!!一瞬で捻り潰してやらぁ!!」


 デカインは上級トリプル身体強化バーストをかけると、その巨体に似合わない速度で真正面から突っ込んできた。

 なるほど、そういうタイプか。見た目通りだな。それなら……。


「"無重力状態ゼロ・グラビティ"」


 俺は即座に重力属性の一種ソロ初級魔法シングルを発動すると、全力で後退した。一瞬呆気にとられていたデカインも、すぐに俺の後を追ってくる。


 逃げる俺に追うデカイン。スピードはあちらが上。走りながら振り上げたデカインの拳が俺めがけて振るわれる。


「そこまで!勝者、ミスターホワイト!」


「はぁ!?」


 デカインは寸前で拳を止めると、フェルの方に目を向けた。どうも判定に納得がいっていないらしい。


「下を見てみろ、デカブツ」


「なに?…………あっ」


 夢中で俺の事を追っていたデカインの足は地面についていた。つまり場外。はい、俺の勝ち。


 俺はゆっくりとリングに戻ると、さっさと控え場に戻っていった。

 なんか、めちゃくちゃブーイングが聞こえるんだが、勝ちは勝ちだ。誰にも文句は言わせない。


 でも、もう少し控えめにいって欲しい。俺のガラスハートが今にも砕け散りそうだわ。


「ルール上全く問題ないとはいえ、もう少し派手な戦いが見たいよね。まぁ、ミスターホワイトには次期待しよう!」


 フェルが俺にとどめを刺す。うるせぇな!次はちゃんとやればいいんだろ!


「これでベスト4は出揃ったね!じゃあ間髪入れずに準決勝やっていくよ!」


 俺の戦いのせいで若干白けていた会場が、フェルの一声で再び熱気を取り戻す。つまんない戦いしてどうもすいませんでしたね!


「準決勝一回戦のカードは、見事な魔法陣の腕前を披露し、その小さな身体に確かな実力がある事を示した悪魔族メフィストのアルカ!!」


「よ、よろしくお願いします!」


 アルカが少し緊張したように頭を下げると、会場から割れんばかりの声援が聞こえてきた。アルカは俺と違って人気者だな〜(白目)


「やっぱり魔王軍指揮官の娘は只者じゃなかったって事だね!対するは、一年前とはまるで別人!鍛え上げられた肉体は岩をも通す、魔人族オークのタバニっ!!」


「戦闘態勢に入りますっ!!」


 ビシッと敬礼をすると、こちらも負けず劣らずの声援。アルカのより、少し野太い声が多い感じだな。つーか、あいつまた肉体が逞しくなってないか?上位種族のオーガよりもやばい身体つきしてんぞ?


「それじゃあ準決勝一回戦始めるよ!……試合開始っ!!」


 アルカが相手の出方を伺うように構える。対するタバニは自慢の槍を持ったまま不動の構え。


 次の相手はタバニか……こいつは一回戦の戦いを見た感じ、ゴリゴリの近距離タイプと思わせて、魔法も使えるんだよな。槍捌きも目を見張るものがあったし。これはかなり苦戦しそう───。


「アルカ様は我が心の師、クロ指揮官の娘であります!そのような子に刃を振るうなど軍人にあるまじき行為っ!!」


 ……はい?


「私は兼ねてより噂に聞いていたクロ指揮官の宝にお会いできただけで、恐悦至極の境地でありますっ!!感涙によって前を見ることもままなりませんっ!!」


 マジで泣いてんだけど。なにあいつ怖い。


「よって、ここは我が身体をもって、アルカ様に勝利を捧げる次第でありますっ!!」


 えっ、ちょっと待って。お前軍人じゃないだろ?ただの牧場のおっさんだろ?


 タバニは大きく後ろへと跳躍し、リングの外に身体を投げ出した。アルカを始め、会場にいる誰もが口をぽかんと開けている。ギーだけは頭に手を当て、首を左右に振った。


 そんな中、フェルは呆れたような表情を浮かべ、アルカの方に手を向ける。


「……勝者、アルカ。ただ、タバニは後でクロと話をしてもらうね」


「我が生涯に悔いはなしっ!!クロ指揮官もわかってくださる!!」


 タバニは達成感に満ちた表情で、握り拳を天に掲げた。うん、お前は後で懲罰房行きな。

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