第30話 いい格好見せるのも程々に
俺達が食事処に戻った時は、もう既に最後の昼休み組が食事を終えようとしているところであった。
調理場の方に目を向けると、ギッシュが先頭に立ち、何人かのデュラハンが食器の洗い物をしている。結局ギッシュは最初から最後まで食事処をやってくれたんだな。あれ?そういえばアニーさんの姿が見えない。
とりあえず俺に気がついて近寄ってきたギッシュに声をかけてみることにする。
「ご苦労さん。悪いな、やらせっぱなしにしちまって」
「……その顔から察するに……家族は無事……見つかったみたいだな……」
「おかげさまでな。そっちはずっと料理番をやってくれてたみたいだな。ところでアニーさんはどこいった?」
「……アニー殿は……家で休んでもらってる…………元々料理の当番は……我々の仕事だからな……」
あー気を遣ってくれたのか。確かにアニーさんはボランティアで手伝ってくれていたからな。人手が足りているなら休んでもらったほうがいい。
「……あと空いた時間で……明日からの料理当番を……決めておいた……だから明日からは……俺達の手でやってみることにする……だけど少し不安があるから……指揮官殿に様子は見にきて欲しい……」
俺は目をぱちくりさせながらギッシュを見つめた。なんか色々驚きすぎて脳みそがついていけない。
まずなんか喋りが流暢になってきている気がする。前はもっと途切れ途切れだったのに、今は昔に比べて断然聞き取りやすい。
あと一度に話す量が明らかに多くなってる。これだけちゃんと話すことができるのであれば会話のテンポも良くなるってもんだ。
ただ俺が一番驚いたのは自発的に改革を進めてくれたことだ。
当番制だ、とは言ったがしばらくは無理だと思っていた。だが実際は俺の改革に付き合ってくれ、受け入れてくれ、自分達だけでやっていこうとしている。
そう考えると、なんだか目頭が熱くなってきた。なんかここにきてから涙腺が脆くなってきてる気がする……歳かな?
「あーわかった。明日は娘を連れて見に来るよ」
「……指揮官殿の娘か……楽しみだ……」
そう言うとギッシュは持ち場に戻っていった。
よし、なんだかんだ改革が上手くいきそうでよかった。改革の内容が良かったっていうよりも、完全にデュラハンの人柄に助けられたような形だけど。……上手くいきゃなんでもいいんだよ!
さーて後はボーウィッドに報告すれば今日はもう帰っていいよな、うん。
とりあえず、あれだ。俺もう倒れそうなんだよね。
いやー正直やりすぎたわ。もっと効率的に倒せば良かった。
そりゃ、あんだけ魔法陣を連発すれば魔力切れを起こすわな。最後の魔法に関してはほとんど全力で撃ったし。
アルカを見つけた安堵感と、アルカを怖がらせた怒りのせいで完璧にトサカにきてたからなぁ……あぁ、あとセリスを傷つけた事にほんの少しだけイラッとした。
とにかくあれは完全に調子のった。今めちゃくちゃ反省してます。許してください、お願いします。
……あーだめみたいだな、こりゃ。だって視界がぼやけてんもん。なんか鎧がひとりでに動いているように見えるもん。あっそれはいいのか。
こんな所で倒れたくないんだけど…………限界、みたいだな。
視界が真っ暗になり、俺は崩れるように倒れる。
ガシッ。
……と思ったら全然倒れないぞ?あれ?今確かに意識が遠のいたと思ったんだけどな……ってなんか右腕が暖かくて心地いいんだが?
俺は自分の右腕に目を向ける。なんか腕が組まれていた。俺はそのままゆっくりと視線を上げていき、俺と腕を組んでいる犯人に目をやる。
「……何してんだ?」
俺は極力平静を装いながらセリスに尋ねた。セリスは顰めっ面のままこちらを見ずに答える。
「あと少しで今日の仕事は終わるんですから頑張ってください。こんな所で倒れられたら、指揮官としての面目丸つぶれです」
おっふ。ばれてーら。
「今、私の魔力を送っていますから少しは良くなると思います」
あぁ、だからなんか気持ちいいのか。右腕から生命力を注ぎ込まれているって感じがする。少しずつだが確かに俺の身体に魔力が戻ってきているな。
つーか女子と腕なんて組んだことがなかったのに、初めての相手がセリスかよ。なんか納得いかねぇわ。もっとお淑やかな子と腕を組みたかったぜ!
