第91話 酒場の親父は情報通

 翌日、再びアーティクルにやって来た俺とセリスは街にある酒場を訪れた。

 やっぱ情報収集は酒場に限るよな。なんでそうなのかは説明できないけど、なんとなくここだと情報が集まる気がする。酒飲んで口が軽くなる奴が多いからか?


 真昼間だというのに酒場には結構な数の客が入っていた。俺達が来ると、その視線が一斉に集中する。主にセリスに。


 とりあえず酒場の親父から話を聞くのが定石かな?昨日は本当に街を歩いただけだったけど、それでもフェルが言っていた違和感に心当たりがあるから、そいつを聞いてみるか。


 俺達がカウンターに座ると、酒場の親父はニヤニヤ笑いながら水を出して来た。


「お前さんらはこの街のもんじゃねぇな?」


「あぁ、よくわかったな」


「当然だろ。こんな別嬪さん、街に住んでいたら話題になっているからな。まぁ、既に噂にはなっているみたいだが」


 俺は水を飲みながらさりげなく店内を見回す。無遠慮で如何わしい視線がセリスの身体に向けられていた。頼むから勘弁してくれ。昨日からセリスの機嫌が悪いんだ。この酒場が血の海になっても俺は知らんぞ。


「なぁ、美人さんよ?なんか飲むかい?」


「……ではミルクをいただけますか?」


「かーっ!ここは酒場だぜ?酒を飲め酒を!あんたが酔って乱れる姿を見たい奴らがわんさかいるんだぜ?」


 親父、セリスが酔って乱れるのは宇宙の法則だ。ここにいる奴らにトラウマを植え付けたくはないだろ?


「親父、俺のツレは初めての街で疲れているみたいでな。あんまり構わないでやってくれ」


「そうなのか?そりゃ悪いことしたな」


 おっ、意外にも聞き分けがいいじゃねぇか。もっとセクハラちっくな質問とかバンバンしてくるかと


「それにしてもでかい胸だな!しかも張りがありそうだ!こりゃ、揉み応えありそうだぜ」


 えっ?俺の話聞いてた?構うなって言ったよね?なに、面白いこと言ったみたいな顔で笑ってんの?セリスが握っているグラスにヒビが入ってるの見えてない?


 このままだとまずい。大した情報を聞けもせず、この酒場が更地に変えられる。さっさと話を聞いてこっからおさらばしねぇと。


「そういや、昨日この街に来て思ったことがあるんだが、やけに騎士団の連中が多かないか?」


 俺は無理矢理話題を転換する。


 そう、これこそがこの街に来て俺が抱いた違和感。アーティクルの街は最南端に位置する王都から、かなり魔族領に寄った場所にある街。防衛のため常駐の騎士団の奴らがいるのは不思議ではないが、それでも数が多すぎる。王都にいる時よりも見かけたからな。


 親父は持ってあるコップを拭きながら、顔をしかめた。


「あぁ、そうなんだよ。奴らがこの街に来たのは最近のことだ」


 拭き終わったコップにミルクを入れ、セリスの前に差し出す。


「まったく困ったもんだぜ。あいつらが街中を我が物顔で闊歩してやがるから、街のゴロツキどもがこの店に来やがらねぇ」


「それは……いいことなんじゃねぇのか?」


「わかってねぇな。あいつらは確かにゴロツキだが、俺の店に金を落としてくれる立派な上客よ!夜は騎士団の奴らが安い酒一杯でいつまでもここに居座るから、こうやって昼間にしか来なくなっちまったんだ」


 はー、ってことは今周りにいるのはゴロツキですかそうですか。絶対面倒臭いことになるから、まじで早くこの店を出たい。


「騎士団の連中がこの街に来なきゃならないほどの悪党がこの街にはいんのか?」


「いーや、この街のことじゃねぇだろうな。奴らはブルゴーニュ家に用があるみたいだし」


 ブルゴーニュ家、今の勇者の家だな。となると目的は……。


「大方クソ魔族共を駆逐する算段でもたてにきたんじゃねぇのか?」


 ぴくっ。


 静かにミルクを飲んでいたセリスの身体が反応する。やべぇよやべぇよ。


「あんなゴミみたいな奴らはさっさと討伐しちまえばいいんだよ。生きてたって百害あって一利なしだろ?そのくせ生命力だけはゴキブリ並みにありやがる」


 ビキッビキ。


 恐る恐る横を見ると額に青筋を立てたセリスが、ニコニコと笑っていた。やべぇよやべぇよ。

 とは言っても、ここで魔族を擁護するわけにはいかねぇ。俺達はあくまで人間、むしろ親父みたいな考え方が普通なんだ。


「っ!?」


 とにかくセリスを落ち着かせようと、俺はカウンターの下でセリスの手をギュッと握りしめた。ここで暴れたらフェルに言いつけられた仕事は完遂できないぞ。まだこの親父は情報を持っているに違いない。それを聞き出すまでもう少しの辛抱だ。


 そんな思いを乗せながら手を握り、ゆっくりと視線を向ける。


 すると、さっきまで怒り心頭だったセリスがこれ以上ないくらい顔を赤くさせながら俯き、口をモゴモゴと動かしていた。


 えっ!?そういう反応!?昨日、散々腕組んで歩いていたよね!?


