第73話 自然を侮るなかれ

 フレデリカはフローラルツリーの中でも一際大きい葉に座りながら、山の頂を静かに眺めている。いつかこうなることはわかっていた。以前、山の様子を見に行った時に、その危険性について気づかされた。


 クロとセリスがいたのは僥倖だったかもしれない。よどみなく住人達の避難は進み、今やフローラルツリーには自分以外に人っ子一人存在しない。あの子たちは自分の子供みたいなもの。誰一人傷つかずに済んだことは、本当にあの二人に感謝しなければならない。


「まったく……この街の長である私を差し置いて、さっさと避難させちゃうんだから……」


 フレデリカはくすりと笑った。


 魔王軍指揮官クロ。

 魔族領に突如として現れた人間であり、その一切の素性は不明。瞬く間にアイアンブラッドの長とデリシアの長と友好を深め、今や噂の的になっている男。

 そして、自分のライバルであり、憧れでもある女性の思い人。


「ディナー……行っておくべきだったかしら?もう少し彼のことを知りたかったわね……」


 自然と口から出た言葉。その言葉にフレデリカは驚きを隠せない。男のことがもっと知りたかった?そんなのありえない。


「……所詮は男……男なんてみんなくずよ……」


 フレデリカはそっと自分の身体を抱え込む。


 思い出すだけでも震えが止まらなくなる。たくさんの男達に良いように玩ばれていた時代。強く拒絶できなかった自分も悪いのだが、それにつけこんできた男達は正真正銘悪魔だった。護ってくれる男なんていない。みんな下卑た笑みを浮かべながら、私の身体を貪欲に求めてきた。


 ルシフェルに助けられなかったら、自分は今でもあの暗い牢獄のような地下室で、男達の欲求を満たすだけの道具のままだっただろう。


 だから、フレデリカは男を信じない。地下に閉じ込められた日からずっと。


 助けられたあの日からフレデリカは強くなることを誓った。誰にも傷つけられず、誰にも屈せず、そして誰からも救いの手を差し伸べられない女たちを護るために。


 何度も挫折しかけた。戦ったことなんてない。戦うことは恐ろしい。傷つくことは恐ろしい。魔物に殺されかけたことなんて、数えきれないくらいにあった。


 その度にフローラルツリーから元気をもらった。勇気をもらった。頑張ればこんなに大きく成長できるんだ、と希望をもらった。


 この木は自分の家族。自分の誇り。そして自分の目標。


 それを見捨てることなどフレデリカにできるわけもなかった。




 ボゴォォォォォォォォン!!!



 すさまじい爆音によりフレデリカは現実の世界に引き戻される。山の頂に視線を戻すとそこから赤い波がゆっくりとこちらに押し寄せてきているのが見えた。

 フレデリカが意を決したように立ち上がり、迎撃するべく魔法陣を組成しようとする。


「俺の言うことを信じる気になったか?」


 その瞬間、誰もいないはずのこの場で、自分に話しかける声がした。


 フレデリカは振り返り大きく目を見開く。そこには黒いコートを羽織った魔王軍の指揮官と、その秘書の姿があった。


「なに……してるの?」


 口から出たのは自分の声ではないようだった。目の前に見える二人は夢か幻か、それすら判断がつかない程、フレデリカの頭は混乱の絶頂にあった。そんなフレデリカを見たクロが大きくため息を吐く。


「それはこっちの台詞だっつーの。やばかったら転移しろって言ったろうが」


 確かに言われた。だが、まさかそれを言うためにわざわざ?この男は本物のバカなのではないだろうか?