……でもこいつの無駄に大きい胸が俺の腕に当たってなんというか……あれだ。
俺はちらりと目をやると、セリスは涼しげな表情を浮かべている。なんかムカつく。
いや、別に俺もドキドキとか一切してないから。こんなの人工呼吸と同じようなもんだから。
なんか素直にお礼を言う気持ちになれない。
「……余計な気を回しやがって」
「秘書ですから」
俺がひねた口調で言うと、セリスがきっぱりと言い切った。相変わらず可愛くない奴。
「娘に良いところ見せたいからって張り切りすぎです」
「……うるせぇ」
まったくもってその通りなんだけど、認めるわけにはいかない。なぜなら負けたような気がするからだ。
俺達はしばらく無言でデュラハン達のことを眺める。デュラハン達は慣れた手つきで食器を片付けていた。
ボーウィッドの話ではデュラハン達は仕事以外では自分の家で過ごしているので大抵のことは一人でできるらしい。だからあんまり結婚している奴がいないんだとさ。
「やっぱり家事ができる男は恋人できないんだな」
「家事ができないのに恋人もいない人を私は知っていますけどね」
「料理ができるのに恋人がいない可哀想な奴を俺は知っているけどな」
二人の視線がバチバチとぶつかり合う。どこからどう見てもいがみ合っているのになぜか腕を組み合う二人。他の奴からはどういう風に見られてんだろうな。
相手に嫌味を言いながらもそれでもお互いに離れようとはしない。……俺の場合は少しでも魔力をもらっておきたいからなだけな、うん。
なんか悔しいけどセリスの魔力って暖かくて落ち着くんだ。
よく手の冷たい人は心が暖かいみたいな迷信じみたことを言う人がいるけど、セリスの場合は魔力が暖かいのは人間として冷たいからなんだよ、きっと。いやー本当にあったけぇわ。それだけこいつが冷徹人間って証拠だな!!
「……ゴホン……」
背後で遠慮がちな咳払いが聞こえ、慌てて離れる俺達。振り返るとなんとも言えない表情を浮かべながらボーウィッドが立っていた。なんだろう、すげぇ気まずい。
ボーウィッドは少し悩んでいたが、何も見なかった
「色々……大変だったみたいだな……」
他のデュラハン達から話を聞いたのだろうかボーウィッドが労うような声音で俺を見る。それだけでボーウィッドの優しさを十二分に感じ取ることができた。
「まっ、大事には至らなかったから問題なしだな」
「あぁ……それが一番だ……」
俺が軽い調子でいうとボーウィッドがしみじみとした様子で頷いた。本当に何もなくてよかった。もしあのままアルカが襲われていたら、俺はこの世界を滅ぼそうとしたかもしれない。
「そういえば当番制は聞いたか?」
「あぁ……報告は受けている……兄弟のおかげで……工場が良くなってきているのを実感するよ……」
ボーウィッドが嬉しそうに笑う。見ているだけで俺も嬉しくなってくるようだった。
「そうか、それならよかった。明日アルカを……俺の娘を連れてきたいんだがいいか?」
「……娘がいるとは驚きだな」
一瞬セリスの方をちらりと見たような気がしたが、そんな事はないだろう。俺がしているのは娘の話であって、セリスとは一切何にも全く関係ない話だからな。
「兄弟の娘なら俺の娘みたいなもの……明日会えるのが楽しみだ……怖がられなければいいが……」
「大丈夫だよ。兄弟なら娘も気にいる。なんたって俺の娘だからな」
俺は少し不安げなボーウィッドの肩を小突いた。アルカは見た目で人を判断するような子じゃない。絶対にボーウィッドがいいやつだとわかってくれるさ。
「期待している……さて……そろそろ家に帰れ兄弟……」
「えっ?」
「無理をしているのが……バレバレだぞ……」
まさかのボーウィッドにまでバレるとは。俺ってそんなにわかりやすいのか?
俺がばつの悪い表情を浮かべながら頭をかいていると、セリスがいきなり前に出てお辞儀をした。
「お心遣い感謝します、ボーウィッド。クロ様は本調子ではないので今日はこれで失礼させていただきます」
「あぁ……ゆっくり休ませてやってくれ……」
ちょ、ちょっと!話を勝手にすすめんなっつーの!
文句を言う前にセリスに腕を引っ張られた俺は、そのままセリスの転移魔法で小屋へと強制送還されたのであった。
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