第60話 知り合いの地元はアウェー感が半端ない
《魅惑の街・チャーミル》。
人間が住む世界の一番近くに存在する魔族領の街。そして俺の秘書であるセリスが治めている街。
本来であれば視察対象になっていない街なので、俺は来る予定ではなかったんだけどな。フェルにお使いを頼まれてやって来たはいいが、この街……。
俺はちらっと右を向く。胸と下腹部以外をはだけさした奇麗な姉ちゃんが道行く人を誘惑していた。
今度は左に顔を向ける。完璧すぎるイケメンがバラを咥えて買い物途中のマダムを口説いていた。
俺は正面を見据える。街全体がそんな感じで、淡いピンクの街灯がいかがわしい空気を醸し出している。
結論、エロい。
なんだこの街は!?エロすぎるだろ!!歩いている悪魔が揃いも揃って美男美女!!基本的に身体を纏う布地が少ない!!マジで目のやり場に困るっつーの!!
しかも、店のラインナップがすごい!!この街は二つの区域に分かれているんだけど、こっちの区域は魔族の……あの……大人が楽しむ店がたくさんあんだよ!その上、店員がサキュバス達だけじゃなく、獣人やゴブリンなんかの店もあった。そのせいかここは他種族が本当に多い。やっぱり魔族といっても色々と溜まるってことなんだろうな。
ちなみに手前の人間領に近いところは完全に魔族をシャットアウト。幻惑魔法により人間に擬態化したサキュバス達が人間のお相手をしているらしい。セリス曰く、そう言った店に来る人間は口が軽く、情報収集にもってこいらしい。間違って魔族側に来ないよう、ガードもしっかりしているんだってさ。
とにかくけしからん街だ!今度一人で視察に来なければ…………はっ!?
俺は慌てて顔を守るように腕を前にした。だが、すぐにとんでくると思ったセリスの攻撃はいつまでたってもやってこない。大体やましいことを考えていると、目ざとく察してくるもんなんだが……?
俺が恐る恐る目をやると、セリスは浮かない表情で街の中を歩いていた。
まぁ、その理由はなんとなく予想がつくんだけどな。
「街の長がそんな顔で歩いていいのかよ」
俺はセリスの方に顔を向けずに話しかける。その言葉に反応したセリスが悲しげな表情を浮かべた。
「……気づいていないとは言わせませんよ?」
やっぱりな。大当たりだ。
「どうもこの街の人達は俺のことが大好きみたいだな」
なるべく軽い口調で言ったのだが、セリスは申し訳なさそうに目を伏せた。
チャーミルにいる魔族達、というより悪魔達か。そいつらが俺に向ける視線が他の街に比べられないほど厳しい。いや、厳しいなんてもんじゃねぇな、最初にセリスに会った時を彷彿とさせるような目だ。殺したいほど憎い相手に向ける目。
「よっぽどのことをされたんだろうな」
「この街は一番人間領に近いですからね……それ相応のことは起こりえます」
それ相応、か。詳しく聞きたいなんて思わないけど。どうせ気分のいい話なんかじゃ絶対にないだろうし。
「……私が治めている街がクロ様に嫌な思いをさせてしまってることは」
「セリス。それ以上は言うな。これは命令だからな」
「……はい」
俺が少し強い口調で言うと、セリスは小さい声で答え、そのまま地面に視線を落とした。
「とにかく早く書状を渡してこの街から───」
「セリスっ!!」
話の途中で名前を呼ばれたセリスはそちらに視線を向ける。俺もつられて見ると、少し髪の長い青年がこちらに走り寄ってきていた。
見たところ悪魔の中でもセリスと同じサキュバス、あぁ男だからインキュバスか。多分この種族は美しい女かハンサムな男しか生まれないんだろうな。久々のイケメンは死ね。
顔が紅潮しているが、どうも走ってきただけが原因じゃないらしい。その証拠にセリスを見る目がキラキラと輝いてやがる。…………よかったじゃねぇか。ゴブリン以外にモテてよ。
「あら、キールじゃありませんか。おはようございます」
セリスの顔色から察するに、顔見知り程度の間柄じゃないらしい。まぁ、仮にもこの街はセリスの街だからな。仲のいいやつくらいいるだろ。
「こんな時間に街にいるなんて珍しいね!」
「はい。今日は少し代行に用事があってきました」
