第102話 他人の告白現場なんて見るもんじゃない
はい、俺です。絶賛、後悔真っただ中です。
キールをけしかけてから研究室で待ってたんだけど、そわそわが止まらなくてさ。結局、いてもたってもいられなくなって、二人の様子をこっそり見に行ったんだよ。ばれないようにかなり距離をあけていたから、会話の内容は全く聞き取れなかったけど。
とりあえず、雰囲気から察するにキールの告白はダメだったみたいだ。……それを知ってホッとしている自分がいる。最低だとは思うけど、俺だって自分の気持ちには嘘がつけない。
で、なんで後悔しているかというと……。
めちゃくちゃ出づらい。一人残ったセリスが醸し出す雰囲気があれすぎて、声なんかかけられねぇよ。今、ゆっくりと近づいて行ってんだけど、近づけば近づくほど無理ゲーな気がしてきた。やっぱりこのまま小屋へと転移しちゃおうかな?
「……盗み聞きなんて趣味が悪いですね」
セリスの近くにある木の影に隠れていたら、声をかけられてしまった。ってか、ばれていたんですかそうですか。俺は極力平静を装いながら、セリスのもとへと歩み寄っていく。
「あー……いや、あれだ。散歩してたんだ」
「人の屋敷の前をですか?」
「まぁ、そんなところだ」
どんなところだよ。きょどりながら人の家の前を歩いているとか、完全に不審者じゃねぇか。
俺の言葉が面白かったのか、セリスは一つ笑みをこぼす。
「今度はクロ様で間違いないみたいですね。そんな馬鹿な発言をする人は他にいません」
「……すげー納得いかねぇわ」
俺がジト目を向けるが、セリスは澄まし顔でこちらを見ていた。……少し雰囲気が変わったか?
「……ここで待っていれば、犯人が必ず顔を出すと思っていました。なんとなく、あなたが私の所に来るように促すと思ったので」
なんだそれ。今回は偶々だぞ?あいつが、セリスの事が好きなくせに意地張ってるから、イラっとしただけだ。そうじゃなかったら、絶対セリスの所になんか行かせなかったぞ。
「その賭けは分が悪いとしか言えねぇよ」
「ですが、それでも私は勝ちましたよ?」
ぐっ……。た、確かに。結果だけ見れば、俺はキールをセリスのもとへと送り、セリスは来ると思っていた犯人が来たのだから。
「正直、キールが私の所に来たときは戸惑いました。……彼はそんなことをするような人じゃないと思っていましたので」
普段のあいつなら、な。でも、セリスが絡むとあいつは普段のあいつじゃいられなくなっちまう。……人間の俺が近くにいるならばなおさらだ。
「ですが、同時に納得もしました。すさまじく高度な幻惑魔法を用いなければ叶わないことなので、彼にならば可能だ、と」
「……あいつは幻惑魔法の使い手として超一流だったよ」
「えぇ、そうですね。そして、キールは私の幼馴染です。……そんな彼があなたに迷惑をかけたこと、本当に申し訳なく思っています」
セリスがそのまま頭を下げようとしたので、なんとなく俺はその額を人差し指で押さえつけた。
「……何をしているんですか?」
セリスが不服そうな顔でこちらを見てくる。
「お前は謝りすぎなんだよ。それに今回は俺がこうなることを望んだって節があるからな」
「こうなることを……?」
セリスの瞳に困惑の色が滲んだ。まぁ、そういう顔になるわな。普通に考えたら、キールが無理やり俺を陥れたと思うだろうし。最初はそんな感じだったけど、入れ替わってからは、俺はキールの心を尊重したんだ。
「……確かに不思議には思っていたんですよね。クロ様が、いくら幻惑魔法の天才が相手とはいえ、後れを取るはずがないと」
それは買い被りだぞ、セリス。お前がリーガルの爺さんと話し込んでいる間、ほいほい地下室を訪れた俺は、幻惑魔法によって眠らされて、そっこー入れ替えられたんだからな。まじ油断しすぎて笑えねぇ。
「一体なぜこんなことをしたんですか?」
セリスが不思議そうな顔を俺に向けてきた。
なぜかって?