「……あなた達早く逃げなさい。ここにいたら死ぬわよ」


 フレデリカは固い口調で告げると、襲い掛かる溶岩の方に目を向けた。クロがその少し後ろに立つ。


「なにしてるの!?この状況がわから───」


「流石にこんな状況だと、セリスの気を引くために俺にべた付く余裕はないか」


 条件反射のようにクロの顔に目をやったフレデリカの顔には、今までで一番の驚愕の色が浮かんでいた。クロは呆れた表情でフレデリカの顔を見やる。


「今日俺が一人でお前の所に行ったら大分素っ気なかったもんな。むしろ少し怯えていたか?」


 フレデリカがビクッと肩を震わせる。クロはそれに気づかないような素振りで溶岩の方に目を向けた。


「…………なるほどね。案外ちょろくないわけだ」


「魔王軍指揮官だぞ?なめんな」


 まさか自分がセリスと話すためのダシに使われていることに気がついていたなんて。愚かなのは自分だったようだ。


 フレデリカはフッと小さく笑うと、両手を溶岩が流れる方へと向けた。


「なら、魔王軍指揮官に私のすごさをアピールしておこうかしら?」


 組成するのは水属性の三種トリオ最上級魔法クアドラプル。一気に魔力を高め、魔法陣を発動する。


「“二団で襲い掛かる魚群スイミングフィッシーズ・デュオ”!!」


 二つの魔法陣から無数の水で出来た小魚が飛び出した。まさに機関銃。無限に発射される小魚達が、こちらに雨あられと降り注ぐ火山弾を打ち抜いていく。


「まだよ。あなたにはこっち。”大海を舞う鯨ブルーホエール”!!」


 二つの魔法陣より一回り大きな魔法陣が生み出したのは巨大な鯨。透明な水色の身体を動かし、まるで生きているかのように流れ来るマグマへと進んでいく。そして、そのままマグマにぶつかると、その巨体を持ってマグマを押し返そうとし始めた。


 火山弾の噴出が落ち着いたところで、魔法陣の一つを鯨の方へと向け援護射撃を行う。


「くっ……!!」


 フレデリカの額から汗が流れ落ちた。鯨のコントロールに大量の魔力を消費し、小魚達が魔方陣から飛び出す際にも当然魔力を持っていかれている。空気中に水分があればウンディーネとしての本領を発揮できるのであるが、噴火の影響か、この辺りにほとんど湿気を感じない。


 フレデリカが死力を尽くそうとも、マグマは容赦なくフローラルツリーへと向かって来ていた。自分がやっているのは単なる時間稼ぎにすぎない。そんなことは魔法を放っている本人が一番わかっていた。


「これは厳しいわね……。二人とも、転移するなら今のうちよ」


 フレデリカが魔法を放ちながらクロとセリスに顔を向ける。口調は軽快だがその表情には一切の余裕がない。


「なるほどな…………ところで、これはこの街が抱える問題かな?」


 こちらが巻き込みたくない一心で言っているのに、クロは飄々とした様子でわけのわからないことを尋ねてきた。フレデリカが奇麗な顔を歪めてクロを睨みつける。


「あなた!状況わかってんの!?ここにいたら死ぬって言ってるのよ!!」


「あぁ、そうだな。だから、その前に一つ聞かせてくれ。これはフローラルツリーが抱える問題か?」


 フレデリカが声を荒げようともクロの態度は一切変わらない。フレデリカのいら立ちがだんだんと募ってきた。心に揺らぎが生まれたせいか、フレデリカの魔法陣がすべて消失し、必死に抗っていた鯨の姿が消えていく。


「そうよ!!大問題よ!!見ればわかるでしょ!!だったら何だっていうのよ!!」


 いつものフレデリカには似つかわしくないようなヒステリックな声。クロの態度、どうしようもない現実、どうすることもできない己の非力さ。八つ当たりのようにすべての憤りをクロにぶつける。

 だが、クロはそんなフレデリカの態度にはお構いなしの様子で、顎に手を添えながらなにやら考え始めた。


「セリス、どう思う?」


 クロが静かに問いかけたのは、後ろに立つ自分の秘書に対して。


「……街の問題点を見つけ、早急にそれを解決へと導く。それが魔王軍指揮官としての役目かと」


 そして、セリスはいつもと変わらぬ調子で上司に答えを返す。


「だよな」


「あ、あなた達何を言って……」


 二人のやりとりを呆気にとられた様子で見ていたフレデリカの横にクロが立つ。そしてゆっくりと両手を前に出した。


「街の長としてただ一人、フローラルツリーを脅かさんとする巨悪に立ち向かったこと、称賛に値する。だが、フレデリカは魔王軍の幹部であり、かけがえのない戦力だ。それを失うことは魔王軍指揮官として許すわけにはいかない」


