第57話 大切なのはノリ

 ベジタブルタウンよ、俺は帰ってきた!


 いやー、三週間ぶりくらいかな?久しぶりに来たけどやっぱりここには畑と田んぼしかねぇわ、うん。


 ところで……。


「あのー……セリスさん?今日は勧誘に来ただけなので別について来なくても……」


「私が目を離すと、またバカなことをやり始めそうなので」


 そうですか。信用無いですか。信用無いですよね。でも、昨日のことを思い出したら馬鹿なことを考える気力もありません。

 とりあえず身体の自由を奪って、ゴブリン達にくすぐられ続ける幻だけはもう勘弁願います。


 気を取り直して目当ての奴らを探しに行く。途中にあった畑ではゴブリンが魔法陣を駆使して畑に水やりをしていた。うんうん、ちゃんと魔法陣が普及しているな。つーか心なしか働いているゴブリン達が少ないような気がするが?


「あっ!クロ吉でやんす!あとセリス様も!」


 そんなことを考えていると、ガリとデブコンビのゴブリンがこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。セリスが微笑みながら挨拶すると、二人とも顔を真っ赤にさせて俯く。


「おう!ゴブ郎にゴブ衛門じゃねぇか!元気にしてたか?」


 俺が声をかけると、二人とも顔を見合わせて微妙な表情を浮かべた。ん?なんだ?なんかまた問題が発生しているのか?


「元気にはしているでやんすが」


「ものすごく暇なんだなぁ~」


 ゴブ衛門が持っていたキュウリをかじりながら言う。こいつはいつもなんか食ってんな。


「暇なのはいいことじゃねぇか。いっつもサボってただろ?お前ら」


「仕事があるのをサボるから楽しいでやんす!」


「そうだよ~。最近はぼーっとしててもゴブ太監督はなんも言ってこないし、張り合いがないんだな~」


 あーなるほど。なんだかんだゴブ太をからかって遊んでいたもんな俺達。久しぶりに背中になんか入れてやるか。……っと今日はそんなことをやりに来たんじゃなかった。


「じゃあ話は早いな。お前らは指揮官権限で引き抜かせてもらうわ」


「ん?前に言っていた話でやんすか?」


「そういえばそんな話してたね~。領主様の許可はもらったの~?」


「あぁ。ギーからは人手不足にならない範囲でゴブリンを連れて行ってもいいって言われてる」


 俺の言葉に二人とも少し驚いた顔でセリスの方を見た。おい、なんでそっちを見るんだよ。


「本当の話ですよゴブ郎さん、ゴブ衛門さん。ですが、無理やりに連れていくということではありませんから、お二人が嫌ならば断わっていただいてもいいんですよ?」


「ほへー……流石クロ吉でやんす」


「領主様に認められるなんて、クロ吉はやっぱりすごいんだな~」


 二人が感心したように頷いた。つーか、なんで俺の言葉は疑ったくせにセリスの言葉だとそんなすんなり受け入れてんだよ。俺とセリスどっちが信用できると思ってんだ。セリスに決まってんだろ。くそが。


