第93話 忍び込むのに天井裏は鉄板
ブルゴーニュ家の当主と騎士団長が会談を行う日、俺とセリスは日が高くなりきる前に、昨日、目星をつけていた木が生えている塀の近くに来ていた。
正確にはセリスだけが塀の近くでうろうろしており、幻惑魔法をかけられた俺は、少し離れたところで様子を見ている。
今のところ異常なし。このまま、フローラさんが関与しなければいいのだが。
まぁ、そんなことはないよな。
セリスから少し離れた木陰に、緑髪の女の子の姿を捉える。多分、俺には気がついていないんだろうな。片時も目を離さずにセリスの方を観察している。
俺はフローラさんの方を警戒しながら、
「……”
極小の魔法陣から発動した魔法はセリスの目の前の地面に、小さな丸を描く。これは事前に打ち合わせしておいた合図。それを見たセリスは何気ない素振りで、ブルゴーニュ邸から離れていった。そして、それを追うようにフローラさんも移動していく。
とりあえず、ここまでは計画通りか。後は、俺がばれずに屋敷に侵入するのと、セリスが上手くやれるか、だな。
「“
俺は一番最初に覚えた重力属性の
周りを見回し、誰もいないことを確認すると、音を立てずにブルゴーニュ邸へと侵入した。
ふぅ……なんか庭で待機していた騎士達がやる気なかったおかげで、何とか屋敷の中までは入り込めたな。まぁ、敵襲もないだろうし、騎士団長と一貴族の会談の警備なんて気が乗らないのもしょうがないか。そもそも、その会談を盗み聞きしようなんて輩は普通考えられないしな。
さて、と。ここで問題が生じた。会談って一体どこでやるの?
ぶっちゃけ屋敷広すぎるし、応接室とかまるでわからん。ってか、そういう大事な話って応接室でやるんだよね?
やべぇよやべぇよ。せっかくセリスが囮を買って出たっていうのに……囮っていうのもおかしいか。フローラさんの気を引いてくれているというのに、「会談している場所が分かりませんでした、てへ」なんて日にゃ、幻惑魔法コース確定だ。昨日のゴロツキ共を思い出すと、それだけはマジで勘弁願いたい。
幸い、セリスの幻惑魔法のおかげで、俺の存在は極限まで認識しづらくなっている。チラって見られるくらいじゃ、見間違いだと思われるくらいにはバレない。だから、注意深く歩けば、屋敷の中を移動できる状態にはある。
かといって、屋敷内を闊歩するほど、クロムウェル君の神経は図太くないんだけどね!蜘蛛の巣まみれになりながら、絶賛天井裏を移動中。そして、目の前にネズミ捕りにかかったネズミを発見したところだ。
「まじでこんなことしている暇はないんだけどなぁ……」
俺はため息を吐きながら、ネズミを罠から解放する。こんな状況でも俺の動物愛護の精神は朽ちることはない。
「チューチュー」
なんとなくお礼を言っているように感じる。俺は笑いながら、ネズミの頭を指で撫でた。
「なぁ、チュー太。ここの当主様がいる場所知らないか?」
なーんて、ネズミに話しかけても無駄だよな。自分の突拍子もない行動に苦笑いを浮かべながら、会談の場を探す。と、移動しようとした俺の前にチュー太が立ちはだかった。
「チューチュー!」
俺の目の前で尻尾をフリフリすると、ゆっくりと天井を進んでいき、また尻尾を振った。もしかしてついて来いって言ってる?いやいや、ネズミだぞ?そんな知能を有しているわけが……。
それでも他に頼るものもないので、大人しくチュー太についていくことにする。
五分ほど天井裏をチュー太と共に進んでい来たところで、なにやら話し声が聞こえてきた。半信半疑で下を覗き込んでみた俺は思わず言葉を漏らす。
「まじか……」
そこには立派なソファに座り、話している二人の男の姿があった。一人は高貴な服を着ている男であり、もう一人は王都の紋章が入った立派な鎧を身に纏う男であった。
まさかネズミに助けられるとは……。俺は口パクでお礼を告げると、チュー太はドヤ顔を向け、そのままどこかへ消えていった。まじチュー太イケメン。
なんとかチュー太のおかげで、会談をしている部屋の天井裏に潜り込めた俺は、二人の会話に耳を傾けた。
*
「遠路はるばるご苦労であった」
「いやなに、大した距離ではない」
