第56話 仲間を大事にする奴に悪い奴はいない、というか悪い奴は仲間を大事にしない

 なんとかマキからご飯を受け取り(最後の最後まで状況を説明するように迫ってきたが)、いつものように三人で朝食をとった。

 アルカは初めての夜更かしだったんだろうな。いつもは俺より早く起きてくるのに、今日は俺が起こしに行くまで眠っていたよ。

 食事の時も焦点の合わない目でぼーっとしながら、機械のように手を動かし口に食べ物を運んでいた。まったく、何をしてもアルカは愛らしいぜ。

 そんなアルカを小屋へと残し、俺はセリスと二人でギーの屋敷に向かう。


 なんというか、微妙に距離を感じるなぁ……。俺はちらりとセリスに視線を向ける。確かに普段から俺の斜め後ろを歩いているセリスだったが、今日はあからさまに離れていた。


 まぁ…昨日の事を考えれば当然か。


 いやいや、ダメだ。昨日の事はすっぱり忘れるって決めただろうが。俺もセリスも事実はどうあれ、昨日の事は忘れたと言い張ったんだからそれを貫くしかない。……だが昨日のセリスの唇の感触は……。


「おはようございます」


 うおっ!超ビビった!いきなり声かけてきたんじゃねぇよ!

 俺はニコニコ顔で頭を下げるギーの屋敷の門番に目を向けた。いつもは不愛想に屋敷を案内するだけのこいつが、どういう風の吹き回しだ?


「お待ちしておりました。ギー様が部屋でお二人が来るのを待っておられます」


「あ、あぁ……」


 なんか対応が今までと全然違う。あからさまな警戒心はなくなり、むしろ俺達を歓迎するような雰囲気すら醸し出してんな。……まぁ、敵対させるよりはいいか。


「申し遅れましたが、私はギー様の護衛を務めております、トロールのフィンと申します」


 門番の男が俺達の前を歩きながら丁寧に名乗りを上げる。まじでどういう事なんだ?俺なんかこの門番にしたっけ?


「私の対応に疑問を持たれているご様子ですね」


 フィンが全く腑に落ちていない俺の顔を見ながら楽しげな口調で言った。


「……まぁな。以前とはまるで違うし」


「そうですね……その辺りはギー様にお会いすればわかると思います」


 そう言ってギーの部屋の扉の前まで俺達を案内すると、丁寧に一礼をしてフィンは去っていった。

 ギーに会えばわかるって言ってたな……どういう事だ?

一応セリスに顔を向けてみるも首をかしげるだけ。どうやらセリスにも心当たりはないようだ。

 まぁ、考えていてもしょうがない、とにかくギーに会ってみるか。

 俺はノックもなしに部屋の扉を開け、中へと入る。


 そこには驚きの光景……など当然なく、いつも通りギーが椅子に座りながら書類とにらめっこしていた。


「ん?来たな?」


 ギーはニヤリと笑うと書類を机に放り投げる。その顔やめとけ。トロールのお前がやると悪巧みしているようにしか見えねぇから。


「ダニエルから話は聞いた。随分派手にやってくれたようだな」


「派手にやったっていうか派手に酔った」


 特に昨日は酷かった。完全に平衡感覚がごちゃごちゃになって、どっちが上でどっちが下かわからなくなってたぐらいだからな。


 それを聞いたギーがおかしそうに笑う。


「らしいな。その状態でリヴァイアサンを倒すとは……魔王軍指揮官の名は伊達じゃないって事だな」


「……煽ててもなんもでねぇぞ?」


「そうなのか?少しは俺の給料を上げて欲しいもんだがね」


 ギーが軽い口調で言いながら肩をすくめた。こいつめ、俺にそんな権限ない事知ってるくせに。相変わらず食えないやつだな。

 まぁいい、俺はそんな世間話をしに来たんじゃねぇんだ。目的は一つ。ゴブリンの拉致監禁。だが、その前に一つ確認しておくことがある。


「一応これで三つのエリアを回ったが……まさかここも視察しろとは言わないよな?」


「ベッドタウンは俺がまとめている街だ。自分てめぇのけつは自分てめぇで拭くよ」


 よし、言質はとった。これ以上厄介ごとを押し付けられてたまるかよ、まじで。


「それならこの街の視察は終わりって事でいいな?」


「そうだな。本当に助かったよ、ありがとう」


 バカめ。俺が欲しいのは感謝の言葉なんかじゃない。経験豊富な労働力コックだ。


「なら話は早い。早速だが交渉を……」


「あーそういうのはいい」


 俺の言葉をギーが手で制する。はっ?こいつなに遮ってんだよ。こちとらこれが本題だっつーの。


「いやだから交渉をだな……!!」


「そういうのは必要無いんだよ」


 こいつ……俺にあれだけ働かせといてこっちの話は聞く耳持たないってか?ざっけんじゃねぇ!そんな勝手がまかり通るとおもうなよ!


