第42話 夏休みの絵日記で困ったらプールに行っておけ

 農業生活2日目


 今日は野菜に水を撒く仕事をやった。ゴブリンサイズのジョウロに水を入れて、バカ広い畑に水をやった。今回はゴブ郎もゴブ衛門も一緒だったのが嬉しかった。途中、暑かったので三人で水かけあって遊んでいたら、他のゴブリン達も加わってきて、てんやわんやの大騒ぎになった。楽しかったけどゴブ太監督が来てみんな怒られた。反省している。でも、ゴブ太監督の背中にミミズは入れといた。


 農業生活5日目


 今日は野菜の収穫をした。他の仕事に比べて全然苦じゃなかった。今回はトマトの収穫だった。あまり好きではないが、とれたてのトマトはみずみずしくて甘かった。こっそり盗み食いをしていたつもりだったけど、ゴブ衛門の口周りが赤くてすぐばれてしまった。トマトのように顔を真っ赤にさせたゴブ太監督に叱られた。反省している。でも、ゴブ太監督の背中にムカデは入れておいた。


 農業生活12日目


 今日は果汁園に来た。畑には男しかいなかったからゴブリンには男しかいないと思っていたけど、そうじゃなかった。女性は基本的に果物関係の仕事をしているらしい。女のゴブリンは見た目はほとんど男と変わらないけど、声だけはみんなめちゃくちゃ可愛かった。そして、何故か死ぬほどモテた。そんな俺をセリスが嬉しそうに見ていた。イラっとした。今日はゴブ太監督とセリスの背中にカエルを入れておいた。


 農業生活12日目 夜


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう二度とやりません。反省しております。心の底からお詫び申し上げます。許してください、セリス様。


 農業生活16日目


 最近畑仕事にも大分慣れて来た。鍬で畑を耕すにもヒーヒー言っていた頃が懐かしい。今は仲間のゴブリン達ともいい関係が築けて、充実した日を過ごしている。ゴブ太監督も俺の働きには満足しているらしく、今日は何も言われることはなかった。だから、とりあえずゴブ太監督の背中にスライムの魔物を入れておいた。


 農業生活17日目


 いやー今日も快晴快晴!絶好の種まき日和だな!!さぁ今日も元気に畑仕事を───。


「するわけねぇだろうが!!!!」


 俺は思いっきり地面に鍬を叩きつける。なにスローライフに目覚めてんの俺っ!?なに地道にコツコツ働いてんの俺っ!?なに仕事にやりがい感じちゃってんの俺ぇぇぇぇっ!?


「どうしたでやんすかクロ吉!?」


 突然発狂し始めた俺をゴブ郎が心配そうに見つめる。俺はそんなゴブ郎に目を向け顔を顰めた。

 なんかゴブリン達と仲良くなってたら、普通にここに来た目的忘れてたわ。俺は畑仕事を楽しむためにきたのではなく、ここに人手不足の問題を解決しに来たんだった。こんな所でせっせと労働に勤しんでいる暇はなどない。


「ゴブ太監督が来たから、まだどやされちゃうよ〜?」


 俺はゴブ衛門の指差す方に目を向けた。そこには美味しそうな飲み物を運ぶゴブ太の姿が。そして、その先にパラソルを開いてビーチチェアでゆったり読書するセリスの姿があった。


「セ、セリス様?ちゃんと水分補給されていますか?」


「あ、ゴブ太さん。気を遣わせてしまってすみません。いつも差し入れありがとうございます」


「いえいえ、魔王軍幹部として大事なお身体ですから!」


「うふふっ、優しいですね。ゴブ太さんが持って来てくださるものは全て美味しいですから大好きですよ」


「だだだだ大好き……!?」


 何ゴブ太の分際で顔赤くしてんだよ。つーかお前ら何してんの?

 特にそこの金髪女。バカンスに来てるんじゃねぇんだよ。リラックスしてんじゃねぇよ。また背中になんか放り込むぞ?

 ……いやそれはやめておこう。俺もまだ命は惜しい。


 それにしてもマジで腹立つな……。こっちは汗水垂らして必死こいて農作業してるっていうのによ!そっちはトロピカルジュースで休日エンジョイってか!?

 かーやってらんねぇ!!こんなちまちましたこともうやめだ!俺はさっさとこの仕事を終わらせてアイアンブラッドに酒場を作りたいんだよ!