「それで?返事はどうする?」


「あっ拙者は別にいいでやんすよ」


「僕も~」


 よし、労働力確保。ここまで即答だとは思っていなかったから若干面食らったけど。

 セリスも同じように面食らっており、おずおずと二人に尋ねかけた。


「あの……私が言うのもなんですけどお二人ともいいんですか?何をやらされるかとか全然聞いていませんけど……?」


二人は顔を見合わせ、俺の顔を一瞥するとセリスに向き直る。


「「なんかついていった方が面白そうでやんす(だからね~)」」


 うん、やっぱりこいつらはこうでなくっちゃな。セリスの顔が少しひきつっているが、そんなの俺には関係ナッシング。後は……。

 俺は木の影からこちらの様子を覗っているゴブリンに目を向ける。


「おい。さっきから隠れているつもりだろうけどバレバレだから」


 俺の声にビクっと身体を震わせると、ゴブ太はゆっくりと木の影から姿を現し、こっちに歩いてきた。


「あ……これは魔王軍指揮官のクロ様とセリス様……本日はお日柄もよく……」


 俺達の側に来るや否や、愛想笑い全開でもみ手までし始めやがったぞこいつ。こんなキャラだっけ?あぁ、立場が上の奴にはこんなキャラだったわ。


「このような汚らしい場所に高貴なお二方が一体なに用で」


「きもい」


「ふぎゃっ!?」


 俺は顔を顰めながらゴブ太の脳天を手刀でカチ割る。そのリアルな感じで上司に媚びへつらう感じやめろ。


「な、なにすんだよクロ吉!!」


 頭をさすりながら涙目で睨みつけてくるゴブ太であったが、ハッとした表情を浮かべるとまたすぐにあの愛想笑いが始まる。


「なにをするでありんすかクロ指揮官様。恐悦至極不愉快極まりありまるですよ?」


 いやちゃんとした言葉でしゃべれ。マジで意味わからん。とりあえずこいつの茶番に付き合っていたら日が暮れちまう。さっさと用件話すべや。


「今日はお前を引き抜きに来た。えーと……ルルルール・ルールルだっけか?」


「オルルディルオールメルランディルだ!当てる気ないだろ!」


「おう、そうだそうだ。そういうわけでゴブ太、よろしくな?」


「結局ゴブ太!?」


 相変わらずのキレのあるツッコミ。こいつがいると俺がツッコまなくていいから助かるわ。


「と、とりあえずオイラ達を連れて行って何させるのかだけ教え……てください」


 とってつけたような敬語。お前にそういうの求めてないから。


「ゴブ太、指揮官命令だ。前と同じような口調で話せ」


「う……わかったよ。指揮官様がそういうなら」


 ゴブ太がばつの悪そうに顔を背ける。やっぱりギーの選択は正しかったんだな。最初から指揮官っていう体で来てたらこいつの面白い部分には気がつけなかっただろう。


「まぁ、目的もわからずついてくるやつはただのバカだからな。ちゃんと説明してやろう」


「なんか拙者たちがバカにされている気がするでやんす」


「心外なんだな~」


「はん!オイラはお前達みたいなバカとは違うんだよ!」


「そうだな。ゴブ太はバカじゃない。キング・オブ・バカだ」


「誰がバカの王様だ!?」


「貴様のバカさ加減は他の追随を許さない……誇りに思うんだな」


「褒めてないからね!?それ!?」


「クロ様……話が進みませんので」


 俺がゴブ太をからかって遊んでいると、セリスが冷たい視線を向けてくる。なんだよ、これから面白くな……うん、そうだね。早く話をしよう。だからセリスさん、魔法陣を描こうとするのはやめてください。


「簡単に言うと、お前らにはアイアンブラッドに行って酒場を経営してもらいたい」


「アイアンブラッド?」


「酒場?」


 三人が首をかしげる。本当にこいつらはバカだな、今の説明で分かるだろが。むしろ何が分からないのか俺が聞きたいわ。


「……アイアンブラッドってあのデュラハン達がいる街でやんすよね?」


「ん?そうだが?」


 少し考え込んでいたゴブ郎が神妙な顔で尋ねてきたので、俺が普通に返事をする。なのに三人とも何とも言えない表情を浮かべた。


「……デュラハンって他の種族と関わろうとしない人たちだよねぇ~」


「オイラも何度か野菜を運んだことあるけど、一度も話しかけられたことないぞ?」


「そんなところで酒場なんてやっていけるでやんすか?」


 あっそっか。こいつらはデュラハンが変わってきていることを知らないのか。三バカの懸念も頷けるってもんだ。

 しっかしなんて説明したらいいかなぁー……改革の話をしたところであれだし……デュラハン達がいい奴らだって説明しようにも、実際に関わってみなきゃあいつらの魅力ってわからないんだよなぁ……あーなんか面倒くさくなってきた。