 ま、まぁ、これでセリスが爆発する心配は無くなっただろう。早いとこ有力な情報を……。


「明日の朝には騎士団長も来るらしい、こりゃ本格的な魔族討伐が始まりそうだな」


「……騎士団長がこの街に?」


「あぁ。なんでもブルゴーニュ家当主と会談するんだとさ」


「へー……」


 なんか聞いてないのに重要なこと話してくれた。それにしても騎士団長か……こいつはいよいよきな臭くなって来やがったな。


「旅をしている身としては、騎士団と魔族のぶつかり合いに遭遇なんて御免被りたいな。会談って拝聴出来ないもんかね」


「バカ言え。会談は昼頃に行う予定なんだが、その時間はブルゴーニュ家一帯立ち入り禁止区域だ。一応国家機密とかいうやつなんだろうよ。無理に聞こうとすれば国家反逆罪だ」


「まぁ、そうなるよな」


 多分、俺は聞かなくても国家反逆罪確定なんだけどな。とにかく、場所と時間がわかればあとはどうとでもなる。もうこんなところに用はねぇ。


「世話になったな」


 俺はセリスのミルク代に情報料を乗せた小銭をカウンターに置いた。


「なんだ?もう行っちまうのか?」


「あぁ、騎士団とゴタゴタすんのは面倒だし、魔族と関わるのはもっと嫌だ」


「そうか。そっちの美人さんだけでも残って欲しいがそういうわけにもいかねぇよな。毎度あり」


 親父は小銭を回収すると、素っ気なく手を振る。下手に止められるよりは大分助かるな。

 俺はセリスの手を握ったまま、酒場を後にした。


 酒場の中が暗かったせいか、外に出ると陽の光に目が眩む。


「陰気臭いところでしたが、有用な情報は得られましたね」


 おっ、なんかセリスの機嫌が戻ってるぞ。理由はわからんが、これは僥倖だ。


「あぁ。この街の領主と騎士団長様の会談を盗み聞きすれば、この街の調査は事足りるだろう」


「そうですね。明日のお昼頃でしたか」


「そうだ。今日のうちにブルゴーニュ家の屋敷ってのを見とくか」


「それがいいと思います」


 俺達は会談が行われるブルゴーニュ家に向かった、……その、手を繋いだまま。


 いや、酒場を出たところで俺は放そうとしたんだよ?でも、なぜかセリスにギュッと握り返されて放すに放せなくなったんだよ。それに、この手を放してはいけないと俺の第六感が告げているのだ。放した瞬間、セリスの爆弾低気圧が猛威を振るう気がする。


 でも、あれだな。手を繋ぐって腕を組むよりも気恥ずかしいな。身体の密着具合は腕を組んだ方が高いのに、やっぱ直接肌と肌が触れ合っているせいか?


 っと、その前に一つやらなきゃいけないことがあるな。


「セリス」


「承知しております」


 俺が名前を呼んだだけで、セリスは俺の言いたいことを理解する。まじで有能すぎんぞこの秘書。


 俺は何気なく人通りの少ない方へと足を運ぶ。そして、暗い路地裏に差し掛かったところで、男が二人、俺達の前に立ちはだかった。

 後ろからは更に三人の男が退路を塞ぐ。完全に囲まれる形になったわけだ。いや、まぁ、そういう感じにこちら側がしたんだけどな。


「なんか用か?」


 俺が極力感情を抑えて尋ねると、男達は全員下卑た笑みを浮かべた。こいつら全員見覚えがある顔だ。つーか、さっき見た。酒場にいたゴロツキ連中だな。やっぱり昼間っから酒飲んでいる奴にろくな奴はいねぇな。ブラックバー?兄弟の盃?何のことかわからんな。


「いや、別にお前には用がないんだけどな。そっちのボインちゃんとお近づきになりたくってよ」


「そんな見せつけるようにお手て繋がなくてもいいじゃん!俺達ともっといいことしようよ!」


 ニヤニヤとセリスを、いやセリスの身体を眺めるゴロツキ共。セリスがその美しい顔をわかりやすく歪める。


 さて、どうすっかな?周りには人の目はないし、どうとでも料理できるけど。

 俺があれこれ考えていると、ゴロツキの一人がセリスに近づき、壁に手を置いた。いわゆる壁ドン。なお、セリスは無反応の模様。


「なぁ、かわい子ちゃん。こんなだせぇ男なんてほっておいてさ、俺達と楽しいことしようぜ?」


「……楽しいことですか?」


「あぁ。俺達があんたを最高に気持ちよくさせてやるぜ?こんな男のふにゃちんじゃ、満足できねぇだろ?」


 ふにゃちんって……冬場の朝なら誰だってそうなんだろ!つーか、見たことねぇのに勝手に決めんな!


 セリスが極寒の空気を纏いながら、繋いでいた手を放す。セリス警戒レベル5、付近の住民は速やかに避難してください。


「中々魅力的なお誘いですね」


「なっ?そうだろ?だから、俺達と一緒に行こうぜ」


「そうですね、なら楽しませていただきましょうか」


 セリスが自分達についてくると思い、歓喜の表情を浮かべるバカ共に、俺は心の中で両手を合わせる。


「"淫らな世界イモーラルドリーム"」


 セリスが魔法陣を発動した瞬間、5人の動きが止まる。しばらく固まってたと思ったら、いきなり白目を剥いて絶叫し始めた。


「さぁ、ブルゴーニュ家に行きましょうか?」


 セリスは涼しい顔でそう言うと、微妙な顔をしている俺の手を握り直し、スタスタと歩き始めた。


「……なぁ、セリス。あいつらにどんな幻惑魔法をかけたんだ?」


「随分立派なモノを持っているらしかったので、歩行の邪魔になると思い、撤去してあげました」


 ………………おっふ。


 例のアレをやったのか。幻想とはいえ、自分の小さな分身を引きちぎられるとは。


 俺は無意識に自分の下腹部に手を添え、路地裏で去勢された男達のご冥福をお祈りした。

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