第105話 バトルロイヤルで一人の奴に集中して襲い掛かると、大方返り討ちにあう
聡明な諸君はもうお気づきかな?そうです、このミスター・ホワイトはイケメン指揮官のクロムウェル君です。
なんでこんな面倒くさい大会に参加しているかだって?すべてはアルカのためなのです。
アルカが戦いにおいて慢心しないよう、強敵が集まるこの大会に参加させたって話はしたな。だが、もし万が一、そんなことはないと思うが、アルカが苦戦せずにこの大会を勝ち抜いてしまったらどうなるだろうか?アルカの慢心は増長され、敵を侮るような
というわけで、俺がこの大会に参加したのは保険だ。アルカが戦いに敗れた段階で、俺はさっさと棄権する。大事なのはアルカが苦戦し、真剣に戦いに臨むようになること。
この話をしたらセリスは渋々協力してくれるって言ったからな。俺はセリスの幻惑魔法により、クロであることが認識できないようになっている。
この衣装も、闘技大会のためにウンディーネのレミに作ってもらった自信作だ。いつも黒いコートを着ているから、白い衣装を纏えば俺だってバレないだろ。
さて、と。地下闘技場にやってきたけど……すげーなここ。めちゃくちゃ広い。
地下フロアすべてが闘技場になっていやがる。半径三十メートルほどの石レンガで出来たリングが合計八個。なんか土地の無駄遣いのような気がしないでもない。
番号札の後ろにアルファベッドが振られているんだったな。俺のはGか……確か、アルカはAだったな。予選は当たらずに済んだか。
俺はここでも注目を浴びながら、Gのリングへと足を進める。みんなめちゃくちゃこっち見てくるな……この衣装、そんなにカッコいいのか?俺は嫌いじゃないけど。
昨日のうちにセリスから闘技大会のルールは確認したからバッチリ頭に入ってる。この大会は本選と予選があって、それぞれルールが違うんだってよ。
まずは予選は完全にバトルロイヤルの試合形式らしい。それぞれ参加者はグループ分けされて、その中で勝ち残ったやつが本選へと進めるんだよ。
この会場にいるのは百五十人くらいか?つーことは一つのリングに二十人弱は来るってことだな。
俺がGのリングに上がると、そこにいる奴らの敵意が一気に集中する。おいおい、バトルロイヤルだぞ?なんか全員俺のことを狙おうとしてねぇか?それともこの衣装が羨ましいのか?
俺が対戦相手達を眺めていると、審判役の魔族が各リングに現れる。
「ルールは単純、リングの外に出るか、戦闘不能になったら失格。相手を死に追いやっても失格になります」
いやー、みなさん審判の話、聞いてます?完全に俺のことを亡き者にしようとしている目をしているんですが、それは?なんか俺、悪いことしましたっけ?
「それでは闘技大会予選、Gグループ……はじめっ!!」
その声と同時にリングにいる魔族達が一斉に襲いかかってきた。
「まずはあのいけすけねぇ白いやつをぶっ殺せっ!!」
「あの野郎はみんなのアイドル、セリス様のお気に入りらしいぞっ!!」
「生かしちゃおけねぇ!!」
……ここでも大人気ですね、セリスさん。っていうか俺はいつからあいつのお気に入りになったんだ?
俺は
うーん、見た感じ俺みたいに集中攻撃を受けていないようだな。つーか、むしろ誰もアルカに向かっていないような……。まぁ、そうだよな。俺も同じグループにあんな幼い子がいたら攻撃できんわな。
でも、アルカのあの表情は……やばいな。全然相手にされないから完全に不貞腐れている。
アルカはトコトコとリングの中央に歩いていくと、一気に魔力を練り上げた。そして、一瞬で自分の周りに巨大な魔法陣を四つ出現させる。あっ、これは終わったわ。
俺は目を逸らし、遠くに聞こえる絶叫を聞こえないふりをしながら、自分に向かってくる相手に目を向ける。
「コイツからセリス様を救いだせ!!」
「セリス様はみんなのものだ!!」
「指揮官の野郎とばっかりいちゃいちゃしやがって!!」
……こいつらセリス様セリス様うっせぇな。なんかイライラしてきた。特に最後の奴、顔覚えたから、クロに戻った時には覚悟しておけよ?
