6.俺が自然とバトるまで

第59話 女心と秋の空と政治家の発言

 俺とアルカは魔王城の中庭で向き合っていた。二人の距離は五メートルほど。俺は微笑ましくアルカを見つめているのに対し、アルカは真剣な表情を浮かべている。


「いくよ!パパ!!」


 アルカが自分の身体に中級ダブル身体強化バーストを施した。組成速度はなかなかのものだが、中級魔法ダブルっていうのがなぁ……うちの娘は魔法陣にはめっぽう強いが、なぜか身体強化バーストは苦手のようです。種族の問題かな?


 そんなことを考えていると、目の前からアルカの姿が消えた。身体強化バーストは苦手でも転移魔法の方は大人顔負けだな。俺も即座に中級ダブル身体強化バーストをかけると、背後から襲いかかる拳を受け止める。


「やぁぁぁぁ!!」


 防がれることは織り込み済みだったアルカが、怯むことなく拳を突き出してきた。時折、転移魔法により背後にまわりながら繰り出される連続攻撃を、俺は難なくいなしていく。

 いやぁそれにしても、俺に甘えてくるアルカも可愛いけど、こうやって真剣に向かってくるアルカも可愛いなぁ。稽古中だけど頬ずりしたくなってくる。


 ミートタウンへ行くようになってからだっけかな、こうやって朝食の後、アルカに稽古をつけ始めたのは。

 アルカ曰く、「ルシフェル様に勝ちたい!」とのことだったけど、フェルの奴アルカとどんな遊びしてやがんだ?まぁ、俺的にもアルカが強くなってくれたら魔物に襲われる心配とかなくなるから大歓迎なんだけどな。


 おっといかんいかん。アルカの顔に見惚れている場合じゃないな。今のアルカは一瞬で二種デュオ上級魔法トリプルぐらいは組成できるからな。しかも、無詠唱っていうおまけつき。我が娘ながら本当に末恐ろしいと思う。


「くらえー!」


 可愛い声に反して可愛くない威力の水属性と火属性の魔法が飛んでくる。とはいっても無詠唱魔法の弊害として通常の上級魔法トリプルよりも質が落ちるし、その上そのままの形で放たれる。要するに火属性なら火が吹き出すだけだし、水属性なら水が出てくるだけだけ。

 魔法っていうのは、より具体的な形で発動させた方が威力も上がるし、コントロールもしやすい。フェルの"四大元素を司る龍エレメンタルドラグーン"がいい例だな。生き物を構築するのはかなり複雑な魔法陣が要求されるけど、扱えれば強力な武器になる。

 ……まぁ、一瞬で魔法陣が構築出来て、無詠唱で撃てるんなら速度的にかなりアドヴァンテージがとれるから、アルカのはアルカので強力な武器なんだけどな。


 俺は冷静に魔法障壁を張りながら片手でこっそり魔法陣を構築する。そして、アルカが次の魔法陣を展開する前にそれを発動させた。


「“霧に包まれた街フォッグストリート”」


 俺が唱えたのは火、水、重力属性の三種トリオ中級魔法ダブル。それを合成させた。急激に熱せられた水が水蒸気となって、辺りに霧が立ち込める。


「っ!!」


 アルカは冷静に風属性の魔法陣を組成し、視界を奪う霧を吹き飛ばした。うんうん、いい判断だ。でも、魔法陣を作るときはもう少し周りに注意しような。

 アルカの魔法陣が発動する前に既に転移魔法で移動していた俺は、背後からアルカの頭を優しく撫でた。


「あー!またパパに一本取られたー!!」


 振り向いたアルカは頬を膨らませてご機嫌斜めの様子。そんな顔も可愛いぞ!パパたまらん!


「お疲れ様です」


 俺がアルカにデレデレしていると、ウッドデッキで俺達の稽古を眺めていたセリスがタオルをもってこちらにやって来る。……ちっ、至福の時間を邪魔しやがって。


「ママー!!」


 俺の手をすり抜けてアルカがセリスの胸の中に飛びつく。あぁん!待ってよ俺のエンジェル!そんなデビルにすり寄らないで!


「誰がデビルですか」


 セリスがその端正な顔を歪めながら俺にタオルを渡してきた。お前じゃお前。種族悪魔だろうが。

 俺は仏頂面でセリスからタオルを受け取ると。身体にまとわりつく汗を拭きとる。


「相変わらず教育熱心だね」


 突然上空から声をかけられ俺たち三人が同時に空へと視線を向けた。そこには漆黒のマントをなびかせ、災厄をふりまくべく地上へと舞い降りた、不敵な笑みを浮かべる魔王の姿が───。


「ルシフェル様ですか。こんな派手な登場をして何か御用ですか?」


「……最近セリスが僕に冷たいと思うんだよね」


「安心しろ。こいつはこんなもんだ。そしてお前の日ごろの行いからいって、割と妥当な反応だ」


 元秘書に冷たくあしらわれ落ち込む魔王を慰める図。だってこいつ、アルカと遊んでばっかでほとんど仕事してねぇぞ?むしろアルカがここに来るまでこいつは一体何をしていたんだよ。

 フェルは気を取り直すように咳ばらいをすると、セリスに抱かれているアルカに近寄った。


「上から見ていたけど、アルカはすごいな。次の魔王様はアルカで決まりかな?」


「えへへーそうかな?」


 アルカが照れたようにはにかむ。おいフェル、そこ代われ。その表情をアルカに向けられていいのはこの世に俺ただ一人だ。


「つーかフェル。俺は魔王なんて認めないぞ?バカがうつる」


「……上司にかける言葉じゃないよね、それ。でも、僕は割と本気で言っているんだよ?攻撃魔法に関してはまだまだだけど、転移魔法に関しては僕よりも優秀だからね。戦闘中にあんなにポンポン転移できるのはアルカか君ぐらいだよ」


