第74話 仲が深まれば深まるほど、素直になるのは難しい
…………あれ?いつの間にか寝ちまってたみたいだ。やべぇな。セリスに怒られる。
つーかなんだ?瞼がやけに重いぞ?全然開かん。頭に柔らかい感触があるから、部屋のベッドで寝ているとは思うんだけど。それにしても……なんかおでこの辺りがポカポカしてて気持ちいいな。
俺が接着剤でとめられてんのかって思えるほど、固く閉じられた瞼を無理やりに引きはがすと、二つの大きな山が目に飛び込んできた。そしてその奥には見慣れた金髪が……。
俺は目をぱちくりして状況を確認する。そんな俺の目をダークブルーの瞳が覗き込んできた。
「目を覚まされましたか?」
聞きなれた声。俺に安心感を与える声。その声を聞いて俺の頭が覚醒する。
「セリスか……俺は一体……?」
「また無茶をしたってことです。……まぁ、でも今回はやむにやまれぬ事情があったとして大目に見ましょう」
セリスの声は優しかった。俺はぼーっとする頭でさっきまでのことを思い出す。
「あー……フレデリカはどうした?」
「彼女は街の方たちの様子を見に行かれました。フローラルツリーの長ですからね」
そうか……。んで俺は馬鹿みたいに格好つけて、魔力がすっからかんになって、こうやってセリスに膝枕を…………。
「っ!!!?」
俺膝枕されてんじゃん!!男なら誰でも一度は憧れる奴じゃん!!つーかやべぇ!!意識したら顔がほてってきやがった!!
俺は慌てて起き上がろうとしたが、おでこに手を当てたセリスがそれを阻止した。
「クロ様は完全に魔力枯渇の状態なんですよ?私が魔力を流し込んでいるんですから、しばらくじっとしていてください」
だから、おでこの辺りがポカポカ暖かかったのか。なら俺の顔が赤いのもそれのせいだな。それのせいだということにしてください、お願いします。
おでこに手を置かれ固定されているため、顔を動かすことができない俺は、照れ臭さをごまかすために目線だけは違う場所に向ける。この状態でセリスと見つめ合うとか心臓が爆発するわ。
「…………申し訳ありませんでした」
俺がドギマギしていると、セリスが小さい声で謝罪をする。
「昨日の発言……秘書としてあるまじきものでした」
そういえば俺達仲違いしてたんだっけか。噴火騒ぎでそれどころじゃなくなってたな。
「本当に私は秘書失格ですね……」
セリスが眉をへの字に曲げ、困ったように笑っている。でも、それ以上におでこに触れる手が震えている方が気になった。
謝らなくちゃいけないのは俺も同じだ。俺を支えてくれているのに、大きなお世話だ、とかお互いに興味がない、とか心ない言葉でこいつのことを傷つけた。
結局最後の最後までフォローされたっていうのにな。正直、セリスの言葉がなければ三人とも溶岩に飲まれちまってただろうよ。
本当は大事に思っているくせに、セリスが俺のことなんかどうでもいいみたいなことを言ってくるから、ついムキになっちまった。本当、我ながらガキだなって思う。
でも、悪いと思っても素直に謝れないのが男ってもんなんだよ。特に相手が大事であればあるほど、簡単な言葉が口にはできない。女は面倒くさいって思っていたが、男も大概だな。
「セリス」
「はい?」
だから、俺はこの言葉に感謝も謝罪も込める。
「俺の秘書はお前以外にはあり得ない。……お前じゃなきゃダメなんだ」
これが俺の嘘偽りない本心。昨日告げられなかった言葉。それを聞いたセリスはハッと息を呑んだ。
しばしの沈黙。俺はセリスの魔力を感じながらジッと言葉を待つ。
「……本当にずるいですね、あなたは」
セリスの声はやっとの思いで絞り出したかのように震えていた。
