第41話 偶に全力を出すと、力加減がわからなくなる
午後五時。俺の勤務時間はここまでの契約らしく、やっとのことでゴブ太に開放された俺はセリスと共に小屋へと帰ってきた。
「あっ!!パパ~!!ママ~!!」
疲労困憊の俺の所に生きる活力が飛び込んでくる。それだけで俺の身体は完全に回復した。
「アルカー!!いい子にしていたかー?」
「うん!今日はルシフェル様と鬼ごっこしたよ!!」
アルカが俺の身体に顔を押し付けながら嬉しそうに報告してくる。そうかそうか。あの魔王は相変わらず暇そうなんだな。くそが。
俺がアルカを腕の中から降ろしてやると、今度はセリスの方に抱きついた。ぷぷぷっ……後回しにされてやんの。
「なにか言いたそうですね、クロ吉さん」
「クロ吉さん?」
だぁぁぁぁ!!アルカに変な言葉教えてんじゃねぇぇぇぇ!!セリスがアルカを抱きながら勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「アルカのパパが友達からそう呼ばれているんですよ」
「へー……なんか可愛い!クロ吉パパ!」
ぐはっ……なんて可愛いんだ。思わず吐血しそうになった。セリスとアルカでどうしてこうも感じ方が違うんだ!アルカにならずっとクロ吉パパと呼ばれたい!
それにしてもセリスの野郎……俺をからかう良いネタを仕入れやがって。フェルに知られたらおしまいだぞこれ。俺も何かセリスをからかうネタを……。
ピコーン。
俺の頭上で豆電球が光る。セリスに抱かれたままのアルカの頭を俺はニヤニヤしながら撫でてやった。
「そういえばアルカのママはなぁ、今モテ期到来中なんだぞ?」
「モテ期?」
アルカが不思議そうな顔でこちらを見る。セリスの方はというと頬がピクピクとひくついていた。
「モテモテな時期ってことだ。いやーいいなーセリスは、あんなにも好意を抱かれて……ゴブリンにだけどな」
最後の一言に全ての悪意をのせてセリスにぶつけてやった。うーん、表情を見るになかなかの威力のようだ。この感じは久々の罵り合いが始まる予感。
だがそれに待ったをかけたのは我が愛しの
「ママにはパパがいるから、モテてもしょうがないよね?」
おっふ……。久々に来たかー。これはなかなかにえげつない爆弾。だって、俺もセリスも完全に表情が一時停止してるもん。静止画になっちゃってるもん。
「そ、そうだ!き、今日は早く帰ってきたから俺が新しい魔法陣でも教えてあげようかな?」
「い、いいですね!アルカ!ク、クロ様に教えてもらってはどうですか?」
「本当!?パパ教えてくれるの!?」
アルカは嬉しそうにセリスの腕から飛び下りた。両手を身体の前に出しながらキラキラした瞳で俺を見ている。爆弾処理、ミッションコンプリート。
さてさて、成り行きで教えることになったが何を教えてあげようかな……。
うん、いざって時に逃げられるように転移魔法を教えてあげよう。少し複雑な魔法陣だけどアルカになら覚えられるだろ。
「よし、アルカ。よく見ているんだよ」
俺は極力ゆっくりと転移の魔法陣を組み上げると、中庭の端に転移してみせた。そしてもう一度魔法陣を組成し、元いた場所に戻る。
俺がアルカにドヤ顔を向けると、アルカはなぜかクスクスと笑っていた。
「パパーそれはもう知ってるよ!」
「えっ?」
俺が目を丸くしていると、アルカは笑いながら、ほとんど一瞬で魔法陣を構築し、俺の前から姿を消した。そして、少し離れた所からこちらに向かって手を振っている。
驚いたなぁ……まさか転移魔法を覚えていたとは。それに素早く魔法陣を構築するのも様になってきてる。まぁ、まだまだ俺やフェルの速度には敵わないけど。
転移魔法で戻ってきたアルカの頭を、俺は優しく撫でてやった。
「すごいな、アルカ!いつの間にできるようになったんだ?」
「えへへ……ママが何度も転移しているの見てるし、それにルシフェル様との鬼ごっごは転移魔法を使わないとすぐに捕まっちゃうんだよ!」
あー……あいつそういうところ大人げなさそうだからなぁ……遊んでいるうちに魔法陣の方も上達したっていう感じか。ってかやけにセリスが静かだけど、どうした?
