第47話 洗脳と心酔は区別が難しい

 翌日、朝食を終えた俺達は今日もアイアンブラッドに行くというアルカを見送り、ミートタウンへ向かおうと中庭に出ていた。


「……なぁ、本当に来るのか?」


「クロ様がなんと言おうと、今日はいかせていただきます」


 セリスの決意は固いみたいだ。こりゃ連れて行かないわけにはいかないわな……絶対に怒られるから嫌なんだけど。いや、うだうだ言ってても仕方ねぇ。もうどうにでもなれってんだ!

 俺は半ば自棄ヤケになりながらセリスを連れてミートタウンへと転移した。


 ミートタウンにたどり着くや否や、セリスは警戒するように辺りを見回す。


「特に変わったところはないですかね……?」


「お前は何を警戒しているんだよ」


「いえ、クロ様の事だから牧場を魔改造しているのではないかと……」


「んなことするわけねぇだろ」


 牧場なんて魔改造できるわけないだろ……牧場は。


 セリスは相変わらず、どこかおかしいところはないかと目を光らせている。だから、何にもしてないっつーの。俺のことを少しは信じろよな。……っと、そろそろ時間か?


 ……ドドド。


 なにやら地響きが聞こえてきたが別に慌てることもない。当然、俺はこの地響きの正体を知っているからだ。俺とは違い、何が起きているのかわからないセリスは、不安そうに俺の方に目を向けてきた。


「……なにか近づいてきていませんか?」


「見てればわかる」


 そう言って俺は牛舎の方を目で示す。セリスも俺に倣って牛舎に顔を向け、目を細めた。うっすらと何かの群れが俺達の方に向かって全速力で走ってきているのが見える。


「まさか……!?」


 唖然としているセリスを放置して、俺は一歩前に出た。目の前までやって来たオーク達は一部の乱れもなく整列し、直立不動の姿勢をとる。


「「「「おはようございます!! クロ指揮官!! セリス様!!」」」」


 全員が声をそろえて俺達に挨拶をした。百人近くのオークが一斉に言葉を発しているというのに些細なズレもない。

 俺は恐る恐るセリスの顔を盗み見た。……うん、反応は概ね予想通り。目の前に広がる光景に頭がついていってないって感じ。ポカンと口を開けたままオーク達を見ている。これ、思考能力が戻ったら百パーセント怒られるやつだろ。

 つーかセリスの前であれやるの嫌だなぁ……でも、やらないわけにはいかねぇよな。とりあえず様子見をば……。


「おい、お前ら! 朝からそんな腑抜けた声出しやがって!! そんなんで動物の世話ができると思っているのか!!」


「「「「申し訳ありませんっ!!!」」」」


「あー!? 聞こえねぇぞ!!」


「「「「申し訳ありませんっ!!!!」」」」


「声がちいせぇって言ってんだよ!!!!」


「「「「申し訳ありませんっ!!!!!!!!!!」」」」


「うるせぇぇぇ!!!!」


 俺が怒声を上げると、オーク達はなぜか満足げな表情を浮かべる。よし、とりあえずお約束はやったし、セリスは完全に固まったままだし、もう気にせずに例のやついっとくか。俺はオーク達を睨みつけながら目一杯空気を吸い込むと、腹に力を込めた。


「お前らにとって動物とはなんだっ!?」


「「「「動物とはっ! 我が友人っ!! 我が家族っ!! 我が同胞っ!!!」」」」


「ならばお前らは動物に対しどう接するっ!!?」


「「「「誠心誠意全力でぶつかるっ!!! 常に真剣に向き合いっ!! 僅かな違和感をも見逃してはならないっ!!!」」」」


「じゃあ、お前らの身体は何のためにあるっ!!?」


「「「「動物と共に生きるためっ!! 動物と共に死ぬためっ!!! 我が身体っ!! 我が心っ!! 我が魂は動物と共にあるっ!!!!」」」」


「よし! 各自自分の仕事につけ! 解散っ!!!」


「「「「イエッサー!!!!!」」」」


 俺の言葉を受けたオーク達は一糸乱れぬ動きでこの場から立ち去る。多分さっきまでは牛の乳を搾ってたんだろうから、次は羊の毛を刈りに行ったな? しっかりと心を込めて丁寧に刈ってやるんだぞー。