「そんなこと言われたら……見捨てられないじゃないですか」
「……ざまぁみろ」
俺が静かに返すと、セリスがもう片方の手でそっと俺の目を覆う。
「……今は私の顔を見ないでください」
「……見ねぇよ」
見ねぇからさっさと何とかしろ。雫が落ちてきて俺の顔が濡れるんだよ。
俺はセリスの手に包まれ、聞こえてくる嗚咽に気づかないふりをしながら、ゆっくりと目を閉じていった。
*
セリスの魔力供給を受けた俺だったが、それでも限界を超えて魔力を行使した反動はすさまじく、三日三晩高熱にうなされ続けた。その間、セリスは俺の家に泊まりきりでずっと看病をしてくれており、改めてセリスの偉大さを認識した俺だった。
あの後、俺をベッドに運んだセリスはフレデリカと共に精霊達をフローラルツリーに帰還させたらしい。みんな戻ったときに山が吹っ飛んでるのを見て、びっくり仰天してたんだとさ。その瞬間はちょっと見てみたかったな。
あとアルカが泣きながら喜んでたな。「パパとママが仲直りしたー!!」って。まったく……娘に心配かけるなんて父親失格だな。
そんなこんなで完全復活した俺はセリスと共にフレデリカのところまでやって来た。セリスの気を引くために俺を利用している事実は知っているって言ったんだ。流石にもう引っ付いて来ることもないだろう。ちょっと寂しい気もするが。
「あらクロじゃない!!もう体調は大丈夫なの!?」
そう思っていた時期が俺にもありました。部屋に入った瞬間、フレデリカが俺に抱きついてくる。この柔らかい感触、久しぶりだぜ!…………ってちがーう!!
「本当は看病に行きたかったんだけどこっちもいろいろ忙しくて……。それに番犬が睨みをきかせていたから」
「……番犬って私の事でしょうか?」
セリスが無表情で肩をワナワナと震わせている。これは警戒レベル2だな。3まで行ったら緊急避難警報が発動するぜ。
「あーら、セリスさんいたの?相変わらず不景気なつらしちゃって……もしかしてあの日?」
あっやばい、ほとんど3になりかけている。避難待ったなし。っていうかお前ら仲直りしたんじゃねぇのかよ!
俺は慌ててフレデリカから離れると咳ばらいを一つした。
「あー……フレデリカ?街の様子……ってか山の様子はどんな感じだ?」
「今のところは異常ないわ。けど、どっかの誰かさんが半分以上も消し飛ばしちゃったから、これから先はどうなるかわからないわね」
うっ……。それを言っちゃいますか。確かに地盤とか緩くなってるだろうし、フローラルツリーが倒れたらどうしようとか思っていたけどさ!
「そういうわけだから、クロは私と結婚してフローラルツリーの監視をしなさい」
「あーはいはい、監視ね。わーってる…………はっ?」
ケッコン?血痕?えっなに、流血騒ぎでもあったの?
隣に目をやるとセリスが金魚のように口をパクパクさせていた。あーこれから流血騒ぎがあるのね。主に俺が血を流す事になるだろうけど。
とにかくこれ以上フレデリカの好きにさせてはいけない。つーかこいつはまだ俺をダシにしようとしてんのか!
「おい!フレデリカ!お前まだ俺をからかってセリスを───」
「本気よ」
フレデリカが真剣な表情を浮かべる。
「私は本気で言っているわ」
「なっ……!!」
今度は俺が金魚になる番。縁日でとれる金魚って短命で辛いよね。
「……なーに顔を赤くしているのよ」
「お、お前……またからかったな!!」
フレデリカがニヤニヤと笑いながら俺を見つめる。くそ!!乙女(男)の純真な心を弄びやがって!!もう知らん!!俺は傷ついた心をノームに癒してもらいに行ってくる!!