「そうなのか……相変わらず秘書としてのお仕事、大変そうだね」
キールが俺に目を向ける。うわっ……他の悪魔も大概だけど、こいつのはけた外れだ。視線だけで人が殺せるなら俺はとっくにお陀仏だろうな。
いたたまれなくなった俺が目を背けると、向けた先で見知った顔を見つける。ここにいても邪魔だって思われてそうだし、ちょっと席を外すかな。
「セリス、ちょっと見知った顔がいたから声かけてくるわ。知り合いなんだろ?少しくらい世間話したって罰は当たらねぇぞ」
「あっ、クロ様……!?」
俺は逃げるように二人から離れていった。だって俺がセリスって言った時のキールってやつの表情がマジでやばかったぞ?あんなハンサムでも醜悪な顔っていうのはできるもんなんだな。
っと勢いで来ちゃったけど多分間違いないよね?一回しか会ってないから自信ねぇわ。とりあえず名前を読んでみればわかるだろ。
「えーっと……アコム?いやちげぇな……ソドム?しっくりこねぇ……セコム?絶対違う!……あぁ、アトムだアトム!!おーいアトムー!!」
俺の声に反応したエリゴールの男が振り返った。一瞬俺の顔を見て眉をひそめたが、次第に驚きに満ちたモノに変わっていく。
「き、貴様はっ!?」
「俺の顔を知ってるっぽいってことはやっぱアトムで間違いないか」
アトムはワナワナと震えながら、俺を指さしてその場に固まった。
俺が声をかけたのは悪魔の中でも肉弾戦を得意とするエリゴールの男、アトム。こいつは俺達の林間学校を邪魔した張本人であり、俺が魔族領に来る羽目になった元凶。
つーかこいつ俺を指さしたまま何も言わねぇんだけど。とりあえずエリゴールって種族をじっくり観察させてもらうか。
うーん、羽も生えてて尻尾もあるし、おまけにちょこっと角も生えてんな。同じ悪魔であるサキュバスのセリスもメフィストのアルカも、見た目はほとんど人間と遜色なかったのに。あっ、でもアルカは髪に隠れているけど二本角が生えてたっけ。
どっちにしろ俺が教科書で見たことのある悪魔の絵はこのエリゴールが一番近そうだ。多分人間との戦いで悪魔の中で先頭に立つのがエリゴールだから、その姿かたちが人間の世界に伝わったんだろ。
「貴様っ!なぜこんなところにいるっ!?」
あ、やっと誰かアトムのスイッチをいれてくれたようだ。無事再起動してくれたみたいでよかったよ。
「いやー今日は指揮官の仕事で来てるんだよ。お前も噂くらいは聞いてんだろ?」
「指揮官……ということはお前が新しい魔王軍指揮官ってことか!?」
「そういうこと」
そっか。こいつは俺がフェルと戦っている時途中で気絶してたから俺が魔族領に来たことを知らないのか。
アトムはなにやらブツブツ呟いた後、おもむろに俺に頭を下げた。
「そうでありましたか。いや、知らなかったこととはいえ、失礼な態度をとりました」
……はっ?いやいや態度代わりすぎだろ?俺の方が焦るわ。
「おいおいアトム……急にどうした?」
「急にと言いましても……魔王軍の指揮官であれば、このような態度で接するのが普通ではありませんか?」
そ、そういうもんなのか?いやでも確かに幹部クラス程度の権力はあるんだよな俺。でも……。
デュラハン→腕一本よこせよ
ゴブリン→クロ吉~
オーク→指揮官がなんぼのもんじゃい!俺達はさぼるんじゃ!
オーガ→お前の器見ちゃるけんのぉ……
誰一人として敬ってねぇぇぇぇ!!!オーガに関してはどっちが上かすらわかんねぇよ!
俺が今まで会ってきたバカどもを思い出しながら無言で悶えていると、アトムが心配そうに見てきた。
「あの……指揮官様?どうかされましたか?」
「いや、なんでもない……ちょっといろいろ思い出して……つーか堅苦しいから今までの話し方でいいぞ?」
「し、しかし……!!」
「命令。口調を戻せ」
俺がきっぱり言い切るとアトムは渋々といった感じでしゃべり方を戻した。
「貴様がそういうならそうするが……」
「気にすんな。それよりいいのか?」
「なにがだ?」
「俺なんかと普通に話して。ほら……俺はこの街だと目の敵にされているっぽいしな」
まぁ、話しかけたのは俺なんだけどね!でも、アトムを見つめる視線が鋭くなったから、ちょっと気になってきちゃったんだよ!