「……とまぁ……ね?」


「ね?」


 あっ、これセリスさんがマジで怒っているパターンのやつだ。やべぇよやべぇよ。


「ね? じゃないですよ!! なんですかあれ!? 完全に人格変わっちゃってるじゃないですか!!」


「いやー……まぁー……うん……反省はしている」


「反省すれば何をしてもいいってわけじゃないですよ!?」


 ほらほらセリスさん、そんなに眉間に皺を寄せていたらせっかくの美貌が台無しですよ? あんまり怒らない怒らない。


「怒らせているのはあなたでしょうが!!」


 結構ナチュラルに俺の心を読んでくるんですね。めちゃくちゃびびりました。とにかく、暴れ馬のようにフーフー唸っているセリスを宥めなければ。


「まぁまぁ……結果的にはあいつらしっかりと仕事をやるようになったんだぞ? それともあのままやる気のないやつらで良かったっていうのか?」


「それはっ……!! 良くないですけど……」


「だろ? やる気になったのはいいことじゃないか!」


 まぁ、今のあいつらの雰囲気だと、やる気っていうか殺る気って感じがするけど。


「これで家畜も大切にされるし、作業もテキパキやるようになったし、良いことずくしだろ?」


「……彼らの性格は魔改造されてしまいましたけどね」


「はっはっは……」


 セリスにジト目を向けられ、俺は笑ってお茶を濁す。それに関しては大変遺憾に思っています。


「と、とりあえずあいつらの仕事っぷりを見に行こうぜ」


「……見たくない気もしますが、行きましょうか」


 セリスが複雑な表情を浮かべている。なーに、セリスもあいつらの仕事をしている姿を見れば、俺が正しかったって納得するだろう。



「貴様っ!! 今、ヒータが一瞬顔を歪めたぞ!! ちゃんとヒータの気持ちになって毛を刈れ!」


「はっ! 申し訳ありません!!」


「次同じことをやったら貴様の毛も刈り上げて、ヒータの気持ちを体感してもらうからな!!」


「はっ!! 了解であります!!」


「……なんですかこれは?」


 羊小屋でのオーク達の仕事を見学していたセリスは盛大に顔を引き攣らせていた。うん、あれだ、昨日は別に何とも思わなかったけど、いざ冷静に見てみるとひどいな、これ。


「……いったい何をしたらあんな風になってしまうんですか?」


 セリスが非難じみた視線をこちらに向けてくる。別に特別な事なんて何もやってないんだけどな。王国騎士団の訓練ってのを見学に行った時にやってたやり方を真似しただけだ。


 いやーあのスパルタ訓練を見た時は、俺は絶対に騎士団には入らないって思ったけど、実際にやってみたら上に立つ方は結構面白いのな。

 それにオーク達の素質もやばい。多分あいつらは上に立つ者の影響を多分に受けるんだろうな。こいつらを束ねていたタバニが面倒くさがり屋で怠惰な男だったから、全員がそんな感じになったっぽいし。まぁ、そんなタバニも……。


「ややっ! これはクロ指揮官! ご苦労様であります!!」


 俺に気がついたタバニが猛スピードで目の前まで来ると、ビシッと敬礼した。背筋は棒が入ってるんじゃないかと疑う程まっすぐに伸びている。俺が敬礼を返し「休め」と指示を出すと、手を後ろで組み、足を肩幅に広げた。


「セリス様もお勤めご苦労様です!!」


「えっ? あっ……はい。ご苦労様です……」


 タバニに真正面から視線を向けられ戸惑うセリス。タバニはそんなことを一切気にせず、俺の方に向き直った。


「報告します! 7:00ナナマルマル、牛の搾乳および鶏の卵回収を開始! 8:30ハチサンマル、両作業を完了し指揮官に挨拶を終えた後、8:45ハチヨンゴ、羊の毛刈りを開始いたしました! 現在、異常はありません!」


「搾乳の時と卵を回収する時は?」


「はっ! ちゃんと一匹一匹に感謝の意を表しました!!」


「了解。引き続き指揮を頼む」


「イエッサー!!」


 再度敬礼をすると、タバニは駆け足で自分の持ち場に戻っていった。俺は他のオーク達を一瞥した後、セリスに向き直る。


「とまぁこんな具合だ。これで安心して動物達を任せられるだろ?」


「……何をどう解釈すれば安心できるというのですか?」


 セリスはなぜだか疲れたような顔をしていた。


「そういえばヒータってなんですか?」


「ん?羊の名前だ。俺がつけさせた」


「つけさせたってここにいる動物全部にですか?」


「そっちの方が愛着がわくだろ?」


「……なんか頭が痛くなってきました」


 当然のように俺が言うとセリスが自分の頭に手を当てる。はて?なんか変なこと言ったかな?



 午前中いっぱいオーク達の仕事振りを見てきた俺達は昼食をとった後、牛舎に足を運んでいた。

 この時間は牛を洗う時間だ。オーク達が自分の担当する牛に話しかけながら丁寧に洗っている。かくいう俺にも担当の牛がいるわけで……。


「おー花子。ここが気持ちいいのか?」


 俺は水属性魔法を放ちながら花子の背中を優しく洗う。そんな俺をセリスは無表情で見つめていた。やめろ!そんな目で見るんじゃない!


 俺は気を取り直して、花子に話しかける。


「花子はもうすぐお母さんになるからなぁー。ちゃんと元気な赤ちゃんを産んでくれよ?」


「もうすぐ出産なんですか?」


 セリスが興味深げにこちらに近づいてきた。おい、お前が近づいたらなんか変な病気に花子がなっちまうだ……いてぇ!もげるもげる!!耳を引っ張んのやめてください!!


