第98話 娘に嫌われるのは男親の宿命
「はぁ……」
朝っぱらからこんな不景気なため息を吐くのは誰かって?俺だよ。悪かったな。
アルカがねぇ、もうシャレになってないんだよ。
昨日の夕飯時、口もきかない、目も合わせない、おまけに話しかけても全部無視。
今朝に至っては朝食に顔も出さなかった。
こんなこと今まで一度もなかったのに……もう死んでしまいたい。
一方セリスは憎たらしいほど平常運転。アルカの部屋に朝ご飯を持っていったと思ったら、今は俺の隣で本を読んでやがる。こいつなんかに悩んでなかったっけ?
「あー……アルカが不良になってしまった……」
「そうですね」
こちらに目も向けずに素っ気ない返事。俺様ムッとしちゃったぞ。
「なんだよその態度。アルカがこうなった原因を探ろうとは思わないのか?」
「原因、ですか……」
セリスは読んでいた本を面倒臭そうに閉じると、俺の方に目をやった。
「それなら原因を解明しに行きましょうか?」
「ん?なにか心当たりでもあるのか?」
「えぇ、多少は」
セリスはおもむろに立ち上がると、小屋の扉に手をかける。
「何をしているんですか?さっさと行きますよ」
「行くってどこにだよ?」
「そうですね……アイアンブラッド、デリシア、あとはフローラルツリーですかね?」
全部俺が行ったことのある街だな。そこにアルカがこうなった原因があるっていうのか?皆目見当がつかねぇけど、セリスは至って真面目な感じだし、とりあえず行ってみるか。
俺は椅子にかけていた黒いコートを羽織ると、セリスの後について行った。
*
セリスの言う通りアイアンブラッドにきた俺だったが……。
「どこにアルカがグレた原因があるんだ?」
「さぁ?」
「いや、さぁ?じゃねぇよ!」
えっ、もしかして適当なこと言われた?もしそうだとしたら、この女悪魔すぎる。
「とりあえずゴブ太さん達の所にでも行けばいいんじゃないですか?」
「とりあえずって……」
まじでセリスの目的がわからん。無駄足な感じが否めないんだが。とはいってもセリスは俺をからかっている様子じゃねぇしな。そもそも、嘘をついたとしてセリスになんもメリットはない。だから、原因はなくとも手がかりくらいはあると思うんだが。
それにしてもゴブ太の所か……。
「あいつらやかましいから、面倒臭いんだよな」
「…………」
俺の呟きには答えず、セリスはスタスタと先に進んで行く。仕方がないので、俺もその後を追った。
「あっ、クロ吉とセリス様でやんすー!」
俺達が店に着くと、すぐにガリゴブリンのゴブ郎が駆け寄ってきた。相変わらず馴れ馴れしい奴だな、本当。
「こんにちは、ゴブ郎さん」
「よぉ」
俺が手を挙げて挨拶するが、ゴブ郎の視線はセリスに釘付けだ。仮にも俺は魔王軍の幹部なのにこの扱いの差はなんだってんだ。
「ランチを食べにきたでやんすか?」
「いや、ここの飯になんか興味ねぇ。アルカが反抗期になったから、その原因を探しにきたんだ」
「……なんかとは随分な言い草でやんすね」
ゴブ郎が俺にジト目を向けてくる。なんだよ、その目は。今は緊急事態なんだっつーの。こんなところで飯なんか食ってる場合じゃねぇんだよ。
「ここはご飯を食べるところでやんすから、アルカの原因はなんてあるわけないでやんす」
「ちっ……まぁ、最初からそんな気はしていたがな。セリス、次行くぞ」
やっぱり無駄足だったじゃねぇか。ゴブリン達と会話したところでわかるはずなんてねぇんだ。
俺はさっさと店を出て行こうとしたが、セリスはその場から動こうとはしなかった。
「おい、セリス」
「……この店を見て、何か思いませんか?」
は?何を言ってるんだ、こいつは。俺は怪訝な表情を浮かべながら店内を見渡す。昼だからか、デュラハン達で賑わっていた。だが、ここはアイアンブラッド、デュラハン達がここで飯を食っていても何もおかしいことはない。
「別に。鎧達が飯食ってるだけだろ」
俺の言葉にゴブ郎は心底驚いたようだったが、セリスの表情は一切変わらない。つーか、なんでゴブ郎は驚いてんだよ。意味わからん。
「……鎧、か……」
後ろから重低音の声が聞こえた。俺が振り返ると、白銀の鎧達、この街の長であるボーウィッドが佇んでいる。
「おっ、ボーウィッドじゃねぇか!兄弟もここに飯を食いにきたのか?」
「……あぁ、ここは俺のお気に入りの店だからな……」
ん?なんか心なしか兄弟から距離を感じるんだが?