 クロの言葉を聞いてフレデリカは目をしばたたかせる。そんなフレデリカを見てクロは面倒くさそうにため息を吐いた。


「せっかく指揮官っぽく言ったんだから反応しろよな。……俺がお前を護ってやるって言ってんだよ」


「なっ……!?」


 その言葉に、そして眼前に広がる光景にフレデリカは言葉を失う。


 クロの前に現れたのは全てが最上級魔法クアドラプルの七つの魔法陣。その一つ一つの大きさはフレデリカの”大海を舞う鯨ブルーホエール”を凌駕していた。六つはフレデリカの十八番おはこである水属性、だが残りの一つはフレデリカの見たことがない模様が描かれている。


「さて、と!同じ属性の合成はやったことねぇけど、まぁなんとかなるだろ!!」


 合成。聞きなれない言葉ではあるが、そんなことには頭が回らないほど、フレデリカは茫然と魔法陣を見つめていた。この規模の魔法陣を七つ、しかも超高速で構築されていく様は、自分が夢を見ているとしか思えない光景である。


「いくぜっ!!”間欠泉全開フルスロットルガイザー”!!!」


 六つの魔法陣から吹き出した水を重属性が一つに圧縮し、全く新しい魔法へと生まれ変わる。魔法陣から発射される極大の超高水圧の奔流がマグマと衝突した。その瞬間、病魔のように森を侵食していたマグマがその侵攻を止める。


「あ……ありえない……!!」


 フレデリカの口から出たのは紛れもない本心。目の前で起こっているというのにいまだに信じられない自分がいた。


 さっきは確かに自分も同じことをやっていた。でも、マグマを食い止めようだなんて思ってもみなかった。

 自分がしていたのは、ここでこの木と共に果てることを望み、超えることのできない障害に対してのただの悪あがき。運命を覆そうなんてそんな気はさらさらなかった。


 だというのに目の前の男は、自分が取るに足らない男だと罵ったこの男は、自分が目をそらした障害を押しとどめ、あろうことか押し返し始めた。


「嘘でしょ……!?」


 ゆっくりと後退していく溶岩を見て驚愕することしかできない。そんなフレデリカを見たクロは、汗を流しながら不敵な笑みを浮かべた。


「だから舐めんなって、言っただろうがぁ!!」


 構築した魔法陣を更に巨大化させ、水流の威力を上げる。もはやリヴァイアサンのブレスなど目じゃないほどの性能。広範囲に流れているマグマを漏らすことなく押し上げていき、山頂付近へと近づいていた。


 だが、自然というのはそんな生易しいものではない。


 ボガァァァァァァン!!!


 まさかの二回目の噴火。押し戻していたマグマの倍以上のマグマが火口から流出し、クロの魔法を押し返していく。


「ちっ!そう簡単には、いかねぇか!!」


 苦しそうな声を上げるクロの方に目をやったフレデリカが思わず息を呑んだ。魔法を撃つために伸ばした両手からは、信じられないくらい血が吹き出している。

 

 それは魔力の供給過多による反動。セリスがリヴァイアサンのブレスを防いだ時に起こったものと同様のモノ。


 クロが唱えているのは七種セプテット最上級魔法クアドラプル。そもそも常人では到達できないような離れ業ではあるが、当然その魔力の消費量は常軌を逸している。

 フェルとの戦いでは短時間の発動だったのでその反動はなかったが、今は溶岩を押し返しているため、七種セプテット最上級魔法クアドラプルを発動しっぱなしの状態。むしろこうなることは必然といえる。