「おい!ちょっと待てよこら!お前の要求は大人しく全部飲んでんだ!ならお前だって俺にゴブリンの引き抜きの権利ぐらいくれてもいいだろぉが!!」


「あぁ、仕事に差し支えない程度であれば、引き抜いてくれて構わないぞ」


「俺がなんのためにこの街で頑張って…………えっ?」


 あれ?今こいつなんて言った?


「なにアホ面浮かべてんだ。俺は引き抜いてもいいって言ってんだよ」


 ギーがさも当然とばかりに俺に告げる。えっ、どういう事?もしかして最初から引き抜きぐらいオッケーだった感じ?

 俺の表情から考えを読み取ったのか、ギーはやれやれといった感じで首を左右に振った。


「勘違いするなよ。お前が来たばっかの時に同じ要求をしていたら、俺はつっぱねてたよ」


「えっ?あー……まぁそうだよな」


 やっぱそうだよな。元々人手不足が問題になっているくらいだし。労働力をこの街から引き抜いていくのはギーにとって面白い話では無いな。

 ギーはゆっくりと前のめりになりながら俺を見つめる。


「俺はなぁ、指揮官。他の種族なんてどうでもいいんだよ。それこそ魔族だろうが人間だろうが関係ない」


 うん、そんな感じはした。幹部会でお前だけは俺に興味なさそうだったもんな。


「だが、俺の種族は別だ。こいつらは俺を頼ってこの街で生きている。だからそいつらを蔑ろにするわけにはいかない。俺達は仲間だからな」


 要は身内以外はどうでもいいってことだな。言いたいことはわかる。どっちかっていうと俺もそういう性質たちだしな。


「なるほどな……だが、それとこれとなんの関係があるんだ?」


「なーに、簡単なことだ。そんな仲間に慕われているお前さんは俺も仲間と認めざるを得ないってことだ」


 あーそういうことかよ。

 だからこいつは色んなところに俺を行かせたのか。自分の仲間が俺の事をどう捉えるかを確認するために……ちっ、回りくどい真似しやがって。

 ギーが立ち上がりスッと手を前に出して来た。


「つーわけで俺はクロ指揮官を認める。これからよろしく頼むわ」


 俺はギーの出した手を何も言わずに見つめる。


「なんだ?握手はお嫌いか?」


「……俺達は仲間なんだろ?ならクロ指揮官じゃなくてクロだ」


 ギーは一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。


「……俺の部下達が気にいるわけだ。それならそれでよろしくな、クロ」


「あぁ。こちらこそよろしく、ギー」


 俺は満足そうにギーの手を握る。こいつは中々に頭が回りそうだからな。仲良くしておくことに越したことはない。


「ってなわけで早速クロに聞きたいんだが、ゴブリンを引き抜きたい理由はなんだ?」


 ギーが俺の目を見ながら問いかける。探りをいれるというよりも純粋な興味で聞いているようだ。

 俺は後ろに立つセリスに視線を送る。


「セリス、ここからは機密事項だ。お前には席を外してもらいたい。部屋の外に行っててくれ」


「…………わかりました」


 少し不満そうではあったが、俺の真剣な表情を見たセリスは素直に部屋から出ていった。よし、これで心置きなく話すことができる。


「なんだ?大事な秘書さんにも聞かせらんねぇとは、ゴブリンを集めて魔王様の首でもとんのか?」


 ギーがからかうような口調で尋ねる。あほが。ゴブリンを集めたぐらいであの化け物に太刀打ちできるわけねぇだろ。


「そんなくだらねぇことしねぇよ」


「くだらないって……お前一応人間だろ?」


 あぁ、そうだよ?紛うことなき人間様だよ?だからなんだよ。若干呆れ顔のギーに俺は不敵な笑みを浮かべた。


「俺はなぁ……兄弟が治めるアイアンブラッドに酒場が欲しいんだよ!そこで俺は兄弟の盃を交わすんだ!ゴブリンはそこで働くコック!」


「…………はっ?」


 目が点になるっていうのはこういうことを言うんだろうな。俺はギーの顔を見ながらしみじみそう思った。


「……アイアンブラッドって事はボーウィッドの奴か。新参者の指揮官とあの無口なデュラハンが親しいとは噂で聞いていたが……」


「そういう事だ。ゴブ太の飯はマジで美味かったからな。俺はあいつを連れてって、俺行きつけの酒場の店主にすんだよ」


 転移魔法があるからすぐにアイアンブラッドに行けるしな。あいつが店長なら俺も気兼ねなく店で暴れられるってもんだ。


