第33話 魔術士と探偵の友情

「……マヤさん?」


 現れたのはリリとララの実の親で魔法使いで構成される過激組織『魔女同盟』のマヤ・オックスフィールだった。

「トオル、誰だ?」

「彼女はマヤ・オックスフィール。魔女同盟の幹部だ」

「なんだって!?」驚いたアクアが目を見開いて声を荒げる。

「魔女同盟って『魔法使いの家族ファミリー』から独立した過激組織だろ。その魔法使いが何のようだ!?」

「アクア、大丈夫だ。彼女は敵じゃない」

 とっさに魔術の構成を編もうとするアクアをエルメラルドは制止した。

「し、知り合いなのか?」

「ああ。俺の仕事の依頼人の母親だ」

 二人のやりとりなど気にもとめず、ふわりと地上に降り立ったマヤはヒールを鳴らしてこちらに近づいてくる。銀色の髪をなびかせて歩み寄るマヤはエルメラルドに抱かれて眠るアリサを覗き込んだ。

「リリとリンダが心配でね。こっそり見に来たんだけど、まあ大変だったわね。いつ手伝いに出ようか迷ってたんだけど無事に済んでよかったわ」

 聖母のような微笑みを浮かべた魔女。

「ずっと見てたんですか」

 エルメラルドが訊ねると「ええ」と頷いた。

「意地の悪い人だ。さっさと助けに来てくれれば良いのに」

「あら。部外者が邪魔しちゃ悪いと思って遠慮したのに。それより、これがあなたの義妹さん? なかなか可愛いじゃない。……でも、呪われてるわね」

「呪い? わかるんですか」

「ええ。古代遺跡で古の秘宝に触れたんでしょ。多分、これまでのことは午睡の夢みたいに曖昧にしか覚えてないわよ。精神がズレちゃってるからね」

「あの、すみません。僕は魔術士協会のアクア・マリンドールと申します。あの、あなたはなぜ、そんなことがわかるんですか」アクアが不審そうに訊く。

「トオル君のお友達ね。よろしく。いい。魔術は魔法を模して作られたもの。古の時代には魔法しか存在しなかった。つまり、古代遺跡の秘宝は全て由緒正しい古の魔法。ここまでわかるわね」

「そうか、そういうことか」

 顎に手を当てたアクアの瞳がパッと色めく。

「飲み込みが早くて助かるわ。そう、魔法使いならば、古の魔法に対する耐性があるの。なぜなら、魔法使いは血筋だからね。耐性がない魔法使いは皆死んだから。それが進化ってやつ。でも、魔術士は本質的には一般人タビトと変わらない。魔法使いと違って自分で魔力を作り出せないから。魔力源を取り込んだとしても、所詮は付け焼き刃。それなのに勘違いして古の遺跡なんかに行ったら、古代の魔法に簡単にやられてしまうわ」

「それでアリサはおかしくなってしまったのか」

「そうね。夜に見る夢を昼に見て心を蝕まれて本当の自分もわからなくなって彷徨っていたのよ」

「しかし、なぜ魔術士協会はアリサの治療をしなかったんだろう」説明を聞いたアクアが首をかしげる。

「アリサが禁断の古代遺跡に行ったことはトオルから報告を受けていたはずなのに。魔天楼閣の教師ほどの魔術士ならアリサの治療もできたはずじゃないのか……」

「あらやだ。魔法による呪いなら、魔法じゃなきゃ解けないでしょ。今時の魔法使いが使うような効果の薄まった弱い魔法なら魔術でも治せるかもしれないけど、古代魔法は強力だからね。現代の魔術では解けないの。でも、お偉いさんたちは魔術士が魔法使いに助けを求めるなんてプライドが許さなかったんでしょ」