「もうやめて!!これ以上やったらあなたが死んでしまうわ!!」


 フレデリカは喉が張り裂けんばかりの声で言った。護られることなく生きてきた自分に護ると言ってくれた、そして実際に身体を張って護ってくれた。それだけで十分だった。


 だが、クロは魔法の行使を止めようとはしない。両手からは見るに堪えない程出血しているというのに、お構いなしで水流をマグマにぶつけ続ける。


「クロっ!!お願いだからっ!!」


「うるせぇ!!!」


 目に涙をためながら訴えかけるフレデリカにクロが怒声を浴びせた。


「お前を護るって言っただろうが!!それなのに途中で逃げ出すとか、みっともねぇ真似させんじゃねぇよ!!!!」


 フレデリカの目から涙がこぼれる。それは喜びの感情か、悲しみの感情かフレデリカ自身もよく分からなかった。

 ただこの人は、自分を護ってくれるこの人だけは死んでほしくなかった。なんとしてもこの場から立ち去って欲しかった。


 フレデリカはセリスの方に顔を向ける。もはや自分一人だけではこの人を説得させることはできない、それならば、と一縷の望みをセリスにかけようとしたのだが、彼女の表情を見て言葉を飲み込んだ。


 セリスは真っ直ぐにクロの背中を見つめている。その瞳には一切の迷いも恐怖もない。あるのはクロに対する信頼だけ。


「負けませんよ」


 ぽつりと呟かれた言葉にフレデリカは耳を疑う。


「えっ…………?」


「自然なんかにクロ様は負けません」


 静かに、だが確信をもってセリスが告げる。一瞬呆気にとられたフレデリカだったが、すぐに髪を振り乱してセリスに詰め寄った。


「負けないって……あなた本気で言ってるの!?このままだと三人まとめてあの世行きなのよ!?」


「えぇ、本気です。それにクロ様の近くで死ねるのであれば秘書として本望です」


「本望って……」


 フレデリカは思わず口をつくんだ。セリスの表情が今言ったことはすべて本音であることを雄弁に語っている。


「ですが……私にはまだまだやりたいことがあります。秘めてる思いもあります」


 そう言うとセリスはクロの背中を愛おしそうに見つめた。そして朗らかに微笑みかける。












「だから、私のことを死なせないでくださいね?」












 この場には似つかわしくないほどの優しい声色で告げられたセリスの言葉。それがクロの身体に力を宿していった。


「…………はっ!!スパルタな秘書を持つと苦労するぜ、本当によ!!」


 クロは笑いながらフレデリカに顔を向ける。


「おい!フレデリカ!お前この木に思い入れがあるんだろ!?」


「っ!?え、えぇ!そうよ!!」


 セリスの言葉に呆けていたフレデリカが反射的に答えた。


「ならこの山にはどうなんだ!?」


「えっ!?山っ!?」


「早く答えろ!!」


「べ、別に何の思い入れもないわよ!!」


 質問の意図が全く分からないままにフレデリカが投げやりな感じで告げる。それを聞いたクロがニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃあ後で文句は言いっこなしだぜ!!」


「ちょ、ちょっと!!一体何をしようと……」


 フレデリカの言葉を待たず、クロは七種セプテット最上級魔法クアドラプルを解除した。その途端、水流によってせき止められていたマグマが一気にこちらになだれ込んでくる。だが、クロの表情に焦りの色は微塵もない。


「いいか二人とも!!目ん玉ひん剥いてよく見てろ!!」


 クロが迫りくる溶岩を見据えたまま、声を張り上げた。


「これが魔王軍指揮官、クロ様の実力だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 体内に残るすべての魔力を爆発させる。そして作り出すは前人未到の地、十種デクテット最上級魔法クアドラプル。九つの水属性に一つの重力属性。


 十個の巨大な魔法陣はまるで芸術作品のように光り輝いていた。フレデリカはおろかセリスですら、そのあまりの神々しさに目を奪われる。


「吹き飛びやがれぇぇぇぇぇ!!!!”全てを飲み込む螺旋メイルシュトローム”!!!!!!」


 九つの水流を重力魔法によって操作し、螺旋を描いていった。その一つ一つが尋常ならざる破壊力を秘めているというのに、それが九つも合わさればまさに無限大の力。破壊の権化と化した水流が山へと突き刺さる。


 その瞬間、凄まじい衝撃波が辺りに巻き起こった。咄嗟に前に出たセリスが魔力障壁を張るが、完全には衝撃波を防ぐことはできない。フレデリカもセリスに重ねるように魔力障壁を展開した。