俺は風属性の魔法陣を組成する。突然現れた
「今更驚いてもおせぇよ」
無詠唱で放った
俺は誰もいなくなったリングを見ながら軽く息を吐いた。ふぅ、うっとおしいやつらを掃除できたな。人の秘書に憧れてんのは勝手だが、八つ当たりしてんじゃねぇよ。
一緒に飛ばされた審判は慌ててリングに戻り、困惑した表情で俺に手を向けた。
「じ、Gグループ勝者、ミスターホワイト!!」
俺はゆっくりとリングを降りていくと、チラリとAグループの方を見やる。なにやら黒焦げになった魔族がたくさん転がっているのが目に入った。
うん、見なかったことにしよう。
*
魔王城、屋外闘技場。
千人以上の魔族が収容可能である闘技場であるにもかかわらず、今やここは空いている席が見つからないほど魔族達で埋め尽くされていた。
誰もが、これから現れるであろう予選突破者達の激戦を待ち望んでおり、場内は異様な熱気に包まれている。
そんな闘技場の特等席とも言える場所に、それぞれの街の長達が集まる幹部席が設けられていた。
「そろそろ来る頃だろ?なんだかんだで楽しみだな」
「うちの子達は大丈夫かしら。怪我とかしてないわよね」
ギーが楽しげな口調で言うと、フレデリカは不安そうに手を頬に当てる。
「闘技大会だから怪我なくなんてのは厳しいだろ。まぁ、死にはしねぇよ」
「……さて、どんな八人が来ることやら……」
「今年は予想がつきませんね。ダークホースが多そうでしょうし」
ど本命の台風の目がいますからね、とセリスは心の中で付け足した。
「そうだよなー、アルカも勝ち上がってればいいけど……おう!ゴブ衛門!こっちこっち!」
ギーが場内を歩いていた売り子を呼び寄せる。ドテドテとやってきたのは沢山の食べ物や飲み物を持った太っちょゴブリンだった。
「は〜い!ギー様、何か欲しいものありますか〜?」
「たこ焼きとビールくれ!」
「毎度ありがとうございま〜す。他の方は何かありますか〜?」
ゴブ衛門はギーにたこ焼きとビールを渡しながら、他の幹部達に目を向ける。
「私はポップコーン頂戴。あと、トロピカルジュース」
「私はアイスティーをください」
「……焼き鳥を頼む……塩で……」
「はいは〜い」
ゴブ衛門は慣れた手つきで注文を捌いていく。そんなゴブ衛門にセリスは感心したような目を向けた。
「商売熱心ですね」
「そうですよ〜。僕たちみたいな新参者は〜こういうところでお客さんに覚えてもらわないといけませんから〜」
「おぉ、感心感心!それでこそ俺のいきつけの店だ」
ギーが熱々のたこ焼きを頬張りながら言うと、ゴブ衛門は照れたように頬をかく。
「なんだかんだ今の生活は楽しいですからね〜。ゴブ太とゴブ郎もクロ吉には感謝してま〜す」
「……そうか……」
ボーウィッドが頬を緩めた。自分とクロの我儘で始まった酒場の計画を、当事者達が楽しんでくれていることが嬉しいのだろう。
「ふんっ!くだらねぇ!」
そんな穏やかな空気をぶち壊すような言葉。皆が目を向けると、隣にいたライガが気に入らなさそうにゴブ衛門を睨んでいた。
「どいつもこいつもクロクロクロ!いつから魔族共は軟弱な人間に媚びへつらうようになったんだ!?情けねぇったらねぇぜ!!そもそもあの野郎はどこにいやがんだ!?」
「……クロ様は所用により、席を外しております」
「けっ、特別扱いかよ!気に入らねぇ!普通は参加するだろうが!あまりにも魔族が集まってるから怖気付いたか?」
「ライガ様も何か食べますか〜?」
ゴブ衛門はライガの罵声を一切無視して、いつもの調子で話しかける。だが、ライガはその目を鋭くさせた。
「いらねぇよ。クソ人間の息がかかった奴の飯なんか食えるか!」
「そうですか〜」
ギーとボーウィッドが今にもポップコーンを投げつけそうになっているフレデリカを抑えつけている中、ゴブ衛門はのほほんとした笑みをライガに向けた。
「こちらも脳筋野郎の口に合う料理は持ち合わせていないのであしからず〜。次は生肉でも用意しておくので楽しみにしていてくださ〜い」
「なっ!?」
それだけ言うと、驚くライガを置いてゴブ衛門は脱兎の如く逃げ出した。それを見たギーが思わず吹き出す。フレデリカもすこぶる愉快そうに笑っていた。ボーウィッドとセリスですら、口角を僅かに上げている。
「どうなってやがんだ!?おい、ギー!!部下の躾がなってねぇんじゃねぇか!?」