「あーぁ、行っちゃった」
フレデリカが勢いよく飛び出していったクロの背中を見つめながら、苦笑いを浮かべた。
「……どういうつもりですか?」
不機嫌そうな顔でセリスがジト目を向ける。そんなセリスを見ながら、フレデリカは軽く肩を竦めた。
「どうもこうもさっき言った通りよ」
「っ!?あなたまさか……!?」
慌てふためくセリスを見て、フレデリカが笑みを浮かべる。
「あんな風に護られたら好きになっちゃうでしょ、普通」
「好きって……」
「大丈夫よ。私が狙っているのはクロの奥さんの座だけだから。秘書の座はあなたに譲るわ」
フレデリカの言葉にセリスは何とも言えない表情を浮かべる。そんなセリスにフレデリカは嫌らしい笑みを向けた。
「それとも何?秘書の立場は不満ってわけ?」
「ぐっ……別にそういうわけじゃ……」
セリスは下唇を噛みながら、逃げるようにフレデリカから視線をそらす。歯切れの悪いセリスの態度に呆れながらため息を吐くと、フレデリカはその顔から笑みを消した。
「私はねぇ、あなたに憧れていたのよ?」
「えっ?」
今まで聞いたことのないような真剣な声音。予想外の言葉に困惑するセリス。
「私はいつもビクビクしているような女だったから、誰に対しても毅然とした態度をとるあなたに憧れていた……そしてライバルだと思っていたわ」
「…………」
誰にも言ったことのない自分の心の内をさらけ出すフレデリカ。セリスの顔も真剣なものへと変わっていく。
「私は生まれて初めて恋をした。人を好きになった。種族の違いなんて糞食らえよ」
「種族の違い……」
セリスが小さい声で呟くと、フレデリカはスッと目を細めた。
「あなたが何にこだわっているかなんて知らないけど、私はこれから彼に猛アピールをするつもり。それをあなたは指を咥えて見ているだけでいいの?」
それはまさに宣戦布告。セリスの気持ちを知っていてなお、クロをその手にするという挑戦状。
真っ直ぐに自分を見つめるフレデリカの視線を、セリスは真正面から見つめ返した。
「……クロ様は誰にも渡しません」
「……そうこなくっちゃ」
フレデリカが笑みを浮かべながらスッとセリスに手を伸ばす。セリスは強い覚悟を持ってその手を握り返した。
「どっちが勝っても恨みっこなしよ?」
「わかっています……あなたには負けません!」
自分が勝手にライバル視していた女性が、今自分をライバルだと認めてくれた。そのことがフレデリカは嬉しかった。
だが、それとこれとは話が別。クロに抱く自分の気持ちは本物。長年憧れていた相手だろうと容赦するつもりはない。
二人が固い握手を交わしていると、部屋の扉が勢いよく開かれる。二人が同時に目をやると必死の形相を浮かべているクロが、そしてその首に抱きついているシルフの姿があった。
「フレデリカ!リリをどうにかしてくれ!!」
「何を言っているんですか?私達は恋人同士じゃないですか?指揮官様の熱い告白、今も頭の中に鳴り響いてますよ?」
「だから付き合うってそういう意味じゃねぇって言ってんだ───」
ビクッ!
自分に突き刺さる絶対零度の視線を感じ取ったクロが恐る恐る二人に目を向ける。そこには全く同じ笑顔を浮かべる美女二人の姿があった。
あー仲良くなったんだなーよかったなー。
これから起こるであろう惨劇から目を逸らし、遠い目をしながらクロはそんなことを考えていた。
フローラルツリーは今もなお悠然と佇んでいる。遮っていた山はなくなり、気持ちよさそうに日の光を一身に浴びていた。
枝の先からは新芽が芽吹いており、成長を続けるこの木はさらなる高みを目指している。自分の力を信じ、天を目指して上へ上へと伸びていく。
この木は誰も拒まない。樹液を吸いに来た虫も、羽を休めに来た鳥も、一切の区別なく受け入れ育む。例えそれが魔族であっても、人間であっても。
無限の可能性を持つこの木は、今日も誰かに生きる勇気を与えているのだった。
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