「……この話をするためにセリスを部屋の外に追いやった理由は?」


 ん?あーそれか。


「いやーあいつ堅苦しいとこあるからさー……俺がそんな目的でここに来たって知ったら目くじらたてるぜ?絶対ぐちぐち言われて叱られるから、あいつには聞かせらんない」


 魔王軍の指揮官ともあろう人が、とか始まるからなー。まじで面倒くせぇよ。……あと怒らせると怖いから、セリスは。


 俺の話を聞いたギーは笑いをこらえるかのように自分の手を口元に持っていく。


「なるほどな。そんなおもしれぇ理由なら最初から言えば、喜んでゴブリンを差し出してやったのに」


「まじかよ!なら最初から言えばよかったぜ!」


 俺は頭を抱えて後悔する。まーでもあいつらと過ごした日々もそう悪くなったから別にいいか。……船はもう勘弁だけど。


「その酒場が出来たら俺も行っていいんだろうな?」


「ん?あぁ、別にいいけど……お前転移魔法使えんの?」


「魔法陣は得意じゃねぇけど、移動に便利だからそれだけは練習した。アイアンブラッドには行ったことあるし、問題ないだろ」


 じゃあまーいっか。俺が迎えに行くとか面倒すぎて嫌だったけど、自分で来れるなら拒む理由はないな。それに俺はこいつのこと嫌いじゃないから、きっとボーウィッドともウマが合うだろ。


「それにしても……完全に秘書様に尻に敷かれてんじゃねぇか」


「バカ言え。立場は俺の方が断然上だ」


「その割にはこういう悪巧みは聞かせらんねぇんだろ?」


「そりゃあれだ……セリスはオカンみたいだからこういう時はいない方がいいんだよ!本当にあいつは口うるさいつーか、可愛げがないっつーか……俺様が面倒見てやってるっていうのによ!」


「……と、こう申しておりますが?」


「…………大変遺憾に思いますね。誰に聞いても頼りない指揮官を支えているのは私だと答えると思いますが?」


 カチーン。


 クロムウェルはその場に凍りついた。身動き一つ取ることができない。残念、俺の冒険はここで終わってしまった。

 ギーはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら俺と、俺の後ろに目を向けている。俺も壊れた機械のようにギギギッと音を立てながら振り返った。


「クロ様の命令通り、私は部屋の外で待機しておりますよ」


 そこには完璧と言わざるを得ない笑みを携えたセリスが立っていた。その…………扉の外に。


「確かに、クロは部屋から出て行け、とは言ったが扉を閉めろ、とは言っていなかったな」


「あと話は聞くなとも言われていませんので」


 そうだねー言ってないねー。でも、美人で優秀な秘書であるセリスさんなら、そこんとこなんとなく察してくれると思ったんだけどなー。

 俺は身体中から嫌な汗が流れているのを感じる。というか黒コートの中はもうびしゃびしゃだった。


「とりあえずデリシアの街での視察ご苦労様でした。先ほどの件についてはまた後ほど話し合いましょう……じっくりと」


 あれー?セリスさん完全に前の冷徹秘書に戻ってるよなー。ここに来る前のお淑やかなセリスさんの方が俺は良かったかもしれないなー。


「かっかっかっ!お前さん達は本当に良いコンビだな!」


 ギーが快活に笑い声をあげる。てめぇ!他人事だと思いやがって!俺が恨めしげに視線をやるとギーは笑いながら、羽虫を追い払うかのようにシッシッと手を振った。


「さぁ、俺は仕事があるんだ。そっちの揉め事は他所でやってくれ。あぁ、クロ。酒場が出来たら報告してくれよな」


「お、おまっ……!!」


「そうですね。ギーも忙しいみたいだからさっさと帰りますよ。それでは失礼致します」


 セリスはギーに頭を下げると俺の腕を掴んでさっさと部屋から出て行った。って痛い痛い!腕に爪が思っくそ食い込んでるから!血が出ちゃうから!つーか出てるから!




 そこから先の事はあまり思い出したくない。今日はもう仕事は終わり、と二人で小屋に戻り、一日中指揮官としてのあり方について幻惑魔法による処刑話し合った。昨日の一件が俺の頭から消し飛ぶくらいに。



 この日、俺はもう二度とセリスに内緒で悪巧みをしないことを心に誓った。

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