「おう、お前らちょっとどいてろ!」


 最近仲良くなったゴブリン達を耕作地から引かせる。


「一体何をするつもりでやんすか?」


「さぼってると怒られちゃうよ〜」


 怪訝そうな表情浮かべながら後ろへと下がる二人。悪りぃな、ゴブ郎、ゴブ衛門。俺はもうこんな地味な作業はうんざりなんだ。


 俺は耕作地に向けて手をかざした。大体忙しすぎんのが悪いんだよ。こんだけずっと働いてりゃいい案なんか浮かぶわけねぇんだ。

 この前アルカに重力属性の魔法を見せた時、俺の魔法陣が進化しているのは知ってんだ。このくらいの範囲、どうとでもなるだろ。

 組成する魔法陣は地属性の初級魔法シングル一種ソロ、大きさは極大。周りのゴブリン達が慌てふためいているが、そんなの無視だ。


「"地面にお絵描きグランドアート"」


 俺が魔法を唱えると目の前の荒地が生き物のように蠢き出した。大事なのは土に空気を含ませる事と土を柔らかくする事。こちとら二週間以上畑仕事をやってるんじゃ。どうやって土を動かせばいいかなんて身体で覚えたっつーの。後は均等の距離に畝を作って、と。よし、完成!


「「「「おおー!!!!」」」」


 あっけにとられた様子で見守っていたゴブリン達があっという間に出来た綺麗な畑を見て感嘆の声をあげる。


「すごいでやんす!これだけの広さ、拙者達の手なら三日はかかるでやんす!」


「本当だよ〜!!驚いたんだな〜!!」


 ゴブ郎だけじゃなく、いつもおっとりしているゴブ衛門も目を丸くしながら驚いていた。他のゴブリン達も同じように俺を讃える。讃えられるのは悪い気がしないが、今はとにかく解決策を見つけたいんだ。もう少し静かに俺を称賛してくれ。


「なんの騒ぎ……なんじゃこりゃー!!?」


 ちっ、うるせぇリアクション芸人が来たよ。からかうと面白いのはいいんだけど、考え事している時に来るとうざいことこの上ないな。


「こ、こ、これはクロ吉がやったのか!?」


 そうだようるせぇな。見りゃわかんだろ。今考え事してるんだからあっち行ってろ。あとクロ吉って呼ぶんじゃねぇよ。

 俺が無視しているにも関わらず、ゴブ太は目を血走らせながら鼻息を荒くしていた。


「す、すげぇ!!クロ吉!やればできるじゃないか!!」


 上から目線で言うんじゃねぇよ。上司かお前は。なんで俺の近くに来るといつも背中を庇ってんだよ。とにかくお菓子あげるからあっち行ってろ。あとクロ吉って呼ぶんじゃねぇよ。


「クロ吉がこんなことできるんなら人手不足も解決しそうだな!」


 だからその人手不足を…………ん?


「ちょっと待てよ……」


 俺は自分の顎を指で撫でる。…………そうだよ!なんで気がつかなかったんだよ俺!こんな原始的なやり方で畑仕事なんかやってないで魔法陣を使えば良かったんだよ!これぞ名案、解決策じゃん!

 俺はゴブリン達に目をやる。うんうん、確かに一人一人は魔法陣が下手くそっぽい顔しているが、これだけ人数がいれば、魔法陣がしょぼくても今の五倍、いや十倍は作業効率が上がるだろ!!


 突然ニヤニヤし始めた俺をゴブリン達が不気味そうに見つめる。

 おいおいそんな顔するなって。これからお前らの地味で退屈な作業が革新的なモノに変わるんだぞ?もっと嬉しそうな顔しろって!逆になんで今まで魔法陣を使ってなかったんだよー…………えーっと、なんで?


 だってどう考えても魔法を使った方が便利やん。水やりだって草刈りだって魔法を使えばちょちょいのちょいよ?デメリットなんて一切ないのに……だから、魔法を使わない理由なんて一つぐらいしか浮かばないよ。


 テンション爆上げだった俺の額からツーっと冷や汗が流れ落ちる。

 いやいや、それはない。流石にそんなことあってはならない。万に一つもその可能性はない。…………ないよね?


「…………ゴブ太?一ついいか?」


「監督をつけろ監督を!……で、なんだ?」


「お前ら魔法を使ったことないのか?」


 まさかとは思うが一応尋ねてみた。この世界では程度の違いはあれど人や魔族、魔物ですら魔法陣を作ることができる。そんな世界で魔法を使ったことない奴なんているわけがない、そう思ってた。


「何言ってんだクロ吉」


 ゴブ太が呆れた顔で俺を見て来る。よかった、魔法は使えるんだな。ならさっさと作業を魔法化して効率上げろよな。心配して損したわ。でもまーこれなら人手不足の問題は楽々解決───。


「ゴブリンのオイラ達が魔法なんて使えるわけないだろ」


……なるほどね。酒場までの道のりはそう甘くはないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る