「んー?俺はむしろ躾が行き届きすぎで、感心していたところだ」
「そうね。流石は巷で人気な店、『ブラックバー』の店員だわ。完璧な接客態度ね」
「てめぇら……!!」
ライガが憎々しげな視線を向けるも、二人とも全く気にせず、飄々としていた。そんな二人の態度に溜飲の下がらないライガが勢いよく立ち上がった時、ちょうどリングの中央にルシフェルが姿を現した。
「やーやー!わざわざ今日のために集まってくれた魔族のみんな!お待たせしちゃったね!ようやくこの闘技場で熱戦を繰り広げてくれるであろう、八人の戦士の登場だよ!」
ルシフェルの透き通るような声に呼応するように魔族達が歓声をあげる。完全に出鼻をくじかれたライガは舌打ちをしつつ、渋々自分の席に座った。
ルシフェルは観客の反応に満足そうな顔で頷くと、大きく両手を開く。
「さて!それじゃ、早速出てきてもらおうか!屈強な戦士諸君!」
その瞬間、ギギーっと重々しい音を立てながら闘技場の扉が開いた。そこから予選を勝ち上がった猛者達が入ってくる。
並み居る強豪退け、本選へと勝ち進んだ者達が精悍な顔つきで入場してくることを期待する観客達。
だが、その期待は物の見事に裏切られる。
先頭で入ってきたのは年端もいかない可憐な少女。満面の笑みを浮かべながら両手で元気よく手を振っていた。
動揺する観客達を見て、ギーは思わず苦笑いを浮かべる。
「何も知らなきゃ、そんな顔になるわな」
「おい!ありゃ人間が飼ってるガキだろ?どういうことだよ!?」
「……あそこにいるからには、勝ち残ったということじゃないですか?」
飼ってる、という言葉で眉がピクリと動いたセリスが、氷のような声で告げる。だが、ライガはセリスの怒りに全然気づいていない様子。
「はぁ?あんなガキが勝ち残るなんて、何かしら忖度があったとしか思えねぇな!」
ライガが鼻息荒く唸っているが、誰も相手にしない。ボーウィッドは静かに他の本選出場者を眺めていた。
「……巨人族一名、魔人族一名、デュラハン族一名、精霊族一名、獣人族二名、悪魔族……二名か……今年はバランスがいいな……」
「セリスの一押しの彼も勝ち上がってるじゃない」
「そうですね」
セリスはフレデリカに気のない返事を返す。アルカが勝ち残っているのであれば、当然クロも勝ち残るだろう。そういう作戦なのだ。よもや、幹部でもない魔族にクロを倒す術などあるはずもない。
「……随分感動がないわね」
「えっ?いや、喜んでいますよ?でも、彼の実力を考えれば予選突破は間違いないですから」
「ふーん……」
慌てて取り繕うセリスにフレデリカは訝しむような視線を向ける。セリスは逃げるように、フレデリカから顔を背けた。
「オレ様のところからは二人か……シェスカは当然として、ザンザが負けるとはな。セリスに良いところを見せたいって意気込んだいやがったのに」
「誰ですか、それは」
ライガの呟きに自分の名前が出たことで、不快感をあらわにしながらセリスが尋ねる。
「オレんとこにもお前のファンがいるんだよ。だが、実力は折り紙つきの男だ。あの予選を勝ち上がった中に、ザンザを破る実力者がいることは間違いない」
ライガはそう言いながら、獲物を見定めるような目を八人に向ける。ちなみに、セリス大好きザンザがクロの魔法で一瞬にしてやられたことを、ライガは知る由もない。
「じゃあ、早速一回戦を始めるよ!それ以外の選手は後ろの控えに下がって!」
ルシフェルの言葉に従い、最初に戦う二人以外、観客席のすぐ下にある控え場に移動する。それを確認したルシフェルは、幹部席の対面に置かれている豪華な椅子まで転移し、悠然と腰掛けた。
「本選の審判は僕がするから!ルールは相手を戦闘不能にするか、リング外の地面に落としたら勝ち!殺したらダメだよ!あと、リング外に出ても、地面につかずに戻ってきたらセーフね!それ以外はなんでもあり!武器も魔法も使い放題だよ!」
最終的なルール確認を終えると、ルシフェルは闘技場に立つ二人に目を向ける。
「一回戦、魔王軍指揮官の秘蔵っ子アルカ対寡黙な黒騎士ギッシュ!……試合開始っ!!」
ルシフェルの言葉を合図に、今決戦の火蓋が切って落とされた。
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