10.俺が大事なモノを失うまで

第103話 自然なことが不自然なことだってある

 やってきました闘技大会当日。なんか朝から城の方が騒がしくてその音で起こされたんだけど、城の人達が闘技大会のために色々と準備をしているらしい。出店とか出るみたいだから最早お祭りみたいなもんだな。


 うちの娘も朝から絶好調。遠足前みたいにウキウキしていますよ。これから戦いに行くっていうのに。どんだけ戦いたいんだよ。


「なんだか嬉しそうだな」


「んー?そうだよ!これから強い人達と戦えるんだもん!すっごい楽しみ!」


 朝ごはんの卵焼きを頬張りながら、はしゃいだ様子のマイエンジェル。アルカよ、世の中にはもっと楽しいことがいろいろあるんだよ?そのうち「つえぇ奴前にすると、アルカ、ワクワクすっぞ!」とか言い出しそうで、お父さん心配です。


 だが、今日の相手は魔物などではない。屈強な魔族達が武を競い合う大会なのだ。いくらこの年齢にして規格外の強さを持つアルカでも、一筋縄ではいかないだろう。そして、強敵と戦うことにより、アルカは大事なことを知るはずだ。そのために闘技大会なんていう、野蛮なものにアルカを参加させたんだからな。


「朝ご飯を食べたら城の入り口に参りましょう。そこで参加の受付をするみたいです」


「はーい!!」


 アルカは元気よく返事をすると、急いでご飯を食べ始めた。こらこら、そんな慌ててご飯を食べると、のどに詰まらせるぞ?


 俺は自分のご飯に箸を進めながら、さり気なくセリスの様子を覗う。


 あの日からいつも通りのセリスに戻った。上の空になることも、悲し気な表情も見せることなく、俺達と過ごしている。そんな自然なセリスが、不自然に感じるのは俺の思い過ごしなんだろうか?


 まぁ、セリスについて考えるのは全てが終わった後だ。とにかく今日は『アルカ、慢心王への道』を阻むべく、全力を尽くさなければならない。セリスにも作戦は話しているから、存分に協力してもらうぞ。


 この時、後回しにしないで、ちゃんとセリスと向き合っていれば、あんなことにはならなかったんだろう、と今になって思う。



 城の入り口は数多くの魔族達で賑わっていた。俺が姿を現すと、騒がしかった魔族達の間に一瞬だけ静寂が訪れる。向けられる視線は二種類。


 一つは親愛や憧憬といった類の視線。魔人族、精霊族、デュラハン族達から向けられている。


 そして、もう一つは嫌悪や憎悪といったもの。多分あいつらは悪魔族と獣人族だろうな。


 俺はどちらの視線にも気づかないふりをする。正直、注目を浴びること自体が面倒くさいんだよ。


 つーか、あれだな。いっつも中庭に転移してたから、何気にここにはほとんど来たことなかったな。やっぱり、魔王城の入り口だけあって、なかなか雰囲気出てるぞ、ここ。

 すっげーバカでかい城門があって、そこから石でできた幅広い階段が伸びてるな。それを下っていくと魔の森に続いてんのか。なんか魔の森と階段の間にだだっ広い平原みたいのがあるけど、あれはなんだ?


「あれはルシフェル様の趣味です。あそこには魔王城に攻めこむ狼藉を排除する、最後の刺客を配置するらしいです」


 久しぶりのエスパーセリス発動。なるほどな。やりたいことはわかるぞ、フェル。強力な中ボスと戦わなければラスボスへはたどり着けないってことだな。城へと続く長い階段の前に居座る猛者。中々に熱い展開じゃねぇか。


「わかってんな、フェルは」


「はぁ……私には理解できませんが」


 セリスが心底どうでもよさそうに息を吐く。相変わらず男のロマンは理解できない模様。


「パパー?早く受付したいよー!」


「ん?そうだな。さっさとアルカの受付を終わらせよう」


 うちの娘が待ちきれない様子なので、足早に城門に設置された受付へと移動する。


「あっ!指揮官様にセリス様!それにアルカじゃーん!おはようございまーす!」


「マキちゃん!おはよう!」


 何人かの女中さんに交じって受付に座っていたマキが俺達に声をかけてきた。アルカが元気よくマキの前に立つ。


「受付に来たってこと闘技大会に参加するってことですよね!セリス様ですか?それとも指揮官様?」


「いや、俺は参加しない」


「私もです」


「アルカが参加するんだよ!」


「へっ?」


 マキが目を丸くしながらアルカの顔を見た。少し悩んでいたようだが、参加者名簿にアルカの名前を書き入れる。


「アルカみたいな小さい子は普通危ないから参加させないんだけど、アルカなら大丈夫だよね」


 ふむ、やっぱマキに受付を頼んで正解だったかな?こいつは一度、朝の稽古に参加してアルカの実力を目の当たりにしているからな。アルカが参加するって言っても、そこまで変には思っていないみたいだ。


「はい!じゃあ参加するアルカはこの番号札を付けて、そのまま地下闘技場へと進んで行ってね~」


「地下闘技場?」


 なんか初耳のワードが飛び出したんだが。ここに来たての頃に城の見学をしたが、そんな場所があるなんて聞いていないぞ?