 とにかく数え切れないほどの量の瓦礫が飛び交っている。様子を覗おうにも魔力障壁の外は木や岩で埋め尽くされていた。おそらく魔力障壁を解けばそれらに押しつぶされ、一瞬のうちにお陀仏だろう。


 十分以上は続いただろうか。巻き上がった砂塵が風に吹かれゆっくりと視界が開けていく。現れた景色を見てクロは笑みを浮かべ、フレデリカは口をあんぐりと開いた。



 そこには先ほどまであった山が奇麗さっぱりなくなっていた。いや、正確にはこのフローラルツリーが生えている場所が山頂になるように山が削り取られていた。

 余りの光景にフレデリカは声の出し方を忘れてしまったかのように、ただ茫然と眼下に広がる現実を見つめている。


「はぁ……はぁ……ざまぁみろ……溶岩ごと吹き飛ばしてやったぜ……」


 クロがふらつきながら勝ち誇った表情を浮かべるが、出血は腕だけにとどまらず、その身体はもうボロボロだった。


「なんで……そんな無茶を……」


 その姿が余りにも痛々しく、フレデリカの目から再び涙が流れる。


「はぁ……はぁ……無茶って……しょうがねぇだろ……お前を……護りたかったんだからな……」


「そ……んな……」


 フレデリカは思わず口元に手を伸ばした。湯水のごとくあふれる涙は自分の意思では止めることができない。


「それに……後ろにいるバカを……死なせるわけにはいかねぇだろ……?……俺の……大事な秘書なんだからな……」


 絞り出すような声にセリスの身体がビクッと反応した。だが、クロはセリスの方には顔を向けず、自分が吹き飛ばした山の方を見つめる。


「……山の向こう側が……はぁ……はぁ……海で良かった…………これなら……どこ……に……も……迷惑は…………」


 そこが限界だった。クロはそのままゆっくりと後ろに倒れる。そんなクロをセリスが優しく抱きとめた。

 セリスは不安げな表情でクロの容体を確認する。至る所から血を流しているものの、とりあえず命に別状はなさそうだった。


 ホッと胸をなでおろすと、その場に腰を下ろし、気絶しているクロの頭を自分の膝の上に置いた。


 セリスはクロの髪を優しく撫でつけながら、自分の魔力をクロに流していく。そんな二人をフレデリカは何も言わずに見つめていた。


 なんて馬鹿な男なのだろう。


 ここに住まう者達は皆避難したのだ。噴火によってこの地がマグマの海になろうとも犠牲者なんて出ることはない。


 だというのに、この男は縁もゆかりもない木のために、こんなにも傷つきながら強大な敵と戦った。


 ……いや、戦ったのは木のためなんかじゃない。私を護るため。


 そのために死力を尽くした。敵を跳ねのけた。


 男など信じようともしない自分のために───。


 フレデリカがそんなことを考えていると、愛でるようにクロに触れていたセリスがおもむろに口を開いた。


「私は魔族。この人は人間。本来交わらない……いや、交わってはならない者達」


 何かに懺悔するような口調で紡がれる言葉。


「そんな相手に惹かれるなんて、絶対にあってはならないというのに」


 セリスが自嘲するような笑みを浮かべる。


「……ままならないものですね、自分の心というものは」


 それがどういう心境を表した言葉なのか、フレデリカにはわからない。だが、切なげに、そして慈しむようにクロの顔を見つめているセリスは───ただひたすらに美しかった。


 フレデリカは顔を綻ばせると、何も言わずに二人に背を向ける。


「…………行くんですか?」


「今のあなた達を邪魔する気にはなれないわ。……それに街の子達のことも気になるし」


「そうですか……精霊族の方たちは魔の森付近の更地にいます。とはいっても行ったことがない場所なんで転移できませんか」


「……大丈夫よ。魔の森まで転移して、後は自力で探し出すわ」


 そう言うと転移魔法を発動し、フレデリカがこの場からいなくなった。


 すっかり見晴らしがよくなったこの場で二人っきり。セリスはクロが吹き飛ばした地形を見ながら、静かに自分の魔力を供給し続けた。

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