俺がセリスの方に目をやると、セリスは愕然とした表情でアルカのことを見つめていた。
「……魔法陣の構築スピードが私より速い……」
ガクッとうなだれるセリス。そりゃ魔法陣を覚えたての娘よりも自分が遅かったらへこむわな。お前の娘じゃねぇけどな。
「ママ……?」
アルカが心配そうにセリスを見つめる。セリスはゆっくりと顔を上げるとアルカに優しく微笑みかけた。
「アルカは本当にすごいですね。アルカの成長を感じて私は嬉しいですよ」
「本当っ!?ママにも褒められちゃった……」
アルカの天使のような笑顔に、セリスも冷静さを取り戻した様子。
「それにしても魔法陣の速さに驚かされました」
「そんなことないよ!パパもルシフェル様もアルカよりずっと早いもん」
「あの二人がおかしいだけなので、比べることはないんですよ?」
おい、一緒にすんじゃねぇ。つーかお前最近魔王への忠誠度低くねぇ?
「じゃあ、もうアルカはいろんなところに行き放題だな。でも、俺やセリスに言わずに遠くに行くのはだめだぞ?あぁ、アイアンブラッドならいいかな?」
「わかった!ちゃんと行くときはパパとママに知らせるね!」
「うんうん、いい子だ」
それにしても我が子の成長には驚かされる。俺がこのレベルになったのは魔法陣を知ってから二、三年はかかったぞ?やっぱりメフィストの血は伊達じゃないってことだな。
「ねぇ、パパ?他に新しい魔法陣はないの?」
そうだなぁ……んじゃあ思い切ってかなり難易度の高いやつを教えてやろうかな?
「よし!俺の得意な属性の魔法陣を教えてあげよう!俺に掴まれー!」
「わーい!」
アルカが嬉しそうに俺に飛びついてくる。なぜかセリスも俺の腕にしがみついた。
「えっ……お前も来るの?」
「いけませんか?私もクロ様の得意な魔法陣は気になります」
んー……まぁいいか、減るもんじゃねぇし。
俺は二人を連れてあのドラゴンがいた魔王城近くの森の入り口まで転移した。
「ここは……魔の森ですか?」
「あー……確かそんな名前だったか」
あの時はアルカを探すのに必死すぎて森の名前なんか知ったこっちゃなかったけど、後日この森がそう呼ばれているのを聞いたんだっけな。
「ここなら思う存分魔法を撃てるからな」
「……あなたの思う存分っていうのは少し怖い気がしますけどね」
俺の魔法を間近で見たことがあるセリスが若干顔を引き攣らせている。ったく、こいつは人を化物かなんかと勘違いしてないか?まぁそれは置いといて今はアルカに教えるのが先決だな。
「よーし、見てろよアルカ」
「ドキドキッ……!!」
おうおう、興奮しているのを口で表現するアルカも可愛いぞ。よーし、お父さんちょっぴり本気出しちゃおっかな?
俺は両手を前に出してできるだけ大きな魔法陣を
あれ?フェルと戦った時よりも魔法陣がでかいな。まだまだ俺も発展途上ってことだな!
「こ、この模様は……!?」
魔法陣のでかさに驚いていたのも束の間、セリスはその模様から俺が撃とうとしている魔法を察し、冷や汗を流していた。いいぞーもっと驚け!セリスが驚いているのを見るのは気分がいいぜ!
「いくぞー!"
放ったのはフェルの"
目の前にあった森が一瞬にして視界から消えた。すごーい。見晴らしがよくなったよー。っていやいや、こんなに広範囲にわたる魔法だっけかな?ってかこんな派手に森を荒らしてフェルに怒られないよな?
「すっごーい!!すごいすごい!!パパすごい!!」
あっ、アルカが喜んでいるから何でもいいや。セリスが完全に石化しているけどそれもどうでもいいや。
「今のは重力属性の魔法だよ。こいつは覚えておくといろいろと便利でな……」
俺は
「こうやって違う属性の魔法同士を重力属性魔法で無理やりかけ合わせて、新しい属性を生み出せるんだ」
俺の手から小さな砂塵が巻き起こった。アルカが興奮した面持ちで砂属性の魔法を見ている。
「これは俺のオリジナルでな。勝手に合成魔法って呼んでるよ」
その極地が俺の最大の魔法、"
「そういうわけで一回見せたから大体どんな模様かわかっただろ?」
「うん!パパが大きい魔法陣を作ってくれたからすっごい分かりやすかった!」
「ならなるべく大きい魔法陣を作ったのは正解だったな。よし、お家に帰ろう」
「はーい!」
俺の魔法に満足したのかアルカはすこぶるご機嫌だった。一方セリスはというと……。
「本当に……何なんですかこの人は……」
放心状態のまま今だこちらの世界に戻ってくる気配はない。俺はセリスの腕をつかむと、アルカを連れて小屋へと戻っていった。
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