第4話 上から降りてくるやつは大体強者

 レックスの魔法陣が組み上がった。流石のレックスも、最近習得した最上級魔法クアドラプルには多少の時間を要する。


「……人間だったらダチになれたのにな」


「たわけ。仮定の話などこの世で最も意味がない。……さっさとやれ」


 レックスは目を瞑り大きく息を吐くと、ゆっくりと目を開いた。そして目の前でフラついている好敵手に労いの言葉をかける。


「じゃあな、アトム。ゆっくり休みな」


 レックスの言葉を聞いたアトムが少しだけ口角を上げた。そんなアトムに気づかないフリを決め込んだレックスは、心を無にして最上級魔法クアドラプルを撃とうとする。


 その瞬間、アトムの前に何者かが上空からひらりと降りてきた。


「えっ?」


 予想外の展開にレックスの魔法陣が霧散する。アトムも突然現れた者を見て、驚愕に目を見開いていた。


 やって来たのは端正な顔立ちをした銀髪の男。見た目から察するに自分達とそう変わらない年頃で、背はクロムウェルと同じか少し小さいくらい。

 首まわりから胸まで開いた服や折り目のついたズボンも、羽織っているマントまでもが全て黒一色。王都では見たことのない服装であり、それも相まってなんとなく人ならざる者の気配を漂わせている。

 しかし、驚くべきは服装ではなくそのオーラ。魔力が一切感じられないというのに、信じられないほどの威圧感を放っていた。

 あまりの迫力にレックスは呼吸をするのも忘れて、その男を見つめていた。


 男は何も言わずにレックスを一瞥すると、後ろに倒れているアトムに目を向ける。そして呆れたような表情でため息をついた。


「アトム……僕はこんな命令してないよね?」


「も、申し訳ありませんルシフェル様……!!」


 アトムが怯えた声を出す。心なしか身体も震えているようであった。

 さっきまで勇猛果敢に自分と戦っていた相手の目を疑うような姿に、レックスは警戒レベルを一気に引き上げる。


「それに僕は死んでもいいなんて一言も言ってないよ」


「…………」


 ルシフェルの冷たい声色に、アトムは俯いたまま何も言うことができない。


「帰ったらお仕置きだからね」


「……御意に」


 アトムが小さく頷くのを確認したルシフェルが視線をレックスに向けた。その瞬間、レックスは自分の心臓が鷲掴みにされた錯覚に陥る。


「さて、と。少し待たせちゃったかな?」


「……お前は一体何者だ?」


 レックスが平静を装いながら問いかけた。内心はこれでもかというほど心臓が高鳴っている。これは高揚などでは断じてない、自分の命の危険を知らせるアラームだ。


「そんなことはどうでもいいよ。大事なのはこれをやったのが君かどうかってことだね」


「さぁ、どうだろうな?」


 レックスは必死に時間を稼ぐ。どれだけ焦っているかは額に浮かぶ尋常ならざる汗がそれを物語っていた。

 ルシフェルは無表情のままレックスを見据える。


「別に答えなくてもいいよ。この辺り一帯を地図から消しちゃえば、自ずと犯人も消えることになるしね」


「……そう上手くいくといいな!」


 先手必勝。目の前の得体の知れない化け物を倒すには不意打ち以外にはありえない。


 レックスは上級トリプル身体強化バーストをかけたまま、ルシフェルに突撃しようとした。が、その瞬間、誰かが自分の肩を掴む。

 驚いて振り向くと、そこにはマリアを腕に抱えたクロムウェルが立っていた。おそらく転移したのであろう。マリアは、自分がいつの間にこんなところにいるのかわからない、といった顔でキョロキョロ辺りを見回している。


「クロムウェル……」


「レックス、コレットさんを頼む。あと、みんなを連れて避難してくれ」


「えっ?」


 驚きの声をあげたのはマリア。レックスはただ黙ってクロムウェルの顔を見つめていた。


「……それほどの相手か」


 呟くようなレックスの言葉に、クロムウェルは何も言わずに首を縦に振った。その顔には引き攣ったような笑みが張り付いている。親友のこんな顔は今まで一度も見たことがなかった。


 レックスはクロムウェルの腕の中にいるマリアを優しく引き寄せると、ルシフェルに背を向けて歩き出す。


「えっ?えっ?」


 状況が全く理解できないマリアは、不安そうな表情でレックスとクロムウェルを交互に見ていた。そんなマリアを抱き上げると、レックスはクロムウェルに顔を向けることなく、声をかける。


「死ぬなよ」


「死なねぇよ」


 短い言葉で自分の意思を伝えると、レックスはそのまま大声をあげた。


「全員死ぬ気で走って山から脱出しろぉ!!ここは戦場になるぞぉぉ!!!」


 そして、自身もマリアを抱えたまま一目散に走って行く。それにつられるように教師や生徒達が麓にある村を目指して駆け出した。


「アルベール君!!離して!!シューマン君を一人で残すなんて嫌だ!!」


 腕の中でマリアが必死にもがいている。だが、レックスが意地でも離さないとばかりに力を込めると、抜け出すことなど不可能だった。


「大丈夫だ。俺の親友を信じろ」


「そんな!レックス君でも敵わないような人なんでしょ!?」


 マリアが必死に叫ぶ。クロムウェルと共にルシフェルに近づいた時に、その危険度を肌で感じたのだろう。マリアの顔は今にも泣きそうだった。

 そんなマリアを安心させるようにレックスはニカッと笑いかける。


「マリア、お前は一つ勘違いしてるぞ?」


「勘違い……?」


「あぁ」


 レックスが楽しげな口調で言うと、マリアは訝し気に眉を寄せた。


「俺はあいつに喧嘩で勝った事がない。……一度もな」


「…………えっ?」


 レックスの言葉の意味が理解できないでキョトンとしているマリアを見て、レックスは苦笑いを浮かべる。そして、しっかりと前を見据えると、全速力で山をかけていった。

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