 確かに。正直アルカの転移魔法には驚かされた。もうほとんど俺と遜色ないレベル。いつの間にそんなに成長したんだ?マジで原因がわからん。


「だってルシフェル様は鬼ごっこしている時上級トリプル身体強化バースト使うんだもん!全然追い付けないからアルカは転移魔法を頑張ったんだよ!」


 ものの2秒で原因判明。つーかフェルの上級トリプル身体強化バーストって、贅沢に十六個も魔法陣を使う俺の四種カルテット最上級クアドラプル身体強化バーストよりも速かったじゃねぇか!


「鬼ごっこにどんだけ本気出してんだよお前!大人げなさすぎんだろ!」


「アルカは立派なレディさ!それに遊びとはいえ、本気でぶつかり合うのが僕の信条なんだよ!」


「バカなこと言ってないで、ここに来た理由を話していただいてもいいですか?」


「あっ、はい……」


 ちょっと、セリスさん?俺が言うのもなんだけど、フェルに当たり強くありません?関係ない俺も怖くてビクッてなったよ。最初のころは少しフェルに褒められるだけで顔を赤くさせていたっていうのに。今フェルが褒めたらどんな反応するか恐ろしくて……。


「き、今日もセリスは奇麗だね」


 おぉ!言ったよ!こいつマジで勇者だよ!魔王だけど勇者だよ!対するセリスは?


「ありがとうございます。で、なんでいらしたんですか?」


 まさかのノーリアクション。注意深く観察していたけど、眉一つ動かしてなかったよ。世のお姉さん歓喜のショタイケメン魔王から褒められたっていうのに、校長の話くらい聞き流してたよ。

 完全に心が折れたフェルが静かに事情を説明し始める。


「……今日はデリシアであったことを報告に来てくれるって言ってたじゃない?だから、たまには僕の方から行ってみようかなって思って……」


 おーい!魔王!どんだけ尻すぼみになってんだよ!話しながらセリスの顔色チラチラ窺っているところとか、完全にオカンに言い訳する悪ガキのそれじゃねぇかよ!


「そうでしたか。魔王自ら来ていただけるとは恐悦至極に存じます」


 セリスがアルカを地面に降ろし、恭しく頭を下げた。それはそれでなんか他人行儀過ぎて怖いわ!フェルも目が泳いでんじゃねぇか!


「あー……なんか気を遣わせちまったみたいだな。って言ってもデリシアは大した問題はなかったから、報告することはそんなにねぇぞ?」


「えっ?あぁ、うん。詳しい報告書はギーがその日に提出してくれたからクロから聞かなくちゃいけないことはないよ」


 見るに見かねた俺が助け舟を出すと、フェルが助かったとばかりに俺に顔を向けてくる。それにしてもギーの奴……先んじて報告書を上げてるとか、今度一杯おごらなくちゃいけねぇな。


「それで次に行くところは決まっているの?」


「ん?あぁ、ボーウィッドに勧められた精霊族の所に行ってみようと思う」


 俺の言葉を聞いた瞬間、セリスの眉がピクッと反応した。不審に思ったが、とりあえずスルー。先にフェルとの話を終わらせちまおう。


「フレデリカの所ねー!あそこは自然がいっぱいでいいところだよ!」


「そうなのか……って農業やらなんやらで自然は結構堪能したけどな」


 ベッドタウンこそ普通の街だったけど、他は自然ばっかりだったからな、デリシアは。自然の良さも怖さもしっかり味わってきたよ。船怖い。


「フレデリカで三人……なんとか一ヵ月後までにセリスを除いてそれぐらいの幹部と仲良くなっていてもらわなくちゃ困るね」


「一ヵ月後何かあるのか?」


「定例の幹部会。三ヵ月に一回やってるんだ。ほら、クロを最初に紹介したやつだよ」


 あー、あの拷問か。アウェイの場にコミュ障一人放り込んだ鬼畜の所業。俺はまだ許してねぇぞ。つーか、魔族領に来てもう二ヵ月もたってんのな。


「うん、次の目的地は分かった。だけどその前に一つ頼みごとを聞いてくれるかい?」


 そう言うとフェルは空間魔法から書状のようなものを取り出した。


「手紙か。これをどこかに持っていけばいいのか?」


「そういうこと」


 俺はフェルから書状を受け取りながらチラリと目をやった。四角く折りたたまれたそれには『機密事項』と書かれている。


「お前が自分で届ければいいと思うけどな……」


「僕は魔王様だからね。色々と忙しいんだよ」


 嘘つけ。アルカから今日は城で作るケーキの品評会をするって聞いたぞ。まぁ、それを言ったところで「それも魔王の職務だから」とか何とか言うだけだろうから黙っとくけど。


「じゃあよろしくね」


「あっおい!誰に届けるか聞いてないぞ!!」


 そのまま転移魔法で移動しようとしたフェルを俺が慌てて止める。流石に相手先が分からんと届けられねぇぞ。


「あぁ、そうだったね。うっかりしてたよ」


 フェルは魔法陣を消し、俺に笑顔を向けた。


「それを渡すのはリーガル。《魅惑の街・チャーミル》の長代行だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る