「俺はそういうのに詳しくないからな。ただタバニの話ではもうすぐらしい」


「へー……そうなんですか……」


 俺が耳をさすりながら言うと、セリスが優しい眼差しを花子に向ける。セリスさん、その優しさを少しだけ俺にも向けてくれませんかねぇ……無理ですかそうですか。

 俺は花子の具合を確認するためにタバニの姿を探すが、どうやら近くにはいないようだ。


「……おい!タバニ!!」


「なんでしょうか!」


 俺が名前を呼んでから僅か0.02秒でタバニが現れる。俺がやっておいて何なんだが、お前それどうやってんの?今確実に俺の近くにいなかったよね?


「昨日みたいに花子の様子を見てくれ!」


「分娩の具合ですね!かしこまりました!!」


 タバニは慎重に花子に近づくと、念入りにその身体を観察し始めた。しばらく、花子の下にもぐりこんで調べていたタバニがゆっくりと這い出してくる。


「乳の色も白いですし、粘液の出方も尋常ではない。これは今夜あたりが山だと思われます!」


「こ、今夜!?」


 もう少し後だと思っていたのに。確か花子は初産だって言ってたよな。……なんか不安になってきた。


「……ご苦労だったな。下がっていいぞ」


「はっ!失礼します!!」


 タバニがいなくなると俺は花子を洗うのを再開する。奇麗な身体で産みたいだろうと思い、いつも以上に丁寧に優しく身体を拭いていった。


「……クロ様?どうかされましたか?」


 セリスが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。……しまった、花子を心配しているのが顔に出ていたか。


「昨日から仕事をしっぱなしだからな。ちょっと疲れが出たみたいだ」


「……そうですか」


 花子を心配しているのがばれると照れ臭いので俺は適当に言い訳をした。いや適当なんかでは断じてない。仕事をし続けているのも疲れているのも本当の事だからな。セリスは全然納得していないようだけど。

 

 水洗いを終え、俺がブラッシングを始めると花子が嬉しそうにモーっと鳴いた。ブラッシング好きだもんな、花子は。特に背中のこの辺が気持ちいんだよな。


 ブラッシングも終え、花子を洗うすべての工程を終える。俺が花子の正面に立ち、慈しむように見つめると、花子が俺に笑いかけてきたような気がした。


「花子……頑張れよ……」


 俺は花子の身体に優しく触れ、祈るように呟いた。



 動物達に夕飯を配り終え、すべての仕事を終わらせたオーク達が、俺とセリスの目の前に整列している。時刻は午後6時。ふむ、昨日はいろいろ試行錯誤を重ねながらやっていたせいか、仕事が終わったのが0時を回っていたけど、今日はなんとか晩飯前には終わらすことができたな。


「気を付け!!」


 俺が前に出るとタバニがオーク達に号令をかける。奇麗に並んだオーク達を見ながら俺は声を張り上げた。


「諸君!三日間という短い期間ではあったが、よく俺についてきてくれた!感謝している!」


 俺は話しながらこの三日間の記憶を呼び覚ます。……動物を愛でていたか、こいつらをしごいていた記憶しかねぇや。とりあえずそれっぽいことを言っとかないと。


「初めて会った時はクソ虫以下だったお前たちだが、今では立派な戦士になった!顔つきも身体つきも三日前とは別人のようだ!!」


 そうなんだよねぇ……。いや顔つきが変わるのは分かるんだけど身体つきもねぇ……。なんか前はただの肥満体型だったのに、今はゴリマッチョになってんだよこいつら。プラシーボ効果ってやつか?


「正直俺のしごきについて来れずに逃げ出す奴がいると思っていた!だが、お前らは弱音も吐かず、誰一人欠けることなくこの三日間を耐え抜いた!俺はそれを誇りに思っている!!」


 うわっ!なんかタバニの奴めちゃくちゃ泣いてんだけど!号泣なんだけど!そして他にも泣いている奴がほとんどなんですけど!?俺は騎士団の団長が新人騎士団員にやっていた演説パクってるだけなんですけどぉ!!?


「お、俺がお前達の勇姿を見ることはこれで最後になるが、お前らが俺の部下であったことはどんなことがあっても変わらない!!そいつを忘れるなっ!!」


「「「「はいっ!!!!!」」」」


「ただ今を持って『動物愛護訓練』を終了とする!!」


「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!」」」」


 オーク達が涙を流しながら雄たけびを上げる。俺はそれを微笑ましく見ながら、涙で顔をぐちゃぐちゃにしているタバニに近づき、無言で手を出した。タバニは鼻水を垂らしながら真剣な表情で俺の手を握り返すと、全力で敬礼する。俺はゆっくりと頷き、オーク達に背を向けた。


「……なんですか、この茶番は……」


 終始ドン引きしていたセリスがポツリと呟く。


 ……うん、俺もそう思うわ。

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