「そうかそうか!まぁ、店員の接客態度が最悪なのを除けば、そこそこ食える店ではあるからな」
俺の言葉を聞いたゴブ郎が眉を釣り上げた。
「ムキー!なんなんでやんすか今日は!」
「あ?なんだよ?」
「随分失礼なことを言うじゃないでやんすか!」
「事実を言っただけだろ?ゴブリンのくせに指揮官の俺に歯向かうのか?」
俺が顔を真っ赤にして怒っているゴブ郎に白けた目を向けると、ボーウィッドが大きくため息をついた。
「……街の中での諍いは長として見過ごすわけにはいかない……悪いが指揮官殿、今日のところはお引き取りを……」
「は?指揮官殿ってなんだよ。らしくない呼び方すんなって」
「……申し訳ないが……」
ボーウィッドが深々と頭を下げてくる。怒り心頭だったゴブ郎は兄弟に謝ると、俺を一睨みしてから店の奥へと入っていった。なんだよ、それ。
「どう考えても、あいつが悪いだろうが……」
愚痴るように言うが、ボーウィッドは一切反応を示さない。俺は怒りに顔を歪め、ゴブリンの店を後にした。
「……セリス……」
「……説明は後ほど。今は次の街に行かなければなりませんので」
「……承知した……」
そんな会話が繰り広げられていたなんて、俺は一切知る由もなかった。
*
次にやってきたのはフローラルツリー。ここにいるのはフレデリカか。昨日はあっちから来てくれたんだが、今日は俺の方から尋ねるとは思わなかったな。
ってか、大丈夫か?セリスとフレデリカを引き合わせると、確実に俺が憂き目にあうだが。
とりあえず部屋に入ってみっか。
「うぃーす。フレデリカいるか?」
「あら?クロじゃない!昨日会ったばかりなのに、来てくれたの?」
予想通りの展開。フレデリカは俺の姿を捉えると、遠慮なく抱きついてきた。俺はその柔らかな感触を楽しみながらも、セリスの様子を伺う。
「…………」
驚くほどの無反応。なんなら退屈さすら感じるぞ?どういうことだ、これ?
フレデリカも俺に抱きつきながら、セリスの方に目を向ける。
「昨日みたいに上の空……って感じじゃないわね。まさか例の件で諦めがついたってこと?」
「……いえ、そういうことではありません」
「……そうよね。そう簡単に気持ちは変えられないはず」
フレデリカは眉を顰めながら、俺から離れていく。……残念だなんて思っていない、断じて!