「別に構わん。むしろ魔王軍指揮官相手に不躾な視線を向けているこいつらの方がおかしいのだ」
「はー、そういう考え方ね」
なんか……武人だなこいつ。
「風の噂で魔王軍指揮官に任命されたのは人間だって話を聞いていたが……貴様であったなら我も納得だ。貴様の力はしっかりとこの目に焼き付いておる」
結構派手に戦ったからな。それにフェル相手に手加減なんかしている余裕なかったし。
「それに我の傷を癒してくれた恩義もある。貴様は人間だが、悪戯に魔族を貶めようとしないことは理解しているつもりだ」
……こいつの傷を癒したのは、そうすればフェルが機嫌を直して撤退してくれるかなって期待してたからだ。まぁばらすつもりなんてないけど。
「クロ様……?」
俺がアトムと話していると、いつの間にかセリスが不思議そうな顔をして後ろに立っていた。
「これはセリス様、お初にお目にかかります。エリゴールのアトムと申します」
「は、はぁ……ご丁寧にどうも……」
「確かクロ殿の秘書になられたと伺いました。この者は魔王様に勝るとも劣らない傑物。素晴らしい男に仕えたものだと僭越ながら感心いたします」
セリスがアトムの言葉に目を丸くしている。そりゃそうだろうな。人間を恨んでいる奴が殆どの悪魔の中で、こうやって俺をべた褒めしているんだから。正直照れ臭い。
「なにやら指揮官の仕事でこの街に訪れたご様子。あまり時間をとらせても申し訳ないので、我はこの辺で失礼させていただきます」
ピシっと頭を下げるとアトムは颯爽と歩いていった。うん、やっぱりあいつは武人だ。
「……今の方は?」
「あぁ、向かいながら説明するよ。それよりそっちの話はいいのか?」
俺がチラリとセリスの後ろに目をやるが、先ほどまでいた場所にキールの姿はもうなかった。
「え?あ、あぁ……先程の彼は私の幼馴染なんです。私達の種族の中でも、幻惑魔法にとびぬけた才能を持っておりまして、色々と話をしていたんですが、それももう終わりました」
とびぬけた、ねぇ……なんだろう、このモヤモヤする感覚は。セリスが嬉しそうに幼馴染を褒めるのが気に入らないなんてことはない。ないったらない。
「そうか、ならさっさと向かうとするか」
「はい」
俺はチャーミルの街の長代行がいる屋敷に向かいながらフェルと会った時の話をする。そういえば結構長く一緒にいるのに、話したことはなかったな。話す機会もなかったんだがな。
「そんなことがあったんですね……」
話を聞き終えたセリスが感慨深げに頷いた。
「そうなると先ほどのアトムさんの功績は大きいですね」
「功績?なんかあるか?」
「えぇ、あなたを魔族側に引き込めました」
セリスがさも当然とばかりに言う。あーまぁういう考え方もあるっちゃあるか。でもそれって功績か?厄介者を引き込んだだけな気がしなくもないんだけど……。
いつものように俺の考えを読み取ったセリスが首を横に振って否定した。
「正直に申しますと、今ルシフェル様とクロ様が本気で戦えば、どちらが勝つか予想がつきません。あなたが現れるまではルシフェル様に敵うものなんていないと思っていましたのに」
確かにな。俺自身勝てるとは思っていないが、そう簡単に負けてやるつもりもない。どちらにせよ本気でやり合ったら俺もフェルも無事では済まないよな。あっ、フェルで一つ思い出したことがある。
「そういえばセリスさぁ……なんか今日フェルに対して冷たくなかった?」
「ルシフェル様にですか?そんなつもりは全くありませんが」
いやそんなはずはない。だって今めっちゃ目が怖いもん。フェルの名前出した途端これだもん。あいつ絶対なんかやらかしたよ。フォローしておいた方がいいかこれ?
「まぁ、強いて原因があるとすれば、ルシフェル様がアルカとかくれんぼをしている時、見つからなくて半泣きになっているアルカを見て楽しんでいたのが癇に障ったくらいでしょうか?」
うん、百パーセントあいつが悪い。自業自得だ、バカめ。
そんな話をしているうちに俺達は目的の屋敷の前にたどり着いた。
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