第29話 なんだかんだオカンに怒られるのが一番堪える

 中庭に着くと、城の人達が集まっていた誰もが不安そうな顔をしていた。俺の姿を見た誰かが声を上げ、一斉にこちらに駆け寄ってくる。みんなアルカのこと心配してくれてたんだな。


「アルカッ!!」


 メイド服の少女が目に涙をためながらアルカを抱きしめる。あれはアルカがよく話しているメイドの子だろうな。名前は確かマキだったか。俺よりも少し若いくらいかな?ショートカットで可愛らしい顔つきをしているところを見ると、将来中々に有望ですな。

 マキににつられるようにして他の人達が次々に労いの言葉をかけている。いやーうちの娘はみんなから慕われているなー、俺に似なくてよかったなー、マジで。


「アルカさん!無事でよかった!」


「心配しました!」


 みんなホッとしたような笑顔を浮かべてんなー。俺もホッとしたぜ。アルカの身に何かあったらって思うとぞっとしないぜまったく。

 アルカは浮かない顔で小さく頷くばかり。かなり怖い目にあったからな……無理もねぇわ。それでもみんな優しくアルカのことを元気づけてるよ。ここに来てから知ったけど本当、魔族っていい人ばっかなのな。


 でも、優しくするだけじゃだめだ。


 アルカに嫌われるかもしれないけど、こういうのは親の仕事だろ。……嫌われたらまじで二、三日は寝込むな絶対。

 俺はゆっくりとアルカに近づいていく。だが、俺よりも先にアルカの側に行く影があった。


 ぺちん。


 気の抜けるような音の出所はアルカのほっぺた。音の理由はセリスがアルカの頬をはたいたから。アルカは驚いたように自分の頬に手を当て、無表情で自分を見るセリスの顔に目をやる。


「ママ……?」


「城から出てはいけないって約束しましたよね」


 厳しい口調で告げられた言葉に、アルカは茫然とした顔で頷く。


「あなたの軽率な行動でこれだけの人に心配をかけました。わかっていますか?」


「…………はい」


「一歩間違えれば、命を落としていたかもしれないんですよ?あなたは生きたいと願ったんじゃないのですか?」


 アルカの大きな目に見る見る涙が溜まっていく。それでもセリスの表情は変わらず厳しいものだった。


「もう二度と軽はずみなことはしないと約束してください」


「……約束します……!!」


 かすれた声で頷くアルカ。そんなアルカを見てフッと表情を緩めると、セリスはその身体を優しく抱き寄せた。


「本当に無事で良かった……心配したんですよ?」


「……ひっぐ……ひっぐ……うわぁぁぁぁぁああぁあぁぁん!!ママぁぁぁ!!!ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


 緊張の糸が切れたのか、アルカがセリスの腕に抱かれながら滂沱の涙を流す。セリスの目からも涙がこぼれていた。

 ……あーあ、俺が言いたいこと全部言っちまいやがったよ、あいつ。


「……いいお母さんしているじゃないですか?」


 いつの間にか近くに寄ってきていたマキが話しかけてきた。やばい、俺の人見知りモードが発動しちまう。


「いっそのこと、本当に奥さんにしちゃったらどうですかー旦那ー?かなりの良物件ですぞ?」


 あっ、こいつは大丈夫だわ。顔色見なくていい相手だわ、うん。俺は肘でウリウリと小突いてくるマキの頭に手刀を落とす。


「痛ったー!?指揮官様ひどい!」


「うるせぇ。縁起でもないことを言うお前が悪い」


 頭をさすりながら恨めしそうな目でマキが俺を睨む。自業自得だ、バカめ。

 とはいうもののアルカと仲良くしてもらっていることは事実。それに城の女中さんなら俺達の洗濯とか飯とかも作ってくれているんだろう。一応感謝だけはしとくか。

 俺はゴホン、と咳払いをする。


「あーマキだっけか?」


「おっ、指揮官様に名前を覚えてもらっているとは光栄ですねぇ!」


「アルカと仲良くしてくれてありがとな」


「いやいや!仲良くしてもらっているのはあたしの方です!それに……」


 マキが表情を曇らせた。


「ん、どうした?」


 俺が顔を向けると、マキは言いづらそうな顔で口を開く。


「……アルカに指揮官様達のいるアイアンブラッドの方角を教えたのはあたしなんですよ。だから、アルカを危険な目に合わせたのはあたしのせいっていうか……」


 なんだそんなことか。俺は呆れたように鼻を鳴らした。


「な、なんですかその反応は!?」


「別にアルカを陥れようとしたわけじゃないんだろ?」


「それは……そうですけど……」


「ならマキは何も悪くねぇだろ?気に病む必要ないって」


 俺がそう言うとマキが少し驚いたような目で俺を見る。えっ?なんか俺変なこと言った?割とまともなこと言ったつもりなんだけど?