「それで?今日は何の用で来たの?」
おっと、フレデリカの魅力にかまけて大事なことを忘れるところだった。
「実はアルカが反抗期を迎えてな。セリスがいろんな街を巡ればその原因がわかるっていうからさ」
「へー……そうなの?」
フレデリカが俺の言葉を聞きながら、セリスに視線を移す。だが、セリスは相変わらず興味がなさそうにその場に立っているだけ。
「まったく話が見えないわね」
「まぁ、そうなるよな」
正直な話、アルカに起きた異変の原因がアイアンブラッドだったり、ここフローラルツリーにあるわけがないんだよ。言われるがままにほいほいついてきた俺が言えることじゃねぇけどな。
「っていうか、昨日は仲良く稽古をしていたじゃない」
「いや、そうなんだけどさ。昨日の夜からアルカが口をきいてくれないんだよ」
「アルカが口をねぇ……どう考えてもクロが何かしたとしか思えないのだけれど?」
そうなんだよなぁ……。あの見た目も中身も天使なアルカが突然あんな風になるなんて、やっぱり気がつかないうちに俺が怒らせちまったんだろうな。
「なんなら私がついていって一緒に謝ってあげましょうか?」
フレデリカが色っぽい声をあげながら、俺の顎をスーっと指でなぞる。いやー、是非ともお願いしたいところです。そして、エロさが増していてとっても素晴らしいです。
「うーん……」
俺がデレデレと鼻の下を伸ばしていると、なにやらフレデリカは腑に落ちていない様子。
「なんか張り合いがないわね」
あぁ、セリスの事か。確かに、フレデリカがこんなにボディタッチをしてるにもかかわらず、眉一つ動かそうとしないんだからな。以前ならすぐにでもフレデリカとバトルが始まったっていうのに。
「何か変な物でも食ったんじゃないのか?」
「違うわよ。……セリスもそうだけど、今はクロのことを言ったの」
へっ?俺?
「いつもと反応が違うっていうか、もっとドギマギしているクロを見るのが楽しいのに」
「十分ドギマギしてるっつーの」
こんな美人に詰められてんだ、ドギマギしないようなやつは男じゃねぇ!
それでもフレデリカは納得できないらしく、自分の顎に手を添えながら難しい顔をしていた。
「……とにかく、アルカが変になった理由なんてわからないわ。力になれなくてごめんなさいね」
「あー、気にすんな。俺もここに来てそれが分かるなんて思ってなかったし」
こうなったら直接聞いた方が早いんじゃないだろうか。でも、なんとなくセリスの身体から逆らえないようなオーラが出てるしなぁ。とりあえず大人しく言うことを聞いて。デリシアに行ってから、アルカ本人に聞いてみよう。
「忙しいところ時間取らせて悪かったな」
「別に忙しないから気にしないで。……あぁ、そうそう」
部屋を出ようとした俺をフレデリカが呼び止める。
「リリがクロに会いたがってたわよ?まったく、罪な男ね。せっかくだから顔を出してあげたら?」
「は?なんで?」
「えっ?」
フレデリカが目を丸くして俺を見ている。え?なんでそんな反応になるん?
「俺はフレデリカに会いに来たんだぞ?」
「いや、でも……」
「会いたいのはお前だけだ。それ以外はどうでもいいだろ」
うわ、今の台詞かっこよくね?こんなん言われたら誰だって俺にメロメロじゃね?
だが、フレデリカはメロメロになるどころか、俺を見る目をスッと細めると、すぐにセリスに鋭い視線を向ける。
「……どういうことよ?」
「さぁ……私にも詳しいことはわかりませんが、おそらくそういうことではないかと」
「……道理であなたがヤキモチ焼かないからおかしいと思ったわ。てっきりあのことが原因だと思ってたけど、それにしても興味がなさ過ぎたものね」
ん?何の話をしてんだ?あのことってどのことだ?
「なぁ、二人とも何の話をして───」
「悪いわね。急に忙しくなってしまったの。さっさと帰って下さる?」
「え?」
俺の言葉を遮るようにして告げられた言葉は、フレデリカの物とは思えない程冷たかった。初めて聞く声音に俺は戸惑いを隠せない。
「聞こえなかったかしら?この部屋から出て行ってって言ったのよ」
「な、なんだよ、藪から棒に」
声だけではなく、視線も態度すらも氷点下のようであった。なんだなんだ?一体何が起こったっていうんだよ?
「さぁ、フレデリカも忙しいって言ってるんですから、さっさとデリシアに行きますよ」
急変したフレデリカの様子にお構いなしで、セリスは俺の腕を引っ張り部屋を出ていく。そんな俺達には一瞥もくれずに、フレデリカは今までやっていた自分の仕事に戻った。
くそっ!なにがどうなってやがるんだ!アルカといい、ボーウィッドといい、フレデリカといい、一体どうしちまったっていうんだよ!
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