「たったそれだけの理由でアリサを見捨てたってのか」

「いや、あり得るぞトオル。魔天楼閣は魔術士協会の運営する魔術学校だ。魔術士協会は魔法よりも魔術の方が優れていると信じて疑わないからね」

「クソだな。抜け出して正解だった」

 眉をしかめてエルメラルドは吐き捨てた。

「マヤさん。話はわかりました。けど、魔法使いにならアリサにかかった呪いを解けるんですか?」

 アクアに訊かれてマヤは少し考えた。

「まー、難しいけどね。でも、魔法使いは魔術士よりも古代史については詳しいから、文献を調べればきっと治療法も見つかると思うわ。私たちも古代遺跡には調査で入るから、こういう症状は珍しくないの」

 軽い口調だったが、それが逆に魔法使いにとってこの程度の呪いならば深刻になるほどでもない、ということを暗に示しているようだった。

「信じられるのか。トオル」耳元でアクアが心配している。幼い頃から魔術士として生きてきた以上、いくら頭ではわかっていても、無意識に魔法使いに対する猜疑心が残っているのだろう。

 エルメラルドは「魔術士協会よりはな」と短く答えた。

「そうか……。君が言うなら僕には意見はないよ」

「決まりね。じゃあこの子は預かるわ。きっと元どおりになる。私を信じて」

「はい。お願いします」

 エルメラルドは抱きかかえていたアリサの身体をマヤに引き渡す。

 マヤが小さく呪文を唱えると、アリサの体が暖かい光に包まれてふわりと浮いた。


「……さて、じゃあ後はリンダね。ごめんね足手まといにさせちゃって」そういうとマヤは壁際で倒れているリンダの元に近づき、ポカリと頭を叩いた。

「ほら、リンダ。起きなさい」

 マヤが声を張ると、倒れていたリンダがビクッと震えて起き上がった。

「マ、マ、マヤ様!? どうしてここに!? っていうか、リンダは一体……、はっ、リリ様は!? リリ様はどこ!?」

「落ち着きなさい。リリはあそこ。まだ気絶しているわ」

「リリ様ぁ!! リンダが気絶している間に一体何が!?」

「まあ色々あったのよ。後のことは探偵さんに任せるわ」

「え?! リリ様を放っておいて帰るのですか? なぜ!?」

「リリのことは探偵さんに任せましょう。それが彼のお仕事なんだから、邪魔しちゃダメでしょ」

「で、ですが……探偵さんはとってもへっぽこですよ?」

「あら、あなた私に口答えするの?」

「い、いえ……そんなことは……」

 不満げな顔つきだが、面と向かって不満を言うこともできず、渋々と引き下がるリンダ。

「じゃ、そういうことで、私たちは消えるわ。トオルくん。リリと、あとララのことよろしくね」

「……本当にいいんですね。実の親子なのに」

「だから言ったじゃない。私にそんな資格はないわ。じゃあね。リンダ行くわよ」

「は、はい。探偵さん。リリ様に変なことしたら怒るからね! ってかマヤ様、その浮かんでる女は何者ですか?」

「ふふふ。新しい家族よ」

「えー!? どどどういうことですか?!」

「後でゆっくり説明してあげるわ」

「あ、ちょっと待ってくださいよマヤ様ぁ!」

 とっとと歩いて行ってしまうマヤを追いかけて、リンダは駆けていった。



 荒れ果てた倉庫の中、アクアとエルメラルドが残された。

「なんだか、あの魔法使いの人に全部持っていかれた感じだね」

 アクアが栗色の頭をかいて苦笑いを浮かべる。

「まあな。あの人はそういう人だ。さて。これは返す。大切なものなんだろ」

 指輪を外しアクアに渡す。

「ありがとう。でも、部下が犯罪に手を染めた上に死んじゃったんだもんな。今更これが見つかったところで、僕はこの街にはいられないだろうなぁ。良い街だったのに、残念だよ」