 俺が動揺していると、マキはいきなりぷっと吹き出した。


「ほんとお似合いですね、お二人って」


「あー?なんのことだよ?」


「セリス様にも同じことを言われました!『マキさんは何も悪くない、気に病む必要はない』って」


「…………」


 あいつ……俺の台詞をパクりやがって!俺の方が後出しだって?そんなの関係ねぇ!!


 ……なんとなく気まずいから話題を変えよう。


「俺達の服とか洗濯してくれてんだろ?」


「はい!それが女中の仕事ですからね!気にしないでください!!」


「それでも助かっていることには変わりないからな。飯もいつも美味しくいただいてるよ」


「えっ?」


「えっ?」


 きょとん顔でこちらを見るマキ。そんなマキのきょとん顔を見てきょとん顔になる俺。


「指揮官様……何言っているんですか?指揮官様とアルカのご飯を作っているのはセリス様ですよ?」


「…………はっ?」


 えっ?どういうこと?だってあいつご飯は城の女中が作ってるって……。


「アルカが来てくらいからセリス様が作るようになりました。知らなかったんですか?」


「……セリスは一言もそんなこと言ってなかったから」


 じゃあ、俺はあいつが作ってくれた料理を、いつも城の女中に感謝しながら食べてたっていうのかよ。ちゃんと言えっつーの。なんかモヤモヤすんだろうがよ。あとマキ、ニヤニヤ顔で俺のこと見るのやめろ。


「でも、セリス様がお二人に言ってないとなるとあたしが言ったのまずかったですかね。このことはあたしと指揮官様の秘密にしておいてください!」


「……そんなにアルカに自分の手料理食べさせたかったのかよ」


「アルカに対してだけじゃないと思いますけどねー」


「…………」


 このメイドマジで厄介だなおい!つーか、俺とは初対面のはずなのにフランクすぎだろ!?仮にも俺は指揮官様だぞ?……まー固くなられるよりは全然いいんだけどな。


「さて、そろそろ仕事に戻らないとな」


「あー話を逸らすー!」


 知らんな。お前の話に乗る必要はどこにもない。


「……今日一日アルカのこと頼めるか?」


「任せてください!給仕長からお二人が帰ってくるまでアルカの側にいるように言われましたから!」


 マキが笑顔でビシッと俺に敬礼する。


「助かる、じゃあ任せた」


「了解です!精一杯頑張ります!なのであたしの給料上げるよう給仕長に掛け合ってください!」


「俺への言動に問題ありって報告しておくわ」


「そんな~!お慈悲を~!!」


 俺は断末魔を上げているマキを無視して、城の人達に謝っているセリスに声をかけた。


「セリス。そろそろアイアンブラッドに戻るぞ」


「わかりました。本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 セリスが給仕長らしき恰幅のいい女性に頭を下げる。俺は振り返ると、みんなに囲まれているアルカの側に寄った。


「アルカ、俺はもう行くからマキと一緒に待っててな」


「パパ……本当にごめんなさい……」


 しょんぼりと肩を落とすアルカの頭を優しく撫でる。


「お母さんと約束したんだろ?じゃあ俺から言うことは何もないよ」


「……うん!もう軽はずみなことはしない!」


「いい子だ」


 俺はアルカの頭をポンポンと叩き、立ち上がった。……なんか勢いでセリスの事お母さんとか言っちゃったけど、マキには聞かれてないだろうな?あいつに聞かれてたら確実に面倒くさいことになる。それだけは阻止しなければ。

 幸いマキは少し離れたところにいるようで今の話は聞かれていない様子。俺はほっと息を吐くとセリスと共にアイアンブラッドに戻っていった。

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