第90話 身につけるものは相手の好みがあるので、プレゼントするときは注意

 なんとかフレデリカのお土産を買うことが出来た俺とセリスは、アーティクルの街を目的もなくぶらついていた。なんだかんだ買い物に時間がかかり、もう夕空が広がっている。


「なかなか特徴のある店員さんでしたね」


「あぁ。キャラも顔もインパクトありすぎだったな」


 俺があった人間の中でも、かなり上位にランクインする変わり者だったな。だけど、いい人ではあった。


 セリスは俺の隣を歩きながら、静かに街並みを眺めている。


「……綺麗ですね」


 不意に紡がれた言葉。確かに、セリスの言う通り、夕焼けを反射した街はどこか幻想的であった。だけど、セリスのその反応に俺は少し驚いている。


「どうかしましたか?」


 意外そうな顔でセリスを見ると、セリスは不思議そうに首を傾げた。


「いや……お前がそんな風に思うなんて意外だなって思って」


「私だって綺麗な景色を見て、感動することだってあります」


「それはそうだろうけど、ここは人間の街だから」


 理由は知らないが、セリスは人間を憎んでいる。それはギーと、セリスの祖父であるリーガルが言っていた。そんなセリスがいくら美しい景色だからといって、人間の世界を褒めるとは思わなかった。


 俺の言いたい事を察したセリスは、ゆっくりと視線を俺から街並みに向ける。


「クロ様のいう通りですね。昔の私でしたら、今と同じ感想は抱かなかったでしょうね」


「昔のセリスだったら、か」


「えぇ」


 セリスは俺に向き直ると、優しく微笑んだ。


「クロ様がいた世界だからですね、きっと」


 こいつは……。一日何回俺をドキッとさせれば気が済むんだ。不整脈一歩手前だぞ?もう長い間、鼓動が一定のリズムを刻んでいないような気がする。


 俺は顔を赤くしながら、セリスから目をそらした。……夕焼けに照らされて、顔が赤くなっていることがバレませんように。


 セリスはくすっと笑うと、何も言わずに俺の隣を寄り添う。これはばれてますね。夕焼け仕事しろ。くそが。


「もう夕方ですし、今日はもう帰りますか?」


「ん?あぁ、そうだな」


 今日やったこと、終始セリスにドギマギさせられていた。ま、まぁ、たまにはこういう日があってもいいだろ!

 俺達は転移するために、人目のつかない路地裏に移動した。


「今日はありがとうございました。私の我儘に付き合っていただいて」


 セリスがぺこりと頭を下げる。自分の我儘か……よく言うぜ。お前が俺の心がわかるのと同じくらい、俺もお前の考えていることがわかんだよ。


 久し振りに人間の街に来た俺がノスタルジックな気持ちになってたのを察したんだろ?だから、そんな俺を気遣ってこの街を見たいとか言い出したんだ。


 たくっ……礼を言わなくちゃいけないのは俺の方だっつーのによ。


 俺は徐ろに空間魔法を発動し、あるものを取り出す。それはセリスが着物から着替えている時にこっそり購入したもの。俺は手のひら大の包みを押しつけるようにセリスに手渡した。


「えっと……なんですか、これ?」


「……いいから開けてみろ」


 あんまり詳しく説明するのは恥ずい。頼むから何も言わずに開けてくれ。訝しそうに包みを開いていたセリスの顔が、中身を見た瞬間、驚きに染まる。


「これ……は……?」


 包みから出て来たのは小さな青い宝石がついた首飾り。あの店で目にした時、なんとなくセリスの瞳の色に合うような気がしたんだよな。


「あー……あれだ。確かにセリスが言い出したことではあったけど、俺も結構楽しかったからさ。それのお礼ってことで」


 曖昧に言いながらちらりと目を向けると、セリスは首飾りを手にしたまま固まっている。あれ?もしかして気に入らなかった?首飾りとかキモかった?頼む!何か言ってくれ!無言はきつい!


「……つけていただけますか?」


 頭の中でネガティブイマジネーションを膨らませていると、セリスが静かな声で頼んできた。


「あ、あぁ。わ、わかった」


 俺はセリスから首飾りを受け取り、首の後ろに手を回して首飾りをつけてやった。思った通り、いい感じに似合っていると思う。


「い、いいと思うけど。で、でも、気に入らなかったらつけなくてもいいからな」


 贈り物をした時の定番の予防線を張る。実際、つけてもらえなかったらかなりへこむ奴だ。


 セリスは胸元にある首飾りの青い宝石を慈しむように触ると、俺の顔を見つめながら、照れたように笑った。


「ありがとうございます。ずっと大切にします」


 その笑顔があまりに美しくて。少し潤んだダークブルーの瞳があまりに魅力的で。


 完璧に理性が吹き飛んだ俺は、吸い込まれるようにセリスの顔に自分の顔を近づける。セリスもそれに合わせるように、頬を朱に染め上げながら、ゆっくりと目を閉じた。

 俺はそうすることが当たり前のようにセリスの肩を優しく掴み、そのままふっくらとした唇に自分の唇を───。


 ゴォーンゴォーン!


 アーティクル名物、巨大なビックベンの時を知らせる鐘の音が街に響き渡る。その音を聞いて我に返った俺は慌ててセリスから距離をとった。


 危ねぇぇぇぇ!!今のは危なかった!!完全に本能のままに身体が動いてた!!鐘の音がなかったらセクシャルハラスメント一直線だったぞ、これ!


「あ、も、もうこんな時間か!」


 棒読み丸出しで俺が言いながら顔を向けると、セリスは顔を赤らめながら、どこか不満げな様子で唇を尖らせている。


「そうですね……アルカも待っているでしょうし、小屋に戻りましょう」


 どことなく刺々しい言い方。もしかしてセクハラ紛いな行動にセリスさん腹を立ててます?

 俺はバツが悪そうな表情を浮かべながら、転移の魔法陣を描く。


「…………本当、意気地なしなんですから」


 転移する直前に呟かれたセリスの言葉は、俺の耳には届かなかった。


✳︎


 小屋に戻ってきた俺はいつものようにアルカ成分を補充。そして、アルカに買ってきたお土産を渡してやると、案の定大喜びだった。

 夕飯を食べている時も、お風呂に入っている時も、寝る時も、ずっと黄色い髪飾りをつけていた。いやーここまで喜んでもらえるとは、買ってきて正解だったわ。


 で、アルカの方はそんな感じだったんだけど、問題はセリスの方。小屋に戻ってからというもの、とにかく機嫌が悪い。

 俺が悪いことをして怒っているなら、謝れば済む話なんだけど、そういうわけじゃない。原因は不明。


 今までにないパターンなんで、俺様たじたじ。アルカも敏感に感じ取ってはいたけど、初めて見るセリスの様子に困惑気味だった。


 結局、セリスの機嫌が直らないまま夕飯は終わり、そのままセリスは家に帰っていった。


 神様、俺は何か悪いことをしたのでしょうか?

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