決まってんだろ?
あいつが俺と同じ気持ちを抱いていたからだよ。
そして、俺が抱いている気持ちが何なのか、あいつが教えてくれたからだよ。
俺が、どうしようもないくらいセリスの事が好きだってことをな。
……そんな大切なことを教えてくれた相手を、無下にできるわけねぇだろ。
とは言っても、この気持ちはまだ伝えることができないんだけどな。キールに偉そうに言っておきながら、マジで情けないと思う。だけど、もう少しだけ時間をくれ。覚悟が決まったら、ちゃんとお前と向き合うから。
俺がおでこから指を放すと、セリスの肩にそっと手を置き、転移魔法を発動する。そして、次の瞬間には城の中庭へと移動していた。
「いやー、一日あけただけだが、随分懐かしく感じるな」
「ちょ、ちょっとクロ様!?まだ話は───」
「セリス」
俺はセリスに背を向けたまま、その言葉を遮ぎるように名前を呼んだ。
「お前の両親、人間に殺されたんだってな」
「っ!?!?!?」
後ろでセリスが息を呑むのを気配で感じる。ギーとリーガルが言っていた、セリスが人間を憎む理由。俺がキールになったことで知った事実。……なんとなく予想はついていたけどな。
「そりゃ、最初あんな刺々しくもなるわな。自分の親を殺した敵の種族が魔王軍に入ってきたんだから」
「…………」
俺は振り返るとセリスの顔を見つめた。その顔には驚きと、なぜか悲しみが浮かんでいる。両親の事を思い出してでもいるのか?
「悪かったな、俺達人間がよ」
「……クロ様が謝ることではありません」
セリスの声は驚くほど震えていた。声だけじゃない、身体も寒さに耐えるようにブルブルと震えている。
多少は驚くかとは思ったが、こんなに動揺するとは思わなかった。ちょっとその反応に俺は面食らっちまってるぞ?
「いや、まぁ、身内の責任だからな。当事者は謝れないだろうし……」
「それでも、クロ様が謝る理由にはなりませんっ!!」
突然、大声を上げたセリスに固まる俺。その時、セリスの声を聞きつけたのか小屋の扉が勢いよく開いた。
「パパッ!!」
その声に、俺とセリスが同時に顔を向ける。と、その瞬間目に涙を浮かべたアルカが俺の胸に飛び込んできた。
「パパッ!!パパッ!!」
アルカが叫び声を上げながら、俺の胸に顔をうずめてくる。呆気に取られていた俺だったが、フッと笑みを浮かべるとアルカの身体を優しく抱きしめた。
「アルカ……」
「もうっ!急にいなくなっちゃ嫌だよっ!!」
正確には中身キールの俺はいたんだけどな。アルカにとってそれは俺じゃないらしい。
セリスが微笑みながら俺達に近づいてくる。
「アルカをこんなに不安にさせるなんて、父親失格ですね」
セリスは俺に抱かれているアルカの頭に手を伸ばし、愛でるように撫でつけた。セリスの言う通りだな。俺はアルカの事を何にも考えていなかった。
「ごめんな、アルカ」
「アルカのパパはパパじゃなきゃ嫌なのっ!いくら似てても、他の人はアルカのパパじゃないんだから!!」
上目づかいで顔を上げたアルカの目から涙を拭ってやる。本当に、狂おしい程愛おしい子だよ、アルカは。
「さぁ、アルカも待ちくたびれていることでしょうし、ご飯にしましょうか」
さっきまでの雰囲気が嘘のように、いつもの調子に戻ったセリスが俺達に言うと、小屋へと歩いていく。そして、家の扉まで行くとこちらに振り返った。
「アルカは何が食べたいですか?今日はアルカが好きなものを作りますよ?」
本当に何事もなかったかのように振舞うセリス。
俺はアルカを抱きながら、そんなセリスに違和感しか感じていなかった。
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