ブルゴーニュ家当主、ダビド・ブルゴーニュの労いの言葉に、騎士団長であるコンスタン・グリンウェルが笑顔で返す。
「さて、お互い子供の話でもしたいところであるが」
「あぁ、そんなに時間はとれないんだ」
コンスタンの言葉を聞き、ダビドは豊かに蓄えられた髭をなぞった。
「話の内容はわかっている。うちのバカ息子の件だろう?」
「その通りだ。単刀直入に言うと、城の中でアベル・ブルゴーニュが勇者であることを疑問視する声が上がっている」
「相変わらず歯に衣着せぬ物言いだな、コンスタンよ」
「回りくどい言い方は好かんのでな」
「ふっ、お前らしいというものよ」
ダビドは笑いながら、テーブルに置いてあるお茶に手を伸ばす。
「王都ではその反勇者の連中が、勇者とは別の戦力を作り出そうとしている」
「別の戦力?」
「あぁ。詳しくは我々騎士団の者には伝えられていないが、噂では古代兵器に関係しているらしい」
「古代兵器……禁忌の力か」
「なりふり構ってはいられぬ状況なのだろう」
コンスタンの話を聞いたダビドの表情が険しいものとなる。コンスタンも決して明るい表情をしていなかった。
「嘆かわしいことだ。いくら魔族を滅ぼすためとはいえ、そのような力に頼るとは」
「ダビドの言う通りではあるが、それによって平和がもたらされるのであれば、国民は喜んでその力に縋るであろう」
「……そうなれば、勇者の力は必要とされないということか」
ダビドの静かな声に、コンスタンは頷く。
「これまでの勇者達は、結果的には魔族に勝てなかったものの、それでも数々の功績を残してきた。だが、アベルは……」
「言うな。愚息については私が一番よく分かっている。……あいつは勇者の名にかまけて、女遊びばかりを繰り返しているのだからな」
ダビドは深々とため息を吐いた。
「……本音であればアベルではなく、娘のフローラが勇者を受け継いでくれればよかったのだが……前勇者が没したとき、あの子はまだ幼すぎた」
「それに関しては同意せざるを得ない。ダビドの娘についてはエルザからも話を聞いている。中々に優秀な魔法陣士であるらしいな」
「あぁ。あの子なら人柄も申し分ないのだが……ないものねだりをしてもしょうがない」
ダビドは切り替えるように頭を左右に振ると、真剣な目をコンスタンに向ける。
「騎士団長殿。信じられるかわからないが、何とかアベルを焚きつけ、近いうちに行動を起こすつもりでいる」
「それは……実現するのか?」
懐疑的な目を向けてくるコンスタンに対し、ダビドは少し自信なさげに首を縦に振った。
「今回はフローラの力も借りるつもりだ。あいつは私の言うことは聞かないが、妹の言うことは別だ。なんとかフローラにアベルを説得させてみせる」
「……わかった。その折には、このコンスタン隊が力を貸そう」
「それは助かる。ありがとう、友よ」
「気にするな、友よ」
コンスタンとダビドは笑みを浮かべながら、固い握手を交わした。
*
なるほどね。そういうことか。
アベルの野郎は一度だけ会ったことがあるが、中々に屑野郎だったことを覚えている。だけど、顔がいいから女がどんどん擦り寄ってたな。まじイケメンって得。
そいつが全然勇者としての働きをしないから、王都がしびれを切らしたってとこか。それで、アベルの父親と仲がいい騎士団長がわざわざそれを伝えに来た、と。
あの騎士団長って、確かレックスに興味を持っていた戦闘狂の先輩の父親だよな。あの人も中々に堅物だったけど、カエルの子はカエルだな。コンスタンさんも中々に堅そうだ。
あと気になったのは古代兵器がどうちゃらって言ってたやつだな。なんか太古の昔、人間が利用していたキカイって呼ばれる魔道具に似た兵器だった気がするが、残念ながらその授業は睡眠を強いられていたからな。
まっ、その辺はフェルが詳しいだろ。判断はあいつに任せよう。
さて、欲しい情報も手に入ったし、そろそろセリスの所に戻るかな。フローラさんとぶつかり合ったりしてないよね?
俺は一抹の不安を胸に、転移魔法により天井裏から脱出した。
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