「左遷か」

「うん。といっても、元々左遷みたいな異動だったからね。どうなるかなぁ」

 ははは、と他人事のように笑うアクア。エルメラルドに心配をかけまいとする彼の優しさだ。

「アクアはこの街が好きか?」

「うん。気に入ってる。いろんな人がいて、互いを尊重しあって暮らしてる。魔法使いも魔術士も亜人も一般人タビトもね。この世界が目指すべき姿だと思うよ」

「ああ。良い街だよ。なあアクア。脱走した魔術士を捉えたら、帳尻合わせにならないか。ここに魔天楼閣を脱走した罪人がいるぞ」

「あはは。そうだな。魔天楼閣を脱走した魔術士を捉えたら、それなりに評価されるだろうね。僕だって、そんな罪人を見つけたら見逃すわけにはいかない。だけど、君はしがない私立探偵のエルメラルド・マガワなんだろう。なら見逃すも何もないよ」

「ふっ。相変わらずのお人よしだな」

「ま、僕のことは気にするな。誰かの尻拭いをするのは慣れている。なんとかなるさ。今までだってなんとかなってきたし、これからもなんとかなるよ」

 アクアはポケットから煙草を出して、その薄い唇に加える。

「煙草、吸うんだな」

「ん? ああ、もう大人だからな」

「一本くれ」

「ほい」

 並んで紫煙を燻らせる。

「不味い。ふん、あの頃は二人とも酒も煙草も吸わなかったのにな」

「真面目だったからね」

 大きく息を吸って肺に煙を入れて、そして吐き出す。しばらく黙って煙草を吸う。

「ひと段落したら、呑みにでも行くか」

「僕がこの街にいられたらね」

 アクアがおどけると、場の空気が和らいだ。二人で笑う。

「さて」と煙を吐いたアクアが真剣な顔になった。

「そろそろ君はここを去ったほうがいい」

「……笛が聞こえるな」

「うん。都市警察だ。きっとあの面倒臭い刑事さんたちだろうね。これだけドンパチすれば通報もされるよ」

「アクアはいいのか」

「僕かい。僕は部下が死んじゃってるしな。この場を離れるわけにはいかないよ。良い子だったんだよ。一ヶ月しか一緒じゃなかったけど」

「騙されてたんだろ。お人よしだな」

「本当の悪人なんていないからね。みんな必死に生きてるだけだよ。必死に生きて生き急いでヘマをして時々死んじゃう。聞きたいことも話したいこともいっぱい残したまま、あっけなく死んじゃうんだ。そんなもんさ。さあ。トオルはそこのお嬢さんを連れて行かなきゃいけないんだろう。急いだ方がいい。僕は刑事さんに付き合わなきゃいけないし、事の顛末を協会に報告しなければならない。君は初めからいなかった事にするし、ケベル君は僕がやったことにするよ。ネンデの指輪を盗んで暴走した部下を誤って殺してしまったってね」

「お前、自ら罪を被るのか」

「気にするなよ。僕はいつだってそういう役回りだろう。君やアリサがいなくなってからの学生生活もそんな感じだったよ。本当に大変だったんだから」

「……すまない」

「良いって。今思えば、全部が全部、悪い思い出ってわけじゃないから。人生に必要なのはさ、自分の過去の選択を満足するものに変えるために頑張ることなんだよ。悲観せずにさ。だから、未来に振り返って今日の出来事もこの選択でよかったんだって思えるように精一杯頑張るだけさ。それが生きるってことなんだ」

「……カッコつけやがって」

「あはは。たまには良いだろ。トオルは魔天楼閣を出て行くときに、たっぷりカッコつけたんだから。今回は僕にカッコつけさせてよ」

「ありがとう。またどこかで」

「ああ」

 短くなった煙草をまだ吸っているアクアに手を上げて、エルメラルドは歩き出した。

「じゃあな、トオル! 元気で!」

 背中に友の声を受けながら、気を失っているリリを抱き起こし、抱え上げて倉庫を出た。


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