「まぁ、なんとかなるだろ」


「クロ吉がそういうなら問題ないでやんすね」


「アイアンブラッドか~美味しいものあるかな~?」


「えっ納得なの?」


 二人の順応性の高さにゴブ太が目を丸くする。まったくゴブ太の奴は……この二人を見習えっての。

 俺は屈託のない笑みを浮かべると、ゴブ太に向き直った。


「ゴブ太君……ゴタゴタ言ってないで僕は君達に労働にさっさとハイって勤しむ尊さを、言えばいいんだよ。そして、デュラハン達脳みそ米粒のくせにの素晴らしさを悩んでんなバカ伝えたいだけなんだ。」


「心の声ぇ……」


 ゴブ太がシュンとしたように肩を落とす。よしよし、何とか俺の熱意は伝わったようだな。これでやっとアイアンブラッドに行け……ってなんだよ、ゴブ太。まだなんかあんのかよ?


「やっぱりオイラはいけない!」


「なんででやんすか?お店を持つのはゴブ太の夢じゃないでやんすか」


「そうだよ~、その夢が叶うんだよ~」


 ほー……ゴブ太の奴そんな夢があったのか。それなら二つ返事でついてきてもいいもんなのに。だがゴブ太はキッとこちらに強い視線を向けてきた。


「店を持つのは確かにオイラの夢だ!だからこの話だって正直嬉しいって思ってる!でも、オイラはここの監督役なんだ!ここで働いているゴブリン達を置いてはいけない!」


 なんかいきなり真面目な話。お前ら三バカが出るときはシリアスな感じにしたくねぇんだよ。さっさと説得してアイアンブラッドに拉致監禁連れていくことにするか。


「おーい!ゴブリンどもー!!」


 俺が大声を上げると俺に気がついたゴブリン達がこちらに集まってきた。


「あークロ吉指揮官様だー!」


「久しぶりですー!」


「クロ吉ってえらいやつだったんだなー」


「セセセセセリス様もごごごご機嫌麗しゅう!!」


 おー結構慕われてんのな俺。そしてセリスと扱い違いすぎんだろ。まぁいいや。


「えーと、みんなに集まってもらったのは他でもない。今日俺はあのアイアンブラッドに酒場を作るためにここにいる三人を勧誘しに来たんだ」


 おーっと歓声が上がる。なんとなく誇らしげな三バカ。いやゴブ太、お前は残るって言ってただろうが。


「だが、ここにいるゴブ太はここの監督としてベジタブルタウンを離れるわけにはいかないと言っているんだ」


 ゴブリン達の中でどよめきが起こる。それが自分を名残惜しんでのことだと思ったゴブ太は思わず俯いてしまった。


「俺も非常に残念に思っている。だがゴブ太がそう言っているのであれば、俺も無理強いすることはできない」


 俺がチラリと目を向けるとゴブ太が肩を震わせている。自分の夢に手が届きそうなのに、その機会を失うのが悔しいのだろうか?俺はフッと笑うと集まっているゴブリン達に顔を向けた。


「みんなも知っている通りゴブ太は自分の店を持つのが夢である。そんな夢をかなぐり捨てても監督という立場をとったゴブ太の覚悟に感銘を受けた者は、ここに残ってゴブ太を励ましてやって欲しい」


 俺は少しの間様子を見る。そして、歯を食いしばりながら下を向いているゴブ太に優しく声をかけた。


「ゴブ太……顔を上げて何か言ってやれよ」


「くっ……みんな……オイラは…………って誰もいないんかーい!!」


 意を決して顔を上げたゴブ太の前には人っ子一人いなかった。みんなさっさと自分の持ち場に戻り、仕事を再開させている。本当にゴブリンってやつらは空気が読めるから最高だぜ!


「もう知らん!おいクロ吉!オイラもアイアンブラッドに行くぞ!!連れていけ!!」


「最初からそう言えばいいのによ」


 ぷんすか怒りながら歩いていくゴブ太を見ながら、俺は畑仕事に戻ったゴブリン達に目をやった。誰もが俺の方に顔を向け口パクで同じことを言っている。


 監督の事よろしくお願いします!


 まったく……結構な慕われっぷりじゃねぇか。俺は手を上げてそれに応えながら、三バカを連れてアイアンブラッドへと転移した。

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