「あー、指揮官様は知らないんですね。この城の地下には闘技大会の時だけ開放される広い闘技場があるんですよ!予選はそこで行います!」


 そういや闘技大会が観衆の目に晒されるのは本選だけだって言ってたな。予選はその地下闘技場とかいうところでやるってわけか。


「じゃあアルカ頑張ってね!アルカなら本選出場できるって信じてるから!!」


「うん!頑張る!」


 アルカはガッツポーズを向けると、俺とセリスに手を振りながら、城の地下へと歩いていった。さて、じゃあ俺は……。


「クロ!おは───」


「あは~ん!クロ様♡お会いしたかったです~!」


 俺が振り返ると、いつものようにフレデリカが……ってちげぇ!!こいつ、シルフのリリじゃねぇか!!

 リリが頬を赤らめながら俺の胸に抱きついてくる。その後ろには無表情のフレデリカの姿が。


「……ちょっとリリ?それはおかしくないかしら?」


「フレデリカ様が何をおっしゃりたいのかはわかりませんが、私とクロ様は赤い糸で結ばれていますので邪魔しないでください」


 リリが俺の胸に顔を擦りつけながら、フレデリカと火花を散らす。どうでもいいけど、俺から離れてからやってくれませんかね。


「ちょ、ちょっとリリ!?何してんの!?」


「あっ、クロ様じゃ~ん!おひさ~!」


「これはこれはクロ殿。調子はいかがでござろうか?」


 リリに遅れて、シルフの四つ子がこちらに飛んで来るのが目に入った。俺は手を上げて挨拶すると、張り付いているリリを迷惑顔で指さす。それだけで状況を察したララが、慌ててリリの身体を引きはがした。


「ああん、クロ様!」


「お騒がせしましたー!!」


「またね~」


「これにて失礼するでござる」


 そのまま、縋るような顔を向けてくるリリを掴んだまま、彼方へと飛んでいく。ララは地味に有能な子。


「おいおい、指揮官様はシルフまで手籠めにしちまってんのか?」


「……相変わらず兄弟は人気者だな……」


 おっ、この小馬鹿にしたような言い方と、渋い声色の奴らは……。俺が目を向けると、白銀の鎧と緑のパンイチがこちらに近づいてくるのが目に入る。流石に幹部の登場なだけあって、周りがざわついてんな。


「よぉ、ギー、ボーウィッド」


「……おはよう……」


「ん?アルカの姿が見えないが?」


 ギーが俺とセリスの側に目をやる。まぁ、一緒にいると思うよな。


「アルカは城の地下闘技場だぞ」


「まじか!?アルカって戦えるのか?」


「……アルカは強いぞ……」


 俺が答えようとする前に兄弟が答えた。え?なんでボーウィッドが知ってるんだ?アルカが戦っているところなんて見たことあったっけ?


「あら?ボーウィッドもアルカとクロの稽古を目にしたの?」


 フレデリカが尋ねると、ボーウィッドは首を左右に振った。


「……いや、アルカはアイアンブラッドによく遊びに来るんだが……その時にデュラハン達と手合わせしているのを見た」


 えっ……うちの子、コミュ力高いと思っていましたが、肉体言語も習得済みですか?つーか、そういうことは早く教えてくれよ、兄弟!!


「そ、そうなの?アルカって意外と武闘派なのね……」


 フレデリカがアルカの意外な一面を知って、顔を引き攣らせている。


「なら応援しがいがあるってもんだな」


「……街の者達の応援はしないのか……?」


「それは勿論するが……やっぱりアルカに肩入れしたくなっちまうだろ?」


「……ふっ、そうだな……」


「そうね。娘みたいなものだものね」


 ギー達はアルカの事を応援してくれるみたいだ。これはアルカも嬉しいだろ。


「そういや、クロ」


「ん?なんだよ」


「近々ゴブリン達の畑が収穫の時期を迎えるんだが───」


「まじでか!?」


 俺はギーの言葉に食い気味で反応した。ゴブリン達の畑っつーことは、俺が手塩に育てた作物達もあるってことか!?これはジッとしてなんかいられねぇぜ!!


「おい!ギー!それはいつだ!?当然、俺も参加していいんだろうな!?」


 俺が必死の形相でギーに詰め寄ると、なぜかギーは突然笑いだした。ついにとち狂ったか。ズボン一丁とかいうマジキチファッションなんかしてるからだぞ。


「なんだよ?」


「いや?なんでもねぇよ。やっぱ兄弟はこうじゃなきゃって思ってな」


 はぁ?意味わからん。つーか、ギーに兄弟呼びされるとなんか落ち着かねぇんだけど。兄弟の盃を交わしたからいいんだけどさ。


 おっと、そろそろ時間がやべぇな。俺は少し後ろで俺達の会話を見守っていたセリスに目配せをする。セリスは微かに頷くと、気づかれないようにこの場からいなくなった。よし、俺もセリスの後を……。


「な~に、クロ?セリスに合図なんて出しちゃって……逢引?」


 ぬわっ!フレデリカ!抱きついてくんな!つーか、合図だしたのバレバレかよ!くそが!


「と、とりあえず離れろ!俺は指揮官として大事な役目があるんだよ!!」


「ふ~ん?そうなの?」


 フレデリカの目は明らかに俺の言ったことを信じていない。まぁ、実際嘘だからな。俺は狼狽えながらフレデリカから離れると、その場で転移魔法を発動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る